その他教育

成長するクリスチャン

子供の成長を願わない親はいませんね。同じように神様は、その子となったクリスチャンが、聖書の全てのみ言葉を栄養にして、大人に成長するように願っておられます。これは成長なさりたいクリスチャンのための励ましのメ−ルマガジン
です。

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成長するクリスチャン

2018/01/03

施設での1年半を振り返って

入居当初、歩行もままならず(もちろん教会にも行けず、パソコンやクリスチャン・ブックの持ち込みも場所が限られ)これからの自分は、ここで<主にあって>どう生きたらいいのか?そればかり考えていました。

しかし日が経つにつれて、これから共同生活をする周囲の人々、私にとっての新しい<隣り人>が見えてくると、その人たちと自分とがあまりにも違うことにカルチュア・ショックをうけました。

そして、イエスの最も大切な掟ての一つ「あなた自身を愛するように、あなたの隣り人を愛しなさい」からは遠ざかって行く自分の罪意識にさいなまれていました。

注1)聖書辞典によれば、「隣り人」とは、本来は近親者、友、共住者、同国人の意であって、社会的に最も近い関係にある人々を言う。イエスはこの関係を人間全体にまで広め、何人でも、たとえ敵であっても自分の助けを必要とする人、したがって、愛の義務を負う人は、隣り人であると教えた。(ルカ10:30以下の「善きサマリア人」の譬え)

隣り人への愛の戒めは、神への愛の戒めと共に、律法(掟て)のうち最も重要なもの(マルコ12:28-34)である。

注2)カルチュア・ショックとは?に答えることは、これから共同生活をする人たちについて批判的な言い方をすることになりますので慎みます。

でも、両親、夫婦、兄弟姉妹のどなたかを介護施設にお預けになって、見舞いや様子見に行かれた方ならば、きっとお分かりいただける、そんな状況のことです。


さてここで、主なる神のみ言葉が私に降りました。

隣り人を愛することができないと言いながら、あなたはそれを自分でなんとかしようとしている。

それは律法主義に陥ることだ。

自分でできないことは、祈ってわたしにゆだねるのだ!
「隣人を愛することができる自分にさせてください。」と私に祈り求めるのだ!

ここでは入居者一人ひとりに、夜は眠るため、昼は病室として、あるいは休養のために個室が与えられているが、私はその個室を24時間、365日あなたの祈りの部屋とする。

私と共にありなさい。私のことばと共にありなさい。

詩篇
37:5 あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。
55:22 あなたの重荷を主にゆだねよ。主はあなたのことを心配してくださる。

そして私村川は、フィリピン人会衆教会で、賛美の時いつも叫んでいた言葉で答えました。

Nothing is impossible with You, and I can do all things in You!

このような書き方をしますと、私が想像でストーリーをつくって、それを神のみ言葉にでつちあげたみたいに聞こえるかもしれませんが、全く違います。
それは、主によって与えられた「祈りの部屋」で、祈りに集中していたときのことで、今思い出しながらまとめ上げたものです。

そうして今年、私の目は施設居住者の方々に加えて、その人たちを介護する介護職員にも向かい始めました。
「その人たちにみ言葉を伝えなさい」との神のご意志が、除夜祈祷で私に示されたからです。
(続く)

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創刊日:2002-03-24  
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