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成長するクリスチャン

子供の成長を願わない親はいませんね。同じように神様は、その子となったクリスチャンが、聖書の全てのみ言葉を栄養にして、大人に成長するように願っておられます。これは成長なさりたいクリスチャンのための励ましのメ−ルマガジン
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聖霊 −体験と教義−

2008/04/29

「聖霊とは体験です」と言うと、「聖霊体験とは?」、「どうしたら体験できるのでしょうか?」と言う質問が、クリスチャンになりたい、あるいは洗礼を受けたばかりの、なりたてのクリスチャンからきます。

成長なさっている皆様は、それに対してどんな答えを用意なさっているでしょうか。多分それぞれにお持ちでしょうね。

私は、「それは、礼拝に集中しているときに突然に与えられます。経験できないのは、その集中力に欠けるからです。スポーツ選手やチームが、新記録を出したり、とても勝てそうもないと思われていた相手に勝つことができるのは、集注力です。

クリスチャンも同じで、そのような時、霊的に神の存在を体験できて神からの力が与えられます。クリスチャンとは、教えを守るのではなく、神から力を与えられて生きる人たちです」とアドバイスします。

具体的には、「はじめはどう祈ったらいいのか分らなくても、祈祷会に出席してみてください。そして祈りとは何かがいくらかでも体験できたら、毎日、デボーションと呼ばれる自分の祈りをしてみてはいかがですか?」と励まします。

ところで、体験しようとするとき、その場となるのはもちろん教会です。だとすれば、その教会がカトリックかプロテスタントか、さらにプロテスタントでもリベラル派か、福音派か、聖霊派かでその体験の機会と内容が大きく影響されます。

その場合、よい意味と悪い意味で、影響されるかもしれません。
例えば、参加者がみんな異言で祈る祈祷会に出た求道中のあるいは洗礼を受けたばかりの人の反応は分かれます。恐ろしくなってつまづいたり、あるいは逆に感動したりするかもれません。

このメルマガの読者の方は、成長なさっているクリスチャンの皆様ですから、あえて言いますが、聖霊派の教会での癒しや油注ぎのとき、牧師に手を置かれて、あるいは背中を押されて、ステージでばたばた倒れる信徒の姿があります。それを初めて見る人の反応は様々です。

しかし、勇気を持って自分も参加しようとステージに上がって、倒れて起き上がれなくなり、強烈な経験が与えられることは珍しくありません。

一方、聖霊葉の牧師であっても、このような聖霊体験に対して否定的な方がおられるのも事実です。

わたしは聖霊派の教会に長く連なっていましたから、このように言えるのですが、すでに長くクリスチャンであっても、「異言で祈ったり、癒しの場で倒れる光景も、聞いたり見たりしたことがありません」とか、「説教でも聖霊という言葉はほとんど使われません」とか言われる方がいらっしゃいます。

私は、聖霊体験は、「他の人がしているから自分も」ではなくて、「祈りに集中しているときに突然に、そしてそれからはいつも」ではないかと思っています。

「他の人が倒れるから自分も倒れなければ」とか、「自分でもわけの分らない言葉を考え出して祈らないといけない」など思う必要はありません。

「でも、それが宗教的恍惚状態だと決め付けることもなさらないでください。聖書にはそのような体験をした人たちのことが書かれているからです」と私は説明するようにしています。

ではここで、<教義ではない体験だとされる聖霊の働き>についてですが、まずは教義をまとめます。

そこでは神学用語が用いられるとしても、教義は全て聖書に基づいていなければなりません。

教義についてまとめる際に、聖書辞典で用いられる手法は、まず旧約聖書ではどう書いてあるのか、そして新約聖書では、の順に調べてまとめてみることです。

さらに、新約聖書では、共観3福音書では?ヨハネの福音書では?そして使徒の働きでは?と順を追い、次には、使徒の書簡集では?と進むのです。

聖霊の教義の学びでは、まさにこのアプローチが必要と言えましょう。

聖書辞典はこのようなアプローチで、非常に巧みにまとめていて、感心させられます。

皆様もご自分でお持ちの聖書辞典を読んでみてください。
聖書を毎日よく読んでいても、牧師の説教を毎日曜日に欠かさず熱心に聞いていても、なかなかこのようにまとえることはできませんね。

以下は聖書辞典からそのままの引用です。

 (1)共観福音書

マタイ(1:18)とルカ(1:35)は,共にイエスの誕生を聖霊の創造的な力に帰している.

マタイ,マルコ,ルカは共通して,来るべきメシヤは聖霊によるバプテスマを授けるというバプテスマのヨハネの説教を含んでいる(マタイ3:11,マルコ1:8,ルカ3:16).

また,イエス御自身のバプテスマにおいても(マタイ3:13‐17,マルコ1:9‐11,ルカ3:21‐22),40日間にわたるイエスの荒野の誘惑においても,御霊が働いていたことを伝えている(マタイ4:1‐11,マルコ1:12‐13,ルカ4:1‐13).

マタイは,イエスが神の御霊によって悪霊を追い出している事実を語っており(マタイ12:28),マルコとルカは聖霊を汚す罪にふれている(マルコ3:29,ルカ12:10).

マタイ(12:18)とルカ(4:18)は,メシヤの上に主の御霊が注がれるという旧約の預言が現に成就したことを明らかにしている.またルカは天の父がイエスの弟子たちに聖霊をくださるという約束を記している(11:13).

マタイ,マルコ,ルカは共に,迫害のような危機に直面した場合には,言うべきことは聖霊が教えてくださると言っている(マタイ10:20,マルコ13:11,ルカ12:12).

この聖書辞典の著者は、どのようにして、このまとめがなされたのか私にはわかりませんが、私はこのような作業に際しては、次の資料を用います。

日本語にはありませんが、英語では、「聖霊聖書」というのがあるのです。旧約と新約からなるその聖書は、どこにでもある聖書のように見えますが、それを開くと、聖霊に関する記述は全て色分けされているのです.

もうひとつの手は、完全に網羅されている英語のコンコーダンスの利用です。

それには、at, on などの前置詞すらとりあげているのです。ですから、spiritと Spirit のすべても見つけられるのです。

もし英語でもよければ、聖書辞典に頼らなくても、まとめることができるんです。

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創刊日:2002-03-24  
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