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甦れ美しい日本

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甦れ美しい日本 第1663号

2018/04/27

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2018年4月27日 第1663号 )

              
  ☆☆甦れ美しい日本☆☆


☆☆怒 り を も っ て 自 分 の 目 標 に 向 か っ て い る 人 間 は し つ こ く て 強 い。☆☆
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☆☆ 偽 善 と 欺 瞞 を 憎 む 私 た ち は 書 き た い か ら 書 く の で す。☆☆
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☆☆☆日 本 人 の、 日 本 人 に よ る、 日 本 人 の た め の 政 治 を 取 り 戻 せ!☆☆☆
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新刊発売ご案内 
『キリスト教というカルト 信者になれない、これだけの理由 新書 ? 2018/4/3
奥山 篤信 (著), (発行)春吉書房 
読者の声
◎先日労作を読ませて頂いた。素直に面白い。娯楽としても十分楽しめる。よく勉強しているな。
作中貴兄は聖書も古事記と同じ神話と捉えれば人畜無害で済んだはず、との意見だが全くその通り。俺はかねて、神が居るとして或いはキリストが実在したとしてその空想を前提に、こんな宗教心持てば人生豊かになりますよ、と布教すれば良いのに、と思っていた。
本気で信じれば全くカルト。
しかしその嘘デタラメを真剣に研究する神学なるものが何故存在するのか不思議だ。
他の宗教含め、まともな人類がどうしてこんなカルトを信じこむようになるのか、この研究、学問なら意味があり実もあると思うが。
次回作品はキリストに留まらず、その鋭い舌鋒と探求心で他のカルトなど取り上げて欲しいものだ。 
然し、キリスト教がもたらした膨大な罪悪はともかく、そのもたらした宝もある。膨大な芸術、文学、建築などはキリスト抜きでは誰もやらんかったし保存もできなかったな。独裁専制国家が残したガス室や収容所跡も今や観光資源になっとるね。泣く者あれば必ず歓ぶ者ありだ。
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◎佐藤守   「大東亜戦争の真実を求めて 653」

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≪(承前)そのなかで、全く違う主張を展開したのが谷干城子爵だった。

『塞蹇録』には、以下のように記されている。

【口語訳=谷子爵は、当時、一通の手紙を伊藤総理に送ってきた。その中には、一八六六年の普墺戦争に際してビスマルクがオーストリアに寛大な和平を許し、その後の独墺同盟、対仏戦争の布石とした大戦略を引用して、日清の友好関係のためには土地の割譲要求はしてはならない、と言ってきた。このような独特の見識を披歴  したのは、緑がうっそうとした中での紅一点の印象があった。しかし、谷子爵も、社会の時流に抗してまでこれを公表する勇気はなく、伊藤総理宛に私信を書いたにとどまった】。

**谷干城子爵―(一八三七・三・一八〜一九一一・五・一三)明治期の陸軍軍人、政治家。土佐藩出身。西南戦争では、熊本籠城に成功し、官軍を勝利に導いた。学習院院長。子爵。第一次伊藤内閣の農商務大臣。享年七十五。≫

やはり、時代が大きく動くときには、傑物が現れるものである。谷子爵もやはり軍人であり、同時に政治家であった。

こう見てくると、大東亜戦争時代に、政治家と軍人、陸軍と海軍という区分け?が始まったと言えるのかもしれない。国家体制が固まっていなかった明治期には、多彩で異能な傑物が多かったということだろう。それは混乱期の特性だったのか、それとも時代が下がって、機能が特化し、政府機能が整理されていくにつれて、人物も“矮小化”していったとでもいうのだろうか?

引き続き岡崎氏は、第六章 開示か秘匿か、継戦か休戦かの章に入るが、副題には「透徹した判断力で危機を切り抜けた伊藤と陸奥」とあり、「講和をどう進めるか、列強の干渉をどう防ぐか。伊藤・陸奥の舵取りの力量が問われる正念場を迎える」とこの章の内容をダイジェストしている。

まず、二十四 伊藤総理の上奏文――事の真髄を掌握していた伊藤の項目を読み解く。

≪さて、清に対しての割地、償金等、講和交渉の諸条件については、すでに政府部内においては成案を得ていて、伊藤博文総理は講和条約交渉に先立って一月三十一日、これを奏上した。

 伊藤総理の文章は、いささかの虚飾もなく、平明にして文意暢達、明治文語文中

の珠玉と評価できる。ただ、この上奏文は長文なので、諸条件などの部分は省き、

それが外国の干渉に遭った場合を予想して、事前に留保しておいた部分だけをここに抜粋してみる。

【口語訳=清国との談判が成功するかどうかにかかわらず、もし一旦、講和の条件を明言してしまえば、第三国の干渉は避け得ない。ただ、その干渉がどのような内容で、どのような強さで来るかは、いかに賢明な政治家でも予測できない。そもそ

も、列強がとる干渉の内容や方針を、外交交渉の場で転換させることは困難な場合が多い。もし、強国が実力を以てでも干渉してくる場合は、講和の条約を変更することに甘んずるか、それとも、清国と戦争している上に、新たな強力な敵国を作っても日本の方針を貫くこととするかは、先の問題として、その時に応じてお貉りしたい。

つまるところ、今日のこの事態を収拾するには、全閣僚が心を一つにして、結果を見据えながら秘密を守って、諸外国には一切洩らさない姿勢を貫くことが必要である】

 将来の変わり身の可能性まで、きちんと断ってある。また、三国干渉によって遼東半島還付に至る国難の到来を予見し、すでに廟議において心の準備をさせている。これもまた、いかにも伊藤らしい、用意周到にして文意明快なものだ。

伊藤という人は、単に円転滑脱の周旋屋のように思われているが、問題を整理して本質を抉り出す能力には天才的なものがある。よほど物事の大小軽重がよく見えていた人なのであろう。

 明治十三年頃の自由民権運動の高まりに対して、明治二十三年の国会開設を提案して、その通り実行させたのも伊藤である。

 日本が日清・日露の二大戦争を勝ち抜いたのは、日本民族が培ってきた優れた民度、伝統が、国民の中からほとばしり出た高い愛国心によって戦争のために結集されたからであり、特定の一つの分野に帰することはできないが、あえて国家戦略面でいえば、日露戦争では日英同盟の後ろ盾があったこと、そして日清戦争では伊藤、陸奥の天才的戦争指導によるところが大きかったと言っても過言でないであろう≫

岡崎氏は、伊藤・陸奥のコンビを高く評価しているが、それにもまして伊藤という人物を激賞している。

 書くまでもないことだが、伊藤博文は若くして松下村塾に学び、幕末期に尊王攘夷・倒幕運動に参加、長州五傑の1人としてイギリスに渡航するなど、辛酸をなめた人物である。維新後は薩長の藩閥政権内で力を伸ばし、岩倉使節団に参加、大日本帝国憲法起草の中心となった人物でもある。初代内閣総理大臣に就任し、その後数回総理の座についている。特筆すべきは初代韓国統監を務めたが、日韓併合には否定的で「・・・又今回事件の起生せるを機とし、韓国を併合すべしと論ずる日本人ありと云ふ。余は合併の必要なしと考ふ。合併は却て厄介を増すに過ぎず、宜しく韓国をして自治の能力を養成せしむべき也・・・」とむしろ反対していたが1909年、ハルピン駅で朝鮮民族主義活動家の韓国人安重根に暗殺された。これは「併合推進派による謀略?」ではなかったのかと私には思われてならない。(元空将)

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