その他教育

成長するクリスチャン

子供の成長を願わない親はいませんね。同じように神様は、その子となったクリスチャンが、聖書の全てのみ言葉を栄養にして、大人に成長するように願っておられます。これは成長なさりたいクリスチャンのための励ましのメ−ルマガジン
です。

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成長するクリスチャン

2018/10/06

ここ高齢者介護施設での食事は、各階ごとに食堂に集まってしますが、寝たきりあるいはご病気の方以外は、一方的に決められ、指定されたテーブルの席で、しなければなりません。

お膳を自分の個室に運んで、そこで一人でゆっくりと、窓外の景色を眺めながら食べることができたら・・・と思うことがありますが、それは許されません。

食事中の事故(喉につまらせるなど)に対応し、出された食事を全部食べたかどうかもチェックするためにです。

じつは、食後薬の錠剤をそのまま水で飲まずに、噛んでしまう癖のある方が、プラスチックのスプーンを噛んで飲んでしまったらしいと大騒ぎになったことも最近ありました。


さて、クリスチャンの私は、食前の祈りはここでは声を出さずに黙って祈りますが、最近は同席および近くのテーブルのあるお二人の方(隣り人)のために、とりなしの祈りを欠かさないようにしています。 と言いますのは、・・・・・

お二人とも、配膳されると一口か二口は箸(あるいはスプーン)をつけられるのですが、そのあとが続かず、黙ったままぼんやりとなさっていらっしゃいます。

介護職員が「もっと食べてくださいね。栄養が取れませんよ。食事のお手伝いをしましょうか?」などと声をかけても、返事は無言であったり、「いえ、もう結構です」です。

もしこの状態が続いたら、やがて臓器不全に陥るのではないかと心配です。

私は、これまで、施設入居後に元気を取り戻された方を目にすることはなく、むしろ毎日なんとなくテレビを見て、疲れればベッドで横になるなどして、しだいに気力も失っていかれる方のことが気になります。

careは、physical と同時に mental にもされなければならなのですが、それはみんなで集まって懐かしの昭和の歌を歌ったり、七夕やハローウィンの飾り付けをしたり、夏祭の行事に盛り上がることだけなのでしょうか?

私にはよく分かりませんが、入居者一人ひとりの心に寄り添う、臨床心理学的アプローチに基づいたケアーは必要ないのでしょうか?

気力を失い、放心したような状態で、食堂に集められてテレビを見せられ、歩き回ったり他の階に迷い込まないように管理されている方々に私の心は痛みます。
(終わり)

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創刊日:2002-03-24  
最終発行日:  
発行周期:毎日  
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