小説

【アイ文庫】長編小説「アカシア少女探偵団」

昭和2年、大連。千勢の通う女学校に転校してきた美少女をめぐって、女詐欺師、ロシア人活動家、中国の変な役人、陸軍将校、新聞記者らが入り乱れ大騒動! アイ文庫で配信された長編小説を好評にお応えして再配信。


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[ibunko]アカシア少女探偵団 No.008

2005/03/15

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┃ 【あいぶんこ長編小説】 ┃
┃ 『アカシア少女探偵団』 ┃
┃                        ┃
┃       大庭花音         ┃
┃  written by Kanon Ohba ┃
┃       -*-*-*-          ┃
┃   http://ibunko.com    ┃
┃   acacia@ibunko.com    ┃
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「とすると、紫禁城で使われていたレシピ、ということじゃないのかね」
 千歳が目をぱちぱちとさせた。長いまつげがゆれた。こんな仕草は、少女時代から変わらない。直周は満足そうに目を細めて、妻をながめた。
「まさか。そんなもの、どうやって手にいれるんでしょう」
 そう言いながら、千歳はメアリ・スーを思い浮かべていた。彼女の品、あれは生まれながらのものだろう。北京の高官か旗人の娘なのかもしれない。としたら、その可能性はなきにしもあらずではないか……。
 そのとき、ふと思い出したように劉生が口をひらいた。
「そういえば、どうして手把肉というか、知ってますか?」
「名前の由来ですか?」
 劉生がうなずくと、みな、一様に首を横にふった。
「これは北京で会った宦官から聞いたんですがね」
 劉生がいうには、手把肉とは、その字のとおり、手づかみで食べることからついた名なのだという。
「ええっ、手づかみで肉を食べるの!」
 千勢が、驚きの声をあげた。
「うん。紫禁城の坤寧宮《しんねいきゅう》というところでは、毎日朝晩、天の神さまを祭る儀式をやっていて、豚が料理されていたんだそうだ。それを、皇帝はじめ伺候する大臣たちが食べるんだが、そのとき、小刀はいつも腰につけているけど箸はもってないから、刀で肉を切り、手で食べたというんだよ」
「食べるってわかっているんなら、はじめからお箸をもっていけばいいのにねえ」
 千勢が不思議そうにいったので、劉生はぷっと吹きだした。
「そうだねえ。でもそれが儀式というものなんだろうね」
 そして、少し声を低めて、つづけた。
「僕が思うに、ここの秘伝のたれというのは、そのときに使われていたものではないでしょうかね」
「皇帝のお食事とおなじってこと?」
 千勢が目を輝かせた。
「そうだとすると、『正統のレシピ』というのは……」
「いや、推測にすぎないから、信じないでくださいよ」
 みんなのうれしそうな表情を、劉生があわててさえぎった。
「それに、北京では、ここと同じく『清朝二百年のたれ』を売り物にしている料理屋を何軒か見たんです。あちこちでそういう売り文句が使われているんだから、ここのだって本当かどうかはわからない……」
「まあ、期待させないでちょうだい」
 千歳にいわれ、劉生はとたんにしゅんとなってしまった。
 ごろごろという音が近づいてきた。すぐにメアリ・スーが、カートを押しながら部屋にはいってきた。上には前菜の皿がいくつか並んでいる。
「さあさあ、今日は劉生くんの無事大連帰還のお祝いだ。どんどん食べて」
 直周のよく通る声が響いて、一同は箸をとった。

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※この小説はフィクションです。団体名などいずれも架空の設定です。 
※ルビは《》で囲っています(青空文庫形式)。
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創刊日:2005-02-17  
最終発行日:  
発行周期:平日毎日  
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