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成長するクリスチャン

子供の成長を願わない親はいませんね。同じように神様は、その子となったクリスチャンが、聖書の全てのみ言葉を栄養にして、大人に成長するように願っておられます。これは成長なさりたいクリスチャンのための励ましのメ−ルマガジン
です。

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成長するクリスチャン

2018/01/18

今日のテーマ「介護と信仰」に入る前に書き留めたいのは、介護と自立の中間領域です。

介護施設内で目にすることですが、うるさく言わずにおくと転倒などの危険があり、放置すれば徘徊して他人の個室に入り込んでトラブルを起こします。

介護に頼りすぎると、何でもしてもらえるので、自力で何かしようという気持ちが低下します。
用もないのに、コールボタンを押して、介護職員に来てもらう入居者もいるそうです。

認知症の場合、過去の記憶はありますので、自分でできるという自信みたいなものが、思わぬ事故やケガの原因になることがあり、絶えず見守りが必要なのが実情です。


そんな中で少しでも自立を助けたいと思う介護スタッフも少なくありませんが、そうなるとスタッフの増員が必要で、経営が成り立たないというのが施設を運用する企業側の言い分です。


それから、介護というとフィジカルなことが主になって、メンタルなケアーがおろそかになりがちです。
その結果、とくに認知症を発症していると、死も生もどうでもよく、生きることへの関心もその気力も失われているように見えることがあります。

もう一つはスピリチュアルの問題です。

これは、介護施設に入居したクリスチャンと教会の中間領域で、施設としては関わりないあるいは、はっきり言って避けたいようです。

でも、クリスマス・ツリーを飾り、ジングルベルでサンタさんが登場するクリスマス、お化けの飾り付けをして楽しむハロウィーンなどは盛大に企画するそのセンスが、私には理解できません。

でも施設によっては、近くの教会から聖歌隊を迎え、入居者にもクリスマスイブの感動を与えようと企画なさっていると聞きました。



さて、介護施設入居者の中には、体が不自由でも今までは何とか教会へは行くことができ、そこでは、牧師をはじめ兄弟姉妹との交わりもあったのに、施設に入居してからは周りはすべて未信者、自由に外出することもできず、デボーションもしないでいるケースも起こりえます。

このような状況下に置かれますと、悪魔に導かれて、信仰の危機に陥らないとも限りません。


さらに、クリスチャンであっても、介護施設に入居しなければならないほどに、身体各部に様々な症状、激しい痛み、息苦しさ、手足の硬直などにさいなまれるようになりますと、主が背負って助け出そうとなさっていることも忘れて自分でもがき、周囲の人々の気づかいにさえ素直になれなくなることも起こりえます。

でも、そんなとき、覚えていた聖書のみ言葉が唇にあれば心配はないでしょうし、あるいは聖書朗読や讃美歌のCDをプレイヤーと共に持ち込んでいればですが、急きょ入居ということもあるでしょう。


日本のクリスチャン人口からすれば、各介護施設にいるクリスチャンは皆無かせいぜい一人でしょう。

でもそのお一人お一人を主は格別に愛していらっしゃる!!


その高齢のゆえに、白髪になっても、主は「背負う」と約束し、そうなさってくださいます。

そしてその施設を運営しているのが教会であったりクリスチャンであれば、介護スタッフは、苦しんでいる入居者に聖書を読み聞かせ、一緒に祈るでしょう。

でもそんな施設もなく、クリスチャン介護スタッフも皆無に等しいでしょうが、介護と信仰の中間領域は存在し、その重要性はますます高まるでしょう。

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創刊日:2002-03-24  
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