文学

三島由紀夫の総合研究

創立35年の老舗「三島由紀夫研究会」の会報を兼ねた、あらゆる角度からの総合研究メルマガ

全て表示する >

三島由紀夫研究会メルマガ

2009/05/31


○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 
  『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
      平成21年(2009)6月1日(月曜日)
          通巻第322号  
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
   ♪
<日本赤軍の和光晴生君と三島由紀夫について>


 △
日本赤軍事件の被告として、現在東京拘置所に拘留中の和光晴生君は、かつて私が慶應義塾大学の学生だった頃、同じ慶應キャンパスでブントの活動家として熱心に活動していた、主義主張は異なるがいわば「学生運動仲間」であった。
昭和45年11月25日の三島由紀夫、森田必勝両烈士の壮烈な行動は我々に大きな衝撃を与え、それは同年12月11日の追悼集会となり今日の憂国忌運動の原点となった。

翌年(昭和46年)1月に築地本願寺で行われた三島由紀夫氏の葬儀には我々も同志とともに参列した。築地本願寺における葬儀には多数の参列者があったが、その際葬儀の受付のテントの中にブントの和光晴生君が記帳係としているのを見つけて私は大変驚き、「慶應ブントの和光君じゃないか、何故君がここにいるのか?」と尋ねたところ、彼は「三島さんの死に共鳴するのは右翼も左翼も関係ありませんよ。」と答えた。
彼とはもっと話をしたかったが、あいにくの雑踏の中でもあり、それきりとなってしまった。いつか彼とゆっくり話をしたいと思いながら、時は流れその後彼は日本赤軍のコマンドとしていくつかの事件に参加し、パレスチナの砂漠に姿を消してしまった。

そして歳月が流れ、彼をはじめ日本赤軍のメンバーは逮捕され、和光君は東京地裁で無期懲役の判決を受け、現在最高裁に控訴中である。
和光君は今では日本赤軍の行動につき厳しく自己批判している様だ。
現在、雑誌『情況』に獄中で書いた「日本赤軍とは何であったのか」という論文を連載している。その中で日本赤軍のリ−ダ−だった重信房子を強く批判しているなど興味深い点も多い。

私は日本赤軍についてマスコミの報道以上のことは知識もなく、コメントする材料もない。和光君自身が自らの行動とその結果、意味につき総括と自己批判をすべきであろうと考えている。先日私の知人である民族派の某氏が東京拘置所を訪れ和光君と面会した折、三島由紀夫のことに話が及んだ際、昭和46年の築地本願寺で私と交わした会話を和光君は詳細に記憶していたとのことであった。

このままでゆけばおそらく彼は下獄することになろうが、いつかあの時彼が三島事件をどの様に受け止め、現在如何に評価しているのか聞いてみたいと思っている。
いずれにしても和光君があの当時三島由紀夫に傾倒していたことは間違いない。実際三島事件を聞いて「我々は敗北した」とか「左翼は三島由紀夫に乗り越えられた」などと発言した左翼が多かった。

三島事件の翌日、昭和45年11月26日我々は早稲田大学の正門に「追悼、三島・森田両烈士」という巨大な立て看板を出した。
通常ならすぐにも革マルや解放派の襲撃を受けるところ(もちろん我々もそれを覚悟の上で武装して身構えていたが)、誰一人そういう動きはなく、むしろヘルメットをかぶった左翼学生が立て看板の所に設置した焼香台に手を合わせるという場面もあったものである。
三島由紀夫氏はかつて東大全共闘との対話集会において「君達が天皇と一言言えば私は君達の中に加わるであろう」と発言した。

あれから40年近く、左翼全共闘だった人々の中から如何に多くの諸君が今は我々と同じ立場に転向してきたかを私はよく知っている。
三島精神は日本人ならいつか必ずそれに覚醒するものなのである。
(玉川博己)
 ◎
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
########################################
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
 次回の三島由紀夫研究会「公開講座」は6月23日(火曜日)です
  新進気鋭の西法太郎氏が「保田輿重郎とミシマ」について語ります。
  @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 文豪、三島由紀夫は学習院時代に平安朝の古典の世界に迷い込むような華麗で壮麗な物語をいくつか書いた。濃密な日本浪漫派の影響が現れていたが、文学仲間と何回か、保田輿重郎邸を訪れていた。
 戦後しばし、浪漫派に距離を置いたかに見えた三島だったが、文学の原点には保田の影響力が色濃く刻印されている。構想三年余、新進気鋭の評論家が満を持して放つ、新視角からの三島由紀夫論!

        記
 とき   6月23日(火曜日) 午後六時半(六時開場)
 ところ  市ヶ谷「アルカディア市ヶ谷」四階会議室
 http://www.jps.gr.jp/news/20020411map.htm

 演題と講師  西法太郎「保田輿重郎とミシマ」
 会費     おひとり 2000円(会員と学生は1000円)
   ♪
 修了後、講師を囲んで懇親会(別途会費3000円)を予定しております。
 懇親会は希望者のみです。
         ◇
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
MMMMMMMMMMMMMMMMM 三島 MMMMMMMMMMMMMMMMMMMMM
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

(編集部から)小誌は「三島由紀夫研究会」(昭和四十六年創設)の会員だけに限定せずに、三島研究の論文、エッセイをつねに募集しております。
比較文学論(たとえば「吉本隆明と三島」とか)、作品論(たとえば『仮面の告白』に新解釈)、読後感、政治論、芸術論。まるで分野を問いません。三島さん自身、古典から前衛まで、映画からシャンソンまで万能の人でしたから。
 「憂国忌」への御感想、御希望でも構いません。皆さんからの御投稿を広くお待ちします。原則として実名。簡単な肩書きをつけて下さい。
ただし三島文学批判も構いませんが、明らかな誹謗中傷のたぐいの投稿は採用しません。ゲスト寄稿者コーナーも常設しております。一部の原稿は年二回以上発行のメルマガ合本に掲載することがあります。    
 ◎ ◎ ◎
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  三島由紀夫研究会 HP URL http://mishima.xii.jp/
      メール  yukokuki@hotmail.com
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(C)三島由紀夫研究会 2009  ◎転送自由
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2006-01-12  
最終発行日:  
発行周期:半月刊  
Score!: 98 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。