文学

三島由紀夫の総合研究

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三島由紀夫研究会メルマガ

2009/01/13


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  『三島由紀夫の総合研究』  (三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
           平成21(2009)年1月13日(火曜日)
               通巻第295号  特大号
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川端康成を囲んで、三島由紀夫の発言
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 ▲三島発言に多くの綾が縫い込められていた

三島由紀夫研究会のメルマガで紹介されたyoutubeの「川端康成氏を囲んで」というTV番組を興味深く観ました。
同番組が録られたのは、川端氏のノーベル文学賞受賞が報じられた直後の昭和43年10月18日で、場所は鎌倉長谷の川端邸の広壮な庭です。
そこにテーブルと椅子をしつらえて、川端、三島、そして司会を兼ねた伊藤整の3氏が、受賞祝いの鼎談をしています。

伊藤氏が2回も三島氏を”ミウラさん”と言い間違え、”あんた(あなた?)”とも呼んでいたのには驚きましたが、当時の文壇の人間関係を反映しているのでしょう。鼎談の主役は川端氏ですが、三島氏は川端氏を立て、川端文学を評価しつつも、川端氏より堂々とした態度で自説を開陳しています。
伊藤氏は川端氏をヨイショする発言ばかりですが、川端氏に対する三島氏の発言にはアヤがありました。 文壇の外の者には容易に分からない川端氏と川端文学への三島氏の思いが、発言の中にタペストリーの裏糸のように巧みに織り込まれていました。
 伊藤氏は開口一番、テレビにはめったに出ない川端さんに出て頂いたと、同氏出演の貴重さを手前味噌で述べます。以下番組冒頭の部分から、三島氏と川端氏の発言を掻い摘まみます。
 


 ▲作品が始まるところで終わる川端文学

三島 ― 川端さんはいつ拝見してもお元気だかどうか分からなくて、実はお元気なんですね。(アハハ)
 
三島 ― 川端さんは(作品の上でも)一番力を入れないで力をお使いになる芸術上のコツをご存じの芸術家で、剣道でも一番強いタイプですね。無構えの構えですね。 作品でもご生活でも、とても真似たくても真似られないものですね。
 
川端 ― 力を入れるとか入れないとか、まあ怠け者ですからね。 力を入れようと思う時分にはもう済んじゃうんです。 
 
三島 ― 済んじゃってる時に、もう作品が出来あがってるんですね。(アハハ)
 
川端 ― スウェーデンの新聞社の人が、「雪国、山の音、千羽鶴は、これから始まるようなところで終わってます」と言うね。
 
三島 ― やはり構成が、流れるような構成があると同時に、どこが始まりで終わりか、分からない新しさというものに、西洋の人たちもだんだん目が覚めてきたんじゃないのかと思うんです。必ず起承転結することに飽きてきている。 この今花が開いた時に終わるという形。そういうものが非常によく分かってもらえたと思う。
      日本文学は、今までひとつの島の孤立した言語の中で営まれた世界。 それなりの痲(め)の錘(つ)みかた、洗練のされ方も非常なものだけれども、それの一番痲の錘んだ、一番洗練されたものが、こうやってノーベル賞を獲って頂いたということが、どんなに日本人が勇気づけられるか分からない。
 
川端 ― まあ、運がいいんでしょう。 拾いものみたいなものですからね。王様が歩いていたって金の珠を拾うとも限らない。 百姓が歩いて拾うかも。 明日誰が拾うか分からない。そんなようなもんでしょう。私が貰うなら、貰っていい人はたくさんいます。 日本人に限らず、アジアにもおそらくいるでしょう。
      自分ではあまり西洋の文学賞向きの作品とは思わなかった。 それが却って何というのかな・・・。
 
三島 ― ドビッシーの音楽、ターナーの絵があり、いろんなものがあるのが西洋だと思う。
      日本の近代文学は、川端さんのような文学が西洋で無いものを持った。 
      うれしいのは日本の国内の影響が大きい。 というのは今文学というものが実際に本当に必要とされているのか疑問な時代で、精神的な糧としても人は文学を必死に追い求めているのか、非常に疑問になってきた。 そのときに、本当の文学がノーベル賞を受けた。 このノーベル賞を受けたものが、間違いなく文学なんだということを分かってもらう。
      これから初めて川端文学を読む人は、これは手ごわいぞと思う。どんなに文学にプラスになるか分からない。
 
川端 ― (私の作品を)面白がる人は非常に面白がる。 思いも懸けない小説みたいなものを読んだ気がするんじゃないんでしょうか。
 
三島 ― 私がこれから楽しみにしておりますのはね、 川端さんの御作が、これを機会に向こうでどんどん(翻訳されて)出ると思うんですね。 たとえば『眠れる美女』なんてのは傑作だと思うんですがね。
川端さんの作品で非常に構成的でしょう。 「舞姫」なんて作品もね、あれも実に人間関係がドラマティックで、他の作品と違う。そういうふうないろんなもんがある。
      むしろ(『眠れる美女』は)西洋的なんですね。
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 ▲その後の三島・川端関係と堤堯氏の指摘


 堤堯氏は雑誌『WiLL』2007年1月号の「ある編集者のオデッセイ」で、三島、川端両氏の間にノーベル賞を巡ってすさまじい確執があったことを書き記しています。
「まあ、運がいいんでしょう。 拾いものみたいなものですからね」との鼎談での川端の発言は受賞を謙遜していますが、ノーベル賞獲得への猛烈な執念を押し隠したもので、その執念を知る三島はどんな気持ちで聞いていたことでしょう。
両氏の死についての文壇の受け止め方は、瀬戸内寂聴が、「もしあのノーベル賞を三島さんがもらっていたら、三島さんも川端さんも、あのような死を遂げなかったのではないか、という意見をよく聞いたものである」と書いているようなものです。
 しかし三島の死はノーベル賞と関係無いでしょう。一方川端の死については、自分の命とノーベル賞を引き換えにすることをしていた形跡があり、必然だとの思いです。これについては稿を改め記してみたいと思います。

 堤氏によると三島の父、梓は「ある日、鎌倉の川端邸から倅が帰って来て言うには、『川端さんから、僕をノーベル賞委員会に推薦しろと言われた、あんまりじゃないか』と倅が怒っている。
 僕もそれを聞いてカッとなりましたよ」と語っています。
親子のこの遣り取りがいつ頃あったのか、分かりませんが、川端から三島への推薦の要請は受賞の七年前からありました。
「さていつもの御煩わせするばかりで恐縮ですが例ののおべる賞の問題 電報を一本打っただけではいろいろの方面に無責任か(見込みがないにしても)と思われますので極簡単で結構ですからすいせん文をお書きいただけませんか 他の必要資料を添えて英訳か仏訳かしてもらいあかでみいへ送ってもらいます。 右あつかましいお願いまで」
これは昭和36年5月27日付けの川端の三島宛の書簡です。

 当時の三島はこれに気軽に応じる返事をしています。
大作『鏡子の家』の世評が芳しくない頃で、「努力で仕事の値打ちは決まるものではないが、努力が大きいと、それだけ失望も大きいので、あんまり大努力はせぬ方がよいかとも考えられます」という心境の三島にとってノーベル賞は手の届くところにありませんでした。

鼎談の二日前でノーベル賞を受賞する前日の昭和43年10月16日、川端は三島に次の手紙を出しています。
「拝啓 春の海(春の雪ではなく!) 奔馬 過日無上の感動にて まことに至福に存じました ・・・」
鼎談の時までに、三島がこの手紙に目通ししていたのであれば、川端の雑駁な誤記を胸に深く畳んで収録に臨んでいたのです。

 受賞発表の17日候補者である三島は毎日新聞に待機して発表を待っていました。川端受賞の報を受けるとその場で祝辞の稿を書き上げます。

 「川端康成氏の受賞は、日本の誇りであり、日本文学の名誉である。これにまさる慶びはない。川端氏は日本文学のもっともあえかな、もっとも幽玄な伝統を受け継ぎつつ、一方つねにこの危うい近代化をいそいできた国の精神の危機の尖端を歩いて来られた。その白刃渡りのような緊迫した精神史は、いつもなよやかな繊細な文体に包まれ、氏の近代の絶望は、かならず古典的な美の静謐に融かし込まれていた。ノーベル文学賞が、氏の完璧な作品の制作と、その内面との、文学者としてのもっとも真摯な戦いに与えられたことの意義はまことに大きい。それはひとり川端氏のみでなく、千数百年にわたる日本の文学伝統と、同時に、日本の近代文学者の苦闘に対して与えられたものと感じられるからである」
 
 実に格調高く、日本人作家としてともに受賞をよろこんでいる気持ちが伝わってきます。
しかしタペストリーの表糸のような、明朗優美な表現とはトーンの異なる、陰影を帯びた鋭利な裏糸が縫い込まれた件りが次に現れます。

「人間に対する真の愛情とは? ここに氏の文学の、表面にあらわれぬ深い主題がある。すなわち、古典的な優雅な文体の下に、氏の文学には、近代文学のもっとも先鋭な主題『そもそも人間が人間を愛することができるか?』という設問が隠れているからである」

『そもそも川端は人間を愛することができるのか?』 『常に師川端を立て、文学上はもちろん私生活の部分でも細やかな配慮の塊のような弟子三島を愛することができるのか?』と読み替えると、とても鋭利な川端への問いかけとなります。

 更にこう続きます。
 「スエーデンに紹介された氏の作品は『雪国』、『千羽鶴』、『古都』の三篇の由であるが、この中に氏の近年の傑作『眠れる美女』が含まれていないのは残念である」
 『眠れる美女』(昭和36年)を、これほど熱意を入れて評価する文壇人、評論家は何人いたのでしょう。三島だけではなかったでしょうか。
翌日のテレビ収録でも「『眠れる美女』なんてのは傑作だと思うんですがね」と牽強付会的に、この作品名を挙げています。このしつこさは異常です。
毎日新聞の三島の祝辞を読んで川端は内心ビックリし、収録時も面を食らったことでしょう。
三島が川端への祝辞記事や鼎談での発言で、『眠れる美女』の作品名を執拗に挙げたのはなぜなのか、奇妙な観をぬぐえません。


 ▲『眠れる美女』に関して

 元文芸春秋編集長の堤氏は『眠れる美女』の三島代作説を肯定しています。もし「代作」なら作品はどのように完成されたのでしょう?
 三島がモチーフを提供しただけなのか、下書き的な草稿を作成したのか、川端のモチーフを元に、あるいは川端が書きかけたものを三島が完成させたのか・・・。そういう共作的なものだったのか?
 川端作品を三島が「代作」した証拠はありません。その必要も事情も見当たりません。しかしそれにも拘わらず、文壇・出版界に根強く代作説は流布しています。

 昭和47年4月梓は川端から、彼が自死する直前に、長い手紙を受け取っています。
しかし「その内容についてはもちろん絶対にノーコメントですが、川端さんのまったく意外な点が実によく表れていて興味をひかれました。とまれ家宝として永く大切に保存してゆきたいと思っています」と封印され公けになっていません。
これが『眠れる美女』の三島代作説や、川端の三島への思いを明らかにしてくれる(カギとなる)可能性があります。

昭和45年7月8日付けで三島が富士の演習場から川端に投函した鉛筆書きの手紙がありました。
これは親族により焼却されたそうです。
それを目にした親族は存命ですので、その内容が明らかになれば三島の川端への最後の思いを解き明かしてくれることでしょう。
(西法太郎)

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1月14日(三島由紀夫 生誕83年)
  三島由紀夫先生の誕生日に当たって、メンバー有志のお墓参りがあります。
1月14日 午後1時30分 武蔵境駅の西武線改札外に集合です。
 詳しくは下記へお問い合わせ下さい。
井上喜美子 y.k.kazuki@ezweb.ne.jp
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(編集部から)小誌は「三島由紀夫研究会」(昭和四十六年創設)の会員だけに限定せずに、三島研究の論文、エッセイをつねに募集しております。
比較文学論(たとえば「吉本隆明と三島」とか)、作品論(たとえば『仮面の告白』に新解釈)、読後感、政治論、芸術論。まるで分野を問いません。三島さん自身、古典から前衛まで、映画からシャンソンまで万能の人でしたから。
 「憂国忌」への御感想、御希望でも構いません。皆さんからの御投稿を広くお待ちします。原則として実名。簡単な肩書きをつけて下さい。
ただし三島文学批判も構いませんが誹謗中傷のたぐいの投稿は採用しません。ゲスト寄稿者コーナーも常設しております。一部の原稿は年二回発行のメルマガ合本に掲載することがあります。     ◎ ◎ ◎
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