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アラブからこんにちは〜中東アラブの知られざる主婦生活

湾岸アラブ世界に住んで24年。UAE男性と結婚した筆者が、5人の子育て、地域活動、文化センター設立などを通して経験したアラブ・イスラーム社会を、深く鋭く観察し、エッセイで紹介します。

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創刊日:2005-05-04  
最終発行日:2018-08-03  
発行周期:月刊  
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アラブからこんにちは〜Vol.418 ロイヤルティについて(5)

2018/08/03

Vol.418 ロイヤルティについて(5)

しかし、そんな疑問を少しでも口にすると、夫は憐れむように笑います。
「人間って、ないものねだりだね。
 確かにここは暑い。
 年ごとに暑くなって、昨日なんて温度計は52度だった。
 でも、それは自然災害ではないよ。元からこうなんだ。」
「暑いだけというのは、かえってわかりやすい。
 それに対処すればいいんだからね。
 今は冷房もあれば、冷蔵庫もある。電気もそんなに止まらなくなった。
 冷房をつけて家の中にいれば安全だ。
 電話一本かければ、買い物もしなくていいだろう?
 昔に比べたら、天と地ほどの差だよ。
 つまり、一つの困難だけに立ち向かうのは、
 そんなに難しいことじゃないんだ。」

自分がすでに知っていることを確認された気まずさから、
私はもう少しだけ抵抗を試みます。
「アラブ人ってもともと遊牧民でしょ。遊牧するうちに、
 もう少しマシな土地を見つけなかったのかしら。
 トルコとか、イラクとか、エジプトみたいな、
 自然環境がもう少し耐え忍びやすい土地を。
 イスラーム帝国だったなら、どこに移住してもよかったでしょう。
 言語も宗教も法規も同一だったんだし。
 UAEに踏みとどまった人間は、何を魅力と考えて残ったのかしらね〜。」
「きみは世界史を習わなかったのか。イスラーム帝国の歴史では、
 そうした都市が首都だったじゃないか。
 バグダッド、ダマスカス、カイロ、サマルカンド、アデン、、、
 『アラビアンナイト』に出てくる都はみんな栄華を極めてきた。
 しかし、今となっては誰がエジプトやイラクやイエメンに住みたい?
 土地は当時から変わっちゃいないよ。
 今でも肥沃で、農作物は豊富で、気候は温暖で、
 おまけに石油も埋蔵されている。
 そこに住む人間だけが変わったんだ。
 つまり、都は時代と共に常に移ると考えた方がいい。
 現在のUAEはアラブ世界で最も有望な都市と言える。
 今年の世界幸福度ランキングでも、世界で20位だった。
 誰もが働いて家族を持って子どもを教育したい場所なんだ。
 暑さなんて、安全やインフラ整備が整ったなら、
 何でもないことなのさ。」

それは私もよく知っているのでした。
世界幸福度指数では、アラブ諸国の中ではUAEが筆頭で20位。
続くカタールは32位、サウジは33位。
中東の真珠と称されて1970年代80年代に多くの日系企業、
駐在員事務所があったバーレーンは、
それでもまだ43位に踏みとどまっています。
かくして日本は、世界3位の経済大国でありながら54位。
世界160か国ほどのうち、上位50位に入ることはできませんでした。
(経済大国1位の米国は18位。2位の中国は86位。
 翻って、日本は世界悲惨指数では最低位。
 つまり悲惨な状態からは世界一遠い国となる。)

夫は表情を曇らせてこう続けました。
「それにしてもきみの国は大変だ。災害が続いて、
 あんなに人が亡くなってしまった。」
そうなのでした。
この記事を書く前から、日本はいろいろな自然災害が
起こっていました。わずか2か月前の6月からだけでも、
関西方面で大きな地震があり、西日本で豪雨が続き、
川が氾濫して、六千カ所以上の山崩れが起こり、
たくさんの人が亡くなりました。
と思ったら、いきなり40度に迫る猛暑日が日本だけでなく
世界の北半球を包み、さらにたくさんの人が亡くなっています。
「暑くてかわいそう」と常に日本人側から言われていた私たちの方が、
「日本は天災が続いてかわいそう」と感じています。
先進国とは思えないような被害状況が続けて報道されて、
日本の家族は大丈夫かと多くの友人、親族、生徒たちから
電話をもらいました。

夫は続けます。
「だからって日本人が日本を捨てて、もっと住みやすい国に
 移住しようとは思わないだろう。
 誰だって自分の国にはロイヤルティ(忠誠心・帰属精神)があるんだ。
 暑いから場所を移るとか、災害が多いから逃げようなんて思わずに、
 出来るだけの備えをして、助け合って、
 その場で生きる覚悟をしている。
 今の時代、自然の猛威や天災なんて、人災に比べたら何でもない。
 ロイヤルティを減らす材料とはならないさ。」

それでもね〜。「はいそうですか」と納得して
この暑さを忘れるには、何しろ暑すぎる。
「慣れだね。生きる知恵は慣れだ。日本人も地震や雨には
 慣れているだろう。それと同じだ。
 悲惨と捉えずにこれが原点と考えることだね。」

ちぇ、あなたのように生まれ育った国なら諦めもつくし
納得もできるでしょう、と心の中で毒づくと、
それを見透かしたように夫は笑いました。
「日本で生まれ育ったのと同じくらいの年月を、
 すでにUAEにも住んでいるだろう。それじゃ両方とも
 祖国みたいなもんだ。祖国に文句を言っちゃいけない。」

私の頭の中で膨張している水撒き、洗濯物干し、洗車などの苦労、
デイツ表面にできた亀裂と皴、芝生の汚さなどの記憶を、
夫の言葉はぐいぐい攻めてきます。
そのうち、いつものように彼の理路整然とした言葉は、
私の感情を凌駕してしまうでしょう。
50度を超える暑さを耐え忍ぶ力は、人間の習性から沸くとしたら、
アラブ人の一見怠惰な、労働を最小限に抑え、
余計なものを持たず、何でも使い捨てにする姿勢を身につけなければ、
私は死ぬまで文句を言う人間になってしまうかもしれません。

「ロイヤルティを持たない人間は不幸だよ。
 愛する相手や忠誠を尽くす対象がない人は、
 身軽そうに見えて、案外苦しいものだ。
 その対象が目の前にありながらも、これは違う、もっと別にあると
 考えている人は、さらに不幸だ。
 不幸な人生を送ってはいけないよ。
 自分の心ひとつで決められることなんだし。
 祖国に住み続けられるのは、今の時代、幸運なことなんだから。」

私の夏の暑さへの感情は、このように膨張し、肥大化し、
爆発し、拡散し、そして雲散霧消していくのでした。
それほど感情の起伏を持たずに、
「これが原点だ」と最初から平然としていられたならば、
またどれほど多くのエネルギーを温存できたかと、
身軽になったナツメヤシの木を見つめながら、
私はぼんやり考えていました。


ロイヤルティについて(了)

ハムダなおこ

最新のコメント

  • とおりすがり2012-07-29 19:03:46

    蛇口の色について調べていて、ここにたどりつきました。



    エジプトに年末年始に旅行したときの経験から、赤=水、

    だと思っていましたが、タンクの設備による生活の知恵

    があると知り、感銘を受けました。勉強になりました。



    暑い時期が長そうなので、赤=水、である時期が長そうですね。

  • にこにこ2008-01-22 02:18:36

    今でこそ国際結婚をしている現地の方にお会いすることはありますが、17年前の日本から来たお嫁さん…きっと大・スクープだったのでしょう。アラブ文化をこのような形で伝えてくれるハムダなおこさんに感謝です!

  • きみこ2007-09-27 02:43:55

    こんにちは、はじめまして。毎回中東の様子を拝見しまして、驚きとともにとても楽しんでおります。次は何をおしえてもらえるのだろうか、と期待しております。がんばってください。

  • dubai14282007-04-23 23:40:02

    U.A.E.在住1年、現地女性の知り合いがようやく増えてきました。アラブの習慣+イスラムの習慣に、各家族の価値観、流行などもあり、当地女性の服装を理解するのは難しいですね。

  • 名無しさん2007-04-08 12:39:00

    何十年振りかで現地に戻って、現地に嫁いだ方々の子女教育に関するやりきれないような問題を聞かされているような気分になりました。出来ればバックナンバーや読者コメントを閲覧致し度存じます。