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三島由紀夫の総合研究

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三島由紀夫研究会メルマガ <<三島由紀夫 葛城奈海             

2019/05/26

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『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
  令和元年(2019)5月26日(日曜日)
           通巻第1341号 
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三島由紀夫と私
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                       葛城奈海
                     (公開講座講演要旨  平成31年3月22日)

 
 みなさん、こんばんは。本日は、お招きいただき、ありがとうございます。
 私は三島由紀夫先生の文学作品よりも、そうでないものの方に強く惹かれます。特に心に残っている言葉は、こちらです。
「日本の軍隊の建軍の本義とは、『天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る』ことにしか存在しないのである」(『檄』より)

「無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう」(『果たしえていない約束―私の中の二十五年』より)

 三島先生の自決から49年経った今、残念ながら、日本はまさに三島先生が予言した通りになってしまっています。

 ▲「国の守り」に目覚めた出来事

 今でこそ、予備自衛官や「防人と歩む会」会長などを務めている私ですが、もともとは典型的な戦後教育の申し子で、アンチ自衛隊でした。それが、「国を守る」ことに目覚めたのには二つの背景があります。

 20代の終わりころ、実家のある狭山丘陵の一角で仲間たちと有機栽培での米作りを始めました。ある時、指導役の農家のおじいちゃんが、「溜め池の周りの木を伐ります」というのを聞き、「私は里山を守りたくて活動に参加しているのに、木を伐ったら自然破壊じゃない?」と内心ドキドキしました。
木を伐る理由は、「そのままにしておくと落ち葉がどんどん池に堆積して水が溜まらなくなり、そうすると稲が育てられなくなるから」と聞き、半分納得しました。その直後、そのおじいちゃんは伐る木の前に、お酒と塩とお米を備え、跪き、両手を合わせて祈りを捧げたのです。「命を頂きます。ありがとうございます」と。その姿に、雷に打たれたような衝撃を受けました。それまで私は、国を守るというのは国土や国民など形あるものを守ることとしてしかとらえていませんでした。

ですが、もっと本質的には、その国の人々が先祖から連綿と受け継いできた文化や価値観、自然観、アイデンティティを継承していくことなのではないかと。そう思った瞬間、「ああ、大事だ、国を守ることって」と、初めてストンと腑に落ちたのです。想像してみてください。もしこの先、日本という国土が残り、日本人のような顔をした人間が生き続けていたとしても、そこで日常的に使われている言語が英語や中国語だったりしたら、そこは日本と呼べるのでしょうか? 私は、そこはすでに日本ではないと思います。

この出来事を機に、「国を守る」ことに積極的に関わりたいと思うようになりました。ちょうど同時期に、学生時代から稽古している武道を通じての気づきも重なり、それまでの自分のような人間と自衛隊との懸け橋になれるような活動をしたいと思い、防衛省の市ヶ谷台ツアーの案内役になりました。

 ▲三島事件の現場、市ヶ谷記念館の案内役をして感じたこと

 市ヶ谷台ツアーのメインとなるのは、東京裁判の際に法廷の場として使われた大講堂や、三島事件の現場となった旧陸軍大臣室が移設・復元された市ヶ谷記念館です。3年間ガイドを務めました。こんなことを話すとオカルト的だと思われてしまうかもしれませんが、その間に、ふたつの黒い影が旧陸軍大臣室前から旧便殿の間(天皇陛下のご休憩所)の前に向かてゆっくりと移動していくのを見たことがあります。三島先生と森田必勝さんが、まだ成仏されずに漂っておられるのだなと感じました。

 ▲予備自衛官補、予備自衛官として体感した国防の現実

 案内役として1年2年と経つうちに、自分の発している言葉が薄っぺらいなあとモヤモヤしてくるようになりました。マニュアルを暗記しての説明は、自分の五感を通じた体験から紡ぎ出された言葉ではありません。そんな折に、予備自衛官補という制度が始まることを知りました。それまで元自衛官しかなれなかった予備自衛官に、自衛隊未経験者でも3年以内に50日間の訓練を積めば任官できるという制度です。これだ!と思い、一期生となり、横須賀の武山駐屯地で50日間の訓練を終えました。

 その後は、元自衛官の予備自の方とともに、朝霞駐屯地で年5日間の訓練を受けるようになります。初めての予備自訓練は衝撃的でした。それまで整斉とした自衛官ばかり見ていたのですが、元自の予備自の方の中には、「訓練に来てやってるんだぜ」と言わんばかりに、服装もいい加減で時間もルーズ、課業中は寝てばかりいるのに宴会になると突如目を輝かせる古株の方が何人もいたのです。

自衛官像がガラガラと崩れましたが、考えてみたら、ふた昔くらい前までは、自衛官というだけで税金泥棒、自衛官の息子が「人殺しの子供」といじめられるなどということが現実としてあったわけです。そんな時代背景にあって、自衛官であることに誇りを持てというほうが無理な話だったのかもしれません。なので、こうした状況を正すためには、そうした先輩方を責めるよりも、国民の中に、「いざという時に国を守ってくれる自衛官への正当な敬意と感謝の念」を持つ空気を醸成していくことのほうが、遠回りなようで近道なのではと思い、そうした活動をしていこうと思うに至りました。

  ▲尖閣問題、拉致問題から浮かび上がる「戦後体制」の闇

 平成22年9月7日に起きた尖閣漁船衝突事件は私にとって衝撃的でした。中国の漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりしたこともさることながら、それ以上に衝撃だったのは、その後の政府の対応です。現場の海上保安官は、揺れる船から船へと飛び移り、漁船の船長以下乗組員を逮捕しました。それは、国の尊厳を守るための命がけの行為であったと思います。

にも関わらず、その崇高な行為を踏みにじるかのように、国は中国からの圧力にあっさり屈し、船長らを釈放してしまいました。凱旋帰国した船長の映像を見た現場の海上保安官は、いったいどんな思いがしたでしょうか。それを想像すると、女性の私がこんな言葉を使うのもどうかと思いますが、腸が煮えくり返る思いが致しました。

 しかし、職を賭して現場映像をyoutubeに投稿してくださった一色正春さんのお陰で、私達は現場で何が起きていたのかを知ることができました。流石に、当時の民主党政権に対する怒りの声が沸き上がりましたが、あの事件は何も民主党政権のせいだけで起きたわけではありません。

それまでの長い自民党政権の間、ずっと事なかれ対応を繰り返してきた結果、中国がどんどん厚顔の度を増し、そしてついにドカンと体当たりに至った……つまり、戦うこと、毅然とした態度をとること、イコール「悪」という短絡的な価値観が蔓延した「戦後体制」の醜悪さの結晶が、この事件だったのです。
これほどまでに赤裸々に、国民の目にその実態がさらされたことはなかったのではないかと思います。これを好機として日本が戦後体制を終わらせなければ、もう二度と、真の意味での自立した国として日本は再生できないのではないか。そう思い、事件を風化させないためにも、「そうだ、尖閣に行こう!」と思うに至りました。

 以来、石垣島の漁師さんや志を同じくする「頑張れ日本!全国行動委員会」(水島総幹事長)の仲間たちとともに15回にわたって尖閣海域に行ってきました。が、平成24年に尖閣諸島が国有化されると、現場の様子は一変しました。それまでは上陸こそ禁じられていたものの手を伸ばせば触れられるくらいまで島に接近できたのですが、国有化以降、1海里(1852m)以内に近づこうとすると、海保によって阻まれるようになったのです。一方で、中国公船の領海侵犯は常態化するようになりました。

 そして、忘れもしません。
平成25年7月1日早朝、屈辱的な光景が目の前で繰り広げられたのです。いつものように夜明けとともに魚釣島近くに到着すると、海保から「中国公船が接近中なので気を付けてください」と連絡が入りました。その連絡が終わるか終わらないかというタイミングで、私たちの目の前、魚釣島すれすれのところを、大きな中国公船が悠々と横切っていこうとしていました。
しかし、そんな状況でも海保はそちらを振り返ることもせず、日本人である私達が魚釣島に接近しないよう「1海里以内に入ることは禁止されています」と連呼しているのです。なんと倒錯した光景でしょう。この状況を第三者が見たら、誰がどう見ても、魚釣島は中国の島にしか見えません。そんな状況を、日本国自身が作り出しているともいえるのです。

 他国は、こうした場合にどのような対処をしているのでしょうか? インドネシアでは、中国漁船に限らず違法操業した外国船を、乗組員を出した上で沖へもっていって爆破しています。
人口わずか2万人のパラオでは、違法操業した中国船を停船させようとして射撃したら、誤って中国人を射殺してしまいました。が、それにも怯まず、追いかけ続け、25人の乗組員全員を逮捕・起訴しています。パラオは軍隊を持ちません。警察船でそのような対処をしました。人口わずか2万人の国が、です。それに引き換え我が日本は、いったい何を恐れているのでしょう。

 その後、自民党政権に戻り、少しは対応がマシになるかと淡い期待もしましたが、現実は逆でした。もはや、私達が「尖閣に行きたい」と言ったら出港すらさせてもらえないのです。

 その一方で、中国公船の領海侵犯は常態化し、本来異常事態であるはずのことに日本人も慣れてしまい、ニュースにすらなりません。
アメリカは、いざとなったら、「安保条約5条に基づいて日本を守る」と言っていますが、それはあくまで尖閣諸島が日本の施政権下にある限りにおいては、の話です。このままの事なかれ対応を続けていたら、気が付いた時には五星紅旗が翻っていてもまったく不思議ではありません。それよりなにより、いくら同盟国だといっても、「自国の領土だ」と言いながら、日本自らが体を張って守る気構えも見せていないのに、自国の兵士の血を流させてまで守ろうとするでしょうか? そんなお人良しの国は、ないと思います。まずは、日本自身が「自国の領土は自分で守る」という毅然とした態度をとることが必須であると思います。

 ▲保守はもっと守るべき日本文化への意識を(参照:『海幸山幸の詩』リスト)

 尖閣諸島の魚釣島では今、ヤギが大繁殖して島の緑を食い尽くそうとしています。本来島にヤギはいなかったのですが、非常時の食料用にと連れていかれた雌雄一対のヤギが数百頭にまで増えてしまいました。尖閣は絶海の孤島なので、尖閣にしかいない固有種、センカクツツジ、センカクサワガニ、センカクモグラなどが生息していますが、そうした希少種がヤギのために絶滅の危機に瀕しています。生物多様性を守るためにも、ヤギ対策は急務です。

 それと同じような問題が、ほぼ日本全国の森林で鹿で起きています。そもそもは、天敵であったニホンオオカミを絶滅させてしまった人間の責任です。天敵がいなくなり、ハンターも高齢化と絶対数が減ったことなどにより、鹿の数は四半世紀前の約10倍に激増してしまいました。
私は十数年来、林業の取材もしていますが、あちこちで「苗木を植えても食べられてしまう」「成長した木も皮を剥がれて使い物にならなくなる」といった林業家の悲鳴ともいえるような声を聞いてきました。鹿によって下草が食い尽くされた森林は、保水力を失い、大雨が降ると土砂災害の原因にもなっています。国土荒廃の危機と言っても大げさではないくらいの実情を目の当たりにし、私も4年前に狩猟免許を取得しました。

 東京都の檜原村の巻狩りによく参加していますが、そこで印象的だったことがふたつあります。初めて出猟した日、私の前に獲物が現れました。てっきり獲物が現れる前には、猟犬の声が近付いてくるだろうと思っていた私は、まだ銃を手にしてもおらず、発砲することすら叶いませんでした。要は、失敗したわけです。幸い、他のメンバーが仕留めてくれましたが、その獲物を、十数人の仲間でびっくりするくらい均等に分けたのです。手柄も失敗も肉も山分けするんだな、要は、それだけ共同体の仲間として同じ責任を負っているのだなと感じ入りました。聞けば、こうやって猟師が山で獲物を均等に分けることが「山分け」という言葉の語源だそうです。

 もうひとつは、猟友会の部屋には神棚が祀ってあり、猟をする日には安全と猟果が得られることを祈ってから一日が始まり、獲物が獲れれば、心臓の一部を小枝に挿して山の神に捧げ、宴会の最後には、神棚に捧げたお神酒を全員で一口ずつ回し飲みして、神様への感謝する……そうした日本の原風景とも呼べる風習が受け継がれていることに心を動かされました。どんなに時代が進んでも、一木一草にも神が宿るとして感謝する日本的な自然観を忘れずに受け継いでいきたいと思います。

 ▲そもそも守るべき「日本」とは?

 私は、日本を取り戻したいと思っています。そもそも「日本」とは何か?と突き詰めて考えていったとき、じゃあ、日本という国はどうやって始まったのかというところに立ち返らざるを得ないと思います。
日本書紀によれば、初代神武天皇が橿原で建国された際に出された詔には、「八紘を覆いて宇と為む」と記されています。これが日本という国の建国の理念です。神話なんて歴史的事実じゃないと軽視する方もおられますが、大事なのは、歴史的事実であるかどうかよりも、その国の人々が価値あることとして受け継いできた、という事実なのではないでしょうか。

 「八紘一宇」という四字熟語にまとめられ、戦前戦中と盛んに使われましたので、私自身もかつては「好戦的な軍国主義者のスローガン」のように思いこんでいましたが、少し神話を読めば、まったく逆の意味で、むしろ「世界は一家、人類皆兄弟」という素晴らしい理念だとわかります。

日本人は、いつしかこの建国の理念を忘れてしまった。だからこそ、警察発表で北朝鮮に拉致されている可能性が排除できない失踪者が883名もいるのに、長年、取り返すこともできずに平気でいられるようになってしまったのではないでしょうか。誰しも、一つ屋根の下に暮らす妻や子や孫が連れ去られたとしたら、特に男性であれば、自分の身に多少の危険が及んだとしても救出しにいこうと思うのではないかと思います。しかし、そのような意識が希薄になってしまった。

 と言いながら、その一方で、そうは言っても日本人の中には、こうした理念が脈々と受け継がれているなと感じることもあります。
例えば、震災のときに困っているはずの被災者が、「もっと困っている人がいるので、そちらを先に助けてくれ」と言えたり、お腹をすかせていても整然と列をなして配給を待てたりすることなどにも表れているように思います。

 それよりなにより、こうした建国の理念は、先の大戦においても遺憾なく発揮されました。
一昨年、私はパラオのペリリュー島に戦跡・慰霊の旅に行ってきました。ペリリューと言えば、守備隊長であった中川州男大佐が有名です。島民とそれこそ兄弟のような関係を築いていましたので、まもなく米軍が攻めてくるというときに、島民から「一緒に戦わせてくれ」と申し出がありました。
ところが、中川大佐は「貴様ら土民と一緒に戦えるか」と一蹴しました。欧米人と同様、日本人も自分たちを差別していたのかと悲嘆にくれながら島民が島を離れようとしたとき、ジャングルから走り出てきて「達者にくれせよー」と手を振る日本兵達の姿に、島民たちは自分達を安全な場所に逃がそうとした大佐の真意を悟り、泣く泣く島を後にしたと言います。

 兵力にして約4倍、火力にして約200倍の差が米軍との間にはありました。米兵は「スリーデイズ、オア、トゥ」、つまり3日、あわよくば2日で島を陥落させられると見くびっていましたが、その島で日本軍は71日間持ちこたえました。

日本から行くと、まずコロール島に着きますので、そこから約1時間小船に乗って、島に向かいます。ガイドさんが「あれがペリリューだよ」と指さした島影を見て、私は絶句しました。あまりに小さく、薄っぺらく、はかなげな島だったからです。米軍でなくても、私だって3日で落とせると思ってしまいそうなほどでした。あんな島で71日間も持ちこたえたなんて人間業じゃない。

そう思いました。そして、心の底から思いました。戦後日本の平和を守ったのは、憲法9条でも日米同盟でもなく、こんな人間業とは思えない戦い方をする日本人とは金輪際戦いたくないと骨の髄から思わしめた先人たちの戦いぶりとその精神なのだ、と。

 ペリリュー神社の石碑には、敵将ニミッツ提督のこんな言葉が刻まれていました。

「諸国から訪れる旅人たちよ、この島を守るために日本軍人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い、そして玉砕したかを伝えられよ」。

 大和魂という言葉があります。特攻隊の方々の戦いぶりに代表される荒ぶる魂を思い浮かべる方が多いと思います。が、「大和」という言葉が含まれていることからもわかるように、そもそもは「八紘一宇」と同じ、大きな和を希求する魂なのだと思います。ですが、「和」はいつもニコニコしていれば保たれるというものではありません。

ひとたび和を乱す存在が現れた時には、最終的には自らの体を張ってでも和を守るために戦う、そうした荒ぶる魂に裏打ちされてこそ保たれるのが「大和」です。神道には、和魂と荒魂という言葉があります。一見、相反する概念ですが、実は、表裏一体となったもの、それこそが大和魂なのではないでしょうか。

 ▲目指すべき憲法とは?

 再び、三島先生の『檄』を引用します。

「日本の軍隊の建軍の本義とは、『天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る』ことにしか存在しないのである」

「憲法改正によって、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽すこと以上に大いなる責務はない、と信じた」

 現在安倍首相が進めている9条2項を残したままの憲法改正は、「戦うこと」=悪とした戦後体制を固定化させることであり、それはつまり、自衛隊が米軍の傭兵になることを固定化させることだと思います。

建軍の本義に近づくどころか逆に遠のき、まさに三島先生が、そうあってはいけないと訴え続けてきたことで、これでは三島先生も浮かばれません。理想的には、日本の国柄にあった自主憲法を起草するべきであると思います。
現実的にそれが困難だとしても、少なくとも戦後体制脱却に資する憲法改正でなければ、意味がないと思います。安倍首相は、拉致被害者救出に自衛隊を活用することについて、「日本には憲法の制約があるからできない」「いざとなったら米軍に頼むしかない」と発言しています。そのような独立国として恥ずかしい状態から脱却できる改正でなければなりません。

しかし、安倍首相は、憲法改正で自衛隊を明記しても、自衛隊の任務は何も変わらないとも仰っています。これでは、意味がないのです。そのような憲法に自衛隊を明記されたとしても、一予備自衛官として、私は誇りには思えません。

 建国の理念である「八紘為宇」に立ち返り、大和魂を受け継いで行ける憲法改正こそ、「日本を取り戻す」ことであり、我々が目指すべきものであると信じています。
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◎事務局より 今後の予定
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5月公開講座は『正論』元編集長の上島嘉郎氏をお招きします。

日時 令和元年5月28日(火)18時半開演(18時開場)
会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館) JR・地下鉄「市ヶ谷」下車2分
演題 「三島由紀夫と西郷南洲」(仮題)
講師 上島嘉郎(かみじまよしろう)氏はジャーナリスト、元月刊「正論」編集長
           

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六月の「公開講座」は渥美饒児氏(文藝賞受賞作家)
浜松在住の作家・渥美饒児氏が小説家を志した20代より30年間にわたって蒐集した「三島由紀夫コレクション」を通じて、三島由紀夫への熱い思いを語って頂きます。
      記
日時  令和元年6月24日(月)18時半より(18時開場)
会場  アルカディア市ヶ谷(私学会館)
        JR/地下鉄「市ヶ谷」徒歩2分
演題  「私の三島由紀夫コレクション」
講師  渥美饒児氏(あつみじょうじ、小説家)
   <講師プロフィール> 昭和28年生、静岡県浜松市出身。日本大学文理学部卒。『ミッドナイト・ホモサピエンス』(河出書房新社)で昭和59年度文藝賞を受賞。『十七歳、悪の履歴書―女子高生コンクリート詰め殺人事件』(作品社)を原作とした映画「コンクリート」(中村拓監督)が平成16年に上映される。その他『孤蝶の夢―小説北村透谷』(作品社)、『原子の闇』、『沈黙のレシピエント』(何れも中央公論新社)。その他最新作として警察小説の傑作として評価の高い『潜在殺』(河出書房新社)がある。浜松市在住。
 平成25年浜松文芸館で「三島由紀夫コレクション展」を主催した。 


    ♪
 7月公開講座の日程とテーマが下記のように決りましたのでお知らせします。蓮田善明とともに『文芸文化』を創刊し、また三島由紀夫の才能を見出し三島由紀夫が世に出ることに尽力した清水文雄について論じて頂きます。
荒岩氏がこれまで当会で取り上げた蓮田善明、保田與重郎、伊東静雄、影山正治に続く浪曼派文学シリーズの第5弾になります。
    記
日時  令和元年7月26日(金)18時半より(18時開場)
会場  アルカディア市ヶ谷(私学会館)
演題 「清水文雄の国文学と教育」
講師  荒岩宏奨氏(あらいわ ひろまさ、展転社取締役編集長)
    講師略歴 昭和56年山口県生まれ。広島大学教育学部卒、プログラマー、雑誌編集者を経て現在展転社取締役編集長。著書『国風のみやびー国体の明徴と天業の恢弘』(展転社)。尚荒岩氏は来る4月より展転社代表取締役に就任予定です。
会場費  会員・学生千円(一般2千円)


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九月「公開講座」の講師が新国立劇場演出家の宮田慶子さんに決まりました。日程などは下記の通りです。
      記
日時  令和元年9月20日(金)18時半開演(18時開場)
場所  アルカディア市ヶ谷(私学会館)
    JR/地下鉄「市ヶ谷」徒歩2分
演題  「三島由紀夫演劇の世界」(仮題)
講師  宮田慶子氏(新国立劇場演出家・同演劇研修所長)
<講師略歴>昭和32年生まれ。東京都出身。学習院大学文学部中退後青年座(文芸部)に入団。その後新国立劇場演劇部門芸術監督を経て現在は同劇場演劇研修所長。三島由紀夫作品の「朱雀家の滅亡」など多くの作品の演出を手掛ける。第9回読売演劇大賞最優秀演出家賞をはじめ受賞歴多数。
会場費 会員・学生1千円(一般2千円)
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  三島由紀夫研究会 http://mishima.xii.jp/contents/index.html
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(C)三島由紀夫研究会 2019  ◎転送自由
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