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甦れ美しい日本

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甦れ美しい日本 第1682号

2018/12/30

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2018年12月30日 第1682号 )

              
  ☆☆甦れ美しい日本☆☆


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☆☆ 偽 善 と 欺 瞞 を 憎 む 私 た ち は 書 き た い か ら 書 く の で す。☆☆
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☆☆☆日 本 人 の、 日 本 人 に よ る、 日 本 人 の た め の 政 治 を 取 り 戻 せ!☆☆☆
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◎本年度日本公開の映画ベストテン

今年は不作だったのかな!下記映画が印象的だった。どれが一番と言うか10作品に絞るの難しいので、甲乙つけ難い次点の数々もつけたのである。

◎日本映画<散り椿>2017
◎アメリカ映画<スリー・ビルボード>2017
◎レバノン映画<判決、ふたつの希望 L'INSULTE/THE INSULT>2017
◎デンマーク監督映画<セリーナ 炎の女 SERENA>2014  
◎アメリカ映画<レッド・スパロー(Red Sparrow)>2017 
◎ドイツ映画<女は二度決断する Aus dem Nichts>2017 
◎ハンガリー映画 <心と体とTestről és lélekről>2017 
◎アメリカ映画<モリーズ・ゲームMolly's Game>2017 
◎アメリカ映画<ウインド・リバーWind River>2018  
◎ロシア映画<マチルダ 禁断の恋 Mathilde>2017

次点
◎アメリカ映画<ファントム・スレッド> (Phantom Thread) 2017 
◎フランス映画<2重螺旋の恋人>原題:L'Amant double)2017
◎フランス映画<グッバイ・ゴダール!Le Redoutable>2017
◎スエーデン映画<ザ・スクエア 思いやりの聖域>2017

一方音楽・バレエ映画(ドキュメンタリー含む)で面白いものがあった。
別カテゴリーにしたのだ。
◎アメリカ映画<アリー/ スター誕生 A Star Is Born>2018
◎英米合作映画 <ボヘミアン・ラプソディ>(Bohemian Rhapsody)2018
◎ロシア映画<ボリショイ・バレエ 2人のスワン(Bolshoy)>2017
◎英国映画ドキュメンタリー<エリック・クラプトン〜12小節の人生〜>2017 
◎フランス映画ドキュメンタリー<私はマリア・カラス>2017

僕の限界(笑い)どうしてもジェニファー・ローレンスの熱狂的ファンなので二つの作品が入ってしまった。それに贔屓のチェスカ・ジャスティン。バイアスがかかってるかもしれないが、二人の素晴らしい演技と官能的魅力で画面に引き込まれる。
この数十年の黒澤・溝口・小津以後の日本映画を全く評価しないどころだか受け付けない僕が、<散り椿>を絶賛する。こんな映写の構図の芸術の域まで達した美しさ、そして日本人の心を描いた黒澤明の映写助手だった木村大作監督にエールだ!これこそ日本映画の醍醐味だ。
女優で素晴らしいと思ったのは、ダイアン・クルーガーの<女は二度決断する >の演技、それに<グッバイ・ゴダール!>ステーシー・マーティン さらに<マチルダ 禁断の恋>のミハリナ・オルシャンスカだろう。
目次
◎奥山篤信の映画批評<ライ麦の反逆児〜ひとりぼっちのサリンジャー 原題Rebel in the Rye>2017
◎奥山篤信の美術鑑賞 『国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア』がBunkamura ザ・ミュージアムで開催
◎奥山篤信の美術鑑賞 近代美術館 没後50年 藤田嗣治展 (12月16日終了 あしからず)

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◎奥山篤信の映画批評 <ライ麦の反逆児〜ひとりぼっちのサリンジャー 原題Rebel in the Rye>2017
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〜人っていうのはいつだって見当違いなものに拍手をする

People always clap for the wrong reasons サリンジャー〜

 監督はダニー・ストロング、主演はニコラス・ホルトが務めたこの作品はケネス・スラウェンスキーが2012年の伝記『サリンジャー 生涯91年の真実』を原作としている。1950年、J・D・サリンジャーは小説『ライ麦畑でつかまえて』を発表した。同書はアメリカの保守社会から総スカンを受けた一方、若者たちからは高く評価され大ベストセラーとなった。現在に至るまでなんと6500万部が売れている。この作品で名声を確立したサリンジャーだが、彼は隠遁者のような生活を送るようになった。そんなサリンジャーの孤独な生涯を描いたのがこの映画で、これほど映画化するのは並大抵の事ではないものを、良く性格描写などを静かに仕上げた映画として僕は大評価するものだ。

 映画を語る前に『ライ麦畑でつかまえて』とは一体どんな小説だったのかを簡単に述べる必要があるだろう。端的に言えば、幼子のような無垢な子供の夢と大人の現実の社会との乖離と葛藤がこの本の叫ぶところだ。ホールデンというまさにサリンジャー自身を投影した反逆児は、社会の偽善と欺瞞を徹底的に憎む。一方で幼児や少年への両手を挙げての愛の眼差しがある。

 およそ子供には全身的共感を示すと同時に、人間つまり大人が考え出し作ったフェイクだと激しく抵抗する姿、いつまでたっても<ちょっとは大人になれ (Grow up)>と言いたくなる世界に死ぬまで固執した作家の姿がある。

 ホールデンは、退学になった校長の家を訪問するが、そこで出会ったものは、まさに校長に対する嫌悪と侮蔑であり、その「インチキ」なもの、「汚らしい」であり、それは精神の下劣さ低俗さ、根性のきたなさ、そこから来る保身、欺瞞、馴れ合い、そして建前といったものに過ぎない。その不潔さを、彼は感覚として捉え、反射的に反逆する、実にわかりやすくその痛快さであって、スカッとした気分になれる。文章は気取らない、歯切れのよい文体のリズム感がある。

 サリンジャーの無垢な子供たちへのまなざしは、この箇所が見事に描いているので引用する:

「広いライ麦の畑やなんかがあってさ、そこで小さな子供たちが、みんなでなんかのゲームをしているとこが目に見えるんだよ。何千っていう子供たちがいるんだ。・・・僕はあぶない崖のふちに立ってるんだ。僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ―・・一日じゅう、それだけをやればいいんだな。ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げてることは知ってるよ。」

 1965年6月に『ニューヨーカー』に掲載した『ハプワース16、1924』を最後に完全に沈黙、作家業から事実上引退した。ニューヨークを離れ、ニューハンプシャー州のコネチカット川のほとりにあるコーニッシュの土地を購入、原始的な生活を送り、地元の高校生達と親しくなり、交流を深めることになる。

 晩年のサリンジャーは人前に出ることもなく、2メートルの塀で囲まれた屋敷の中で生活をしていたとされる。彼には世捨て人のイメージがつきまとうようになり、一度小説を書き始めると何時間も仕事に没頭し続けており、何冊もの作品を書き上げている、など様々な噂がなされた。

 さて映画は、サリンジャーの青春時代、徴兵にて欧州戦線で戦う時代、隠遁時代などを描いているが。

圧巻は彼の才能を見出し<生涯をかけて物語を語る>覚悟などを語り、かつ<ストーリー>編集者として雑誌短編集『若者たち』を採用した、コロンビア大学の創作文芸コースを指南したウイット・バーネットとの交流と別離と愛憎をきめ細かに描いている。

 バーネットに扮する名優ケヴィン・スペイシーの演技が光る一方、サリンジャーに扮するニコラス・ホルトも適役で渋い演技だ。反逆児ながら、なぜか憎めない、育ちの良さから女性には可愛がられるサリンジャーを引き立てるゾーイ・ドゥイッチ、ホープ・デイヴィス、さらにサラ・ポールソンなどが女優として見事だ。新年1月18日公開だ。(月刊日本 正月号より)

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◎奥山篤信の美術鑑賞 『国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア』がBunkamura ザ・ミュージアムで開催

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http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/18_russia/point.html


僕はソ連崩壊後にいつだったか忘れたが(当時トレチャコフ美術館の図鑑を今観ているが)当時痺れるような感動、それはロシアの絵画がそれほど日本で知られておらず、あの欧州で見る印象派などの絵画と比べて新鮮味を感じた記憶がある。そのトレチャコフから今回の展覧会だった。あの馬車に乗る女性の実存主義的表情を描いたクラムスコイの<忘れ得ぬ女>はあの僕の男盛りのトレチャコフの感動よりももっと訴えるものがあった。これが人寄せパンダの代表だが、僕にいわすればレヴィタンの繊細で決めの細かい風景画など本当に痺れるしシーシキンの風景画、ミヤソエードフ、ソロコブドフ(落ち葉)、バクシェーエフ(樹氷)など西欧にない魅力だし、カサートキンの<柵に寄りかかる少女>の素晴らしさ、さらには子供中心のコーナーがあるが、本当に自然に溶け込んだ子供達の子供らしさなどセドフ、キセリヨフ、コマロフなどなど充実した展覧会だ。

ロシア絵画は少なくとも革命前革命後のまだ共産主義に毒される最低のプロパガンダに汚染される前の絵画は西欧に引けを取らない。僕はむしろ素朴でいて感性豊かなこの時代のロシアの絵画には日本人としてホッとする土臭さや農村賛歌がある。僕はあの腐りきった偽善と欺瞞のあのカトリックとやらに毒された西欧絵画、そうかと言ってプロテスタント芸術だって偽善と欺瞞がみなぎっているが、やはりドストエフスキーのロシア ロシアに根付いた東方キリスト教が根底にあるはずで、これが影響しているのではないだろうか。
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◎奥山篤信の美術鑑賞 近代美術館 没後50年 藤田嗣治展 (12月16日終了 あしからず)
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日本人として日本人が大嫌いな習性とは:空気や流行を無個性で追う衆愚の群れ。なんで自分の心で好きでもないものに群れて群がるこの習性は本当にアホというか低脳だと怒りを感じる。例えばかって海外ツアーに押しかけた鼠色の背広にメガネ肩から写真機ぶら下げた連中が ルーブルに群がりそれもモナリザを見たとか日本で有名な作品に群がった 今でもそうだが、これほど軽蔑を覚えるものはない。今はそれがXX人やYY人の団体客がやっている。
わかりもしないくせに自分はモナリザを見たというアリバイ作りだけの話。こんな連中にモナリザなどわかるはずもない。
もちろん芸術を愛し趣味として造詣深い日本人も多々いる。
迷惑なのは有象無象の白痴の群れがその<アリバイ作りのために>価値ある芸術品の展覧会やコンサートやオペラに群がるために入館に行列がいるとこ切符が売り切れになるとか迷惑を与えているのだ。
モナリザなど知らない、カラヤンなどわからない、小澤征爾って何なの知らないという日本人が大多数であってしかるべきなのだ。芸術などよほどその人間の感性や教養が不可欠であり、そんな有象無象は鑑賞される芸術家も迷惑なのだ。
全て誰々さんが見たから、あれは世界的有名だから などレッテルだけで群がるこの無個性 まさに奴隷根性さながらの自分のない無個性動物なのだ!
そんなわけで僕は見たい芸術作品は海外で見るのが常だし、東京の上野に集まるアリバイ作りの下劣な行列に加わりたくなく東京で藤田をやっていても見なかった。今回も京都という東京よりは知的文化人が密度として多い街はこんな素晴らしい展覧会でも楽々見れる。若冲だって京都だったら軽く見れた。
だいたい芸術を見たという奴には、意地悪な質問を一つぶつけるだけでインチキが剥がれるものだ!わはは 僕は人が悪いからねえ カッコつけたインチキ文化人は僕と話さない方がよろしいぜ!
さて本題の藤田展 僕の世界で最も愛する絵画だ。ゴッホでもないセザンヌでもないゴーギャンでもない僕は藤田が最高だと思っている。あの乳白色とインキによる輪郭 そして豊満な女性美を描く藤田 さらには日本を愛し愛しそしてアッツ島玉砕やサイパンの激戦を描いた愛国画家(今回二点出ている)そして戦後は藤田を芸術界の戦犯に仕立て上げた卑劣な日本画家ども!
何もかも素晴らしいフランスの超自由主義を理解しつつ決して日本を忘れなかった藤田 コンパクトにまとまったこの展覧会は素晴らしい。僕が7年前だったかわざわざ行ったランスの教会の紹介もあった。
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日本人として世界に生きた画家、藤田嗣治(1886?1968)の没後50年を記念する大回顧展を開催します。
明治半ばの日本に生まれた藤田は、20代後半にパリへ渡り、30代から40代にかけてパリで華々しく活躍。戦時には日本で作戦記録画を多数発表しましたが、戦後の1949年、日本を離れ、翌年にはパリへ帰還し、やがてフランス国籍を取得して欧州で生涯を終えました。
本展では、藤田の代名詞ともいえる「乳白色の下地」による裸婦の代表作が一堂に会するのみならず、初来日となる作品や、従来あまり紹介されてこなかった作品も展示いたします。

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創刊日:2005-02-04  
最終発行日:  
発行周期:週間  
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  • 名無しさん2019/01/01

    日本人大衆への痛烈な批判Bravodeです。

    江戸時代から日本人は変わってないです。