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アラブからこんにちは〜中東アラブの知られざる主婦生活

湾岸アラブ世界に住んで24年。UAE男性と結婚した筆者が、5人の子育て、地域活動、文化センター設立などを通して経験したアラブ・イスラーム社会を、深く鋭く観察し、エッセイで紹介します。

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創刊日:2005-05-04  
最終発行日:2019-07-19  
発行周期:月刊  
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アラブからこんにちは〜Vol.443 メイドの涙(5)

2019/07/19

Vol.443 メイドの涙(5)


メイドが倒れてから1か月を過ぎ、具合いは良くなりも
悪くなりもせず、彼女は一日の大半を部屋で寝ています。
私は掃除を手抜きし、家族に家を汚すなと厳命し、
消耗品のプラスチックの皿とカトラリーを使って、
毎日を乗り切っています。
近所のメイドは毎日義母の食事を送ってくれますが、
皿洗いはしなくなりました
(私は隣家のメイドの家事の仕方が気に入らないので断った)。

あれこれ交渉を終え、新しいメイドがようやく我が家にくる
目途が立ってからも、UAE内務省が査証をすぐに発行しなかったり
(5月のスリランカ教会爆破事件から基準が厳しくなった)、
メイドは空港まで行ったのに飛行機に乗れなかったり
(ツーリストビザでは渡航を許されなかった)、
労働省が査証の許可をペンディングしていたり
(雇用の真偽を確かめるために省庁が夫に連絡したら、
 海外出張中で電話がつながらなかった)、
現実には我が家にはまだ到着していません。

メイドは顔を見るたび、
「痛みで動けません。昨日もずっと泣いていたんですよ」
と訴えます。
泣き顔を見せながらも、新しく来るメイドの交渉では
金額を一歩も譲りません。
強く、したたかです。
四角四面に物事を考えれば、雇用主はどちらで、
お金を払うのは誰だと疑問がもたげてきます。
彼女は必要ない仕事の(趣味である庭仕事と、
お土産にする電化製品と皿をベッドの上段に重ねて置いた)
せいで腰を痛め、3か月を残して契約解除せねば
ならなくなりました。
私たちスポンサーは契約した24か月分のうち3か月分の労働力を
得られず(要するに150万円のうち18万円ぶんくらい)、
医療費も薬代も病気で寝ている間の給与も残らず払う義務があり、
さらに近所のメイドにあげるチップも、
彼女らのねだる贅沢品も買ってあげなければなりません。
故郷に戻って医者と保険屋に見せるからと、
メイドは診断書、診断結果の入ったCD、飛行機に乗る許可書、
薬の証明書などあらゆる書類を欲しがります。
それにもいちいちお金がかかります。
私は一日中働き、自分の仕事が全く手につかず、
おまけに余計な支払いも増え、どちらが雇用主だかわからない。
しかし、私は常に心を引き締めて、
「これは人間同士の関係なのだ」と意識するよう心がけています。
そうしないと疲れて腹を立てた挙句に、感情が勝って
大事なことを見失ってしまうのです。
――こんな状況になったのは誰のせいだ。
 こっちは随分損をしているじゃないの――そんな考えに
私の頭は一瞬ぐらついてしまうのです。

私たちの世界の豊かさは、こうした人たちに支えられて
初めて可能であることを、私は常に思い出さなければなりません。
人間は平等ではない。
彼女たちは幸福ではない運命を背負って故郷を離れ、
一生懸命働いて、仕事といえども私たちに尽くしてくれます。
その対価として私たちは給与を払うけれど、
確かにそれは雇用という就労形態ではあるけれど、
人間同士の関係なのです。
彼女たちは決してロボットではない。病気にもなるし疲れもします。
壊れたからと言って捨てたり放り出せる対象ではないのです。
ここではメイドの立場でも、故郷に戻れば誰かの大事な娘であり、
誰かの愛する妻であり、誰かの掛け替えのない母親であるのです。
彼女らは故郷の苦しい状況をその全身に背負っているのであり、
決して我が家が好きだから、我が家が対価を払うから
という理由だけで留まるわけではありません。
彼女たちには出て行く選択肢がある。
しかし、こうして我が家に留まり助けてくれるおかげで、
義母は安心して暮らせ、私は自分の時間
――文章を書く時間、本を読む時間、油絵を描く幸福、
楽器を奏でる幸福などを得ることができます。
私はそれを理解し尊重しなければなりません。

契約書にある雇用関係を振りかざし、労働と賃金の平等性を主張し、
金銭の流れの矛盾を論破して、いっとき気を静めたとしても、
果たして私たち(雇用主)は幸せを感じるでしょうか。
我が家のメイドは好意がなければ後任も探しません。
近所のメイドは我が家の仕事をする義務などありません。
困っている相手を援ける気持ちがなければ、
私に差し伸べられる手は存在しないのです。
そして私たちは同様に、困っている相手に差し出す手を持っています。

私たちの払う給与によって、彼女たちは故郷に家を建て、
子どもを学校に通わせ、借金を返し、家族の病気を治し、
どうにか現在の不運な状況を突き抜けようともがきます。
時に仮病を使い、時にズルをし、時に損な役回りを
私たちに押し付けるように見えても、
最終的には、そうした人たちの幸福はいずれ私たち自身を
幸福にしてくれるのだと、私は学び取らなければなりません。
彼女らの子どもが就学できずに貧しい人生を送る方が
私たちは幸福なのか、学を修めて就職し立派な大人になって
どこかの時点で挨拶に来てくれる方が、
よほど私たちは幸福なのか。

「自己責任」と簡単に切り捨てられる人間関係など
本当は存在しないことを、私は忘れない人間でいたい。
せめてメイドが故郷に戻るまで、怒りもせず怒鳴りもせず、
綺麗な服を着せてお土産をもたせ、快く最後まで見送れる
寛大なマダムであり続けたい。
そして、その力を私が人生で養えるよう、
神様が私に授けてくれるよう、
毎日私は心を引き締めて、祈っているのでした。


メイドの涙(了)

ハムダなおこ


☆★ 1か月間以上にまで及ぶこの苦しい時期を、
疲れ果てることなく、怒り狂うことなく過ごせているのは、
読者の皆様からいただいた励ましのメールのおかげです。
ありがとうございました。(ハムダ)★☆

最新のコメント

  • とおりすがり2012-07-29 19:03:46

    蛇口の色について調べていて、ここにたどりつきました。



    エジプトに年末年始に旅行したときの経験から、赤=水、

    だと思っていましたが、タンクの設備による生活の知恵

    があると知り、感銘を受けました。勉強になりました。



    暑い時期が長そうなので、赤=水、である時期が長そうですね。

  • にこにこ2008-01-22 02:18:36

    今でこそ国際結婚をしている現地の方にお会いすることはありますが、17年前の日本から来たお嫁さん…きっと大・スクープだったのでしょう。アラブ文化をこのような形で伝えてくれるハムダなおこさんに感謝です!

  • きみこ2007-09-27 02:43:55

    こんにちは、はじめまして。毎回中東の様子を拝見しまして、驚きとともにとても楽しんでおります。次は何をおしえてもらえるのだろうか、と期待しております。がんばってください。

  • dubai14282007-04-23 23:40:02

    U.A.E.在住1年、現地女性の知り合いがようやく増えてきました。アラブの習慣+イスラムの習慣に、各家族の価値観、流行などもあり、当地女性の服装を理解するのは難しいですね。

  • 名無しさん2007-04-08 12:39:00

    何十年振りかで現地に戻って、現地に嫁いだ方々の子女教育に関するやりきれないような問題を聞かされているような気分になりました。出来ればバックナンバーや読者コメントを閲覧致し度存じます。