文学

三島由紀夫の総合研究

創立35年の老舗「三島由紀夫研究会」の会報を兼ねた、あらゆる角度からの総合研究メルマガ

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三島由紀夫研究会メルマガ

2010/12/03


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『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
    平成22年(2010)12月3日(金曜日)
       通巻第454号 
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 <憂国忌への感想特集> 
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(読者より その1)先月25日の九段会館へ伺いました。三島由紀夫先生が自決されてはや四十年とは! 「憂国忌」に小生は時刻通りに伺ったのですが、はやくも3階席まで満員の盛況でした。小生も2階席でしたが、ここも満席でした。
 たしか三十五年祭にも九段会館でしたが、三階は埋まっていませんでした。三十年祭も三階はちらほらでしたが、四十年と年を追うごとに満員から超満員。この現象は、日本の保守化現象と平行してのことではないか、と思います。
  (HG生、茨城)


(編集部から)ひとつには「死後も成長しつづける作家」(秋山俊)であり、つぎに四十年という節目で、あの全共闘世代も還暦をすぎ、人生を三島と重ねて振り返りたい。そしてご指摘にように三つめの動機は、中国の勃興、尖閣、北朝鮮の砲撃など、日本がますます危険に囲まれてしまった状況で、三島由紀夫という天才の予言を再考したいと考えた人が多かったとおもいます。保守回帰の巨大な潮流が背景にあるのでしょう。
 げんに福岡から飛行機で参加された人が数組、青森から、広島からと、遠くから参加された人々も目立ちました。新聞報道では1200名、実行委員会がカウントして数字は1300名。裏方だけでも五十名以上おりました。




(読者より その2)憂国忌の感想です。鎮魂祭の辞世の朗詠など、厳かな雰囲気がありました。戦前の、ある時期の日本の空気、日本人のメンタリティーが、神道の儀式においてそのまま保存されているように感じました。
悲壮で英雄的な覚悟、悲劇的でストイックな悲しみなどの感情です。
第貳部のシンポジウムも聞きましたが、内容はもちろん良かったですが、司会も水際立っていましたね。自由気ままに発言させておくように見せながら、微妙に時間をコントロールしていたのには驚きました。予定時間との誤差が新幹線並みというのは、どちらをより評価してよいのかわかりませんが、あの個性的な面々を制御する今回の司会進行のほうが、明らかに難しかったでしょう。
40年前に三島由紀夫が懸念していたことが、日本をめぐるさまざまな事件によって現実のものとなりつつある。予言的なメッセージだったことがわかりました。
 (KF生、神田)


(実行委員会より)鎮魂祭のための準備と乃木神社宮司との打ち合わせも数回、照明のタイミング、登壇する発起人の順番など舞台裏も大変でした。





(読者より その3)はじめて「憂国忌」に参加しました。有難うございました。最近しきりに思うのですが、右翼(適切な言葉ではないかも知れませんが)思想家、行動家はなぜ自決するのでしょうか。
すぐ思い浮かぶのは、影山正治、野村秋介、三浦重周の三氏。敗戦直後には、明朗会、大東塾、愛宕山の集団自決があります。おのれ個人の命よりも尊いものの存在を信じているから「死を視ること帰するが如く」なるのでしょうか。
  (KK生、千葉県船橋市)


(編集部より)三島由紀夫が昭和四十四年の東大安田講堂たてこもり事件で、全共闘側にひとりの殉教的行動をとった学生がいなかったことをしきりに攻撃したことを思い出しました。「責務」を果たしていないと。



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(読者より その3)はじめて憂国忌に参列させて頂きました。二年前の11月25日、山辺の道を歩き奈良県桜井市三輪山大神神社にある三島由紀夫「清明碑」と出会いました。清明という言葉と書体を見たとき私は感動しました。
それから、金閣寺、豊饒の海などを読みました。読めば読むほど感動しました。今年10月、山中湖の文学の森にある三島由紀夫館を見学した後、憂国忌に参列するに至ります。
 (KY生、長野県松本)


(実行委員会より)そのうえ、ことしの鎮魂祭祭主は三島記念館館長の松本徹先生でした。




(読者より その5)僕はいつも憂国忌に参加するのであるが、今回は敬愛してやまない細江先生が浅草演芸ホールにて行なわれている下町芸能大学の第五回催し物として「三島由紀夫歿後40年記念」で写真集薔薇刑を語られるというので、お誘いを受けそちらに参上した。
 講談師神田蘭さんがまず細江先生とトークショウ、先生が生まれは東京の神社であり、母方の山形米沢で1人戦争中疎開したことから始まり、三島先生の思い出を語る。一言で評価して、三島先生は「誠実」さを自分にも人にも求められたこと、例えば時間に厳しく遅刻は許されない、定刻の5分前には待ち合わせ場所に必ず来ているなど・・・厳しいが人間としての誠意溢れた三島像をとつとつと語る。
 話は写真論に及び被写体と写す側の心との結晶が写真であり、昔の写真機とディジタル写真機との相違や小型化による撮影動作や被写体へのアプローチが全く異なること、盲人の写真と健康人の写真を同じ被写体でも異なることなど、判りやすく説明された。
三島先生と彼が目をかけた文壇や芸術家の自宅での無礼講などの思い出など、あの開高健が神妙に三島先生ににじり寄り、野坂昭如がからかう中、「小説とはどうして書いたらよいのか」と質問、それに三島先生が誠意をもって応対され、部屋の片隅で二人で議論している姿が印象的だった、と。
しかも当時、開高が嵌っていたベトナム戦争を、「君がいまやっているベトナム」についての質問なのかと、聞いておられたのが、細江先生の耳に届いたなど。とにかく色々な文学賞の審査委員をされていたが、三島先生ほど全ての応募作を完璧に読み込んでおられる委員はなかったはずだと、そこに三島先生の誠意がにじみ出ていると細江先生は語る。
野坂に対して、お前は現代の西鶴だなと言われていたのも思い出すと。
話上手な細江先生、本題の薔薇刑を語る時間との兼ね合いで、可愛らしく才気あふれる神田蘭は時計を気にする。
やっとのことで大型プロジェクターにご子息の賢治さんが助手として薔薇刑の説明に入る。
今年の3月にベルリンにて三島シンポジウムがあり世界から三島研究の学者が150人ばかり集まり、ドナルド・キーン先生も参加、細江さんは写真家として薔薇刑を説明、まさにそれと同じことを今からしますと、しかし時間はあと20分、賢治さんが冷や冷やするなか細江先生は堂々と動じず三島先生との舞踏家大野巽氏を通じての三島先生とのご縁を語られる。
三島先生が細江先生を大評価され、自分の写真を撮ってくれと名誉ある仕事を得た経緯や細江先生の言うことを全部聞いてポーズを取ってくれた三島先生を語る細江先生には、もうあの時の感慨に耽っておられるような様子であった。
この数年のうちに未公開の薔薇刑のいわばPART2を出版したいとの意気込み、初公開ということで数点三島先生の薔薇刑写真を見せて貰った。庭の白いベンチに横たわる三島先生!これは凄い写真だと僕の頭に焼き付けられた。
(AO生、平河町)
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「憂国忌」DVDの予約は本日で締め切ります!
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憂国忌記録DVD(二枚組)を実費頒布します
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超満員となった「三島由紀夫氏没後四十年 憂国忌」の映像記録です。DVD二枚組み・鎮魂祭(50分)の模様・シンポジウム(130分)の全記録です! 代金は品物到着後、お振り込みでOKです。
ご希望の方は下記のメールアドレスに「憂国忌ビデオ」と入力の上、
m-asano@fujiya-camera.co.jp
・お名前 ・〒番号 ・ご住所 ・録画方式(下記参照)をお知らせ下さい。
今回のDVDには録画方式が二種類あります。
1.ノーマルDVD: (一般的なDVDプレイヤーやパソコンで再生することができます)
2.フルハイビジョンDVD:(ブルーレイ対応のDVDプレイヤーのみ再生可能です)
 ご注文の際には、ノーマルかブルーレイのどちらかをご指定下さい。特にご指定のない場合には、ノーマルDVDを送ります。頒価は二枚セットでノーマルDVDが1,500円、ブルーレイが2,000円となります。
郵送料と振り込み手数料は弊会が負担します。到着後、同封されている郵便振込用紙にてお支払い下さい。なお、発送までに一ヶ月ほどかかります。先着順でお送りしますが、或いは一部の方には新年に到着がずれ込みますので、ご了解ください。


特記(1)このDVDは限定頒布ですので12月3日午後十時に締め切ります。以後の増刷はありません。
特記(2)「憂国忌」賛助会員の方で五口以上の御賛助をいただいた方には贈呈させていただきますので、お申し込みの必要はありません。
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 読者のページ
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(読者より その5)ドクター中松氏からのメッセージを披露したい。同氏は、奇想天外な発明家であるが、思想的には右翼民族派なのであり、その都政運営に期待したい。
  戦前の輝かしい日本の昭和3年に生を受けた私は、本土決戦が近い昭和19年に当時最高のエリート集団 海軍機関学校の厳しい試験を突破。 畳が血に染まっている激しい柔道場、プールの底に網を張り、力尽きておぼれ沈むまで泳ぐ猛訓練、日本最高の頭脳を有する教授陣による徹底的な座学。
 入学した東京帝国大学は正門に菊の御紋を頂き、「われわれの愛する歴史と伝統の国、日本」のため必死に勉強し、身体を鍛えました。
 全国民が国のために死ぬ覚悟の戦前の日本、玄関の鍵を開けていても泥棒の入らなかった戦前の日本の高い道徳。 戦後の日本は、玄関に鍵をかけていても泥棒が入る堕落国家。 現在の政治は武士によって行われるのではなく、士農工商の商、つまり、カネと利権により政治が行われています。日本の政治は、「武士道」により行なわれなければなりません。「三島精神」で行わねばなりません。
「日本の真姿が変わって、生命尊重のみで魂は死んでいる。」と三島先生は言っておられます。今こそ三島先生の遺志を継いで良き日本に造り変えましょう。
それには、まず東京から日本を変えましょう。 私の家系は徳川幕府の直参旗本で、江戸で、300年、政治の中枢に居りました。私は、来年4月初頭の東京都知事選に立候補し、三島先生の遺志を実現し、東京を創りかえます。そのため、東京を民主党の菅政権と一線を画し、占領憲法を廃棄し、尖閣や北方領土の護りを固くし、「世界最高の修身教育」と「強い男子」の育成、「減税」をして元気溌剌で活気ある愉快な東京にします。 ハーバード大学で「グレート・シンカー」(偉大な賢い人)に選ばれたドクター・中松のみが東京を賢く指導できると自負しております。
11月25日の『憂国忌』には、米国で「ドクター・中松デー」の制定行事があったため、残念ながら参加できませんでしたが、三島由紀夫の行動哲学に共鳴している皆さまと共に、日本の現状を糾弾してまいりたく存じます。 
  (TT生)


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 MMMMMMM 三島 MMMMMMMMMMMM 三島 MMMMMMMMM
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(編集部から)小誌は「三島由紀夫研究会」(昭和四十六年創設)の会員だけに限定せずに、三島研究の論文、エッセイをつねに募集しております。比較文学論(たとえば「村上春樹と三島」とか)、作品論(たとえば『美しい星』や『仮面の告白』に新解釈)、読後感、政治論、芸術論。まるで分野を問いません。三島さん自身、古典から前衛まで、映画からシャンソンまで万能の人でしたから。
 「憂国忌」への御感想、御希望でも構いません。皆さんからの御投稿を広くお待ちします。原則として実名。簡単な肩書きをつけて下さい。ただし三島文学批判も構いませんが、明らかな誹謗中傷のたぐいの投稿は採用しません。ゲスト寄稿者コーナーも常設しております。一部の原稿は年二回以上発行のメルマガ合本に掲載させていただくことがあります。    
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  三島由紀夫研究会 HP URL http://mishima.xii.jp/
      メール  yukokuki@hotmail.com
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(C)三島由紀夫研究会 2010  ◎転送自由
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