小説

【アイ文庫】長編小説「アカシア少女探偵団」

昭和2年、大連。千勢の通う女学校に転校してきた美少女をめぐって、女詐欺師、ロシア人活動家、中国の変な役人、陸軍将校、新聞記者らが入り乱れ大騒動! アイ文庫で配信された長編小説を好評にお応えして再配信。


全て表示する >

[ibunko]アカシア少女探偵団 No.009

2005/03/16

┏━━━━━━━━━━━━┓
┃ 【あいぶんこ長編小説】 ┃
┃ 『アカシア少女探偵団』 ┃
┃                        ┃
┃       大庭花音         ┃
┃  written by Kanon Ohba ┃
┃       -*-*-*-          ┃
┃   http://ibunko.com    ┃
┃   acacia@ibunko.com    ┃
┗━━━━━━━━━━━━┛



 海望亭の夜から一ヶ月ほどさかのぼった三月下旬、大連港――。
 一時間ほど前、門司からついた「ばいかる丸」が埠頭に接岸している。甲板から第二埠頭船客待合所にむけて、高低差のないまっすぐなブリッジがかけられている。
 埠頭待合所は、完成してからまだ二、三年しか経っていない。五千人の船客を収容でき、満洲各方面への列車のホームへ直接下りられる、自慢の施設だ。
 すでにほとんどの船客たちがはけ、広い待合所は通常の落ち着きを取り戻していた。
 人影のまばらになった待合所で、その男の姿はひときわ目立った。
 大きい。六尺三寸(約百九十センチ)はゆうにある。
 天窓からふりそそぐやわらかい光を、男はうるさそうに払った。
「お待たせしちゃって、ごめんなさいね」
 ロシア語に、男は声のする方をふりむいた。
 スカーフをかぶった四十ほどの大柄な女が、にこにこしながら男に近づいてきた。一歩ふみだすたび、ゆさゆさと体全体がゆれる。どこからみても、気のいいおかみさんだ。
 そばまでやってくると、女はにこやかな顔をくずさずに、ふっと声を低めてささやいた。
「同志ゴドノフ、ようこそ大連へ。マーシャ・テレシコワです」
 男は黙ってうなずいた。
「船旅はいかがでした? お疲れになったでしょう?」
「いや」
 マーシャが左側に並ぼうとすると、男はさっとからだをかわした。不審に思い、男を見上げると、男の左耳が目にはいった。妙な形にひしゃげている。まるで誰かにつぶされたみたい――彼が元拳闘の選手だと身上書にあったのを、マーシャは思い出した。
 外套の上からでも、男がすばらしい筋肉をもつことがわかった。マーシャは頼もしそうに男をみあげ、外へとうながした。
「日本も大変なことになってるようね。毎日、銀行が倒産するんですって?」
「うむ」
 ゴドノフが横浜を出発する直前、金融恐慌が起こっていた。内地は一日に十行も銀行が倒産する日があるなど、騒然としていたのだ。
「誰も彼も右往左往している。資本主義の醜さを目のあたりにして、小気味いいぐらいだ」
「まあ」
 マーシャは愉快そうに、ゴドノフをながめた。
「日本ではお疲れさまでした。ロシア語教師の生活はいかがでした」
 ゴドノフは、日本での日々をちらと思った。

---------- 
※この小説はフィクションです。団体名などいずれも架空の設定です。 
※ルビは《》で囲っています(青空文庫形式)。
---------- 
■解除・登録⇒ http://ibunko.com/text/mbook/acacia.html 
□問い合わせ⇒ acacia@ibunko.com 
■制作・発行⇒ アイ文庫(有) http://ibunko.com

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2005-02-17  
最終発行日:  
発行周期:平日毎日  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。