政治・経済

甦れ美しい日本

日本再生のための政治・経済・文化などの発展・再構築を目的とし、メールマガジンの配信を行う

全て表示する >

甦れ美しい日本 第1654号

2018/02/23

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2018年2月23日 第1655号 )

              
  ☆☆甦れ美しい日本☆☆


☆☆怒 り を も っ て 自 分 の 目 標 に 向 か っ て い る 人 間 は し つ こ く て 強 い。☆☆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
☆☆ 偽 善 と 欺 瞞 を 憎 む 私 た ち は 書 き た い か ら 書 く の で す。☆☆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
☆☆☆日 本 人 の、 日 本 人 に よ る、 日 本 人 の た め の 政 治 を 取 り 戻 せ!☆☆☆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
冬季五輪の日本人の美談
◎渡部暁斗という男の中の男 なんという武士道 なんという自己抑制
なんという美談だ こんな男が日本に存在することこそ我が大和民族の誇りだ!
戦後の女々しい男どもよ こんな男も日本に絶滅品種として存在しているのだ!
グジグジ弱いもののふりをして努力しない、そして弱いものに寄り添うふりをする
偽善集団よ!これこそ人間の猛烈なそして壮絶な生き方の見本だ!

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6273116

◎金メダル小平の素晴らしさ
彼女が記者団の質問に考えながら三つの生き方
求道者
情熱
真摯
素晴らしい!いわゆる僕の反吐のでる謙虚を売り物にする連中ははっきりとこういう素晴らしいセリフを言わないだろう。だから忌み嫌うのだ!小平の素晴らしさは、これだ!まず実際に自分が実践した矜持があるからだ。こういう臆せずはっきりしたものの言い方が僕はすばらしいと思う。日本も変わるぞ!謙虚などどっかの宗教の売りものだが実に心の底はいやらしく不潔なのだ!
小平さんよ!あなたは素晴らしい選手だ!メガネだけ変えてね!爆笑
なんとも言えない知性とうちに秘める闘志は最高の大和魂であり日本女性の誇りだ!
さらに銀メダルの韓国選手と小平との国境を超えた友情の素晴らしさ 目頭が熱くなった

◎感動の余韻 パシュート金メダル
菊池の自己犠牲(準決勝で風除けの自己犠牲)の屈託のない笑顔 これこそ決勝で勝った3人と同等の功績を絶賛せねばならないし菊池もそれを自負している姿が美しい まさに大和魂に合致したこの競技 団体競技の素晴らしさだ!
━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━
====================
目次
◎佐藤守 「大東亜戦争の真実を求めて 644」
◎奥山篤信の映画批評 アメリカ映画<デトロイト>原題 Detroit>2017 ________________________________________
◎佐藤守   「大東亜戦争の真実を求めて 644」

------------------------------------------------------------------------

すでに読者は、今読み解いているこの部分が、戦後言い古されてきた感がある『シビリアン・コントロール』の真髄を突いていることにお気づきであろう。

敗戦後、戦勝国によって、新しい「システム」が導入されたものではなく、明治政府の時代から、日本国には見事な『シビリアン・コントロール』制度が敷かれていたし、運用されていたのである。“舶来”を好む日本人の悪い癖で、戦後初めて米国の手によって『軍国主義』時代から『民主主義的手法』を教え込まれたかのように言われているが、そうではないのである。岡崎氏の分析を続けよう。

≪このような白々しい記述では、この海戦の実態は把握できない。

 この海戦こそは、同年春、朝鮮に東学党の乱が起こり。六月初めに鎮圧のために清国が朝鮮に出兵を決定して以来、日本外交と戦略が、幾度か剣の刃渡りのような間一髪の危機を乗り越えながら、苦心惨憺して、やっと開戦にまでこぎつけたその結果である。その背後には、壬午・甲申事変以来、遺恨十年一剣を磨いてきた日本の対韓政策があった≫

これこそまさに「政治主導下の軍事行動」に他ならないであろう。言い換えれば、現在清国に替わって北朝鮮が半島を不安定なものにしている状況に酷似していると言える。それに対して、今のわが国政府は、当時の日本政府のような高度な国家戦略を持って臨んでいるのか?と言う疑問がわく。

≪はっきり言えば、日清戦争は。清国の朝鮮出兵の機を捉えて、日本が粒々辛苦して仕掛けた戦闘であり、豊島沖海戦は日本側の攻撃で始まった戦争である。

 戦後の平和主義の史観から言えば、全部日本が仕掛けた戦争であり、日本が悪いということになる。しかし、当時は帝国主義時代である。現に日清戦争の前駆である壬午・甲申の変では、中国側が仕掛けて、日本は戦争しようにも実力が無く涙を呑んでいる。どちらが先に第一発を撃ったかということは形式に過ぎない。

ただ、それまでの経緯を捨象して、戦争開始の時期だけを捉えれば、一八九四年の日清開戦は、すべて日本側が仕組み、最初の一発も日本側が撃った戦争である。

それは、それに至る壬午・甲申の変からの経緯を考えれば、十分理解できる≫

岡崎氏が指摘しているように、この戦は、放置すれば大日本帝国の先行きが危険になると判断し、機に臨んで果敢に開戦した戦であった。

 戦後と大きく異なる点は、全てが“平和主義”に流されて軍事軽視の中にあり、いわゆる戦略的な“国是”と言われる「専守防衛思想」がこのような、機に臨んではただちに行動できる体制を除外しているのである。

≪ちなみに、一九三七年の日支事変はすべて中国側が仕組み、最初の一発も中国側が撃ち、その後事変を限定しようとする日本を、事々に挑発して拡大させたのも中国側である。しかし、満洲事変、ついで北支工作という屈辱的な歴史を考えれば、当時、国力と軍事力に相当な自信をつけた中国国民党政府が、日本への挑戦の機と考えたのも無理のない情勢だった。歴史を、どこか特定の時点で押さえて、その善悪を論じることは、特定の政治的目的がある場合以外は無意味である。

外務大臣・陸奥も、海軍大臣・西郷従道も、連合艦隊司令長官・伊藤祐亨も、浪速艦長・東郷平八郎も、この海戦の意義を知りぬいたうえで始めた海戦だった。だからこそ、歴史として、また戦史として深みがあって面白いのである≫

戦後“反省”させられている?盧溝橋事変の真相は、全く岡崎氏が描いた通りなのだが、なぜか日本人メディアと学者の中には、ことさらに満州事変と北支工作という屈辱的な歴史を“過度に反省”する余り、日本軍部の侵略だと言いつのる者もまだ残っている。岡崎氏は言う。

≪この点に関して、私は、田保橋潔先生の「近代日鮮関係の研究」を読んで感嘆した。昭和十五年という軍国主義まっただ中の著作であるにもかかわらず、どちらが先に発砲したかについて、「彼我の主張は相反するが、戦略上より見れば、容易にその実相を判断し得られる」と述べて、日本側から発砲したという前提で豊島沖海戦の経過を描写している。田保橋先生が、自らの良心に忠実たらんとするために、軍部を怒らせる危険を冒して、あえて真実に徹した発言を行ったことに心からの敬意を表するものである≫

私は田保橋潔氏の本を読んでいないからコメントは控えるが、昭和十五年に“軍部批判”をした勇気は認めるにしても、「当時、国力と軍事力に相当な自信をつけた中国国民党政府による挑戦」とする岡崎氏の説を取る。

≪さて、海軍の動きをみると、七月二十日に樺山資紀軍令部長は東京を発ち、二十二日に佐世保に到着して、海軍の出動命令を伝達している。その命令には、清国がさらに派兵をするならば、それは日本に対して敵意を表したものと認め、「故に我艦はただちに清国艦隊及び送船を破砕すべし」とあった。そして伊東祐亨連合艦隊司令長官は、連合艦隊を率いて二十三日に朝鮮西海岸を目指して出港し、第一遊撃隊は二十五日早曉から豊島近くに艦隊を展闘していた。

 『蹇蹇緑』では、開戦前夜の七月十九日以降のことを、以下のように記している。

【口語訳=まず日本政府は、東京駐在の英国公使を通して清国に五日間を限度とする最後通牒を発した。もしその間に、清国から朝鮮へ兵隊を増派するようなことがあれば、日本政府はただちにこれを威嚇行為とみなすとはっきり通告した。

 西郷海軍大臣は私に、「もし日本艦隊が五日経った後で(その間、清国側の回答がなく)日本艦隊か清国艦隊に遭遇するか、または清国がさらに軍隊を増派してくれば、直ちに戦端を開いても、外交上、何か支障があるだろうかと尋ねてきた。私は、外交上の手順としては、一向に構わない、と答えた】≫  (元空将) 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

◎奥山篤信の映画批評 アメリカ映画<デトロイト>原題 Detroit>2017

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

〜上っ調子な撮影技巧は人種差別問題の解決に何の寄与もしない〜

 

女性監督で初めてアカデミー賞監督賞を受賞したキャサリン・ビグロー(1951年 - )の映画だ。彼女は<ハート・ロッカー>そしてビンラディン暗殺計画の映画<ゼロ・ダーク・サーティ>でなかなか印象深い演出を行った。

映画は1967年の黒人暴動の最中に、人種差別が最悪の時代の中で起こったアルジエ・モテル事件を題材にしている。

デトロイトはかってはフォードを代表に自動車産業で栄えたが、この暴動の後ホワイト・フライト現象(すなわち白人の郊外への脱出)が起きた。特に1970年代頃から日本車の台頭により自動車産業が深刻な打撃を受けると、企業は労働者を大量解雇、下請などの関連企業は倒産が相次ぎ、市街地の人口流出も輪をかけた。それと同時に市街中心部に浮浪者が溢れ、治安悪化が進んだ。1970年、フォードの会長・ヘンリー・フォード2世が、デトロイト経済の再活性化のためにダウンタウンの再開発を計画、そのシンボル「ルネサンス・センター」にはGM本社がテナントに入り力を入れたが、かたや日本がバブルを謳歌していた頃、このプロジェクトは失敗に終わった。僕がニューヨークに駐在していた1990年前後の頃、デトロイト中心部は治安上も最悪の危険地帯で、主な企業は全て郊外に移転していたほどだ。映画が取り上げる暴動とはデトロイト衰亡史の発端と言える出来事であった。アルジエ・モテル事件とは暴動の最中の出来事であり、9人の黒人男性と2人の白人女性がデトロイト市警の警官により、不当な拷問とも言える尋問で虐待され、そのうち3人の黒人が殺害された事件だ。暴動の最中で、正当防衛なる口実で徹底的に黒人への偏見で、その場にいた白人女性も黒人目当ての売春婦と決めつけた人権侵害があった。告訴された白人警官3人の裁判も、一方的な裁判長の采配で白人無罪の顛末に終わった。

黒人暴動は毎年夏の行事のように全米各地で今現在も起こっている。原因は大体が白人警官の黒人への偏見が原因となり、黒人が不当にも殺されたケースに黒人が怒りを爆発させるケースが常態化している。

ここで人種差別の定義を国際協定である人種差別撤廃条約から引用すると、<

「人種差別」とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先である>。

最近の移民受け入れ問題も同様人種差別が根底にあるが、人種差別とは人類史において古今東西変わっていない。もちろん義務としての法律的・条約的禁止の題目としてはあるが、それは決して本音の心を規制することはできていない。だからその義務が忍耐の限度に達した時必ず爆発する危険性を抱えているのが真実である。いくら国連やローマ法王が綺麗事を並び立てても人間の本音は義務とか偽善とかの衣でしか隠せないのが現実なのだ。

さて映画に戻すと、この映画はキャサリン・ビグローがまさに、人種差別については深い洞察もなく、まさに彼女の臨場感溢れる撮影技術(彼女の二つの名画でも駆使された)披露の道具として人種差別が<濫用>されているような気がしてならないのだ。勿論米国人として彼女なりの黒人差別への<正義感>は無いとは言えないだろう。でもそれが、白人の異様で異常なほぼ無抵抗の黒人になされている暴力をあまりにも強調することで、本質的な深彫りがされていないような気がしてならない。まさにリアルな臨場感を与えるカメラ・ワークの出汁(だし)として黒人差別を利用しているように見えるのだ。だからこの映画を見ても、人間の善悪の問題や愛の問題で、感動が湧き上がらないのである。キャサリン・ビグローの過去の映画では露呈しなかったが、かかる差別問題を取り上げるのは、その人の歩んだ人生哲学や宗教観も不可欠であり、むしろ国際的繕いと言える難民受け入れや人種逆差別の観点から取り上げる自由主義的考え方であっても面白いと思うのだが、彼女は欺瞞的にこうも残酷な差別への正義を煽ることによって安易に、優等生的高みに立ったように思う。

 (月刊日本3月号より)

━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━
 ┗ http://melma.com/contents/taikai/?

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2005-02-04  
最終発行日:  
発行周期:週間  
Score!: 98 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。