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三島由紀夫の総合研究

創立35年の老舗「三島由紀夫研究会」の会報を兼ねた、あらゆる角度からの総合研究メルマガ

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三島由紀夫研究会メルマガ

2019/05/09

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『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
  令和元年(2019)5月9日(木曜日)
           通巻第1335号 
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(憲法上)日本は「神の国」である
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政教分離を規定する憲法に第二〇条三項は神道をその対象とはしていない
             伊 藤 英 樹                                      

一、先ずは、第一章(天皇)における条項上の疑問点を挙げる。
?、憲法第二〇条三項に関連して
大嘗祭を巨額の国費で催行するのは第二〇条三項に違反しないのか。
神道とは天照大御神を最高神とする、換言すればアマテラス教ともいうべき宗教である。従って神道の祭式で行われる大嘗祭に国費を充てる事については政教分離を規定する第二〇条三項との関係を考慮すべきであり、先に秋篠宮殿下が憲法違反を危惧されたのは当然の事である。それにも拘らずこれまで通り、大嘗祭はこれまで通り巨額の国費で斎行されるようであるが、其処には如何なる論理があるのか。

?、憲法一一条に関連して
第一一条は「国民はすべての基本的人権の享有を妨げられない・・」としているが、天皇以下皇族は選挙権その他の基本的人権を認められていない。では国民ではないという事か。

?、第七条に関連して
天皇皇后両陛下は第七条の国事行為には含まれないものの公的行為として東北大震災についてを始めとする慰霊の旅をされた。同様に安倍総理も査察を兼ねての慰霊の旅をしたが、それが「全国民を代表して」の慰霊である事は論を待たない。ではそれと対比しての天皇皇后の慰霊は如何なる意味を有するのか。

?、第一条と第二条との関係
憲法は第一条において「天皇の地位は主権の存する日本国民の総意に基く」として国民主権を唱えながら、第二条では国民主権とは相容れない「皇位は世襲のものであって」として世襲制を定めている。相容れない両条を如何に解すべきか

二、憲法は天皇制を原則ないし上位概念とし国民主権を例外ないし下位概念としている。
 憲法第一条において「天皇の地位は主権の存する日本国民の総意に基く」として国民主権を唱えつつ第二条では「皇位は世襲」として天皇の世襲制を定める。
 しかし「世襲」は民意を問うことなく行われるものであるから第一条の国民主権との整合性を鋭く問われなければならないのであるが、そうした論は殆ど見当たらなく、僅かに芦部信喜氏(東大元教授)が「民主主義の理念や平等原則に反するが」として例外的な捉え方をしつつ触れているに過ぎない。
しかし「世襲制」は、後述する「天皇の天皇たる由縁」に基づくものであり、しかもそうした観念の下 国民主権などと言う観念が成立する遥か以前に遡ること千数百年の伝統を有するのであるから、さしたる根拠を示す事もなく例外扱いをするのは許される事ではないのだ。
思うに、原則事項と例外事項を定めるにあたっては、先ず原則事項を定めた上で例外事項を定めるのが常態であって、その反対に例外事項を先ず定めるなどという事はおよそあり得ないのである。
こうした基準を考慮した上で憲法上における天皇条項と国民条項を見たとき、天皇を第一章とし国民を第三章とする憲法は、天皇制こそ原則ないし上位概念とし国民主権は例外ないし下位概念としていると解さざるを得ないのだ。
 しかも、この様に天皇制が国民より上位の第一章に座を占めているのにも拘らず国民はその天皇制を圧倒的な数をもって支持しているのである。

ここで忘れてならないのは天皇の天皇たる由縁である。それは天皇の存在が遥か遠く神武更には天孫たるニニギノミコトを通してのアマテラスの尊の子孫であるとの観念に基づいているという事だ。
そのアマテラスを本尊として祭っているのが伊勢神宮なのであるから同神宮を参拝することは天皇制を支持することに他ならないのだ。その神宮を参拝する者の数は、昨年年だけでも一千万人を超すという。しかもアマテラスを祭る神社は、伊勢神宮に限るのではなく草なぎの剣の熱田神宮を始めとして全国に数多く存し、また地方の家の床の間には天照大神の掛け軸が、更には個人の家の神棚にも天照大神のお札がそれこそ無数に掲げられているのである。
繰り返しであるが、要するに憲法上国民に優位する天皇制であるにも拘らず、そんな天皇制を国民は長きにわたって全国的に支持し続けてきたという事なのだ。

 以上、憲法は天皇制を国民主権に上位する概念としているのである。これまで殆どの論者は、明治憲法と現行憲法の関係について、天皇制中心から国民主権に変革されたとし、中にはそれ故それは革命であったと喧伝する論者もあった。
しかしこれまで述べて来たように、現行憲法に於いても依然として明治憲法と同様天皇制中心が維持されているのだ。
 或いはこうした考えに対し、明治憲法には存した政治的権限が現行憲法には存しない相違を軽視している、との批判がなされるかしれない。しかし、もともと神たる存在を俗世界そのものの政治的権力と結び付ける事こそ相応しいものではなく、本来のあるべき姿に戻っただけに過ぎないのだ。*

*何故に絶対的権力を有するマッカーサー占領軍が天皇制をそれも第一章という重要な位置に設けるのを認めたかについては、これまで一般的には、占領軍行政を容易にするためとの理由が付せられてきた。しかし、占領軍政策の最大の目的は、日本をして二度と立ち上がらせない事にあり、そのためには国家体制の基軸を為す天皇制の排除が不可欠である事を同軍は熟知していたはずである。
しかも当時の占領軍は望むところの何事をも実現するためのオールマイティーの力を有していたはずである。従って、占領政策を容易にするためという言わば便宜的理由だけで天皇制の存続を論ずるのは、説得力を欠くのだ。
唯一考えられるのは、そうしたオールマイティーの力を有していたはずの占領軍と雖も抗い難かった、アメリカ建国を遡ること一千年を遥かに超えて維持されてきた伝統の持つ力が、それは便宜的理由などとは次元を超える力が、天皇制を存続せしめたという事だ。
 
三、憲法が天皇制を認めている以上、政教分離を規定する第二〇条三項は神道をその対象とする事を予定していない事になる

 前述のように,神道は天照大御神を最高神とするアマテラス教ともいうべき宗教であり、また天皇はそのアマテラスの子孫という宗教的存在なのであるから、天皇制を護持するという事はアマテラス教を、引いては神道を護持するという事に他ならない。従って仮に「政教分離を規定する第二〇条三項が神道をもその対象としている」とすると、天皇制維持のために国費を用いることは許されない事になり、天皇制は成り立たない事になるはずである。それにも拘らず憲法は天皇制を それも第一章で堂々と定めているのであるから、「第二〇条三項は、神道については、その対象とする事を元々予定していない」と解さざるを得ないのだ。
 従って、先に疑問とした神道による大嘗祭の斎行も、第二〇条三項が神道をその対象としていないのであるから、そのための費用の多寡の問題はともかく、神道による事自体は何ら問題とするにあたらないのだ。

 なお、先に一一条に関連しての同条が国民に保証する基本的人権の数々を、何故に天皇は有しないかの疑問であるが、これまで述べて来たように答えは「天皇は国民ではなく神である」からだ。
 また七条に関連した事だが、安倍総理の慰霊が「国民を代表して」の意味であるのに対し天皇の慰霊は如何なる意味を有するかであるが、それはローマ法王よる慰霊が宗教的意味を有するのと同に天皇による慰霊も宗教的意味をもち、しかも同法王がキリストの代理としてであるのに対し、天皇はアマテラスの子孫としての慰霊であるから、より濃密な意味を有すると考えられるのだ。

四、宗教における不合理性
 天孫降臨を始めとする神話は、戦前の小学校の教科書などにおいてよく語られていたが、占領軍司令部はそれを不合理なものとして削除させた。
しかしキリスト教において最大の祭りとする復活祭に関しての「キリストは処刑から三日後に復活して、四○日間弟子たちと生活しその後天に昇っていった」という説話、またキリストの母マリアに関しての処女懐胎 、更にモーゼに関して言えばエジプト脱出の際の「海が割れた」「シナイ山で神から十戒を言い渡された」「一二〇歳まで生きた」等々、占領軍が信じるキリスト教やユダヤ教の世界にあっても非合理な話には事欠かないのだ。従って、神道に限ってその不合理を問うのは、問う事自体こそ不合理なのだ。

五、心を一つに
 ー開戦の際東条内閣の決定を私が裁可したのは立憲政治下に於ける立憲君主として已むを得ぬ事である。もし己が好む所は裁可し、好まざる所は裁可しないとすれば、之は専制君主と何ら異なる所はない。
終戦の際は、然し乍ら之とは事情を異にし、廟議がまとまらず、鈴木総理は議論分裂のままその裁可を私に求めたのである。
 今から回顧すると、最初の私の考えは正しかった。陸海軍の極度に弱った終戦の時に於いてすら無条件降伏に対し「クデター」様のものが起こった位だから、もし開戦の閣議決定に対し私が「ベトー」を行ったとしたらば、一体どうなったであろうか。

 日本が多年錬成を積んだ陸海軍の精鋭を持ち乍ら愈々と云う時に蹶起を許さぬとしたらば、時のたつにつれて、段々石油は無くなって、艦隊は動けなくなる、人造石油を作ってこれに補給しよーとすれば、日本の産業を殆ど、全部その犠牲とせねばならぬ、それでは国は亡びる、かくなってから、無理注文をつけられては、それでは国が亡びる、かくなってからは、無理注文をつけられて無条件降伏となる。
 開戦当時に於ける日本の将来の見透しは、斯くの如き有様であったのだから、私が若し開戦の決定に対し「ベトー」したとしよう。国内は必ず大内乱となり、私の信頼する周囲の者は殺され、私の生命も保証出来ない、それは良いとしても結局狂暴な戦争が展開され、今次の戦争に数倍する悲惨事が行われ、果ては終戦も出来兼ねる始末となり、日本は亡びる事になったであろうと思う。

 以上は「昭和天皇独白録」からの抜粋である。陛下は「戦争で敗けるよりも国論の分裂の方が恐ろしい事だ」と申されているのだ。「心を一つにする」ことの大切さを説かれているのだ。
また、この独白録は、日本が終戦による混乱を回避するに際し、心を一つに出来たのは、偏に天皇という御存在が有ったからこその事実を如実に示しているのだ。
 日本人をして心を一つにさせる唯一の存在としての天皇、それは今日も変わりのない事を我々は改めて強く思わなければならない。
 世界の多くの国々が国内の分裂に呻吟する中にあって、心を一つにさせてくれる存在を有する事が、どれほど恵まれ、どれほど有難い事であるかを、我々は決して看過してはならないのだ。
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(読者の皆さん、この伊藤氏へのご意見、御感想など、お寄せ下さい)
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■ 事務局より 今後の予定
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5月公開講座は元『正論』編集長の上島嘉郎氏です。

日時 令和元年5月28日(火)18時半開演(18時開場)
会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館) JR・地下鉄「市ヶ谷」下車2分
演題 「三島由紀夫と西郷南洲」(仮題)
講師 上島嘉郎(かみじまよしろう)氏はジャーナリスト、元月刊「正論」編集長
(講師略歴)昭和33年生。長野県出身。愛媛県立松山南高校卒。フリーランスを経て産経新聞社に入社。月刊「正論」編集長を歴任。現在はフリージャーナリストとして活躍中。
著書として『韓国に言うべきことをキッチリ言おう!−いわれなき対日非難「サクサク反論ガイド」』(ワニプラス)、共著に『大東亜戦争「失敗の本質」』(飛鳥新社)がある。
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六月の「公開講座」は渥美饒児氏(文藝賞受賞作家)
浜松在住の作家・渥美饒児氏が小説家を志した20代より30年間にわたって蒐集した「三島由紀夫コレクション」を通じて、三島由紀夫への熱い思いを語って頂きます。
      記
日時  令和元年6月24日(月)18時半より(18時開場)
会場  アルカディア市ヶ谷(私学会館)
        JR/地下鉄「市ヶ谷」徒歩2分
演題  「私の三島由紀夫コレクション」
講師  渥美饒児氏(あつみじょうじ、小説家)
   <講師プロフィール> 昭和28年生、静岡県浜松市出身。日本大学文理学部卒。『ミッドナイト・ホモサピエンス』(河出書房新社)で昭和59年度文藝賞を受賞。『十七歳、悪の履歴書―女子高生コンクリート詰め殺人事件』(作品社)を原作とした映画「コンクリート」(中村拓監督)が平成16年に上映される。その他『孤蝶の夢―小説北村透谷』(作品社)、『原子の闇』、『沈黙のレシピエント』(何れも中央公論新社)。その他最新作として警察小説の傑作として評価の高い『潜在殺』(河出書房新社)がある。浜松市在住。
 平成25年浜松文芸館で「三島由紀夫コレクション展」を主催した。 


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 7月公開講座の日程とテーマが下記のように決りましたのでお知らせします。蓮田善明とともに『文芸文化』を創刊し、また三島由紀夫の才能を見出し三島由紀夫が世に出ることに尽力した清水文雄について論じて頂きます。
荒岩氏がこれまで当会で取り上げた蓮田善明、保田與重郎、伊東静雄、影山正治に続く浪曼派文学シリーズの第5弾になります。
    記
日時  令和元年7月26日(金)18時半より(18時開場)
会場  アルカディア市ヶ谷(私学会館)
演題 「清水文雄の国文学と教育」
講師  荒岩宏奨氏(あらいわ ひろまさ、展転社取締役編集長)
    講師略歴 昭和56年山口県生まれ。広島大学教育学部卒、プログラマー、雑誌編集者を経て現在展転社取締役編集長。著書『国風のみやびー国体の明徴と天業の恢弘』(展転社)。尚荒岩氏は来る4月より展転社代表取締役に就任予定です。
会場費  会員・学生千円(一般2千円)


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九月「公開講座」の講師が新国立劇場演出家の宮田慶子さんに決まりました。日程などは下記の通りです。
      記
日時  令和元年9月20日(金)18時半開演(18時開場)
場所  アルカディア市ヶ谷(私学会館)
    JR/地下鉄「市ヶ谷」徒歩2分
演題  「三島由紀夫演劇の世界」(仮題)
講師  宮田慶子氏(新国立劇場演出家・同演劇研修所長)
<講師略歴>昭和32年生まれ。東京都出身。学習院大学文学部中退後青年座(文芸部)に入団。その後新国立劇場演劇部門芸術監督を経て現在は同劇場演劇研修所長。三島由紀夫作品の「朱雀家の滅亡」など多くの作品の演出を手掛ける。第9回読売演劇大賞最優秀演出家賞をはじめ受賞歴多数。
会場費 会員・学生1千円(一般2千円)
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  三島由紀夫研究会 http://mishima.xii.jp/contents/index.html
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