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成長するクリスチャン

子供の成長を願わない親はいませんね。同じように神様は、その子となったクリスチャンが、聖書の全てのみ言葉を栄養にして、大人に成長するように願っておられます。これは成長なさりたいクリスチャンのための励ましのメ−ルマガジン
です。

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成長するクリスチャン

2018/01/17

ある介護施設に身を置く一人のキリスト者として、今日から「介護と医療」、「介護と信仰」の2つの問題を取り上げさせていただきます。

そのためには、まず介護とはなにか? の定義から入らなければなりませんが、定義も法律も、国としてまだ定まっていないままに、企業による施設の建設が先行して、かくいう私自身も介護施設居住者の一人です。

まず、日本人の介護観から考えてみますと、従来「両親は息子(特に長男)や親族が面倒をみるもの」という価値観がありました。しかし、少子高齢化や核家族化の進行、医療の進歩に伴い寿命が著しく延びたことにより、介護が「看取(みと)り三月(みつき)」ではなくなったことなどに伴い、介護をする家族(配偶者や子)もまた高齢者であるという「老老介護」の問題も浮かび上がっていて、家族にとってはより重い負担となっています。


さらに、悲しいことですが、老老介護の苦労や重荷に耐え切れず、介護する子が親を、夫が妻を(妻が夫を)殺害するなどの犯罪にも繋がっているのです。


次に介護の定義ですが、どれも完全なものはなく、私が共感できるものの中からあえて選べば、
「介護とは、臓器を含む身体あるいは頭脳の障害から、人間の生活の基本である<食べる>、<排せつする>、<寝起きする>などができなくなっている人を介助し、生きる力を失わせないようにする。」
です。

私は、キリスト者として、この定義の最後の部分「生きる力を失わせないようにする」を重視しますが、一般には無視されていることも少なくないようです。

しかしこの定義では、最近ますます増えている認知症(過去のことはよく覚えていても、現在自分がしていることはすぐ忘れ、また、コミュニケーションも著しく困難な症状)の人たちの介護については、直接触れておらず、不完全なものとなっています。


であれば、「介護とは?」については、その定義にあまりこだわらず「大辞泉」など国語辞典の用例から理解するのも実際的ではないでしょうか。
それらによれば、いささか堂々めぐりみたいですが・・・、

介護:病人を介抱し看護すること
介抱:病人やけが人に付き添って世話をすること
看護:病人やけが人の手当てや世話をすること
世話:面倒を見ること、尽力すること

英語では、
介護:nursing care, caregiving, care
看護:nursing, care(of the sick)
などと使われています。

定義や予備知識などに時間を割きましたが、私が取り上げたい、「介護と看護の中間領域(谷間)」あるいは「介護のグレイ・エリア」について、続けて書き込みます。


極端に言えば、介護施設では介護が主となっていて、病気の内在や進行を見落したり放置してしまうすことがあります。

例えば、病院に入院中でしたら、息苦しいなど体に何か異常があったら24時間いつでも検査できて、必要なら処置もできますが、施設の場合は、救急搬送ほどでもないと判断されれば、翌日、施設として契約している内科クリニックへ、あるいは、そこで紹介状を書いてもらって、総合病院の診療科で診てもらわねばならず、処置の遅れにもつながりかねません。

その場合、患者が施設内で車椅子生活を余儀なくされているならば、総合病院の通院には介護タクシーを利用したり、NPOなどの有償サービスを依頼するなどしなければなりません。

以上のように、この介護施設の入居者が自発的に総合病院の診療科の診察を受けようとすると、費用もかかり、面倒なことが多いので、ついつい諦めてしまうという現実があるようです。


分かりやすい例を挙げますと、介護施設には介護スタッフや看護師が使うポータブルの血圧計や指で計る酸素計はあっても、心電図計測も超音波エコー撮影も、装置がないのでそれ以上はできません。

仮にあったとしても、医師の指示・指導のもと資格を持つ医療技術者しか使ってはいけないのが一般医療施設のルールです。

この現状をどうすべきでしょうか?

私はここで「医療付き介護」、あるいは、「介護付き医療」とでも呼ぶべき、中間領域的ケアーを提案したいのですが、そのような施設は少なく、また入居するには、入居者の経済的負担は一般の施設のそれをはるかに超えるでしょうから、?現実的とは申せません。

しかし医師、介護スタッフ、看護師常駐で、食事をはじめ生活様式にも多くの選択肢が与えられ、自由で、至れり尽くせりの超高級マンション、いわゆる億ションで、人生の終焉を迎えようとしている有名人もおられると聞きます。

私の介護施設への夢は、保険会社、総合病院、教会連合などが経営し、それぞれの特色を生かした介護施設で、そこでは日本語が流暢な外国人介護労働者の積極的受け入れと、介護ロボットの広範囲の利用が見られるのではないでしょうか。

何しろ無人タクシーも実用化される時代になるからです。

「成長するクリスチャン」と名付けたメールマガジンとはかけ離れた内容になってしまいましたが、明日以降書き込む「介護と信仰」の序章と受け止めていただければ幸いです。(続く)

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