その他教育

成長するクリスチャン

子供の成長を願わない親はいませんね。同じように神様は、その子となったクリスチャンが、聖書の全てのみ言葉を栄養にして、大人に成長するように願っておられます。これは成長なさりたいクリスチャンのための励ましのメ−ルマガジン
です。

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成長するクリスチャン

2018/08/31

自由業のクリスチャンでなければ、毎朝、morning devotionをなさるのは容易ではないとしても、介護施設入居の場合は、それを怠っては、自らバックスライダーの道を選ぶことになるでしょう。

わたしは朝5時半に起床、着替えをして、morning devotion に入ります。

それにふさわしい賛美、「来る朝毎に朝日と共に・・・」、”This is the day that God has made・・・”などなど多くあり、私は大きな声で歌います。

詩篇22:3 (新改訳2008)
あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます。

私はこの聖書個所に励まされて来ましたが、最近の新改訳(新改訳2017)では、
詩編22:3 けれどもあなたは聖なる方御座に着いておられる方イスラエルの賛美です。
となっています。

私は續いて祈りに入り、救い主であり、癒し主である主イエス・キリストをご存じではない入居者、施設長以下介護職員の方々のためのとりなしの祈りがあり、未信徒の自分の家族、最後に主にある多くの兄弟姉妹のための祈りへと進みます。

私の祈りの中でいつも繰り返されるみ言葉は:
新改訳2017 

未信徒の方々へ
イザヤ
65:1 「わたしを尋ねなかった者たちに、わたしは尋ね求められ、わたしを探さなかった者たちに、わたしは見出された。わたしの名を呼び求めなかった民に向かって、『わたしはここだ、わたしはここだ』と言った。
65:2 わたしは終日、頑なな民に手を差し伸べた。自分の考えのまま、良くない道を歩む者たちに。

信徒の方々へ
歴代誌下
7:14 わたしの名で呼ばれているわたしの民が、自らへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求めてその悪の道から立ち返るなら、わたしは親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地を癒やす。
7:15 今、わたしはこの場所でささげられる祈りに目を開き、耳を傾ける。

長いクリスチャン人生を歩みつつもある方々へ
黙示録
2:2 わたしは、あなたの行い、あなたの労苦と忍耐を知っている。また、あなたが悪者たちに我慢がならず、使徒と自称しているが実はそうでない者たちを試して、彼らを偽り者だと見抜いたことも知っている。
2:3 あなたはよく忍耐して、わたしの名のために耐え忍び、疲れ果てなかった。
2:4 けれども、あなたには責めるべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。
2:5 だから、どこから落ちたのか思い起こし、悔い改めて初めの行いをしなさい。そうせず、悔い改めないなら、わたしはあなたのところに行って、あなたの燭台をその場所から取り除く。
2:6 しかし、あなたにはこのことがある。あなたはニコライ派の人々の行いを憎んでいる。わたしもそれを憎んでいる。
2:7 耳のある者は、御霊が諸教会に告げることを聞きなさい。勝利を得る者には、わたしはいのちの木から食べることを許す。


さて私の個室での朝のデボーションは、大体7時過ぎに終わり、7時30分からの朝食に間に合うように、同じ階の食堂に行くのですが、ほとんどすべての方が職員に誘導されたりご自身で来て、みんなでテレビをご覧になっているのです。

それも熱心にでなくなんとなくです。
チャンネルはどこでもいい、テレビがついていれば・・・みたいなんです。

でも、朝のひと時を、新聞の朝刊を読んだり、好きな本を読んだり、ウォークマンに入れた音楽を聞くなどなさっている方は見当りません。

それから、「皆さんはなぜ1時間も前から食堂に来ておられるのでしょうか?」と介護職員に聞くと、「各個室にそれぞれにテレビをお持ちになっていても、個室に一人でいるのはさみしいから・・・」なのだそうです。
一方、認知症の進んだ方は、テレビを見せておかないと、歩き回って目が届かない所へ行ったりなさるからだそうで、私には驚きでした

毎朝デボーションを終えて、霊に満たされ、個室つまり祈りの部屋からそのような雰囲気の食堂に行く私は、その落差みたいなものを感じてしまうのですが、主は、「だからこそ、あなたの隣人を愛し、その人たちのために祈りなさい!」とおっしゃるのです。

毎朝デボーションを終えて、私の霊は、
ピリ ピ4:4 いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います!。喜びなさい。

そのもので、両手を高く上げ、主を賛美しながら、祈りの部屋から食堂へ行きたいのです。

でもそんなことをしたら、居住者の方からは嫌がられ、施設長からは注意されるでしょうから、じっと耐えて、<すべては私の祈りの部屋で>に徹しています。

ところで、食堂の私のテーブルはまだ空席があるので、その日の介護の都合で、いろいろな方がお座りになり、先日からは、食事介護が必要な方が来ていらっしゃいます。

全く無表情で、介護職員がその方の口に運ぶスプーンで食事をなさっています。

その様子を見ていて、私は自分の食事も喉を通らないほどにつらい気持ちになって、黙って祈ります。

これが日本の高齢化社会を生きることの現実なのだろうか?
高齢者だれもがそのような苦しみを経験しなければ、死を迎えることはできないのだろうか?

しかし、
マタ イ4:23 イエスはガリラヤ全域を巡って会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病、あらゆるわずらいを癒やされた。

と聖書にあります。

そう思って、私は、しばらくそのテーブルを去らずに主イエス・キリストに祈っておりました。



その後、話題が飛びますが、食堂で次のようなことも考え込んでいました

施設居住者の皆さんが、が食堂でなんとなく見ておられるテレビであっても、その裏側に見えてくる現実は、私の目には恐ろしいことが多くあります。

2テモテ
3:1 終わりの日には困難な時代が来ることを、承知していなさい。
3:2 そのときに人々は、自分だけを愛し、金銭を愛し、大言壮語し、高ぶり、神を冒し、両親に従わず、恩知らずで、汚れた者になります。
3:3 また、情け知らずで、人と和解せず、中傷し、自制できず、粗野で、善を好まない者になり、
3:4 人を裏切り、向こう見ずで、思い上がり、神よりも快楽を愛する者になり、
(以下は略しますが、読者の皆様も、思い当たることが多いのではないでしょうか?)

NHKTVならともかく、スマフォのニュースだけを見てるとそんな世界に引きずり込まれてしまいそうです。
情報を自分で加工し、それを教訓として受け止めることをあきらめ、TVニュースをニュース・ショウとして見て楽しむ人々が増えています。
(終わり)

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