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アラブからこんにちは〜中東アラブの知られざる主婦生活

湾岸アラブ世界に住んで24年。UAE男性と結婚した筆者が、5人の子育て、地域活動、文化センター設立などを通して経験したアラブ・イスラーム社会を、深く鋭く観察し、エッセイで紹介します。

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創刊日:2005-05-04  
最終発行日:2018-03-05  
発行周期:月刊  
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アラブからこんにちは〜Vol.413 砂漠の人々(5)

2018/03/05

Vol.413 砂漠の人々(5)

女性を写真に撮る習慣はなく、葬式に遺影を飾る習慣もないので、
どう記憶をゆすぶっても、私はママ・アムナの顔を
よく思い出せませんでした。
彼女はいつもブルガ(鼻と口元を隠した金色のマスク。
 寝室でしか取りはずさない)をしており、
顔の一部分しか見たことがありませんでした。
シェーラ(頭部を覆う布)を何重にも巻き、その上に
裾まで引きずる長いアバーヤ(本来は肩から下を覆う黒い布)を
頭から吊るしていたので、手足の先以外は見た記憶がありません。
まるで黒いエイが泳いでいるような、こうした大ぶりな格好をするのは、
年老いたおばあさんと決まっていました。
(現代UAE女性はアバーヤもシェーラもファッショナブルに着こなし、
 非常に洗練されている)。
昔ながらの生活を一歩も譲らないおばあさんたちは、
譲らない頑固さこそが激動の時代を乗り切る切り札のように、
新しいものを否定し、文明の利器に頼らず、
したたかに昔風に生きていました。

そうしたおばあさんたちは、砂漠の習慣に馴染もうとしない
東京からきた若い女性をどう思っていたのか。
真剣にアラビア語を覚えようとしない外国人を、
家族のイベントにあまり参加しない嫁を、
いったいどう見ていたのか、、、。
しかし、考えても詮無いことです。
私はここの生活に慣れるために自分なりの努力をしたと思っているし、
程度を超えた努力は結婚生活を壊すだけだと思っていたし、
語学の壁や家族イベントの欠席という緩衝材は、
ある程度は常に必要だったのです。
それに、今さら過去は変えられない。
ママ・アムナをはじめ、すでに亡くなった同世代のおばあさんたちは、
最後まで私を十分にかわいがって(庇護して)くれたので、
それが彼女たちの答えだと思うことにします。


イスラームの葬式はいたって簡単で、スピーディで、
お金がかからず、すべての人間が同等です。
大金持ちでも貧乏人でも、葬儀の仕方はまったく同じです。
何の飾りも模様もない白布に頭まですっぽりくるまれて、
棺桶はなく、衣装はいらず、物品は何一つ身に着けたり
一緒に入れられることはなく、
順番に墓穴が掘られ、砂の中に埋められます。
目印は、砂地に置かれたひとつの石だけ。
飾るべき墓もなく(偶像崇拝の対象となるから)、
供え物もなく、墓参りもしません。
イスラームでは人間は土から創られたとされるので、
再び土に返すために土葬と決められています。
火葬は、地獄に堕ちた者に対する神だけが与えられる罰とされ、
忌避されます。
(日本では火葬が当たり前だというと、非常に驚かれる。)

弔問所には祭壇も位牌もなく(偶像崇拝の対象になるものは作らない)、
遺影も飾らず、葬儀屋もいないし、お坊さんのような聖職者も
きません。
喪主のスピーチもなければ、音楽もなく、花もない。
慟哭する人もいなければ、泣き崩れる人もいない。
3日間の弔問に何らかの都合があって出席できなかった場合は、
日を経てお悔やみを述べに行くこともしません。
せっかく死を乗り越え、前に進み始めた遺族に、
再びお悔やみを述べたり、故人を思い出させて苦しい時間に
引き戻すような真似をしてはいけないのだそうです。

なんという簡素さ、なんというスピード。
死んでしまった人間は、その瞬間からはるかに遠くへ
いってしまいます。これが砂漠の民の死生観かと、
結婚した当初は恐れをなしていました。
恐れを通り越して、その非情さと潔白さ、淡白さに慄き、
「ここでは死にたくない」と切実に思っていました。

しかし、最近はそうした気持ちも薄まりました。
この葬儀の仕方には、とにかく心配がないからです。
お金がかからず、面倒な手続きもなく、前準備がいらなくて、
親族がおらずとも無縁仏として差別される心配がない。
地域で必ずきちんと埋葬してくれるのです。

以前、日本の葬儀の話をしたとき、夫はたいそう驚いていました。
私は自分の祖父の例を出して、位によって違う棺や戒名の値段、
僧侶に差し出す読経料、檀家として納める費用、
墓の購入費・維持費などの話をしたら、
「そんなバカな」と最初は信じてもらえず、
「きみの国では死ぬにも金がいるのか」と驚いていました。

UAEが踏襲するイスラームの埋葬方法には、
遺族の選択肢がありません。
国立の病院が湯灌を担い、国営モスクでお祈りをして、
衛生上、地域の決まった埋葬地に端から順番に埋葬されます。
病院の手配する湯灌と白布と担架、
埋葬地の用意する乗り物(霊柩車)と埋葬場所と順番、
イスラームの定めた祈祷と、埋葬方法
(右脇を下にして、マッカの方角に顔を向けて埋葬される)に
従うだけです。
それ以外の進行は許されない代わりに、お金もかかりません。
棺桶のクラスも、故人に着せる服も、戒名も、墓石も、埋葬地も、
遺族は何も選択する権利がないかわりに、
何ものも差し引かれることはありません。
金がないから埋葬されないということも有り得ません。
たとえ親族がいなくても、地域の人間が尊厳をもって送ってくれる
―――(通行人は葬列を立ち止まって見送る義務があり、
 道端の人間は立ち上がって送る義務がある。
 SNSで地域全体に葬儀のお知らせが流され、
 関係のない人もできるだけ埋葬の葬儀に加わるよう促される。
 近所の人間は葬儀テントによる通行止めに文句を言わず、
 3日間遺族に食事を送るなど)―――この安心感は
何にも代えがたい宝と思えてなりません。

イスラームの埋葬には、現世が終わる時、
すべての人間は同じ扱いを受けるという徹底した平等精神が
具現されています。
有名な話では、あれだけ贅を極めたサウジの国王だって
一般市民と同じやり方で埋葬され、その墓には
ただ石が置いてあるだけなのでした。
(UAEの国父と呼ばれるザーイド大統領が亡くなったとき、
 グランドモスクの一角に特別に埋葬されたせいで物議を醸した)。
この徹底した平等精神は、確かに、どんな人生を送ってきた人間にも、
神は誰をも平等に扱うことを示しています。
きっとこの地域の人々は、見ず知らずの私でも何も詮索せずに、
他の人と同じように埋葬してくれることでしょう。

葬式からの帰り道、私は人生の半分を過ごした
この砂漠の地域について考えます。
2日間続けて一人で葬儀に参加した自分は、
すでに砂漠の民に少しずつ同化してきているのかもしれない。
あれだけ恐ろしかった葬儀に黙って出席できるようになるとは、
受け入れ始めた証拠かもしれない。
砂漠地帯では最も理にかなっている、この埋葬方法や葬儀
(素早く、余計な儀式がなく、お金も必要ない。
 労働の多くは部族男性が協力して担う。
 移動する遊牧民にとって最小限の準備と時間でできる。
 もとより火葬にする木片なども存在しない地域である)を、
自分の中で納得し始めたということなのでしょう。

亡くなったら何も残らない、
この気候では物質的なものは何も残ることが出来ない、
厳しい気候があっという間にすべてを風化すると、
私はすでに認めているのです。
それは生死や葬儀にとどまらず、すべての社会生活に行き渡る
砂漠の民の世界観の根源です。
だからこそ自分たちが残せるものは、生きている間の鮮やかな印象と、
生きる姿勢だけなのだ―――と、ママ・アムナを振り返りながら
私は考えていました。


砂漠の人々(了)

ハムダなおこ

最新のコメント

  • とおりすがり2012-07-29 19:03:46

    蛇口の色について調べていて、ここにたどりつきました。



    エジプトに年末年始に旅行したときの経験から、赤=水、

    だと思っていましたが、タンクの設備による生活の知恵

    があると知り、感銘を受けました。勉強になりました。



    暑い時期が長そうなので、赤=水、である時期が長そうですね。

  • にこにこ2008-01-22 02:18:36

    今でこそ国際結婚をしている現地の方にお会いすることはありますが、17年前の日本から来たお嫁さん…きっと大・スクープだったのでしょう。アラブ文化をこのような形で伝えてくれるハムダなおこさんに感謝です!

  • きみこ2007-09-27 02:43:55

    こんにちは、はじめまして。毎回中東の様子を拝見しまして、驚きとともにとても楽しんでおります。次は何をおしえてもらえるのだろうか、と期待しております。がんばってください。

  • dubai14282007-04-23 23:40:02

    U.A.E.在住1年、現地女性の知り合いがようやく増えてきました。アラブの習慣+イスラムの習慣に、各家族の価値観、流行などもあり、当地女性の服装を理解するのは難しいですね。

  • 名無しさん2007-04-08 12:39:00

    何十年振りかで現地に戻って、現地に嫁いだ方々の子女教育に関するやりきれないような問題を聞かされているような気分になりました。出来ればバックナンバーや読者コメントを閲覧致し度存じます。