文学

三島由紀夫の総合研究

創立35年の老舗「三島由紀夫研究会」の会報を兼ねた、あらゆる角度からの総合研究メルマガ

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三島由紀夫研究会メルマガ

2010/11/13


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『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
      平成22年(2010)11月13日(土曜日) 
          通巻第441号 
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(読者から その1)没後四十年で、書店には三島本があふれかえっています。駄本が多い中で、貴会が編集された『憂国忌の四十年』(並木書房)は心血が注がれていて感動的。群書あまたあるなか、一等秀でた本だとおもいます。
 (HU生、横浜)


(編集部から)松本徹、佐藤秀明先生らの別冊「太陽」(三島特集号)は珍しい写真が溢れています。また井上隆史先生らのトンボの本(新潮社)、ならびに同氏の新作『三島由紀夫 幻の遺作を読む もうひとつの『豊穣の海』』(光文社新書)は読み応えがあります。
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(訂正原稿を再掲載します)

 ニューヨーク憂国忌の思い出
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 アイバン・モリス氏がやってきて、NYで三島追悼会を行いました
                          芳賀 建介
 
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 あの頃、「憂国忌」に参加した私は、三島さんの意志をどのように繋いでいったらいいのか戸惑っている集まりの、その湿っぽい雰囲気に違和感をもったままニューヨーク(NY)へ独り旅立ちました。その頃、私は三島さんの意志をどのように繋いでいけばいいのか迷っていたのです。
 
 20代半ばの私は、日本精神のシンボル的存在であった三島さんを失い、政治に深入りするのを恐れ、本物の演劇人になりたくて演劇の本場NYへ移ったのでした。その前まで英会話などとても覚束ない私ではありましたが、どういう具合か、使命観を感じており、NYでも「憂国忌」開催を思い立ちました。
働きながらの思いつきですから当然のことながら色々と障害があります。
でも私は「憂国忌」を通じてなんとか在留日本人と日系人に三島さんの話をし、意見を交わしたかったこととアメリカ人に三島さんの話をしたかったのでした。
そう、思い上がりと情熱と怖いもの知らずの私でありました。当時の学生と同じで、なにかにつけて強い憤りと憂国をもっていたのでありました。
 当時のアメリカ社会での日本人とは、ハイテクと土地成金が混じり合った、実に鼻持ちならない人種でした。
農協の豪華ツアーが流行だったことから見ても、日本や日本人には勢いがありましたし、成金の思い上がりとプライドが謙虚さをかき消していました。謙虚さ(というか自虐感)だけが残っている今とは全く逆だったのです。 
 
 当時の日本はしかしながら、金銭至上主義者か進歩的文化人と称する心根の浅ましい左翼がマスコミの寵児として持ち上げられ、逆に志の高い、日本民族の根幹に関わる日本のあり方の危機を懸命に訴える文化人、ビジネスマン、政治家は少なく、仮にいても彼らはマスコミと$B:8Mcの罵詈雑言を恐れて正面切って立ち向かおうとしなかった。
女々しい人もいた。自虐的な民族否定の雰囲気の中で三島さんは孤独な戦いを続けていたのです。
私はこのことを日本人とアメリカ人に訴えたかったのです。
日本人は金銭の多寡、物質だけを民族の価値にしてはいない、精神面においてこそ日本人らしさを見る事ができるのだと。アオかったし、生意気だったのです。
 
 
▲多くの在NY日本人があつまりました
 
 NY版「憂国忌」は当時働いていた会社の先輩達が協力してくれました。NYにきて間もない頃ですから、英会話ができないのは勿論、どこで開催していいのか見当もつきません。そこで日本人倶楽部にかけあって会場を貸してもらいました。
ロックフェラー・センターからもオファーがあり三島さんに対する関心の深さが窺えました。
しかし日本人が集りやすい場所に設定したのです。倶楽部のスタッフは皆さんとても親切で造詣が深かった、NYへ滞在する人間の質の高さを垣間見た思いがしました。今、わたしの暮らしているグアムではこうスムーズにはいかないでしょう。
 
 次にイベントで大切なことはゲストと式次第となります。どういう経緯でそうなったのか、当時コロンビア大学の教授をしていたアイバン・モリス博士と知り合い、スピーチをお願いしました。博士は日本文学の研究と翻訳でも権威でして、そういうことなど丸で知らぬ私は、知らない間に三島さんのお話をするのにもっとも適した方をお招きしていたわけでした。博士は勿論快諾して下さいました。博士は日本語もおできになりましたから私の熱意だけはわかってくださっていたようでした。
 
 「憂国忌」はNY市から役人が、マスコミが、アメリカ人の学生達が、大学教授達がどんどん集まってきたたまえ四百名近い数に膨れあがり、いかに三島由起夫が海外に知られ人気があったかと思い知らされました。
  夕方の7時に開演。最初に黙祷があって私が「人数が多くきたことに驚くと共に感謝している云々」とコメントしました。
 アイバン・モリス博士は三島由起夫と古典について延々と語られましたが、英語だった所為もあってよくはわからなかったのでありますが、参加者の多くがその話にじっと聞き入っていました。
 
 
▲ドナルドキーン氏とも思い出話
 
全体しんみりとしてきて、三島さんを通じて日本および日本人というテーマが参加者の心に響いているようでした。
日本人倶楽部のご好意で簡単なスナックパーティがあり、なごやかな雰囲気な中で会は終わりました。参加者のどの顔も、三島さんというパイプによってお互いを尊敬し合える仲間を見つけたことに感激している姿がとても印象的でありました。
 
 その後、私は縁があってブルックリン大学の演劇科に(遅ればせながらの)入学ができ、また縁があって、オフ・ブロードウエーで三島作の現代能「葵の上」を演出し、御陰さまで好評を得たのですが、この作品の上演権をめぐってドナルド・キーン博士にお目にかかり、その時に「憂国忌」とモリス教授の話題がでて大いに楽しい時間を送ったものです。

  あれからNYの日本人も変化し、日本経済も激しく移り変わりました。商社マン全盛時代、バブル時代が続いてエコノミクアニマルとか拝金主義者といわれ、半ばはひがみでありましたが半ば真実でありました。そして今では大借金時代と成り果てて、最早あの、「良き時代」は遠い思い出になりました。
 
 今日に至っても国家国運を左右する重要な案件について、政府も国民も対内対外を問わずいい加減な対応しかできないのは悲劇です。自国の舵取りを他国に気遣い、他国に委ねる、というのは国家として決してあってはならないのですが、これまでの自民党を始め民主党も国w?家について厳格に宣言してこなかったことに原因があり、そのツケが後の世代への負の遺産となっています。
  全く無責任な人達です。あの戦争でかくも多くの同胞が犠牲的精神で護ろうとした国が国民が少しも彼らの意志を受け継いでいなかったことに心ある人達は愕然としているでしょう。私達はあの大戦からも三島さんからも何も学んでいないのかも知れません。哀しいことです。
 
 湿っぽい雰囲気に違和感を持った、と書きましたがそれは今も変わっておりません。首をかしげながら困った顔をしていても何も変わらないのです。私達が身を以て、身を呈して変えようとしなければ変わらないし誰も共感しないのです。かつて三島さんはそういう心の脆弱な人々の前で「国家のあり方」をデモンストレーションしてみせたではありませんか。
 今、かつての情熱そのままに「憂国忌」が継続しているのは大変に嬉しいニュースです。きっと三島さんに共感を感じている人々がずっと今日まで維持してきたのでありましょう。素晴らしいことであります。
私は若い人が沈みいく日本を救うだろうと信じています。損得にしか価値観をもたない人間達に疑問をもっているのが若い世代だからです。そして大いに期待もしているのです。
 「憂国」とは押し黙って傍観することではなく、情熱をもって果敢に挑戦する志を持った人にしかわからないのかも知れません。共にあるべき姿に向ってチャレンジしていきたいですね。(終)

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芳賀 建介(グアム在住、US Explore & Study, Inc・社長。太平洋戦争戦没者慰霊協会・顧問。グアム戦争を風化させない会・代表)。
芳賀健介氏のHP  http://www.usesguam.com/
芳賀健介氏のブログ http://blog.livedoor.jp/cpiblog01241/
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 お知らせ
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 「アマゾン」から『憂国忌の四十年』(並木書房)が購入できます。送料無料です。
http://www.amazon.co.jp/dp/489063262X
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第四十回追悼会
 『憂国忌』
 ――三島由紀夫を通して日本を考えようーーー

 とき  11月25日 午後五時(四時開場)
 ところ 九段会館大ホール
 会場分担金  お一人1000円
 プログラム
第一部鎮魂祭(齋主 乃木神社神職。祭主 松本徹)
第二部シンポジウム 『没後四十年 日本はここまで堕落したか』 
井尻千男、遠藤浩一、桶谷秀昭、西尾幹二
 当日会場ではロビィに関連グッズの展示。また関連図書の頒布があります。

 ●なおメルマガ読者の皆さん 憂国忌終了後、同九段会館地下「あかつき」の間にて懇親会があります。発起人、実行委員多数が参加します。会費は別途、三千円です。飛び入り参加歓迎です。この案内はメルマガ読者に限定しております。同2030頃から2200まで。
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(編集部から)小誌は「三島由紀夫研究会」(昭和四十六年創設)の会員だけに限定せずに、三島研究の論文、エッセイをつねに募集しております。比較文学論(たとえば「村上春樹と三島」とか)、作品論(たとえば『美しい星』や『仮面の告白』に新解釈)、読後感、政治論、芸術論。まるで分野を問いません。三島さん自身、古典から前衛まで、映画からシャンソンまで万能の人でしたから。
 「憂国忌」への御感想、御希望でも構いません。皆さんからの御投稿を広くお待ちします。原則として実名。簡単な肩書きをつけて下さい。ただし三島文学批判も構いませんが、明らかな誹謗中傷のたぐいの投稿は採用しません。ゲスト寄稿者コーナーも常設しております。一部の原稿は年二回以上発行のメルマガ合本に掲載させていただくことがあります。    
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  三島由紀夫研究会 HP URL http://mishima.xii.jp/
      メール  yukokuki@hotmail.com
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(C)三島由紀夫研究会 2010  ◎転送自由
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創刊日:2006-01-12  
最終発行日:  
発行周期:半月刊  
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