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甦れ美しい日本

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甦れ美しい日本 第1611号

2017/04/21

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2017年4月21日 第1611号 )

              
  ☆☆甦れ美しい日本☆☆


☆☆怒 り を も っ て 自 分 の 目 標 に 向 か っ て い る 人 間 は し つ こ く て 強 い。☆☆
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☆☆偽 善 と 欺 瞞 を 憎 む 私 た ち は 書 き た い か ら 書 く の で す。☆☆
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☆☆☆日 本 人 の、 日 本 人 に よ る、 日 本 人 の た め の 政 治 を 取 り 戻 せ!☆☆☆
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◎佐藤守   「大東亜戦争の真実を求めて 601」
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≪(承前)貿易障壁のような政策が、関税・割り当て・認可・為替管理といった様々な形で芽生えてきた。それらは疑いもなく、当該諸国の産業状態を保護するために考案されたものである、だがその結果は全般的な危機をただ強めただけであった。
 ここで再びマクドナルド氏の言葉に耳を傾けよう。彼は次のように言っている。  「この現代世界における純粋に国家主義的な経済政策は、他の国々を貧しくすることによってその国自身をも貧しくしてしまう政策である、ということが過去数年間の経験によって明らかになった。
 いかなる国家といえども、他国を犠牲にすることによつてよって自分自身を永久に富ませ続けることは出来ない。自給自足の経済ナショナリズムは絶えず拡大を続ける繁栄にとっての弔鐘である」
 これらの貿易障壁と戦いながらアメリカ合衆国は英雄的な努力をつくしている。国務長官のコーデル・ハル氏は一九三三年一二月一二日のモンテビオ会議で「十分な安定した永続的な事業の回復は、禁令や通商停止や割り当てやその他多くの制限で絶望的なまでに塞がれてしまっている国際貿易を復活させることによってのみ可能である」という彼の信念を述べた。全ての主要国がより無用で有害な貿易障壁を除去する意図をもって、「現代政策」を採用すべきだ、と彼は唱導したのである≫
コーデル・ハル、テネシー州に生まれた彼は、カンバーランド大学法律学校を卒業して法曹界入りし、州議員を1897年まで務めたが、米西戦争中にテネシー州義勇歩兵師団第4連隊の大尉としてキューバで戦った異色の経歴を持つ。
日米開戦直前に「ハル・ノート」を提出し、野村大使を窮地に追い込んだことから、日本ではF・D・ルーズベルトと同じく“悪人視”されているが、経歴を見ると平和主義者であったらしい。そのことは、斎藤大使が彼のモンテビオ会議での発言などを高く評価していることからも推察できる。少なくともこの当時、斎藤大使はハルを敵視していなかった事だけは確かである。
その後ハルはテネシー州第5巡回裁判区の裁判官を務めた後、民主党員として下院議員に当選し、1907年〜1921年および1923年〜1931年の22年間議員を務めている。その間、彼は「低率関税の改訂に努め、1913年には最初の連邦所得税法案(1916年の同法案修正も)、1916年には連邦および州相続税法を成立させ」ている。そして1930年に上院議員に選出され、1933年にはフランクリン・D・ルーズヴェルト大統領よって国務長官に任命されたものである。
ハルの政策は斎藤大使が語った様に、貿易の促進と関税低下を支援したが、1930年代の東アジア開発に関しては、彼は政府に警告を発しており「日本との戦争準備を支援した」とされている。そして東京裁判でインドのパール判事から「彼の国務長官としての過度に強硬な姿勢は太平洋戦争開戦前夜の1940年から1941年の日米交渉の失敗の最大の原因となった」と批判された。
この事でハル長官の評価は二分されているのだが、他方彼は国際連合の発案者であったことで有名で、「国連憲章」の執筆を国務省に強く求めた主要人物と評価されている。彼は大戦末期の1944年11月に健康問題で国務長官を辞任しているが、1945年にノーベル平和賞を受賞し「国連の父」と呼ばれた。
≪英米両国はこの様に過度の貿易障壁を取り除く必要性を唱えたが、日本はそれに対して熱烈に賛同している。日本はさらにまた、世界経済を回復させるための重要な必要条件として、自由貿易の存在が不可欠であることを確信している。日本の経済力をもってすれば、より自由な貿易を通じて人類の福祉と繁栄の進歩に大きく貢献できる、と日本は確信している。
 この点に関して国際貿易の分野で日本が果たしている役割に対する大きな誤解がずっと有ったのではないか、と私は案じている。「日本のダンピング」、「日本の不正な競争」、「経済的黄禍」、などといった叫び声がこれまでしばしば聞かれてきた。これらの非難はもしもそれらが悪意に満ちたものでないとすれば、いわれの無いものである。日本に対してこれまで向けられてきた非難には次の三つの類型がある。即ち(一)為替ダンピング、(二)社会ダンピング、(三)政府の補助金・助成金、である≫
この文脈を見る限り、当時の日米間には、経済的対立の要因はなかったことになる。斎藤大使が指摘しているように「英米両国はこの様に過度の貿易障壁を取り除く必要性を唱えたが、日本はそれに対して熱烈に賛同」していたからである。
更に我が国は「世界経済を回復させるための重要な必要条件として、自由貿易の存在が不可欠であることを確信」していたのであり、「日本の経済力をもってすれば、より自由な貿易を通じて人類の福祉と繁栄の進歩に大きく貢献できる」とまで確信していたのである。大使は続ける。
≪まず最初に為替ダンピングを考えてみよう。日本は自国の外国貿易を助けるために意図的に円を切り下げている、と時々指摘される。この非難は事実と全く矛盾する。一九三一年一二月に日本が金本位制を廃止するのを余儀なくされる以前に、日本の金貨円に対して種々の圧力が長期間及ぼされていたのは、統計上からも決定的に明らかである。大英帝国が金本位制を廃止してその結果国際為替市場の変動が生じた時、日本としてはそれと全く同じ方法をとる以外に選択の余地は残されていなかった。日本がそれをやったのは単なる便宜主義ではなく、やむを得ぬ必要性に迫られてのことだったのである≫
 しかし、日本の努力は世界に理解されなかった。その底流には資本主義経済理論が揺らいでいた上に、欧米の政府要人たちから「人種差別」的観念が払しょくされていなかったことがあったのではなかったか? (元空将)
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