小説

【アイ文庫】長編小説「アカシア少女探偵団」

昭和2年、大連。千勢の通う女学校に転校してきた美少女をめぐって、女詐欺師、ロシア人活動家、中国の変な役人、陸軍将校、新聞記者らが入り乱れ大騒動! アイ文庫で配信された長編小説を好評にお応えして再配信。


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[ibunko]アカシア少女探偵団 No.012

2005/03/22

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┃ 【あいぶんこ長編小説】 ┃
┃ 『アカシア少女探偵団』 ┃
┃                        ┃
┃       大庭花音         ┃
┃  written by Kanon Ohba ┃
┃       -*-*-*-          ┃
┃   http://ibunko.com    ┃
┃   acacia@ibunko.com    ┃
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 市場を出ると、先のほうにこんもりとした緑が見えた。中央公園だ。
 ここもまた、日本人のために整備された近代的な公園だ。奥の方には立派な野球場もあった。大連は、なかなか野球の盛んな町だときいている。
 日本人は野球が好きだ。ゴドノフには、どうしてあんなスポーツがおもしろいのかわからない。集団で球を棒にあてて点を競う遊びの、どこがいいのだろう。彼にとって、スポーツとは拳闘であり、拳闘は人生だった。そして、拳闘を続けられなかったのは、自分のせいだった。
 苦いものが、鼻を刺激した。ふと見ると、道ばたに酔っぱらいが酒瓶を枕に眠りこけていた。
 ゴドノフは目をそむけた。俺があそこまで墜ちずにすんだのも、レーニンのおかげだ……。
 忌まわしい思い出から逃れるように、ゴドノフはいま来た道を引き返した。
 大広場まで戻り、そのまままっすぐ抜け、浪速《なにわ》町に入った。
 大連は、ヨーロッパの街のように通りが町の単位になっている。浪速町は大広場の北側をとりかこむようにめぐる通りで、大連一の繁華街だ。
 平日というのに、浪速町は買い物客でごったがえしていた。立派な百貨店の建物もある。舶来品を売る店も多い。自由貿易都市である大連は、内地の品より舶来品のほうが安いのだ。
 食堂は、どこも繁盛していた。日本人の会話を聞きあつめるなら、このあたりに出入りするのがてっとりばやそうだ。
 内地では享楽的な雰囲気に顔をしかめる向きも出てきていたが、ここではすべてが開放的だった。笑いあい、つれだって歩く男女などもいた。
 人波にまぎれて歩くうち、ゴドノフはおちつきを取り戻していった。
 拳闘選手時代の、試合場の雑踏。共産思想を学んでいたとき、仲間たちと飲みに出かけたモスクワの雑踏。そして、使命に燃えてでかけた横浜の雑踏――。
 人が集まることで生まれる、ざわざわした雑音はいつも、ゴドノフの高揚した気持ちをふちどっていた。雑踏は、ゴドノフの希望といつもともにあった。
 ゴドノフは、時間をかけて、繁華街をくまなく歩きまわった。
 洋車《ヤンチョ》をひいた車夫が、威勢よくかたわらを通りすぎていった。内地の恐慌も、ここではまるで無関係のようなにぎわいである。
 車夫をよけて立ち止まったゴドノフは、ふと、後ろに通じる路地をふりかえった。
 両側を建物の煉瓦の壁に囲まれた狭い小径になにか惹かれるものを感じて、ゴドノフは足をふみいれた。向こうの通りへの抜け道ではなさそうだった。この先には、なにがあるのだろう?
 数メートル進んだとき、つんとした甘ずっぱい香りに、ゴドノフは足をとめた。
 ――阿片《あへん》……。

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※この小説はフィクションです。団体名などいずれも架空の設定です。 
※ルビは《》で囲っています(青空文庫形式)。
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創刊日:2005-02-17  
最終発行日:  
発行周期:平日毎日  
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