文学

三島由紀夫の総合研究

創立35年の老舗「三島由紀夫研究会」の会報を兼ねた、あらゆる角度からの総合研究メルマガ

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三島由紀夫研究会メルマガ

2018/04/07

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『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
    平成30年(2018)4月7日(土曜日)弐
         通巻第1245号   
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(本文章は平成二十九年六月三十日会員例会における講演要旨をまとめたものです。)

 「文化防衛論」について
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                       玉川博己(代表幹事)

   はじめに

  三島由紀夫の『文化防衛論』は昭和四十四年四月に新潮社より刊行された。当時大学生であった私は書店でこの本を手にとったときの感動を今でも覚えているし、そのとき購入した初版本は今もわが座右にある。本書は私の思想的テーゼであり、国体論の原点でもある。では以下に『文化防衛論』の内容概説と本書が生れた時代的背景、そして思想的意義について述べてみたい。

 一.「文化防衛論」の内容と骨格的思想

 『文化防衛論』は以下の論文、文章から構成されている。括弧内は初出誌を示す。
 論文
 「反革命宣言」(「論争ジャーナル」昭和四十四年二月号)
 「文化防衛論」(「中央公論」昭和四十三年八月号)
 「『道義的革命』の論理ー磯部一等主計の遺稿について」(「文芸」昭和四十二年二月号)
 「自由と権力の状況」(「自由」昭和四十三年十一月号)
 対談
 「政治行為の象徴性について」(三島由紀夫 vs. いいだもも「文学界」昭和四十三年二月号)
 学生とのティーチイン
 「テーマ『国家革新の原理』」一橋大学・早稲田大学・茨城大学

 「文化防衛論」に示された三島由紀夫の骨格的思想を整理すると以下のようになるであろう。

 1)国体について 〈文化概念としての天皇〉を戴く日本国体の特殊性
 2)国防・国を守ることはすなわち日本の歴史的連続性・文化的統一性・民族的同一性の他にかけがえのない象徴である天皇を守ることである。
 3)国民文化の三特質とは再帰性と全体性と主体性である。
4)菊と刀の栄誉の統一と天皇への帰一 すなわち軍隊(自衛隊)に対する天皇の栄誉大権の回復の必要性
 5)永久革命の原理としての天皇
 6)日本的革命の特質としての道義的革命(待つ革命)
7)「反革命」とは日本の文化・歴史・伝統の中心たる天皇を守るとともに言論の自由を守ることである。すなわちその敵である共産主義と闘いこれを粉砕することである。

 二.「文化防衛論」が書かれた時代背景とその意義

  三島由紀夫は「文化防衛論」に先立ち、昭和三十六年に「憂國」と戯曲「十日の菊」、そして昭和四十一年に「英霊の聲」のいわゆる二・二六事件三部作を発表してきたが、昭和四十年代に入って極左過激集団による学園紛争や街頭闘争が猖獗をきわめ、政治の季節が到来すると、自らも自衛隊に体験入隊を行い、学生による「楯の会」を結成するなど急速にその政治的立場を鮮明にしてきた。
そして共産主義革命に対抗するため、更には戦後占領体制としての日本国憲法と日米安保体制を基軸とする欺瞞と虚構の平和と民主主義を克服するため、真剣に憲法改正を志向するようになった。
その最終的帰着点が昭和四十五年十一月二十五日の市ヶ谷台決起であった。「文化防衛論」は三島由紀夫の国体論(文化的概念としての天皇論)と国防論(国体すなわち天皇を守る軍隊としての自衛隊)、そして革命論(天皇を原理とする日本的永久革命論)を総合、止揚する、いわば日本的維新革命の綱領、テーゼともいうべき文書であったといえる。

  昭和四十年暮に始まった第一次早稲田大学紛争はその後全国を燎原の火のごとくおおってゆく学園紛争の発火点であった。
翌昭和四十一年十月に日本学生同盟(日学同)が発足し、ここに民族派学生運動が華々しく登場することとなった。そして昭和四十三年春この日学同早大支部である早大国防部などを中心に三島由紀夫率いる自衛隊体験入隊に多くの学生が参加し、これが後の「楯の会」の母体となる。

同年十月二十一日の国際反戦デーは世に新宿騒乱事件と呼ばれる一大騒擾事件となったが、三島由紀夫はいずれこのような騒乱事件が拡大して、もはや警察力の手に負えない段階に発展した時こそ自衛隊の治安出動のタイミングであり、この治安出動が憲法改正の一大好機であると考えた。
しかし三島由紀夫は翌年昭和四十四年十月の国際反戦デーにおいて、極左暴力集団の暴力闘争が圧倒的な警察力の前に抑え込まれたのを見て、以後は自衛隊の治安出動に見切りをつけて、直接行動の路線を進んでゆく。昭和四十五年十一月二十五日の市ヶ谷台決起に向かう道であった。

  戦後日本においては親米と安保体制堅持の立場にたつ保守勢力と憲法九条に依拠し親ソ・親中かつ非武装中立路線を志向する革新(左翼)勢力の対峙という構図が成り立っていた。六十年安保闘争は正にこの構図の中で行われたといってよい。
また保守勢力もあくまで親米反共がその基盤であり、右翼団体が日の丸と星条旗を並べて掲げることに誰も違和感を持たなかった時代であった。

 また国体についても左右両派ともに象徴天皇制を是とし、これを美化する点で一致するという不思議な状況を呈していた。
従って三島由紀夫が、自衛隊は「自由と民主主義」を守る軍隊ではなくて、天皇を中心とする日本の歴史・伝統・文化、すなわち日本の国体を守るべき軍隊でなければならない、と主張したことは、戦後教育の中で国体も教育勅語も教えられてこなかった戦後派世代に極めて新鮮に受け止められたのである。

 私自身大学生であった昭和四十四年の年初め、『論争ジャーナル』誌に掲載された三島由紀夫の「反革命宣言」を読んだとき,体が震えるような感動を覚えたものである。戦前においては大日本帝国憲法と軍人勅諭や教育勅語があり、国民にとって天皇がなぜ尊いのかを理解することは容易であった。
しかし帝国憲法も教育勅語もすべて無効とされた戦後において、かつまたGHQと日教組による思想統制と偏向教育の中で、国民とりわけ若い世代が国体に対するまともな認識を持つことはおよそ不可能な状況であった。
その中で三島由紀夫が文化という独自の切り口から天皇とその意味について、「天壌無窮」の意味も「教育勅語」も知らない若い読者に向けて語ったことの意義は大きい。三島由紀夫が天才文学者である所以である。

 三.私にとっての「文化防衛論」

  高校生時代は反天皇制、反自衛隊の左翼反戦高校生であった私が日本の歴史に目覚めるきっかけとなったのが林房雄の『大東亜戦争肯定論』であった。そして受験生時代に手にした林房雄と三島由紀夫の対談集『対話・日本人論』で初めて三島由紀夫の思想の一端に触れ、目から鱗の気持ちとなり、以来熱心な三島愛読者となっていった。
大学に入学してからは『論争ジャーナル』や『日本及び日本人』誌などに掲載される三島由紀夫の諸論文を傍線を引きながら熱心に読む日々であった。

そして昭和四十三年十二月に都内で開催された日学同主催の政治集会で来賓講師として出席した三島由紀夫の「文化防衛論」と題する講演を聞いて、よし自分もこの運動に参加しようと決心したのである。全日本学生国防会議議長であった森田必勝氏の話を聞いたのもこの集会であった。
まさかそれから二年後に自分が日学同委員長として三島由紀夫・森田必勝両烈士の追悼集会を行うことになるとは夢にも思わなかった。

  その後、昭和四十六年に三島由紀夫研究会を結成し、以来今日まで半世紀近く「憂国忌」を開催し続けてきたが、その原点であり、「憂国忌」の綱領的文書ともいうべき書物が「文化防衛論」であった。
最近の御譲位の問題や憲法改正問題を思うにつけ我々が国体や憲法、国防の問題の本質をこの「文化防衛論」の中に見出すことができることは本書が永遠の生命を持っていることのあかしである。
(終)
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  ◎事務局よりお知らせ   ◎事務局よりお知らせ
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四月の「公開講座」講師は元国立劇場理事の織田紘二氏
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 織田氏は昭和42年國學院大學卒業と同時に国立劇場芸能部に入られ、昭和44年から三島由紀夫先生の担当者として三島歌舞伎に携わられました。
 自決までのわずか2年足らずでしたが、最晩年の三島先生との濃密なお付き合いは初公開の秘話ばかり。
とくに三島演劇研究にとって貴重なお話しが聞けるものと思います。
 織田氏は国立劇場の芸能部長、理事を歴任され、現在は日本芸術文化振興会の顧問をされています。

とき    4月19日(木)午後6時半開演(午後6時開場)
ところ   アルカディア市ヶ谷(私学会館)
講師    織田紘二氏(おりたこうじ、日本芸術文化振興会顧問、元国立劇場理事)
演題    三島歌舞伎の世界
<講師略歴>昭和20年生。北海道出身。昭和42年國學院大學日本文学科卒、国立劇場芸能部に入り、以後三島由紀夫先生の担当として三島歌舞伎に携わる。国立劇場芸能部長、理事を歴任。日本芸術文化振興会顧問。著作に『芸と人 戦後歌舞伎の名優たち』(小学館)、『歌舞伎モノがたり』(淡交社)その他。
会場費   会員・学生1千円(一般2千円)
      

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三島由紀夫研究会「文学ツアー」のご案内
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           記
日時:平成30年5月13日(日)雨天中止
集合:13:00 JR横須賀線「北鎌倉」(きたかまくら)駅
作品:「海と夕焼け」(昭和30年刊・新潮文庫『花盛りの森・憂国』に所収)
場所:神奈川県北鎌倉 建長寺〜勝上献
行程(予定)北鎌倉駅−東慶寺−建長寺(勝上献往復)−鶴岡八幡宮−鎌倉宮(バス)−鎌倉駅(駅近隣で懇親会)

 (注)建長寺〜勝上献は、整備された上り坂を30分ほどかけて登ります。ゆっくりと進みますので、ご安心ください。昼食会の設定はございませんので各自で早めのお昼を済ませてからご参加ください。
 東京から参加される方は東京駅11:53発・横須賀線逗子行きに乗車します。(ホームは地下4階にあり、他線からの乗換には10〜15分を要しますので、充分な余裕を持っての時間配分をお立てください)
  参加を希望される方は、下記メールアドレスまで、お名前、電話番号(できれば携帯)、懇親会の出欠を明記の上、お申し込みください。
yukokuki@mishima.xii.jp
         (三島由紀夫研究会 案内係 浅野正美)


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5月の「公開講座」は憂国忌発起人でもある井上隆史先生をお迎えします
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           記
日時 5月25日(金)午後6時開場、6時半開演
会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館)
    (JR・地下鉄「市ヶ谷」駅徒歩2分)
講師 井上隆史先生(国文学者、白百合女子大教授)
演題  「もう一つの日本」を求めて、『豊饒の海』を読み直す」
    講師略歴 昭和38年生れ。横浜市出身。東京大学文学部国文科卒。文芸評論家。百合女子大学教授。専門は日本近代文学。著編書に『三島由紀夫幻の遺作を読む〜もう一つの『豊饒の海』』(光文社新書)、『混沌と抗戦〜三島由紀夫と日本、そして世界』(共著、水声社)など多数。最新著に『「もう一つの日本」を求めて〜三島由紀夫『豊饒の海』を読み直す』(現代書館)
会場分担金  会員・学生千円(一般2千円)


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会員勉強会、六月は荒岩宏奨氏
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6月は下記の通り展転社の若き編集長・荒岩宏奨氏を講師にお迎えして、「影山正治と維新文学」のテーマで語って頂きます。これまで蓮田善明、保田與重郎,伊東静雄について論じて頂いた日本浪曼派シリーズ第四弾です。
影山正治氏(1910〜1979)は戦前より維新運動家として大東塾・不二歌道会を主宰するとともに、保田與重郎、浅野晃、林房雄など日本浪曼派の巨人達と親しく交際し、三島由紀夫先生を昭和の神風連と高く評価して憂国忌の発起人となり、昭和54年元号法案の成立を熱禱して自裁されました。
           記
◇日時 6月29日(金)午後6時半開演(午後6時開場)
◇会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館)
     (JR・地下鉄「市ヶ谷」駅2分)
◇講師 荒岩宏奨氏(あらいわひろまさ、展転社編集長)
◇演題 「影山正治と維新文学」
◇講師略歴 昭和56年山口県生まれ。広島大学教育 学部卒、プログラマー、雑誌編集者を経て現在展転社編集長。著書『国風のみやびー国体の明徴と天業の恢弘』(展転社)
◇会場分担金 会員・学生千円(一般2千円)
    以上
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  三島由紀夫研究会 http://mishima.xii.jp/contents/index.html
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最終発行日:  
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