文学

三島由紀夫の総合研究

創立35年の老舗「三島由紀夫研究会」の会報を兼ねた、あらゆる角度からの総合研究メルマガ

全て表示する >

三島由紀夫研究会メルマガ

2019/04/08

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
  平成31年(2019)4月8日(月曜日)
           通巻第1327号  <<力作論文一挙掲載>>
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

続・浅薄な国体論批判に反論する
 ――白井聡氏の『国体論 菊と星条旗』を読み解く――
 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

                    三島由紀夫研究会会員 藤野博 

  ▽ 
 筆者は、平成30年9月号の本会会報に「浅薄な国体論批判に反論する」と題して寄稿し、著名な文学者と社会学者の国体論批判に対して、実証的に論駁した。
 今回は、『永続敗戦論』を著して話題をまいた政治学者・白井聡氏の『国体論 菊と星条旗』を取り上げて、前回の論稿の続編とする。

  ▲「国体」の意味は厳密に捉えられているか

 白井氏は「序――なぜいま、『国体』なのか」で、このように書き始めている。
 「本書のテーマは『国体』である。この言葉・概念を基軸として、明治維新から現在に
至るまでの近現代日本史を把握することが、本書で試みられる事柄にほかならない」

「国体」を基軸とするのであれば、先ずもって「国体」という言葉の意味を正確に把握しから論を進めなければならない。なぜなら、「国体」の意味は説く人によって異なっており、種多様だからである。
したがって、「国体論」と銘打つからには、「国体」という概念の意味を明確に示すことが大前提となる。なぜ「国体」の用法にこだわるかと言えば、「国体」の意味の認識が不正確であれば、「国体」と「国体」が生み出した歴史事象に対する価値判断の妥当性が揺らいでくるからである。
 いかなる言葉も思想も、歴史的産物である。
したがって「国体」についても歴史的に究明しなければならない。国体概念の起源とその本来の意味、及び多様に発展した国体論の実態については、前稿で簡略に述べたが、その後陽の目を見た拙著『三島由紀夫の国体思想と魂魄』で詳細に解明しておいた。
そこで、白井氏の捉えた国体概念を吟味する前に、繰り返すことになるが、筆者の理解する「国体」の定義を予め提示しておく(以下の論述は拙著に基づいたものである)。
 国体学者・里見岸雄の研究成果を参考にすると、どの国にも適用できる「国柄」という一般的な意味とは別に、我国特有の意味を持つ国体観念が、平安時代の真言密教の高僧・聖宝(しょうぼう)によって生み出され、天照大神が「国体」の本位とされた。そして江戸時代になって、後期水戸学派の會澤正志齋(あいざわせいしさい)などが「国体」を学問的に発展させた。

 そこで、我が国固有の国体思想を大成した會澤の著書『新論』を紐解いてみると、「国体」は次の五つの理念から構成されていることがわかる。
(1)  天上の神の子孫である天皇の永遠性――統治者と神話の結合
(2)  君民一体(君臣一体)――統治者と国民との心情的一体性
(3)  忠孝一致――統治者と道徳の融合
(4)  祭政一致――政治と宗教の一致
(5)  政教一致――政治と教育の密着

 會澤は、記紀神話を重んじる国学の理念と、儒学の精神とを融合させて、斬新な国体像を創出した。天皇統治のあるべき姿としての「国体」は、「神話」を中軸として、「心情」、「道徳」、「宗教」、「教育」によって支えられており、複合的な「理念」の体系である。
 そして、前期水戸学派の栗山潜鋒(くりやませんぽう)の用いた「国家独立の体面」という一般的な意味の「国体」と、會澤の創唱した我が国固有の意味を持つ「国体」が、やがてほかの儒学者・国学者や、孝明天皇の詔勅などに使用されるようになった。

 このような「国体」発生の歴史的経緯を見れば、「国柄」「国の独立性」などの一般的な意味でなく、我が国固有の「国体」の本来の意味は、會澤の説いた五要素をもって確定すべきであり、これを「正統的国体論」と見なすべきである。そしてその後大東亜戦争終結まで、数え切れないほど多種多様の国体論が出現するのである。
 以上の私見を踏まえて、白井氏の把握する国体概念を確認してみよう。著書の中で、「国体」は二か所で定義されている。

 一か所目は、「序」で述べられている〈万世一系の天皇を戴いた「君臣相睦み合う家族国家」を理念として全国民に強制する体制〉である。しかし、この定義が不正確であることは明らかである。
なぜなら、天皇の血統が永遠に続くことを意味する〈万世一系〉は国体理念を言い当てているが、「天上の神の子孫としての神格性」は含まれていないので、「国体」の枢軸を成す理念が抜け落ちている。また、〈君臣相睦み合う家族国家〉は「君臣一体」を意味するので妥当であるが、「忠孝一致」・「祭政一致」・「政教一致」を挙げていないので、不十分な定義と言える。

 さらなる問題点は、〈全国民に強制する体制〉と断定していることである。すでに述べたように、水戸学国体論は「理念」の体系であり、具体的な「政治体制」を提唱しているわけではない。また、国民に強制するような主張はどこにも見られない。〈強制する体制〉を取ったとすれば、それは国体理念を基盤とした「国家の政治体制」なのである。

「理念」と、それに基づいた「政治体制」とは明確に区別しなければならない。教育勅語を例にとってこの点を考えてみる。
教育勅語は、「政教一致(政治と教育の一致)」の国体理念に基づいて、国民を教育するために作成された政治的産物であり、内容的には、〈国体の精華〉である「忠孝一致」が中核となって構成されている。したがって、教育勅語は「国体」そのものではなく、国体理念から生まれた「国家の教育体制」の基幹なのである。 

 そしてもう一つの定義は、第三章でこのように語られている――會澤の『新論』以降、当初はまちまちで一定しなかった国体の意味内容は、やがて近代日本の公式イデオロギーとなる国体概念、すなわち、「神に由来する天皇家という王朝が、ただの一度も交代することなく一貫して統治しているという他に類を見ない日本国の在り方」という観念へと定まってくる。

 この定義も、「神の子孫である天皇の永遠性」は含まれているとしても、ほかの四つの理念は無視されており、不完全な定義である。
しかも、これを〈近代日本の公式イデオロギー〉と見なしているのは、明らかに事実誤認である。なぜなら、〈近代日本の公式イデオロギー〉が説かれているのは、文部省編纂による『国体の本義』(昭和一二年)だからである。
この政府公認の教本は、會澤の『新論』を忠実に踏襲し、五つの理念をすべて網羅しており、正統的国体論を改めて確認したものである。したがって氏の言う〈公式イデオロギー〉は、客観的史料に基づかない独断に過ぎない。

 なお、氏は第七章でこの『国体の本義』に一言だけ触れている。
この書で、「大日本帝国は、万世一系の家長とその赤子が睦み合って構成される『永遠の家族』であるとされた」と解釈しているが、これが『国体の本義』の全体像を読み取っていない、粗雑な理解であることは言うまでもないであろう。
 したがって、「国体」の意味が正確な認識に基づいていない限り、氏の国体論の〈基軸〉がぐらつくことになるが、その点をひとまず脇へ置いて、展開された論調に対する批評を続けてみたい。

 ▲「歴史感覚」は研ぎ澄まされているか

 白井氏は終章で、「本書は、天皇制あるいは国体を、基本的にあくまで近代日本が生み出した政治的および社会的な統治機構の仕組みとしてとらえることに、自己限定した」と述べている。しかし、「国体」を近代に自己限定して論じるとしても、近代以前の国体論を無視してはならない。なぜなら、近代日本の国家理念としての「国体」は、幕末の国体論を受け継いでいるからである。したがって、「国体」と近代日本の政治体制を論じるに当たっては、近代以前と近代を「連続する線」として捉えることが不可欠なのである。

 そこで、冗長になる恐れはあるが、「国体」に関して筆者が最も重視する「歴史的事実」を、敢えて繰り返すこととする。
 国体論発生の根本的契機は、幕末における西欧帝国主義の我が国への圧力であった。『新論』執筆の動機は、西欧列強によって植民地化されることを防ぐためであり、切迫した対外的脅威に対抗するための国家理念の確立であった。水戸学国体論は、混迷する幕末期にあって、国家としての統一と国民の精神的一体化を図った、渾身の学問的営為だったのである。

 そして、會澤と藤田東湖が主導して「尊王攘夷」を唱えた水戸学国体論は、長州・薩摩の志士たちに深甚な影響を与え、「王政復古」をスローガンとする討幕運動の求心的思想となる。
水戸学国体論は、明治維新という日本史上未曾有の国家大改革の思想的基盤となるのである。
 さらに明治新政府は、国体理念を明治国家の主柱に据えた。維新の思想的基盤が国体論であり、維新の大義が「王政復古」であれば、「国体」と天皇親政を中心原理としたのは必然的帰結であった。
 そして明治国家は、幕末期から引き続き席巻していた西欧列強の植民地や属国にならないために、伝統的「国体」を堅持しながら西洋文明を積極的に受容し、アジアで初めて近代的国家を成立させたのである。

 以上の事実は、明治維新と明治国家の理念が「国体」を基軸として連動しており、「近代以前」と「近代」とは歴史的に連続していることを立証しているのである。
しかも、幕末から明治にかけての帝国主義時代という「世界史的背景」と「国体」との関連を正視する視点が、必要不可欠なのである。

 白井氏は第三章で、會澤の『新論』に一言だけ言及しており、「列強の外国船が日本近辺に現れつつあったという状況に置いて書かれ、そこで高唱された尊皇攘夷思想は、維新の運動に強い影響を及ぼすことになる」と述べている。
この指摘は勿論正しいが、これだけで終わっている。「前近代」と「近代」という、相異なる二つの時代を先導した『新論』の、巨大な歴史的意義に対する認識は全く見られない。氏の論考には、「国体」を真に理解するために必須の「歴史認識」が見事に欠落しているのである。

 ▲「国体」は「悪の象徴」なのか

 それでは、白井氏の論述のテーゼに対する論評に進む。氏の基本命題はこうである。
 「〈戦前の国体〉は、敗戦によって表面的には廃絶されたにもかかわらず、再編された形で生き残り、天皇制というピラミッドの頂点にアメリカを鎮座させたものが〈戦後の国体〉である。すなわち〈菊〉の位置に〈星条旗〉を置き替えたのが、〈戦後の国体〉の本質である」

 この命題は、筆者が前稿で触れた、〈国体の「天皇」の位置に「アメリカ」を代入したのが、戦後護持した「国体」である〉という、大澤真幸氏の所見を直ちに想起させる。両氏のテーゼは奇しくも一致しているのである。したがって、この点を再び精細に検討しなければならない。
 このテーゼから感知できるのは、戦前の天皇制と戦後のアメリカはともに「悪」であるという認識があり、「悪」の共通項として「国体」を設定していることである。

 しかし、「国体」を「悪の象徴」と見なす前提そのものに疑いの目を向けなければならない。「国体」と、「国体」を根幹とした近代国家の政治体制には「善」と「悪」の両面があることを認識すべきであり、「絶対悪」と決めつけてはならない。「国体」と、「国体」から生み出された「政治体制」とを分けて、この点を明らかにしてみる。

 先ず、「国体」自体に内蔵されている「善の要素」をいくつか挙げる。
 国体理念の中核を成す「記紀神話」については、天皇家の正統性と永遠性を根拠づける政治的意図が含まれていることは確かであるが、それがすべてではない。古代日本人の豊饒な精神世界と日本人の心性の特徴を映し出している鏡として、非常に大きな価値を持っている。 

また、自然信仰を基盤としながら神話の神々を祭る神道と結びついて、日本人の信仰心の基層を成している。しかもわが国最古の歴史書である「記紀」は、歴史学、民族学、神話学などの学問の対象として大きな意義があるとともに、文学、絵画などの芸術の母胎ともなっており、貴重な文化的価値のある国家遺産である。

 「君民一体」は、徳をもって治め、国民を慈しむ「王道」を理想とする天皇と、天皇を敬愛する国民との精神的一体性を謳っている。それは一貫して続いている日本国家の特質であり、千七百年以上にわたって存続している世界最古の王室を支える骨格となっている。特に現憲法の象徴天皇制度の下では、天皇と国民との双方向的な精神的関係の意義は、ますます大きくなっているのである。

 「祭政一致」について言えば、一時的な中断はあったにせよ、祭祀は古代から現代まで続いている、天皇の本質的機能である。最も重要な祭祀とされる新嘗祭は、弥生時代以来の農耕祭儀を伝承し、五穀豊穣・国家の安泰・国民の安寧を天地の神々に祈るものであり、その国家的意義は極めて大きい。祭祀における「祈り」は、国民を思いやり、国民と心をともにする「君民一体」の精神と連結しているのである。

 次に、「国体」から生み出された「政治体制」における「善の要素」を引き出す。

先に指摘したように、水戸学国体論は、明治維新という国家大改革の思想的推進力となった。「学問」が「政治」に巨大な変動を引き起こしたことは、水戸学国体論の、比類のない歴史的意義の大きさを証明している。

無論、明治維新の意義を否定するのであれば、以上の私論は成立しない。しかし明治維新を肯定する限り、国体思想の「善の要素」を認めなければならないだろう。

そして、厳格な身分制国家を解体させた明治国家は、近代的国民国家として現代国家の礎石となった。国体理念を主軸として作られた大日本帝国憲法と教育勅語は、強靭な国家体制と国民の精神的統合を可能にした。この車の両輪が、世界制覇を目論む西欧帝国主義と対峙しつつ、国家の独立を確保することに絶大な貢献をしたのである。当時アジアで、植民地や属国になることなく真に独立した国家は、我が国とタイ王国だけだったことを考えれば、明治国家の偉大さをいくら強調してもし過ぎることはない。

したがって水戸学国体論は、江戸時代から明治時代へと激変させた国家大改革と、近代日本の国家理念の一大原理となった点で、日本史上最も重要な思想と言ってしかるべきである。

以上の歴史的考察に基づくならば、「国体」と、「国体」を根幹とした近代国家は、計り知れないほどの重みのある「善の要素」を内包している。したがって、「国体」を「悪の象徴」として組み立てられたテーゼの基盤は、崩壊することになるのである。

  ▲同調できる主張はあるか

 このように、「国体」と、「国体」の所産としての「政治体制」を「絶対悪」と見なすべきではない。しかし同時に、「絶対善」として讃美し、崇めるべきではない。「国体」そのものと、「国体」を主軸とした「政治体制」には、「悪の要素」もあったからである。

 「国体」自体に内在する「悪の要素」としては、『新論』の五つの理念に付随して述べられた、「天皇は元来世界の元首であり、万国を統括する存在である」が挙げられる。天皇の権威を強調するためだったとしても、すべての国には主権と独立性があることは自明であり、この主張は勇み足であった。

 ただ白井氏は、「国体」そのものでなく、「国体」から生み出された「政治体制」の「悪」を列挙している。「政治体制」の「悪」については、白井氏に同調できるところがいくつかある。例えば、「『戦前の国体』は、『国体』への反対者・批判者を根こそぎ打ち倒しつつ、
 破滅的戦争へと踏み出し、軍事的に敗北が確定してもそれを止めることが誰にもできず、内外に膨大な犠牲者を出した挙句に崩壊した」という見解である。

 この命題の前段には全く同意する。戦前国家が「国体」を神聖視し、それに反する言論・思想を弾圧したことは、疑いをさしはさむ余地のない事実だからである。戦前国家が言論・思想の自由を抑圧したことは、最大の「負の遺産」である。

 また後段の〈破滅的な戦争へと踏み出し、内外に膨大な犠牲者を出した挙句に崩壊した〉という指摘にも、基本的に同調できる。
我が国は、西欧列強の帝国主義の脅威に過剰に反応し、自衛の論理を肥大化して、対外的膨張策に邁進した。朝鮮の植民地化や中国大陸への軍事進出を拡大し、帝国主義的政策を進めたことが、帝国日本の死病となったと考える。

ただし、近代の戦争について付け加えるならば、明治天皇も昭和天皇も、一貫して平和優先と国際協調を内閣・軍部に要請していた事実に留意しなければならない。それに対して内閣・軍部は、統治権総覧者としての天皇の意向に逆らって戦争に踏み切った。彼らは、天皇を輔弼するどころか、反って天皇の統治権を奪い取ったことになるのである。

天皇は、徳によって治める「王道」を、対外的にも実行しようとした。力によらない「王道」こそ、水戸学国体論の理念であり、天皇は「国体の正道」を歩もうとしたのである。しかし、国体信奉者であるはずの内閣・軍部が「国体の正道」を踏み外したことが、近代の戦争を引き起こした潜在的要因であったと考える。

 したがって、氏が引き続いて主張している「単なる敗戦ではなく無惨極まる敗戦は、『国体』の持っている内在的欠陥、その独特の社会構造が然らしめたものにほかならなかった」という部分は、基本的に間違っている。先に示したように、「国体」と、それに基づいた「政治体制」とは、峻別しなければならない。「国体の正道」は、武力の行使ではない。したがって戦争行使は、〈「国体」の持っている内在的欠陥〉ではない。「真の国体」に背いた「政治指導者」が然らしめたものなのである。

 次に、氏の指摘した「祭政一致」の弊害や、帝国憲法と教育勅語の「負」の側面についても、賛同できる部分がある。

 「祭政一致」を理念とする皇室祭祀は、神道に一本化して仏教を排除したため、結果として廃仏毀釈運動を巻き起こし、仏教に甚大な被害を与えた。これは明治国家の過ちであった。
 また、帝国憲法に内在する、神権主義と立憲主義との矛盾を指摘した点は、鋭い洞察である。この点について、筆者はこう考える。近代国家は帝国憲法を不磨の大典として氷漬けにし、改良を怠ったために矛盾を放置した。独立を確保し、国家運営が軌道に乗ったあとは、国民の政治的主体性を生かした議院内閣制の導入や、基本的人権を充実させるなどの改革を進めるべきであった。
また統帥権の独立と軍部の輔弼権についても、改革を断行すべきであった。

 教育勅語の強制性という指摘についても首肯できるものであり、道徳心が国民の内面に自然と熟成されるような方法を取るべきであった。
内容的にも、現代に通用する道徳規範が含まれている半面で、道徳における天皇絶対化と熱狂的愛国主義は、個人の主体性の尊重や、世界との協調の精神などを欠いている。したがって、広い視野に立って欠点を改善すべきであったと考える。

 結局、「国体」を主軸とした近代の「政治体制」は、伝統に固執するあまり、改革を怠ったのであり、「伝統と革新の両立」を実行しなかったのである。會澤は『新論』で、理念を具体化する場合には、原則を維持しつつ、生きている社会や人間の変化に柔軟に対応すべきであると説いた。
正統的国体論は頑迷固陋な保守主義ではなく、「伝統と革新の均衡」を主張していた。しかし近代国家の指導者は、水戸学国体論の「正道」を継承しなかったのである。

 次に、「国体は変更されたのか、されなかったのか」を巡っての戦後の論争については、国体は護持されたと強弁した政府見解は誤りであるとする氏の見解を是認する。ただし、国体の本来の意味に鑑みるなら、神話に基づかない形での「君民一体」は護持され、ほかの四つの理念は変更されたと、筆者は捉える。

なお、この書の主題である、アメリカを戦後体制の「悪」と捉える論旨については、敗戦によって主権を喪失した我が国がGHQによって支配されたことは事実であり、「対米従属」という一点に絞れば、基本的に肯定する。GHQは、天皇制度を残存させつつ軍備を撤廃させ、同時に日米安保条約を結ばせた。その意味では、「天皇制平和主義」であり、「アメリカの平和主義」であるとする氏の指摘は、正鵠を射ている。
 したがって今求められるのは、国家としての自主自立の精神を取り戻すことである。そして自主自立を可能にするためには、対米従属の象徴である「憲法第九条」を改正しなければならない。ところが氏は、日米安保条約を放置したまま、護憲か改憲かを議論することは無意味であると主張しており、護憲か改憲かについて、みずからの見解を表明していない。

 しかし、この論理は逆立ちしている。第九条の改正を行なってはじめて国家の自立が可能となるのであり、国家の自立を確保した上で、日米安保体制を取るべきか否かを検討すべきだからである。
 今日の世界を熟視すれば、自主自立を根本理念としながら、他国との協調・連携は不可欠である。国家の防衛についても、世界全体と東アジアの、遠近両方へ視界をめぐらせるなら、自主防衛を基軸にした上で、単独防衛か、それとも他国との間の安全保障体制を取るべきかを、熟慮する必要がある。いずれにせよ、安易な感情に振り回されることなく、理想と現実を精緻に照らし合わせながら、冷静沈着に判断することが肝要であると考える。

  ▲三島由紀夫はどう描かれているか

 氏は三島由紀夫にも言及している。第六章で「果たし得てゐない約束」を引用して、「アメリカの日本」となった果実が空虚な経済大国であったことを嫌悪した三島を描き出しているのは、的確な把握である。
 しかし、大きな誤解もある。
檄文を表層的に読めば、「改憲を訴えて三島は憤死した」という解釈も成り立つが、「戦後の国体」を不問にしたままの憲法談義などに、三島ほどの知性がのめり込むことなどあり得ない、と指摘している。
 しかし、これこそ表層的な読解である。なぜなら三島は、我が国の〈歴史・伝統・文化〉を破壊したアメリカを指弾し、同時に「アメリカの支配」を不問にする戦後社会を告発した。そして檄文で、アメリカ思想に支配された憲法を改正すべきであると主張した。檄文には、三島の思想の真髄が込められているのである。

 また、「檄文」の中の、国際反戦デーの鎮圧によって自衛隊の治安出動が不要になったと判断したことに関して、その不可解さを語っている。加えて、自衛隊が治安出動となれば、三島は楯の会を率いて皇居に突入し、昭和天皇を殺したいという願望を持っていたが、この宿願が潰えたために、この計画の代わりに市ヶ谷駐屯地へ突入したのではないかという、一英文学者の仮説を取り上げている。
完全に裏付けることはできないとしながらも、その可能性を認めるかのような叙述がある。

 しかし、このような根拠のない推測を取り上げること自体、軽率である。
確かに三島は、二・二六事件に関連して「昭和天皇個人」に対する恨みを表出しており、青年将校のテロを擁護した。だが、小説、評論、エッセイ、檄文などを熟読すれば、三島は一貫して「天皇」への崇敬と忠節の心を表明していたことも知らなければならない。
 最後の遺書とも言える檄文では、天皇を〈我が国の歴史・伝統・文化の象徴〉であるとし、天皇を恒久不変の「国体」の中心に据えた。
さらに、自決直前の演説の最後に〈天皇陛下万歳〉を絶叫した事実は、そのような仮説を打ち消す根拠となるであろう。

 ところが、もっと驚くべき記述がある。氏は、三島の決起を「右からの大逆」、「東アジア反日武装戦線」のテロを「左からの大逆」として、並立させている。氏が高く評価する三島の〈知性〉と、テロ組織の〈知性〉とを同列に置くという、目を疑うような論理が展開されているのである。
 しかし、三島と「東アジア反日武装戦線」との根本的相違は、「精神性」にある。三島の真意は「天皇に対する反逆」ではない。三島は「国家」と「天皇」のために自己犠牲となり、「生命以上の価値」と「永遠の生命」を希求した。したがって、両者を並立させて、「大逆」という共通項でくくるという定式自体、妄想以外の何物でもないのである。

 三島の国家思想の中核は「国体」である。そして、〈言論の自由〉と〈文化概念としての天皇〉とを結合させて、「戦後の国体」を創造した。
「国体論」をテーマとし、三島に言及するのであれば、三島の国体論を参照することは不可欠である。しかし氏の三島論は、三島の国体思想を度外視しただけでなく、些末な事柄だけを取り上げている。三島の精神と思想の核心を捉えていない、偏見に満ちた三島解釈と言わねばならない。

 ▲天皇の政治利用は許されるのか

 氏は第一章で、平成28年8月に明仁天皇が発した、退位に関する「お言葉」に対して率直に共感と敬意を表明し、これを「象徴天皇制論」と解釈している。「お言葉」は、国民と心を通わせ、祈りによって「国民の統合」をつくり出しているものと捉える。
そして、「行動」によって「象徴」の機能を果たしている点を重視して、これを〈動的象徴論〉と名付けている。正に明仁天皇の本質を射貫いており、この点は筆者も全く同感である。
ところが同時に、「お言葉」には〈戦後民主主義の破壊・空洞化に対する危機感〉がにじみ出ている、と断定している。その上で、戦後民主主義を破壊する実例として、原発、改憲論、安倍政権のあり方などを挙げて弾劾しているのである。

 だが、これは論理のこじつけであり、「お言葉」を歪曲するものである。
なぜなら、もし「お言葉」がこのような政治的意味を含むとすれば、正に国政に対する干渉であり、憲法上の「象徴」を逸脱することになるからである。憲法に従い、「象徴」のあり方を常に模索してきた明仁天皇が、このような意味を含ませることはあり得まい。
 と同時に、私たち国民も、天皇に政治的発言を期待してはならないのである。改憲論や安倍政権のあり方を支持しようと批判しようと、自己の政治的主張のために天皇を利用することは、決して許されるものではない。
 さらに終章では、自分の「お言葉」の解釈は〈政治的であることを決して否定はしない〉と開き直る一方で、天皇に対する共感は〈政治以前の次元のもの〉であると弁解している。自分に都合のいいように「天皇に対する共感」と「政治的主張」を別次元のものとして使い分けているが、両者が一体化していることは明白であり、結局、天皇を政治利用しているのである。氏の発言は、明仁天皇の真の姿を歪めるとともに、現憲法の理念に違反し、〈戦後民主主義を破壊〉する重大な過ちである。

 ▲結局は「国体」を肯定しているのではないか

 さらなる洞察を深めれば、終章で、「天皇制の機能の根源を宮中祭祀に代表される天皇の司る儀式に見出す、という方法を採らなかった」と述べている。
しかし、すでに指摘したように、国家の安泰と国民の安寧を祈る宮中祭祀は、明仁天皇は勿論のこと歴代天皇が最も重視した伝統的儀式であり、〈天皇制の機能の根源〉なのである。
 したがって、国民の安寧と幸せを祈る明仁天皇の行為に共感と敬意を表明している氏は、天皇祭祀の根源的意義を認めなければならないはずである。
 しかも、「祭政一致」は、「国体」の基本理念である。戦後の天皇は、統治機能が弱まった「象徴」になり、「祭祀」はGHQの命令によって法的根拠が失われてしまったため、「祭政一致」は戦前より緩やかになっている。にもかかわらず、「祭祀」は依然として粛々と執り行われている。したがって氏は、国体理念の「祭政一致」の価値を認めていることになるのである。
 さらに、明仁天皇に対して共感と敬意を抱く氏は、「『お言葉』を現実態に転化できるのは、民衆の力だけである」と語っている。これこそ、国民が天皇を敬愛し支える精神であり、国体理念の「君民一体」にほかならない。氏に自覚はないだろうが、国体理念の「君民一体」をみずから実践しているのである。

 したがって白井氏は、「祭政一致」の祈りの心と「君民一体」の精神を肯定しているのであるから、国体思想の二つの理念を肯定していることになる。もし天皇の祈りと、天皇と国民との間の精神的一体性を肯定しつつ、国体理念を否定するのであれば、自己矛盾に陥るからである。ゆえに、氏の意図に反して、「国体批判」が「国体容認」になるという逆説的な結末を招来したのである。「国体」は「善の要素」として今に生きていることを、氏は噛み締めるべきであろう。

 白井氏の「国体論」は、「国体」は「悪」であるというストーリーを予め作って展開されたものであり、国家の「悪」を強調するために、「国体」という言葉を利用したのである。また、部分的に首肯できる論調はあるが、全体として見れば、「厳密性の欠如」と「独断的偏見」と「重大な過誤」があぶり出されてくる。
 余談であるが、表紙カバーでこの書を〈名著〉と大絶賛している内田樹氏、島薗進氏、保阪正康氏らの「知性」の質も問われなければならないだろう。
緻密に分析すれば根本的な批判を巻き起こすという点で、この著が注目すべき「問題作」であることは間違いない。

 ○参考文献
・白井聡『国体論 菊と星条旗』(集英社新書、二0一八)
・藤野博『三島由紀夫の国体思想と魂魄』(勉誠出版、二0一八)
               ○
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
■ 事務局より 今後の予定
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
四月の「公開講座」は金子宗徳氏(里見日本文化学研究所所長)に国体論をテーマに講演して頂きます。

日時 4月19日(金)18時半開演(18時開場)
会場 アルカディア市ヶ谷(JR・地下鉄「市ヶ谷」下車2分)
http://www.arcadia-jp.org/access/pdf/DL_2018_04.pdf
演題 「御代替わりに際して〜あらためて国体とは何か」
講師 金子宗徳氏(里見日本文化学研究所所長、月刊『国体文化』編集長)
会費 会員・学生1千円(一般2千円) 
<講師略歴 昭和50年生。名古屋市出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了退学。 著作『安全保障のビッグバン』(共著・読売新聞社)『「大正」再考―希望と不安の時代』(共著・ミネルヴァ書房)『保守主義とは何か』(共著・ナカニシヤ出版)

          
   ♪
5月公開講座は元『正論』編集長の上島嘉郎氏です。

日時 5月28日(火)18時半開演(18時開場)
会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館) JR・地下鉄「市ヶ谷」下車2分
演題 「三島由紀夫と西郷南洲」(仮題)
講師 上島嘉郎(かみじまよしろう)氏はジャーナリスト、元月刊「正論」編集長
(講師略歴)昭和33年生。長野県出身。愛媛県立松山南高校卒。フリーランスを経て産経新聞社に入社。月刊「正論」編集長を歴任。現在はフリージャーナリストとして活躍中。
著書として『韓国に言うべきことをキッチリ言おう!−いわれなき対日非難「サクサク反論ガイド」』(ワニプラス)、共著に『大東亜戦争「失敗の本質」』(飛鳥新社)がある。
           ◎○◎○◎○


  ♪♪
六月の「公開講座」は渥美饒児氏(文藝賞受賞作家)
浜松在住の作家・渥美饒児氏が小説家を志した20代より30年間にわたって蒐集した「三島由紀夫コレクション」を通じて、三島由紀夫への熱い思いを語って頂きます。
      記
日時  6月24日(月)18時半より(18時開場)
会場  アルカディア市ヶ谷(私学会館)
        JR/地下鉄「市ヶ谷」徒歩2分
演題  「私の三島由紀夫コレクション」
講師  渥美饒児氏(あつみじょうじ、小説家)
   <講師プロフィール> 昭和28年生、静岡県浜松市出身。日本大学文理学部卒。『ミッドナイト・ホモサピエンス』(河出書房新社)で昭和59年度文藝賞を受賞。『十七歳、悪の履歴書―女子高生コンクリート詰め殺人事件』(作品社)を原作とした映画「コンクリート」(中村拓監督)が平成16年に上映される。その他『孤蝶の夢―小説北村透谷』(作品社)、『原子の闇』、『沈黙のレシピエント』(何れも中央公論新社)。その他最新作として警察小説の傑作として評価の高い『潜在殺』(河出書房新社)がある。浜松市在住。
 平成25年浜松文芸館で「三島由紀夫コレクション展」を主催した。 


    ♪
 7月公開講座の日程とテーマが下記のように決りましたのでお知らせします。蓮田善明とともに『文芸文化』を創刊し、また三島由紀夫の才能を見出し三島由紀夫が世に出ることに尽力した清水文雄について論じて頂きます。
荒岩氏がこれまで当会で取り上げた蓮田善明、保田與重郎、伊東静雄、影山正治に続く浪曼派文学シリーズの第5弾になります。
    記
日時  7月26日(金)18時半より(18時開場)
会場  アルカディア市ヶ谷(私学会館)
演題 「清水文雄の国文学と教育」
講師  荒岩宏奨氏(あらいわ ひろまさ、展転社取締役編集長)
    講師略歴 昭和56年山口県生まれ。広島大学教育学部卒、プログラマー、雑誌編集者を経て現在展転社取締役編集長。著書『国風のみやびー国体の明徴と天業の恢弘』(展転社)。尚荒岩氏は来る4月より展転社代表取締役に就任予定です。
会場費  会員・学生千円(一般2千円)


  ♪
九月「公開講座」の講師が新国立劇場演出家の宮田慶子さんに決まりました。日程などは下記の通りです。
      記
日時  9月20日(金)18時半開演(18時開場)
場所  アルカディア市ヶ谷(私学会館)
    JR/地下鉄「市ヶ谷」徒歩2分
演題  「三島由紀夫演劇の世界」(仮題)
講師  宮田慶子氏(新国立劇場演出家・同演劇研修所長)
<講師略歴>昭和32年生まれ。東京都出身。学習院大学文学部中退後青年座(文芸部)に入団。その後新国立劇場演劇部門芸術監督を経て現在は同劇場演劇研修所長。三島由紀夫作品の「朱雀家の滅亡」など多くの作品の演出を手掛ける。第9回読売演劇大賞最優秀演出家賞をはじめ受賞歴多数。
会場費 会員・学生1千円(一般2千円)

     ◎○◎○◎○◎○◎○◎○◎○◎○◎○ 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  三島由紀夫研究会 http://mishima.xii.jp/contents/index.html
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(C)三島由紀夫研究会 2019  ◎転送自由
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2006-01-12  
最終発行日:  
発行周期:半月刊  
Score!: 98 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。