小説

【アイ文庫】長編小説「アカシア少女探偵団」

昭和2年、大連。千勢の通う女学校に転校してきた美少女をめぐって、女詐欺師、ロシア人活動家、中国の変な役人、陸軍将校、新聞記者らが入り乱れ大騒動! アイ文庫で配信された長編小説を好評にお応えして再配信。


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[ibunko]アカシア少女探偵団 No.013

2005/03/23

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┃ 【あいぶんこ長編小説】 ┃
┃ 『アカシア少女探偵団』 ┃
┃                        ┃
┃       大庭花音         ┃
┃  written by Kanon Ohba ┃
┃       -*-*-*-          ┃
┃   http://ibunko.com    ┃
┃   acacia@ibunko.com    ┃
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 背筋がぞくりとした。これ以上進んではいけない、と何かが命じた。
 が、ゴドノフのなかで、なにかがことりと音をたてた。俺はまだ、生まれ変われていないのか? いや、そんなはずはない。断じて、ない。
 意を決して、ゴドノフは進んだ。
 地下へおりる階段があった。前に、鳥の骨格標本を思わせる老人が、すわっていた。
「はいっていいか」
 かたことの中国語で、たずねた。老人は、微動だにしない。
 横浜にいるうちに、ゴドノフは中国語を学びはじめた。日本語で漢字に慣れた身には、日本語よりも楽に学べそうに思われた。だが、発音には苦労した。
 ききとれなかったかと、ゴドノフは同じことばをくりかえした。
 老人が、のろのろと顔をあげた。
 とろんとした目が、ゴドノフの顔をなめた。
 いきなり老人を突きとばして、ゴドノフは地下へ駆けおりた。
 堕落を映す、忌まわしい目。
 あのうつろな目こそが、俺の敵だ。俺は勝つ、勝たねばならない。
 分厚いカーテンを荒々しくひいて、ゴドノフは中へ踏みこんだ。
 薄暗い室内に、紫煙が充満していた。拳闘をしていたころからの習慣で、たばこをやらないゴドノフは、思わず咳きこんだ。
 そろそろと足を出すと、なにかにつまづいた。目が慣れてくると、それが丸太ではなく、人間だということがわかった。ぼんやりした光のなかで、がりがりに痩せこけたそれは、まるでミイラだった。
 それほど広くない空間で、何人もの人間がごろごろと横たわり、煙管を吸っていた。
 大連は、阿片天国だとはきいていた。北東軍閥たちは、阿片売買で莫大な富を築き、のしあがってきたとも、きいている。
 ――大連で活動するからには、阿片はなんらかの形で、必ずかかわってくるだろう。大連では、ブルジョワによる搾取だけでなく、阿片が、人民の大きな敵となっているのだ……異動の指示をうけたとき、いわれたことだ。
 だから、避けるわけにはいかなかった。
 俺は、いちど地獄から戻ってきたのだ。それが俺の強みにもなったのだ。
 ゴドノフは、ゆっくりと足を踏みだした。

 町の北側のロシア人街に戻ったころには、もう日もすっかり暮れていた。
「どうでした、大連の街は」
 マーシャがゴドノフを居間に招きいれ、お茶を出してくれた。
 向かいの一人掛けの椅子には、めがねをかけたインテリ風の男がすわって新聞を読んでいた。
「きれいな街でしょう? もうすぐ春、アカシアの季節ですよ。白い花があちこちに香って、そりゃすばらしいんですから」
 マーシャは大きなからだをゆすって、南ロシア人らしい陽気な笑い声をたてた。

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※この小説はフィクションです。団体名などいずれも架空の設定です。 
※ルビは《》で囲っています(青空文庫形式)。
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創刊日:2005-02-17  
最終発行日:  
発行周期:平日毎日  
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