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成長するクリスチャン

子供の成長を願わない親はいませんね。同じように神様は、その子となったクリスチャンが、聖書の全てのみ言葉を栄養にして、大人に成長するように願っておられます。これは成長なさりたいクリスチャンのための励ましのメ−ルマガジン
です。

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成長するクリスチャン

2018/08/03

私、村川にもそんな日が来るのではという不安に駆られ、インターネットで認知症の情報を得ようとしたのでしたが、どういう人が発症しやすく、また発症したら治らないのか・・・などもはっきりとは書かれてはいません。

私は若いころから理工系の研究者でしたが、そのような仕事をしてきた人たちに認知症はあまり聞きなれませんが、それを裏付けるデータも見つかりません。

いつも聖書を学び、聖句を覚え、また日々祈るクリスチャンも、特に病的なアルツハイマー症でなければ、なりにくい気もしますが、そんな情報も見つかりません。


この施設に入居なさっている方から聞こえてくるのは、仕事で忙しい夫に代わって家庭を守り、子共たちを成人させ、定年後の夫とは共に長く暮らし、その夫が亡くなった後、認知症を発症する妻のケースです。

何事も妻に任せきりで、また、すべて妻に頼って生きてきた夫が、妻をガンで亡くして寂しく一人暮らしをしているうちに、認知症を発症したというのも聞きます。

でも世の中には、私が尊敬してやまなかった、そして2017年7月18日に105歳でお亡くなりになるまで、聖路加病院名誉院長など数々の、幅広い分野の要職で活動なさっていた日野原重明先生もおられました。

今年、1918年5月27日に100歳の誕生日を迎えられ、政界に今も大きな影響力をお持ちの中曽根康弘元総理もおられます。

それらの違いはなんでしょうか?また、なぜでしょうか?


もvちろん、神の目にはその創造物であるすべての人間は「高価で尊い」存在であり、神はその一人ひとりを愛していてくださいます(イザヤ43:4)。

ですから、認知症と呼んで高齢のある方たちを差別することは、これからの超高齢化社会では、慎まなければならないことを、私は最近強く思うようになりました。

よく言われる「徘徊」も、本人にとっては目的があることなので、そう呼ぶのはやめようとする自治体もあると聞きました。


キリスト者として言うならば、相手を差別しておいて、「隣人を自分自身のように愛しなさい」と命じておられる神の掟をどのように守ることができるだろうか・・・ということになるのではないでしょうか?

私がおりますこの介護施設では、認知症の人たちも正常者も同等に扱われ、はじめはその人たちとの食事の時などにストレスが溜まって苦しみ、消化不良を起こしたほどの私でしたが、今はそれを主の試みと受け止め、感謝できるまでになりました。


私の場合、それには2年近い年月がかかりましたが、施設によっては、初めから認知症の方はお断りで、入居中に発症すれば退去勧告されるところもあるそうです。
(その2終わり)

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創刊日:2002-03-24  
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