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三島由紀夫の総合研究

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三島由紀夫研究会メルマガ <<憂国忌・記念シンポジウムの記録

2018/03/03

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『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
    平成30年(2018)3月3日(土曜日)
         通巻第1237号   
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憂国忌・記念シンポジウムの記録
「三島由紀夫と西郷隆盛」(平成29年11月25日)要旨
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 シンポジウムは水島総氏(日本文化チャンネル桜代表)を司会にして、松本徹氏(前三島由紀夫文学館館長)、渡辺利夫氏(拓殖大学学事顧問)、新保祐司氏(都留文科大学教授)の三者をパネリストにして、2時間近くに及ぶ内容であった。

 ▲「命もいらず、名も要らず」

まず、水島氏が西郷隆盛の「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るもの也」という言葉を紹介したあとで、1877(明治10)年の城山における西郷の最期が三島にどのような影響を与えたのか、両者の共通性をたどることから議論が始まった。

松本氏は三島が1968(昭和43)年4月の『産経新聞』夕刊に発表した「銅像との対話」を引用し、ヨーロッパ的知性との対極の上に西郷の存在を位置付けていたことを紹介した。
三島は林房雄との対談本『対話・日本人論』(1966年)以後、明治維新・文明開化に対して明確な考えを持つようになったことや、三島が前出の文章で防衛問題を「凡人の道」と捉えていたことを紹介し、死に至る三島の姿勢を再検討する必要性を示した。

渡辺氏からは、『学問のすゝめ』など、文明開化論者・欧化論者のイメージが先行しがちな福澤諭吉が後半生に物した著作に注目し、むしろ「痩我慢の義」、士風・士魂こそが福澤思想の真髄であった。
福澤にとって、西郷こそ「痩我慢の義」の在り方を見せつけた人物であり、旧幕臣でありながら、新政府に取り立てられた勝海舟と榎本武揚は「士は二君に仕えず」という徳義を破った人物であった。
その上で、福澤が1901(明治34)年に『時事新報』に連載した論説「丁丑公論」を引用することで西郷への愛慕の念を紹介し、士風・士魂こそ、福澤思想の中核であると強調した。

新保氏は前出の「銅像との対話」に触れ、三島が西欧近代の知性主義から陽明学的なものに傾斜していったことが感じられることや、晩年の江藤淳や30代当時の内村鑑三も西郷を高く評価していたことを紹介し、日本人の思想的根底にあるのが西郷であるとした。
同時に、陽明学を単に東洋的ないしは日本的なるものと考えているかぎり、西郷や三島に見られるようなラディカリズムという発想は出てこないとして、陽明学の持つ複雑さや深さを指摘した。

この三者の問題提起を踏まえて、水島氏は大東亜戦争開戦当時の小林秀雄の文章に触れ、西欧近代主義と異なる価値を日本が有しており、そういった意識を三島も共有していたのではないか、と述べた。

▲『豊饒の海』は欧州文明への異議申し立て

これに対して、松本氏は三島の晩年の著作『豊饒の海』創作の過程で三島が西郷や神風連に少なからぬ関心を持っていたことや、三島が時間を一直線に捉えるキリスト教的歴史観ではなく、インド思想の唯識論を踏まえた輪廻転生にこだわって作品を構想していたことに触れ、『豊饒の海』の根底にはヨーロッパ文明への異議申し立てがあると指摘した。

その上で、西郷は三島と同様に人生を直線として捉えていなかった点や、死ぬべき時期に死ぬことができずに生きながらえ、何をすべきか自問し続けて最期を遂げた点を挙げ、そのことが三島に深い影響を与えたのではないかとして、両者の親近性を示唆した、一方、渡辺氏は福澤と西郷が一度も面識がなかったにもかかわらず、福澤が西郷を評価した理由として、旧中津藩士・増田宗太郎の存在に言及した。

増田は幕末に水戸学の尊王攘夷論に感化され、明治になって福澤門下となり、のちの西南戦争で西郷軍に参加した人物であり、渡辺氏はその増田の目から見た西郷像が福澤に伝わり、前出の「丁丑公論」につながったのではないか、という推論を提示した。

そして、戦後70年にわたり、左翼リベラリズムが福澤思想を多角的に理解することを妨げてきたことを批判した。
一方、新保氏は日本と西洋それぞれの近代についての問題意識という面で西郷と三島には親近性は見られるものの、両者の生きた時代背景を考えた場合の違いにも留意すべきであるという見解を提示した。

その上で、西郷の「敬天愛人」論は幕末の儒学者でありながら、明治になってクリスチャンに転じた中村正直から学んだものであり、東洋的発想からは出てこないものであると述べた。

水島氏は小括として、西郷の「敬天愛人」論は禅の世界と同様、人間の生死を一つの現象として捉えるものであったことや、三島はイデオロギーのために決起して自決したのではなく、自分自身が日本であることを粛々と示したのではないか、という見方を示した。
日本人が西欧近代の影響に転換していく狭間にいたのが西郷であり、戦後日本の見るに堪えない状況の中でそれを告知したのが三島であったと述べた。

 次に松本氏からは、武士階級の消滅を明確に示したのが西郷の死であり、なぜ800年にわたって政権の座にあった武士階級が一部の士族反乱を除いて抵抗せず、新政府に簡単に政権を譲り渡したのかという問いがあった。

松本氏はそこに朱子学・陽明学との関係を指摘し、江戸時代は二百数十年かけて武士の魂を磨いた時代であり、その成果というべき精神構造を持っていた人物が西郷であるとした。武士の魂を突き詰めていくと、果たして近代国家を動かしていくことは出来ず、将軍が政(まつりごと)の治者という責任ある地位にとどまることはできない。だからこそ、将軍がその地位を退き、西郷があのような無残な死に方をすることで、侍の歴史の終わりを告げているのではないか。

▲神風連の反乱の意議とは

神風連の乱は武士の魂である刀を奪う廃刀令への反発によって起きたものであり、武力を持たずして政を全うしようとすることほど、馬鹿馬鹿しいものはないと述べた。
その上で、三島は戦後日本が米国から武力の放棄を強要され、それをあたかも善であるかのように言いはやしてきたことを「偽善」として切り捨て、陽明学の復活や士魂、無私の精神を取り戻そうとしていたことや、ヨーロッパと日本における精神文化の違いを認識していたことの重要性を喚起した。

 これに対して渡辺氏は、西郷最大の功績は不平士族の反乱を西南戦争という形で終わらせ、日本が殖産興業・富国強兵に向かって進んでいく前提条件を作ったことにあると評価し、内村鑑三によれば、廃藩置県は西郷の受諾なくして実現できなかったと述べた。

すなわち、幕藩体制の下、徳川以外の藩は独自の法律、行政、裁判権、徴税権などの自律的なシステムを有しており、この点で封建制には日本を多様化させる意義があった。そうした諸条件があり、かつ、帝国主義的な国際環境の中で一旦緩急あらば、地方に分散していた権力が中央に凝集されるようになっていた。
その膨大なエネルギーこそが廃藩置県を可能にしたのであり、最終的には西郷の受諾によって成し遂げられたという見解を提示した。

また、明治という時代を特徴付けるのが廃藩置県と同年の1871(明治4)年に欧米へ向けて出発する岩倉使節団であった。藩の廃止が各地に大きな不満を残す中で明治政府首脳が外国にわたることはまさに直情径行型と言うべきであり、司馬遼太郎は明治を「楽観的な時代」と表現した。

おそらく彼らとしては西郷という圧倒的な人物に留守政府を任せていれば、安心して欧米に出かけられるであろうという、問わず語りの了解があったのではないか、と述べた。こうした見地から渡辺氏は、不平士族の反乱を抑えた点にこそ西郷の歴史的役割があったとした。

 ▲城山における自刃のあとで

続いて、新保氏は城山における西郷の自決について肯定的な見方を示し、西南戦争後に民衆の間で西郷星、西郷伝説が広まったことは、政治的行動を超えた精神的な深さが感じられるとした。
その上で、西郷が日本の最後の武士として殉死したことこそ、最高の結論にして行為であり、三島の死にもつながる内容があると述べた。
 
最後に水島氏からは現在のアジア全体が中国の抬頭によって「脱亜」の方向に向かっており、この現状は福澤諭吉の「脱亜論」と比較した場合にどのような知見を得られるか、という問いが渡辺氏に対して発せられた。

渡辺氏は明治時代の朝鮮は清国との間に君臣関係を結び、内乱や政争があれば清国に派兵を要請する状態にあり、それが日本の安全保障を脅かすものになっていたことや、こうした朝鮮と清国の君臣関係を払拭せんがために清国に挑んだのが日清戦争であったと述べた。

当時、朝鮮内部には福澤の影響を受けた開化派がいたものの、守旧派を駆逐するためのクーデターである甲申事変に失敗し、彼ら開化派は残虐な刑を受けることになる。これに怒り心頭した福澤の書いたのが「脱亜論」であった。

▲脱亜論の今日的意味

現在のアジアは福澤が「脱亜論」を執筆した前夜の地政学的な情勢に戻りつつあるのではないか、という見方を示した。
その根拠として、先週ソウルを訪問した際、韓国のほとんどの国民が北朝鮮の脅威に無自覚であり、むしろ従北的なセンチメントに陥っている現状を韓国側の保守系知識人たちが強く憂いていたことを明らかにした。

その上で、彼らが予想しているシナリオとして、?米国が米韓同盟を破棄した上で北朝鮮を先制攻撃する、?北朝鮮が第7回核実験によって核弾頭の小型化・軽量化に成功することで米国の世論に衝撃を与え、トランプ政権が北朝鮮を核保有国と認める米朝平和協定を結ぶ、という二つがあることを挙げた。
後者のシナリオが現実になった場合、在韓米軍はほとんど意味のない存在になるばかりでなく、中国の勢力が朝鮮半島全域にまで及ぶことになり、日本は日清戦争を戦った最大の理由に重なることになる。

勿論、現実の外交はこの二つのシナリオの組み合わせの中に様々なシナリオがあり得る。しかし、現在の文在寅政権にそうした外交思考の柔軟性があるのか不明確であること、文在寅はかつての金大中や盧武鉉と同様、非常に親北的なものを充満させた人物であり、断固として自国を守り抜くという政権が韓国にはないということだった。

そして、こうした発言を韓国内でした場合、直ちに発禁となり、言論界から追放されてしまうことや、デモや集会の自由はある一方で言論や出版の自由がないことについての彼らの嘆きを聞き、暗澹たる気持ちで韓国から帰国してきた。
その上で、福澤が「脱亜論」を書いた当時の極東アジアの地政学的な構図が再現しつつあるという認識を強くしたと述べた。

(三島由紀夫研究会事務局作成。なお、第47回憂国忌については、日本文化チャンネル桜の平成29年11月29日放送分に全体が収録されており、動画で視聴することができます。https://www.youtube.com/watch?v=MppLC-B5jkI
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西部邁先生追悼講演会のおしらせ
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西部邁先生追悼講演会を下記の要領で開催します。 
1月21日に逝去された西部邁先生(評論家、元東大教授、憂国忌発起人。享年78)を偲び、下記の通り追悼講演会を開催します。
              記
とき      3月8日(木)午後6時半開会(午後6時開場)
ところ     アルカディア市ヶ谷(私学会館)
追悼講演講師  富岡幸一郎先生(関東学院大学教授、鎌倉文学館館長、憂国忌発起人) 
演題      「追悼 西部邁先生」
追悼スライド、遺影に献花を予定しております
会費      一般2千円、会員・学生1千円
主催及び連絡先 三島由紀夫研究会
            TEL 090-1611-9839  FAX 03-5419-7670
            Eメール  yukokuki@mishima.xii.jp
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  ◎事務局よりお知らせ   ◎事務局よりお知らせ
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四月「公開講座」は元国立劇場理事の織田紘二氏
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 織田氏は昭和42年國學院大學卒業と同時に国立劇場芸能部に入られ、昭和44年から三島由紀夫先生の担当者として三島歌舞伎に携わられました。
 自決までのわずか2年足らずでしたが、最晩年の三島先生との濃密なお付き合いは初公開の秘話ばかりで、とくに三島演劇研究にとって貴重なお話しが聞けるものと思います。
 織田氏は国立劇場の芸能部長、理事を歴任され、現在は日本芸術文化振興会の顧問をされています。
記録
とき    4月19日(木)午後6時半開演(午後6時開場)
ところ   アルカディア市ヶ谷(私学会館)
講師    織田紘二氏(おりた こうじ、日本芸術文化振興会顧問、元国立劇場理事)
演題    三島歌舞伎の世界
講師略歴 昭和20年生。北海道出身。昭和42年國學院大學日本文学科卒、国立劇場芸能部に入り、以後三島由紀夫先生の担当として三島歌舞伎に携わる。国立劇場芸能部長、理事を歴任。日本芸術文化振興会顧問。著作に『芸と人 戦後歌舞伎の     名優たち』(小学館)、『歌舞伎モノがたり』(淡交社)その他。

会場費   会員・学生1千円(一般2千円)
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  三島由紀夫研究会 http://mishima.xii.jp/contents/index.html
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