文学

三島由紀夫の総合研究

創立35年の老舗「三島由紀夫研究会」の会報を兼ねた、あらゆる角度からの総合研究メルマガ

全て表示する >

三島由紀夫研究会メルマガ <<三島由紀夫と村上一郎 玉川博己

2019/03/27

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
  平成31年(2019)3月27日(水曜日)弐
           通巻第1324号   
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
三島由紀夫と村上一郎
@@@@@@@@@@
             玉川博己(三島由紀夫研究会代表幹事)

    ◎
 今週三月ニ十九日は、昭和五十年の同日に作家・村上一郎が東京武蔵野市の自宅で愛蔵の日本刀で自裁してから四十四年目の命日にあたる。享年五十五であった。
 若い世代の読者にとって村上一郎はなじみが薄く、その著作を読んだことのある人は少ないだろう。一時は村上一郎の著作は古書店でしか入手できず、死後刊行された『村上一郎著作集』(全十二巻・国文社)も絶版となっている。しかし最近は「草莽論」(ちくま文芸文庫)や「幕末ー非命の維新者」(中公文庫)などが復刊され、若い読者の中で村上への関心が広がっていると聞く。学生時代見三島由紀夫とともに村上一郎の著作に傾倒した筆者の村上一郎に対する思いを述べてみたい。

 村上一郎は三島由紀夫より五歳年長で大正九年生まれの三島事件当時五十歳であった。ただ一般の批評家やマスコミにとって村上一郎は東京商大出身の元海軍主計士官で、戦後は共産党に身を投じ、その後吉本隆明、谷川雁らとともに雑誌『試行』を編集していた左翼系文化人と認識されていたが、近年三島由紀夫との付き合いなどで再び右傾化への先祖返りを深め、とうとう三島の自決を聞いて気でも違ったのではないか、という評価であったに違いない。
最終的に天皇を奉じるということでは村上一郎は三島と同じであり、村上の『北一輝論』は三島から高く評価されたという。
 
  私が村上一郎に接したのは上記の『北一輝論』が最初であった。それから昭和五十年村上一郎が武蔵野市の自宅において日本刀で自決するまでの約5年間、村上も積極的に天皇や維新革命を論じ、私は本当に村上の著作を貪り読んだものである。
『日本のロゴス』、『幕末 非命の維新者』、『浪曼者の魂魄』、『草莽論』、『日本軍隊論序説』等々思い出す書名だけでも懐かしい。

 三島事件の前後に世に出た北一輝論としては村上のもの以外に三島の死の翌年に書かれた松本健一の『若き北一輝』と、その続編としての『北一輝論』(昭和四十七年)がある。同じ左翼的立場を出発点としながらも、戦後生まれで基本的にスタンスを変えなかった松本健一(今となっては松本健一を穏健な保守派とみなす人もいるのだから世の中が変わったのかも知れない。)に比べて、戦争体験を持つ村上一郎は積極的に天皇や二・二六事件を論じ、ある意味では三島由紀夫よりも能動的な天皇を戴く革命主義の立場に行き着いたのではないだろうか。

  最近ある文章の中で村上一郎のことを日本浪曼派と書いてあった。正確には三島由紀夫や村上一郎は日本浪曼派の影響は受けているが厳密な意味での日本浪曼派ではない。三島は日本浪曼派の影響を受けた蓮田善明や清水文雄らが主催した『文藝文化』にデビュ−作『花ざかりの森』(昭和十六年)を発表している。その蓮田善明は大東亜戦争に従軍、終戦直後陸軍中尉として駐屯していたマレー半島ジョホールバルにおいて天皇批判の言辞をなした上官の連隊長を拳銃で射殺し自分も自決している。(詳しくは三島も序文を書いた小高根二郎著『蓮田善明とその死』を参照方)

  しかし村上一郎の場合、三島事件の後日本浪曼派再興の機運の中で林房雄ら旧日本浪曼派の作家、評論家が中心となり(藤島泰輔氏が後期から編集長)立ち上げた雑誌『浪曼』においても天皇論を寄稿するなど活発に執筆していたので、これをもって日本浪曼派の一人と言われるのであれば納得はゆく。村上一郎は今後もっと評価されてしかるべき人物ではあるまいかというのが私の思いである。

  村上一郎が自身の戦争体験を綴った「戦中派の条理と不条理」という文がある。(『明治維新の精神過程』所収)東京商大(現一橋大)時代高島善哉の門下生であった村上は短期現役士官として海軍の主計将校になる。村上は戦時中海軍勤務の傍らかくれてマルクスやレ−ニンを読みふけるが、マルキストというよりはむしろ国家社会主義的な革命を夢見る。終戦前には親英米和平主義者の近衛文麿や吉田茂を憎み、とくに近衛を奸賊としてその暗殺を企てるがことならず。
 
 海軍主計大尉として終戦を迎えた村上一郎が書いた「ぼくの終戦テーゼ」という文章がある。その一部を引用すると

一.  米国を以って終生の敵とし、米国的資本主義を日本社会より駆逐することを念願す。

一. 資本主義的快楽主義及びそれより派生する一切の虚無的遊惰を除去し東洋的ストイ シズムを社会主義的に訓練す。

一.   窮局に於いて社会主義革命の速かなる着手に邁進し之を共産主義革命に高揚する基礎とす。 

 という具合に反米的社会主義思想の色濃いものである。村上一郎はこの当時二・二六事件とくに北一輝についても関心をもっていた様である。村上は上記「終戦テーゼ」を自分なりの敗戦日本の「日本改造法案」であったと述べている。

 戦後、村上一郎は左翼運動に入るがやがて日本共産党や労働組合のご都合主義路線に失望し、吉本隆明とともに文芸運動にのめりこんでゆく。そして次第に日本的な土着の思想、民族主義的なものや情念に回帰していった。

 村上一郎と三島由紀夫が実際に交流を持ったのは三島の自決前のわずか一年間に過ぎない。
三島との出会い、三島との友情そして三島の死は村上一郎に大きなインパクトを与え、三島の死後の五年間は猛烈に書き続けそして自死を選ぶ。世間は村上の死を三島の後追い自殺などとみたが、実際はどうだったのかだろうか。

 三島事件の直後、村上一郎が書いた「末期の瞳」と「或るひきうた」という文章がある。(いずれも『志気と感傷』所収)それによると、村上は「三島由紀夫の風貌に現実に出会ったのは、昨昭和四十四年十二月一日のことであった。なぜもっと早く、出会っていなかったのかと、わたしは残念でならぬ。しかし、君子の交わりは淡きこと水の如くあれともいう。まる一年足らずのこのひととの交りは、淡いが充実したものであった。」と述懐している。この時村上は三島より五歳上の五十歳であった。
 
三島は昭和四十四年に出た『浪漫者の魂魄』あたりから村上の著作を一生懸命読む様になったという。三島はこの『浪漫者の魂魄』や翌昭和四十五年二月に村上が出した『北一輝論』を高く評価し、何冊も買って体験入隊で親しくなった自衛隊関係者に読ませた。
このことは当時青年自衛官として三島と交流のあった西村繁樹氏も昨年の当研究会の講演で証言されている。

当初、村上は三島の『文化防衛論』における文化概念としての天皇や、道義革命の原理としての天皇には批判的立場であったと思われる。三島事件の半年前に村上が書いた論文「三島由紀夫の政治と行動」では「彼(三島)は政治的な天皇制を守ろうとするのではないといって『文化概念の天皇』を主張する。しかしこれも『天皇制』である。」と述べている。三島は村上の批判的な論評をむしろ歓迎している。
逆に昭和四十五年『日本及び日本人』誌爽秋号に村上が掲載した「草莽論序説」を読んで感動したとの三島からの葉書をその自決前に村上はもらっている。

  従って村上一郎にとって三島由紀夫は最大の愛読者であり理解者であった。それゆえ、三島事件の報を聞くや村上は市ヶ谷台上に駆けつけずにはいられなかったのだ。また三島の死を村上ほど自分のこととして受け止めた文学者は他にいないだろう。三島の死の直後に詠んだ村上の歌がある。その中の四首をあげる。いずれも心に沁みるよい歌である。

 「群集があざとくむごき手を挙げて指さして言ふ貌な呪ひそ」

「いのちより出づる言葉の渚にて引きゆく潮のたわたわとあれ」

「虹のごとうるはしき雲遠く湧き三島の忌日ながかりしかな」

「血と鉄の交はるあたり夕星のかげ清かれと妻と語るも」

  またこの時、村上は「三島由紀夫氏、森田必勝氏らの辞世の歌は、いずれもこの『新古今』の道統を今日に生かしめようとした良質の歌である。」
また「わたしは、安物ながら日本刀を愛し、国に志あるもののひとりとして、三島氏、森田氏らの屍をふみこえて、日本の真の革命、とりわけ日本人の精神の革命のために、生死することを誓う。」(『志気と感傷』より)という文章を残している。真に三島由紀夫と森田必勝の精神を理解するもののふの魂の叫びである。

  それから五年間、村上は精力的に三島や天皇のことを書いてきたが、昭和五十年三月二十九日に彼は武蔵野市の自宅で愛蔵の日本刀で壮烈な自決を遂げた。
この当時村上の自裁のニュースを聞き、私は大きな衝撃を受けた。三島由紀夫と森田必勝が自決した昭和四十五年十一月二十五日、大東塾の影山正治塾長が自決した昭和五十四年五月二十五日、そしてわが同志・三浦重周が自決した平成十七年十二月十日とともに私には忘れられない日である。
尚、村上の死に際してはその友人であった吉本隆明や立場の異なる丸山真男まで哀悼の意を寄せたという。
現在、村上一郎の墓は小平霊園にあって墓碑には「風」の文字が刻まれている。
          ◎◎◎
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
■ 事務局より 今後の予定
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
四月の「公開講座」は金子宗徳氏(里見日本文化学研究所所長)に国体論をテーマに講演して頂きます。

日時 4月19日(金)18時半開演(18時開場)
会場 アルカディア市ヶ谷(JR・地下鉄「市ヶ谷」下車2分)
http://www.arcadia-jp.org/access/pdf/DL_2018_04.pdf

演題 「御代替わりに際して〜あらためて国体とは何か」
講師 金子宗徳氏(里見日本文化学研究所所長、月刊『国体文化』編集長、亜細亜大学非常勤講師)
会費 会員・学生1千円(一般2千円) 
<講師略歴 昭和50年生。名古屋市出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了退学。 著作『安全保障のビッグバン』(共著・読売新聞社)『「大正」再考―希望と不安の時代』(共著・ミネルヴァ書房)『保守主義とは何か』(共著・ナカニシヤ出版)

          
   ♪
5月公開講座は元『正論』編集長の上島嘉郎氏です。

日時 5月28日(火)18時半開演(18時開場)
会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館) JR・地下鉄「市ヶ谷」下車2分
演題 「三島由紀夫と西郷南洲」(仮題)
講師 上島嘉郎(かみじまよしろう)氏はジャーナリスト、元月刊「正論」編集長
(講師略歴)昭和33年生。長野県出身。愛媛県立松山南高校卒。フリーランスを経て産経新聞社に入社。月刊「正論」編集長を歴任。現在はフリージャーナリストとして活躍中。
著書として『韓国に言うべきことをキッチリ言おう!−いわれなき対日非難「サクサク反論ガイド」』(ワニプラス、共著に『大東亜戦争「失敗の本質」』(飛鳥新社)がある。
           ◎○◎○◎○

  ♪♪
六月の「公開講座」は渥美饒児氏(文藝賞受賞作家)
浜松在住の作家・渥美饒児氏が小説家を志した20代より30年間にわたって蒐集した「三島由紀夫コレクション」を通じて、三島由紀夫への熱い思いを語って頂きます。
      記
日時  6月24日(月)18時半より(18時開場)
会場  アルカディア市ヶ谷(私学会館)
        JR/地下鉄「市ヶ谷」徒歩2分
演題  「私の三島由紀夫コレクション」
講師  渥美饒児氏(あつみ じょうじ、小説家)
   <講師プロフィール> 昭和28年生、静岡県浜松市出身。日本大学文理学部卒。『ミッドナイト・ホモサピエンス』(河出書房新社)で昭和59年度文藝賞を受賞。『十七歳、悪の履歴書―女子高生コンクリート詰め殺人事件』(作品社)を原作とした映画「コンクリート」(中村拓監督)が平成16年に上映される。その他『孤蝶の夢―小説北村透谷』(作品社)、『原子の闇』、『沈黙のレシピエント』(何れも中央公論新社)。その他最新作として警察小説の傑作として評価の高い『潜在殺』(河出書房新社)がある。浜松市在住。
 平成25年浜松文芸館で「三島由紀夫コレクション展」を主催した。 


    ♪
 7月公開講座の日程とテーマが下記のように決りましたのでお知らせします。蓮田善明とともに『文芸文化』を創刊し、また三島由紀夫の才能を見出し三島由紀夫が世に出ることに尽力した清水文雄について論じて頂きます。
荒岩氏がこれまで当会で取り上げた蓮田善明、保田與重郎、伊東静雄、影山正治に続く浪曼派文学シリーズの第5弾になります。
    記
日時  7月26日(金)18時半より(18時開場)
会場  アルカディア市ヶ谷(私学会館)
演題 「清水文雄の国文学と教育」
講師  荒岩宏奨氏(あらいわ ひろまさ、展転社取締役編集長)
    講師略歴 昭和56年山口県生まれ。広島大学教育学部卒、プログラマー、雑誌編集者を経て現在展転社取締役編集長。著書『国風のみやびー国体の明徴と天業の恢弘』(展転社)。尚荒岩氏は来る4月より展転社代表取締役に就任予定です。
会場費  会員・学生千円(一般2千円)


  ♪
九月「公開講座」の講師が新国立劇場演出家の宮田慶子さんに決まりました。日程などは下記の通りです。
      記
日時  9月20日(金)18時半開演(18時開場)
場所  アルカディア市ヶ谷(私学会館)
    JR/地下鉄「市ヶ谷」徒歩2分
演題  「三島由紀夫演劇の世界」(仮題)
講師  宮田慶子氏(新国立劇場演出家・同演劇研修所長)
<講師略歴>昭和32年生まれ。東京都出身。学習院大学文学部中退後青年座(文芸部)に入団。その後新国立劇場演劇部門芸術監督を経て現在は同劇場演劇研修所長。三島由紀夫作品の「朱雀家の滅亡」など多くの作品の演出を手掛ける。第9回読売演劇大賞最優秀演出家賞をはじめ受賞歴多数。
会場費 会員・学生1千円(一般2千円)

     ◎○◎○◎○    ◎○◎○◎○    ◎○◎○◎○ 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  三島由紀夫研究会 http://mishima.xii.jp/contents/index.html
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(C)三島由紀夫研究会 2019  ◎転送自由
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2006-01-12  
最終発行日:  
発行周期:半月刊  
Score!: 98 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。