その他教育

成長するクリスチャン

子供の成長を願わない親はいませんね。同じように神様は、その子となったクリスチャンが、聖書の全てのみ言葉を栄養にして、大人に成長するように願っておられます。これは成長なさりたいクリスチャンのための励ましのメ−ルマガジン
です。

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成長するクリスチャン

2018/08/11

「キリスト教伝道集会」などというと人が集まらないので、最近は、オープン・キャンパスになぞらえて、オープン・チャーチと呼ぶ、集会を企画なさる教会があります。

教会に行くのは敷居が高く、それでも行ってみると、いきなり聖書を渡され、キリスト教の説教を聞かされ、最後にイエス・キリストを受け入れるように勧められます。

帰りに、「これからも連絡させていただきたいので、住所と電話番号を」と言われると、逃げるように帰ってしまわれる方もいらっしゃいます。


これでは二度と教会へは行きたくないと思う人も少なくないでしょう。

しかし、来日したある国外賛美グループの公演では、聴衆が盛り上がり、リーダーが、「こんな素晴らしい神にあって、これからは生きてみたいと思う方は前に来てください。」と呼びかけると、なんと大勢の人がステージの前に集まりました。

またある牧師は、オープン・チャーチでのメッセージに、パスカルのパンセを取り上げました


「人間はひとくきの葦にすぎない。自然の中で最も弱いものである。だが、それは考える葦である」
これは、『パンセ』の一節です。

人間の尊厳のすべては、考えることのなかにある。それが、人間の偉大さをつくるとも書いていますが、パスカルは、物事を実に徹底的に考え抜いた人でした。

考えることが創造力を産むことについて、アインシュタイン博士は、「口数は少なく、頭を多く使いなさい」と勧めています。


さて、パスカルは、人間についてこう言います。

「すべての人間は、広い意味で幸福を求めている。これには例外がない。その手段がいかに異なっていようとも、みなこの目的に向かっている。
この目的に向かってでなければ、一歩も前へ進まない。これはあらゆる行為の動機である」

人生の目的は幸福であるとした上で、パスカルは真の幸福を考察し続けます。

でも、今日の日本人はどうでしょうか?

「人間は死んだら、それでおしまい!」と言って刹那的な生き方を選び、死とはなにかも考えず、死を見つめて生きることなどしません。

まじめに死を考えようとしない人たちは、パスカルに言わせれば、「生きる意欲も失っている」のかも知れませんね。


今日、全国で建設ラッシが進んでいる立派な設備を持つ「高齢者向け有料介護施設」では、若い時に生きる意味を考えることもしないで過ごしてきた人たちの、「何の喜びもない」無気力な生活が見られます。

聖書には、次の教えがあります。


伝道者の書
12:1 あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。
12:2 太陽と光、月と星が暗くなる前に、また雨の後に雨雲が戻って来る前に。


さて、オープン・チャーチは、教会P&Wグループのバンド演奏で始め、雰囲気を盛り上げる中で進めるといいと思います。

私鉄の駅に近い教会なら、改札口に近い場所に案内ポスターをあらかじめ貼っておくのもいいでしょう。

読者の皆様も、このようなイメージをぜひ膨らませて、教会に提案なさってはいかがでしょうか?
(終わり)

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創刊日:2002-03-24  
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