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アラブからこんにちは〜中東アラブの知られざる主婦生活

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湾岸アラブ世界に住んで24年。UAE男性と結婚した筆者が、5人の子育て、地域活動、文化センター設立などを通して経験したアラブ・イスラーム社会を、深く鋭く観察し、エッセイで紹介します。



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最終発行日:
2017-03-10
発行部数:
329
総発行部数:
56484
創刊日:
2005-05-04
発行周期:
月刊
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アラブからこんにちは〜Vol.392 返り咲き(5)

発行日: 03/10

Vol.392 返り咲き(5)

息子がここ何ヶ月も表舞台に出ない理由を、
私は私なりにいろいろ推察しました。
親の贔屓目を抜いても、息子はきらびやかな履歴書を持っています。
頭脳明晰で幼少から教師たちに博士と呼ばれ、
UAEが試験的に行った全国規模の天才児キャンプに最年少で呼ばれ、
中学では再生エネルギーの論文で教育大臣賞をもらい、
高校は16歳で全国首席卒業、
東京大学に学部入学した最初のUAE人です。
知識が詰っていて英語とアラビア語と日本語を自由に操れるとなれば、
大きな会社どころか、国家単位で興味を示す団体も
あるかもしれません。
事実、日本のエネルギー経済研究所からは所長のお招きで
インターンに行きましたし、UAEでは省庁や大学の学長、
エネルギー関係企業のトップたちはなぜか息子の名前を知っています。
履歴書を出せば(実は出す前からも)
「うちに来い」と呼んでくれる会社は結構あるのでした。

しかし息子は地元から動かないし、人付き合いも増やしません。
履歴書も出さないし、留学仲間のつてを頼ったりもしません。
黙々と、工場の雑多な従業員の世話をしています。

夫が決して息子を急がせないことも、私には不思議でした。
宮殿や省庁のみならず、自分の行くところどこにでも連れて歩き、
「今は見習い中だ」と息子を紹介します。
仲間とお茶飲みに集まるときでも、息子を連れて行って、
一緒に楽しく遊びます。
父親の仲間たちは、若い息子世代にお茶を注がせたり
お菓子を持ってこさせたりと、自分たちに気軽にサービスさせ、
男世界のルールを学ばせるのがアラブの慣例です。
世代を超えてつながる男社会(同様に女社会もある)では、
父親だけでなく、祖父や曽祖父とつながりを持つ人間が
すぐに見つかり、血縁や婚姻で結ばれた家系図を
さらに確認していくのでした。

石油の値段が安定して、今年初頭から各企業が新卒を雇い始めて
いることなんか、息子も父親も周りも全然気にしません。
(昨年は石油の値段が低迷したため、ほぼ一年間、
 新卒採用はなく、リストラ・給与の削減が吹き荒れた)
早くポジションを掴まないと、いいポジションは全部
埋まってしまうという常識を、鼻にもかけない。
学んだことをすぐに仕事で使わないと時代遅れになるなんて、
私のようには考えません。
泰然としている。
この小さな部族社会で「認められる」ことがどういうことなのか、
私は考え直さなければなりませんでした。
認められることは、華々しいキャリアで国家を率いていく
人間となるだけではない、ということなのでしょう。

息子は天才であるがゆえに、いろいろな部分が欠けています。
時間の使い方も悪いし、段取りも下手くそ、
道筋をストレートに考えないし、本人が気付かぬ失敗の尻拭いを
家族全員が背負わされることもしょっちゅうあります。
しかし地元の人間は、どんな青年でも手をかけて
育てようとしてくれます。
息子の欠けている点も含めて、認め、諌め、諭し、許し、
部族の一員として迎え入れる準備をしてくれます。
そしてこれには時間がかかる。
生きる場所が変わっても部族は変わらないから
(部族名は名前の最後についている)、
一生という言葉を使っても十分な、長い付き合いの
最初の時点を通過しているわけです。
だからこそ、夫は急ぐ必要はないと言うのです。

そして、息子にとって大切なのは、
国家に奉仕する人間になるために、自分をしっかり把握することです。
自分が誰で、どこに所属し、どこで育ち、誰に奉仕したいか、
という問題をはっきり認識する必要があります。
UAEは日本とは違い、国家歳入のほとんどが石油収入です。
ただ掘るだけで莫大な富を得られる産油国には、
その富を求めて擦り寄る人間(国家)がたくさんやって来ます。
やれ石油関連事業だ、鉄道工事だ、海水脱塩システムだ、
港湾事業だと、素晴らしい話を持ち込んで、
石油収入を数百億単位で使いながら、結局は
影も形も残らなかったプロジェクトは履いて捨てるほどあります。

夫は長年経済企画庁に勤めながら、
将来利益をもたらすプロジェクトか怪しげなプロジェクトかを
見極める仕事をしています。
そこに持ち込まれる話は、大そうなデコレーションと
クリームがついた甘いケーキと同じで、
クリームを取ったら何も残らないものもたくさんあります。
目の前に差し出された美味しそうなケーキの美しい飾りに
騙されない知識と、その飾りを取って中味を見せろと言う勇気と、
実際に食べたらまずいかうまいかを予測する能力と、
不味いケーキを買おうとする人間をけん制する強さを
持たなければいけません。

夫は、結局は流れて失くなっていく石油収入で、
どれだけ国家に有形無形の財産を残せるかと毎日腐心しています。
外国から甘い言葉でやってくる人間に対抗するには
「知識」しかないと、世界中の科学雑誌を取り寄せ、
大きなエキシビションに参加し、最先端技術をよく勉強しています。
自分や省庁や国家を利用しようと近づく人間と、対等に話をし、
知識では一歩も引きません。
上手に梱包された「個人的利益」を土産に持ってくる人も
たくさんいます。プロジェクト全体の大きさから、
その土産の中身も一般人が夢見る中身とは桁外れです。
そうしたかけ引きの難しさを知っているので、
息子が表舞台に上がるには、まだ準備が必要だと考えて
いるのかもしれません。

いずれ、息子の飛び抜けた才能は、父親と同じように
国家に奉仕していくことになるでしょう。
しかし息子の欠けた能力が、世界中から集まる鵜の目鷹の目の
ハンターにつけ込まれないように、
人間離れした生活ぶりのせいで、その才能が開花する前に
社会に叩き落とされないように、
まだ息子はいろいろな準備をしなければなりません。

地域に根付き、自分を育んでくれる環境とつながり、
貧しい労働者の思考回路を知り、
マルチ国家で生きる技術を身につけ、
駆け引きの初歩をつかんで、大きな舞台に出て行く―――。
人生は長い。
息子はまだ若い。
開花に長い年月を必要とする花もある。
そして、幸福な人生は華々しい舞台だけにあるのではない―――。

私は息子のリハビリに付き合いながら、
一人の人間を育てていく長いプロセスについて、
それを取り巻く環境や人々について、
授けられた運命について、
感謝と忍耐について、
つねに考えさせられる日々を送っています。


返り咲き(了)

ハムダなおこ

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発行者プロフィール

ハムダなおこ

ハムダなおこ

http://www.geocities.jp/naokomai41/index.html

国際結婚して24年。アラビア湾岸にあるUAEに住んでいます。といっても、自宅は大都会のドバイから車で1時間の田舎町ウンムアルクエイン。奥の深〜いアラブ・イスラーム生活を、驚き・喜び・落胆・感謝の連続で過ごしています。5人の子どもを育てながら湾岸中東の風習・文化・生活をエッセイで紹介します。