海外

アラブからこんにちは〜中東アラブの知られざる主婦生活

湾岸アラブ世界に住んで24年。UAE男性と結婚した筆者が、5人の子育て、地域活動、文化センター設立などを通して経験したアラブ・イスラーム社会を、深く鋭く観察し、エッセイで紹介します。

メルマガ情報

創刊日:2005-05-04  
最終発行日:2017-10-18  
発行周期:月刊  
Score!: 非表示   

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

このメルマガは最新記事のみ公開されています。

アラブからこんにちは〜Vol.404 オタク生徒の夢ひらく(6)

2017/10/18

Vol.404 オタク生徒の夢ひらく(6)

2017年現在、UAE人が日本語を学ぶ理由は、ほぼ純粋に
「趣味の領域」です。
日本のアニメが大好きだから。
それと一緒に育ったから。
ゲームソフトにある日本語の説明がわかりたいから。
Jポップの歌手が好きだから。
来年家族で日本へ旅行するから。
そういった理由が大多数で、伝統文化の茶道や華道、
書道、武道などを理由に挙げる人はわずかです。
もちろん、アニメやオタク文化の根底にだって、
日本の文化・歴史・社会全体への憧憬や尊敬があるのですが、
今やその源泉はポップカルチャーといっても過言ではありません。

UAEでは日本語ができるからといって就職に役立つことはありません。
ビジネス人脈が広がるわけでもないし、
ましてや邦人企業に勤めたい、
日本へ出稼ぎに出たいと思う人はいません。
現在のUAEでは、どこに勤めても大卒の初月給が
1万6千ディラハム(48万円)以上ですから、
わざわざ日系企業を選ぶ人はいないのです。

UAE社会では日本語を使う機会もありません。
ドバイ(UAE)にある日本人会は、中東アフリカ地域で
最大の規模を誇りますが、それでも会員はわずか3千人。
(在UAEの韓国人社会はすでに1万7千人。
 公立病院の経営や医療部門で政府同士の大きな関係を築き、
 韓国人の医者は公立病院でも働いている。
 韓国人の教授も大きな大学には必ずいる。
 多くの駐在員が家族同伴なので、ゴルフ場には
 韓国人子弟があふれている。
 中国ともなれば、10年前からドバイに10万人都市(中華街)を
 つくる計画が開始され、単純労働者から上層階級まで、
 若年層から年寄りまで何万人もいる。
 今年からはUAEの公立小学校でも中国語を教え始め、
 中国人教師もごっそり来た。)
それに比べ、日本企業に勤める多くの駐在員は、
小人数で多くの労働をこなすため、勤務時間が長く、
地域社会と交流し馴染んでいる人はほとんどいません。
日本から家族を同伴している人は少ないし、
子供たちは週末も塾や習い事で忙しい。
ですから、私の生徒がUAE社会で日本人と出会い、
日本語を話す機会など皆目ないのでした。

では、世界有数の観光地として、日本人客に向けた
日本語のニーズだってあるはずだと思うでしょう。
しかし、その観光業界にUAEナショナルはいないのです。
(政府内の観光推進局にはいる)
ドバイは確かに世界有数の観光地で、世界中の人間が立ち寄ります。
日本からもたくさんの観光客が訪れます。
しかし、もともとアラブには旅人を歓待する「おもてなしの心」が
あるので、経済的に満たされたUAE人が、
観光やガイドという仕事に報酬を求める気持ちはありません。
自国を紹介する行為は「おもてなし」の一部となり、
生きる糧を得る職業とは考えないのです。

エジプトやトルコなど所得が低い国の観光地なら、
日本語ができれば、ガイドやコーディネーターや
お土産屋などの就職に役立ちます。
お金持ちの日本人客が落としてくれる観光費を、
日本語という特殊能力が約束するのは当然です。
しかし、UAE国内で観光客と直接交わるガイドやコーディネーターや
ドライバーを務めるのはもっぱら外国人で、
客寄せにUAEの格好をしているけれど、
実はあの中にUAE人はいないのでした。

すると、日本語学習者の目的は本当に限られてきます。
日本語を使わない、日本人と交わらない、
仕事にも学業にも関係ない、収入にもつながらない。
それでは、なにゆえに日本語を学ぶのか。
答えを導きだそうとすれば、純粋に個人の趣味の領域、
自分の心を満たす要素でしかないことに気づきます。

私の主宰する日本語教室の登録用紙には、
「なぜ日本語を学習したいか」を書き込む欄があります。
10年前から同じ用紙を書いてもらっていますが、
その欄は年々手狭なものになり、
生徒はいかに自分がアニメと共に育ってきたか、
どのマンガのどのキャラクターを愛しているか、
日本のどんなゲームを得意としているかなど、
熱い思いを延々と書いてくれます。
そして、自分の周りにそういう人はたくさんいるけれど、
自分はそこから一歩抜き出て、ちゃんと日本文化
(ポップカルチャー)と向き合いたい、
だから日本語を勉強したい、という意気込みが見られます。

最近はようやくクールジャパンと相まって市民権を得てきた
オタク文化ですが、日本ではまだまだ「オタク」という言葉には
ネガティブな響きがあります。
しかし、海外では「オタク」とは、
“根っから明るい、(アニメやマンガを主とした)自分の趣味を
 とことん追求する人”と同義語です。
他言語に簡易に翻訳することができない言葉、
つまり、台風、津波、交番、浪人、絵文字、カラオケ、マンガ、
盆栽、芸者、(最近では過労死、ヒバク者など)と同様に、
異国の異文化には同じものが存在しない、
日本固有の意味・意義をもつ、特異な世界言語となっているのです。

私の生徒たちは、自分がオタクであることを全く隠そうとはしません。
彼らの年齢はほぼ20代から40代。
立派な学位と職をもち、少なくない収入を持ち、
社会で活躍している彼らが夢中になってマンガ・アニメの話をするのに、
当初は本当に驚きました。
彼ら彼女らの学習ノートの端には、いつもきれいなマンガが
たくさん描かれています。
授業中にそれらを見せ合ったり、新しくインターネットでおりた
英語版のマンガ情報を共有したり、
コミック大会で着たコスプレのデザインを自慢したり、
まったく屈託がありません。

彼らが週末をわざわざ日本語講習のために使うのは、
大いなるモチベーション(理由)があります。
それは、自分の好きなことを学ぶ喜びだし、
大事にしている趣味を共有する友を見つける喜びでもあります。
年齢も職業も別々で初めは馴染にくい生徒たちも、
ひとたび仲良くなると、情報を共有する楽しい仲間になります。
彼らの情報収集能力はめざましく、私が聞いたこともないような
ポップカルチャーの中身(アニメ、ドラマ、歌手、漫画シリーズ、
 映画、ゲーム、コスプレ、世界中のコミック大会)を、
よく知っています。
このようにオタク文化は、インターネットの普及と相まって、
UAEに限らぬ世界中で少なからぬ若者を魅了し、
着実に拡がっている新興文化なのです。

私が旅行中によく身に染みて思ったことは、
「いいじゃないの」という気持ちでした。
「好き」を追求していいじゃないの。
誰に何を言われるまでもない。
演歌歌手の声に涙を流したっていい。
100キロ級の体重で歩きながらアイスを50個くらい
食べたっていい。
ひとり1個の丸ケーキを買ってかぶりついたっていい。
普段の黒い服を脱いで、竹下通りで大きな花模様のついた
コートや帽子を買ってもいい。
大阪城で将軍のコスプレを着て薙刀を振りかざし
写真に収まるのもいい。
何に使うのかわからない木刀を10本も買ったり、
UAEでは使う用途さえない傘を買ってもいい。
自分の「好き」を追求し、いかに好きであるかを素直に表現し、
先生に聞いてもらい、友達と共有し、満足し、
ここにおいて日本語学習の熱意を具現することに
何の障害があるものか、という気持ちでした。

彼らはUAEの現実社会において、部族の名誉を重んじる
自己自律の厳しい世界に住んでいます。
女性なら身元保証人(父や兄や叔父)の保護下に収まり、
男性なら女性家族の安全を守る責任を負い、
伝統衣装を着て、社会規範を逸脱せず、
神の定めた宗教行事を守りながら、
首長の率いる部族社会の下に生きています。

オタク文化は、その世界から精神的に飛躍する
夢を与えてくれます。
勘違いしないでほしいのですが、彼らは窮屈な社会を嫌い、
全く別の自由な生活をしたいと思っているわけでは
決してありません。
世界の若者が誰でも夢見る、
「今と違う場所へワープしたい」、
「幼い頃見たマンガの世界へ行ってみたい」
それだけです。

そうして6月末の暑い日本で、
その夢を胸いっぱいに抱えた中東からのオタク生徒が、
シアワセのシグナルを身体中から発しながら、
日本の街のあちこちを歩いていたのでした。

オタク生徒の夢ひらく(了)

ハムダなおこ

最新のコメント