小説

【アイ文庫】長編小説「アカシア少女探偵団」

昭和2年、大連。千勢の通う女学校に転校してきた美少女をめぐって、女詐欺師、ロシア人活動家、中国の変な役人、陸軍将校、新聞記者らが入り乱れ大騒動! アイ文庫で配信された長編小説を好評にお応えして再配信。


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[ibunko]アカシア少女探偵団 No.001

2005/03/04

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┃ 【あいぶんこ長編小説】 ┃
┃ 『アカシア少女探偵団』 ┃
┃                        ┃
┃       大庭花音         ┃
┃  written by Kanon Ohba ┃
┃       -*-*-*-          ┃
┃   http://ibunko.com    ┃
┃   acacia@ibunko.com    ┃
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 二重窓の留め金をはずし、外にむけて開けはなつと、千勢《ちせ》は身をなかば乗り出すようにして、窓枠から頭をつきだした。
 眼下には、明るい五月の陽光をうけて、大連の街並みが広がっている。
 千勢は鼻をぴくぴくとさせた。ふうわりと湿りけをおびたあたたかい風に乗って、どこからか甘い香りがただよってくる。
 アカシアの花にはまだ早かった。白く甘い花が街を飾るまでには、まだ半月ほどある。
 あれが楊夫人の焼くビスケットの匂いならいいんだけど……
 千勢《ちせ》はそのまま窓をあけはなし、白い木の窓わくに頭をもたれかけさせた。
 眼下には、煉瓦づくりの建物がつらなる、大連《だいれん》の町並みが見渡せる。街の向こうには、湾をへだてて台山――別名、大連富士のシルエットが、春霞にけぶっていた。
 レースの替え襟がやわらかく風にあおられて、首をくすぐった。母がスイスからとりよせて、つけてくれたものだ。
 夕闇がせまる空に、どこからかピアノの音が流れてきた。そうだ、わたしも練習しなくちゃ。ミスタ・リッジウェイのレッスンは明日だ。
 いつもレッスンが終わると、ミセス・リッジウェイがクロテッド・クリームを添えたお手製のスコーンを出してくれる。それをおめあてに週に一回、レッスンに通っているようなものだった。
 ちょっと固めのクリームをスコーンに塗り、口に運ぶことを想像して、千勢はしらず頬をゆるませた。
「おーい、千勢ちゃん! ただいま!」
 遠くにだたよわせていた視線を、千勢は下へうつした。
「劉生《りゅうせい》さん! 今日だったの? おかえりなさい!」
 兄の友人で、有島家に下宿している勝原《かどはら》劉生が、ふるびた革の旅行鞄片手に、有島家の門の前にたっていた。
 よれよれの、遠目にもうすぎたないコートをはおり、これまたふるびたグレイのソフト帽が、頭のうえにくしゃっと載っている。帽子の庇の下には、日の光をうけてすこし細まった、万年いたずら坊主の目がのぞいていた。
「ついさっき、駅についたばかりだよ」
 劉生は勝手に門をあけて、前庭へはいってきた。
「何をにやにやしてたんだい? 外から見てると実に変だったぜ」
「知らない!」
 何かにつけてからかう劉生に、いつもなら真っ向から言い返さないではいられないのだが、今日は特別。千勢は窓を開けっぱなしにしたまま部屋をとびだすと、ホールへ駆けこみ、脇でてすりをはさんでからだをあずけるようにして 階段を滑りおりた。何度叱られてもやまないこの降り方のおかげで、てすりはわざわざ磨かずとも、みごとに黒光りしている。
 踊り場に着地すると、千勢は大声で母をよびながら、奥の台所へと走った。
「お母さま! 劉生さんがお帰りよ!」

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※この小説はフィクションです。団体名などいずれも架空の設定です。
※ルビは《》で囲っています(青空文庫形式)。
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創刊日:2005-02-17  
最終発行日:  
発行周期:平日毎日  
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