その他教育

成長するクリスチャン

子供の成長を願わない親はいませんね。同じように神様は、その子となったクリスチャンが、聖書の全てのみ言葉を栄養にして、大人に成長するように願っておられます。これは成長なさりたいクリスチャンのための励ましのメ−ルマガジン
です。

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成長するクリスチャン

2018/08/21

今日から本題に入りますが、その前にさらにいくつかのことについて書き込みさせていただきます。

ところで、イースターの季節に学ぶ「イエスの復活物語」のほかに、ラザロの生き返りの奇蹟物語が、ヨハネの福音書11章1節〜45節にあり、この2つは同じ復活ではない!ことは、多くの註解書が教えているとおりです。

さらにこのお話は、イエスの譬え話に出てくるルカ16:19以下の貧しい人のお話とは別のラザロで、ベタニアの人でマルタとマリアのきょうだいです。ー念のためにー

ところで、最近私はこのラザロの死からの復活にこだわって、ここ介護施設の個室にこもってその意味を黙想することが多いのですが、どうも上手な書き込みができそうにもないのです。

そんなとき私は、私の霊の師と仰ぐ空知太栄光キリスト教会の銘形秀則主任牧師の「牧師の書斎」にインターネットを通じて教えを乞うことにしています。

このことは、読者の皆様にも、私からおすすめさせていただきます。

それほどに、銘形秀則主任牧師の「牧師の書斎」の聖書講解各記事は教えられることが多いのです。

以下は、「(銘形)牧師の書斎」へようこその記事の紹介です。

(引用)
北海道砂川市にある空知太栄光キリスト教会の牧師 銘形秀則(Hidenori Meigata)です。

空知太栄光キリスト教会の「牧師の書斎」のコーナーを、2009.7.10より、新たなホームページとして装いを新たにしてから、すでに、9年と2ヶ月目に入りました。

これからも、日々、いのちの日の限り、内容を補充し、更新(変更、加筆)していきます。

今日、インターネットのめざましい進歩と普及によって、家に居ながらにして、世界におけるあらゆる領域の情報を容易に得ることができる時代となっています。

情報を共有し合う新しい社会の中で、情報を得るだけでなく、自らも情報を発信する機会が与えられています。

それはある意味で自己責任を伴います。このホームページの情報が、ご覧いただく方にとって、なんらかの益になればと願っています。

「牧師の書斎」のコンテンツ :

聖書に関するもの 

「主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。」(詩篇34:8)
このコーナーには膨大な情報量が掲載されています。
ただし、その情報は、神を知り、神を味わうという究極の目的のための単なる知識でしかありません。
神を真に知るには、知識ではなく、常に、私たちに寄り添ってくださっている聖霊なる神の助けが必須です。

当ホームページ(HP)は、神を知るための一助となることを目的としています。
ぜひ、手もとに聖書を置かれることをお勧めいたします。

当HPで使用している聖書は、【新改訳改訂第3版】ですが、2017.12.に発行された【新改訳2017】に順次移行します。

「聖書」を読み、神を知るために、3D瞑想法を提唱しています。
3Dとはスリー・ディメンションズ(Three dimensions)の略で、「三つの次元」を意味します。
聖書のみことばを縦に読み、横に読み、奥行きをもって味わうことを、
私は勝手に「3D瞑想法」と名づけています。

特に、「奥行きをもって味わう」とは、みことばを原語(ヘブル語やギリシア語)で味わうことです。

このHPでは、単に原語の「読み表記」のみならず、「原語」の基本形を表記しています。
それはそのことばについて自ら調べることができるためです。

「読み表記」だけでは原語について調べることはできません。「原語表記」は原語の辞書やコンコルダンスを使うための必須要件です。

2012年から、本格的に、「ヘブル的視点から聖書を読み直す」ことに導かれ、追究しはじめています。
なぜなら、聖書の霊的な遺産はすべてユダヤ的・ヘブル的なものだからです。

私たちの信仰のルーツ(根幹)を探るためにも、ヘブル的遺産を正当に評価し、それを理解する必要があります。

神の御子イェシュア(「イエス」のヘブル名)を取り巻く風景のありとあらゆることが、旧約聖書のどこかと、必然的に、しかも緻密につながっています。
そこに目が開かれるとき、イェシュアにある神の驚くべき救いのドラマが見えてきます。

村川注:以下さらに、皆様とシェアーさせていただきたい内容が続きますが、ご自身で読み進んでください。まさに「霊的感動が冷めやらぬ」記事が続きます。
(注終わり)

ここでようやく本題に入らさせていただきます。

はじめに
ヨハネの福音書では「七つの奇蹟」を「七つのしるし」としているのは、単なる超自然的な奇蹟としてではなく、奇蹟の出来事の中に、ある深い意味が隠されているからです。

目に見える奇蹟を見て(知って)「良かった、良かった」ということではなく、その奇蹟の奥にある「重い事柄」が何かを悟る必要があるのです。

ヨハネの「七つのしるし」を眺めてみます。 

(続く)

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創刊日:2002-03-24  
最終発行日:  
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