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思うままに

 思うことが少し溢れてきて、それを他者と共有できたらなぁと、と思って不定期発行を始めてみます。
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暮らしにくい日本。

2005/12/27

 2005年末、小泉内閣は来年の今頃は存在しないはずです。ですから、今年が小泉内閣最後の年越しになるのかもしれません。

 どうも、個人的に、大人になりきれずに年を重ねてきたようなところがあるみたいで、こればっかりはどうにもならないんだよなぁ・・・と思いつつ、第三者に八つ当たりばかりしていた過去の自分が、いまさらながら恥ずかしく思い返されることがあります。

 小渕内閣、森内閣と来て、小泉内閣は、ほんとに長いこと続きました。こんなに長く続くとは当初はそれほど多くの人は考えていなかったのではないでしょうか。

 大阪教育大学付属池田小学校での事件が起き、ニュ−ヨーク貿易センタービルが破壊された年、21世紀最初に誕生した日本の内閣は、数々の偉業をなしてきたのかも分かりません。ホントに嫌になっちゃいます。有事法制は国会で成立し、郵政民営化の道筋をつけた、・・・ほとんどゴネ毒といった感想を持ちます。

 誰も小泉内閣の暴虐振りを止められなかった・・・率直な私の感想です。1998年、サッカーのワールドカップフランス大会へ日本代表チームが初めて出場した年、日本国内の自殺する人の数は、初めて年間3万人を超えました。昨年までの7年間、微減したことはあったようですが、7年間3万人の大台を割ることはありませんでした。この7年で20万人以上の人が自ら命を絶って逝ったのです。

 日本という国家は、20世紀末から、2005年までの間に、確かにどこかに向けて舵を切り替えたような印象を持ちます。その行く先が靖国なのか、どこだかは分かりませんが、日本という国家は、日本国憲法を改正してまでも、どこか変わり始めようとしている。

 これを思春期特有の大人への反発みたいなものとしてとらえるべきなのか?キツイ言葉を使うと、小泉内閣はどれだけの人を殺してきたのか?問い返されてもよいのではないかと思います。

 オウム真理教団が、営団地下鉄でサリンと呼ばれる毒物を撒くテロを起こしてから10年が経ちました。私も、いくつかの死別を経験しました。本音を言うと、こんな国に、あまり長いこと生きていたくはないというのが、日本という国に生まれ育った35歳の私の本音です。戦後60年が経ち、いわゆる従軍慰安婦として戦時下にて強制労働を強いられた韓国人女性たちの訴えや、旧満州からの引き揚げの途中に家族と生き別れになった残留孤児の人々の訴えは、日本政府にも、日本の最高裁にも、届いてはいません。

 2005年は、日本社会も、壊れるところまで壊れた、というのが本当の感想です。小学校から自宅へ戻ることもままならない国になりました。政府が心配することは、大切な同盟国との間で、ミサイルを共同開発することです。それをやらなくてはならないと、どうやら信じ込んでいる。

 今に始まったことではないかもしれませんが、日本という国は、本当に悲しい国になりました。

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創刊日:2005-06-28  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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