政治・経済

甦れ美しい日本

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甦れ美しい日本 第152号

2007/12/29

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2007年12月29日 NO.152号)

  ☆☆甦れ美しい日本☆☆

☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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本年は辛抱強く私たちのメルマガを御読みいただき厚く御礼申し上げます。
来年度も一層充実の上頑張りますのでよろしく御願いたします。


< 目次 >

◎レギュラー執筆者 
      
1.佐藤 守      大東亜戦争の真実を求めて 145
2.奥山篤信   2007年本邦公開の映画の総括
3.西山弘道    「福田“リベラル”政権の行方」
4.松永太郎    今月の雑誌から

◎ビジネス情報月刊誌「エルネオス」
 1月号巻頭言 原田武夫の「賢者に備えあり」「大転換する今を読み解く『視座』」 

◎阿嶋彩子の料理つれづれに(17)<新年祝いの膳>

◎本年映画総括 私の評点  奥山篤信

◎書評 池内ひろ美著「良妻賢母」PHP 定価 700円 奥山篤信

◎奥山篤信の映画評論 
1.アメリカ映画(再会の街で 原題: REIGN OVER ME )☆☆☆
2.フランス映画 「はじらい原題: LES ANGES EXTERMINATEURS 」−フランス美学の極致 ☆☆☆
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◎レギュラー執筆者 
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1.佐藤守
大東亜戦争の真実を求めて  145  
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 我が国、特にソ連共産主義の防波堤たらんとしていた帝国陸軍が、中国大陸へ一方的に侵略する意図など毛頭なかったことについて縷々述べてきた。
 更に、中国の天下大乱が如何に苛烈なものであるか、島国日本人にとって、戦乱はこの国の“常態”であることについての知識もなかったことについても書いた。
 つまり、大陸の歴史を十分理解できていなかったにもかかわらず、20世紀に入ってからの大陸における中華民国の「中国史上に類例を見ない空前の人間同士の殺し合い」を、隣国・中国のためを慮って「収拾に乗り出したのが大日本帝国」であった、との黄文雄教授の言葉を引用した。
 確かに、南京政府が「中国統一」を宣言した1930年代以降の内乱は史上空前の殺し合いであったことは間違いない。
1930年7月、汪兆銘が閻錫山、馮玉祥とともに、蒋介石に対抗して9月に北平国民政府を樹立、そこへ張学良の奉天軍20万が蒋介石側に参加した。彼は双方から声がかかっていたのだが、蒋介石に巨額の資金で買収されたのである。これで北平国民政府は瓦解して蒋介石が勝利する。この戦いだけでも、双方で約40万人が戦死したと伝えられている。従って、戦災による一般人の被害も相当なものであったろう。黄文雄教授の調べでは「雑役に借り出された農民の数は百三十万人に上っていた。林語堂によれば、国民党内戦の七年間、死者は三千万人を超えた」という。
既に満州軍閥・張作霖のことは書いたが、ことほど左様にこの国は、軍閥割拠して統制が取れていなかったのである。しかし、ようやく「満州国政府」と、蒋介石の国民党による「中華民国」とが二大勢力化しつつあった頃、中国共産党が密かに勢力拡大を図りつつあった。1924年の第一次国共合作で、中国共産党はソ連からの支援を受けつつ国民党内部での権力確保に狂奔していた。毛沢東の「国民党宣伝部長代理」や周恩来の「黄埔軍官学校の政治部主任」就任などがそれである。
そして1925年には1000人に満たなかった党員数が、1928年段階で30000人を超えたことも既に書いた。こうして北伐を続ける国民党軍内で、コミンテルンの指示に従った共産党員たちは、党勢拡大と拠点作りに狂奔していたのである。
その間、北伐中の国民党軍が、日本などの外国居留民に対して、略奪、殺害、権益侵害などの各種迫害を加え、特に排日運動を強化したのも、その背後には共産分子の策動があったのであり、これが支那事変に続くのである。黄文雄氏はこう書く。
「かくして都市住民にしても農民にしても、戦争や闘争の当事者になることから免れなくなった。よって支配者と民衆の間に憎悪が増幅され、民衆の蜂起・暴動も、あるいはその討伐も、それぞれ凄惨を極めることになったのである。
 蒋介石は一九三〇年末から第一次掃共戦(共産党包囲討伐作戦)を実施し、その後満州事変中の一時中断を経て、三六年の西安事件で張学良に拘禁された蒋介石が第二次国共合作を誓わされたことで、掃共は沙汰止みとなる。そして共産党は『盧溝橋の一発』を放って支那事変を引き起こし、国民党を対日戦争に仕向けることで自らの勢力の再建を図って完全に蘇生したのである」
 更に黄文雄教授は、「日本外務省と陸軍中央は直ちに事態の不拡大と現地解決という方針を固めた。すると陸軍内部では事態の不拡大方針に反対する声が上がった。このときの拡大派の主張は、ここで逆襲を怠れば反日を助長させ、かえって日中関係をこじらせる、あるいは国内世論が黙っていない、と言うものだったが、それでも一撃を加えることで中国に反日政策を反省させるという『大使位置激論』であり、決して前面戦争論ではなく、その意味ではこちらも戦争不拡大派だったといえる。
 これに対して不拡大派の主張は、出兵すれば泥沼に嵌り、その間に列強に漁夫の利を与えかねない、むしろ満州経営に専念し、最大の脅威であるソ連の侵略を防ぐべきだ、というものであった。このようにソ連の南下を何よりも懸念し、不拡大方針を採用した日本に対し、南下を目指すソ連は全く逆の戦略を立てていた。盧溝橋事件後、コミンテルンは中国共産党に対し、『局地解決を避け、日中全面戦争に導け』、『局地解決を行う要人は抹殺しろ』、『下層階級に工作し、国民政府に開戦を迫れ』、『対日ボイコットを全土に拡大しろ』、『国民政府軍の下級幹部、下士官、兵士、そして大衆を獲得して国民党を凌駕しろ』などと命じている。
 つまり長期的な日中全面対決に持って行き、日本のソ連への攻撃を不可能にし、両軍を徹底的に消耗させて共産党政権を樹立し、仮に日本が敗北したら日本革命を達成するという戦略だ。中国での共産党政権樹立はソ連の傀儡政権樹立であり、それはそのままソ連の南下、つまり東アジア大陸を手中にすることを意味する。そして日本の共産化となれば、まさに東アジア制覇の達成である」と書く。
 支那事変(日中戦争)の真因はまさにコミンテルンの罠に嵌った結果であったことが、この論法で明快に説明されていると思う。          (続く)

佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信  
 2007年本邦公開の映画の総括
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二郎:61歳 早稲田大学卒 元全共闘過激派 定年退職者
花子:35歳 慶應義塾大学卒 イエール大学にて政治学修士 

二郎:今年は映画面白いのがたくさんあったなあ!

花子:そうよねえ。なんといっても「題名のない子守唄」

二郎:そやなあ。わしもあの映画三回みたで。モリコーネのサントラ聴いてるだけで涙がぼろぼろや。あのラパポルトの演技は素晴らしい。女の執念をあそこまで体当たり、ほんま感動したわ。

花子:私はまだ結婚してないから、子供に対する執念がよくわからないけど、良かったわ。あれトルナトーレ監督でしょ!あの「ニューシネマ・パラダイス」もそうだったけど、イタリア映画のこまやかさ、繊細ですばらしいわねえ。

二郎:そうそう先週だけったいな風俗につとめるオバンの映画みた。これが孫のために恥ずかしい仕事をして金稼ぎはるんや。このオバンの女優マリアンヌ・フェイスフルの慈愛あふれる目、これこそ無償の愛のすばらしさやわ。「やわらかい手」イリーナパームって原題や。

花子:私はちょっと!恥ずかしくて映画館に入れないわ!とほほ

二郎:アメリカ映画はもう最近は娯楽のスペクタクルしかあかんなあ!そらおもろいけど。

花子:だけど「ブレイブワン」よかったじゃない!ジョディ・フォスターがいつになく真面目な演技してたわね。私の心が完全に彼女に乗り移ってしまうぐらいよ。

二郎:あの映画はだけどアイルランドの監督やで!テロの映画でクライング・ゲームだっか素晴らしいのを昔見たわ。

花子:アメリカ映画って最近心に刺さるものがない。今年はヨーロッパの映画がさえてたわね。トルナトーレを筆頭として、イギリス映画やスペイン映画それにユダヤ映画、パレスチナ映画、あのボスニア映画の「サラエボの花」も感動したわ。南ア映画の「ツォツイ」なんかも泣かせる映画だったわ。アクション娯楽はハリウッド、本物の映画はそれ以外って感じね!

二郎:スペインのアルモドバルの「ボルベール」のすばらしさ。あんな映画はあのオッサンしか世界でできるの、あらへんわ。あの強烈な色彩と女の情念が男に描ける!すごいねえあの監督は!同性愛やから女の気持ちがわかるんかな!

花子:アルモドバルさんのお弟子で女流のイサベル・コイシュの「あなたになら言える秘密のこと」も素晴らしかったわ。サラエボの悲劇の犠牲者の話でさっきの「サラエボの花」と同じように女性のずたずたにされたトラウマ。それをサラ・ポーリーが見事に演じ、優しい男をあの名優のティム・ロビンスが素晴らしい包容力で演技して涙が止まらない映画だったわ。

二郎:ドイツ映画もよかったなあ。あの「善き人のためのソナタ」人間の善意のすばらしさ、組織への忠誠を犠牲にしても、人間としての正義を謳ったあの映画、本年度最高の映画のひとつやわ。オランダのあの「氷の微笑」の監督独特のひやりとさせる雰囲気の「ブラックブック」なんかも面白かったなあ。

花子:マイナーな国の映画で「トランシルヴェニア」も女性の執念を描いて、ちょっとない持ち味の映画だったわね。土臭いジプシーの世界は未知ねえ!

二郎:そうそうデンマーク映画「ある愛の風景」わしは二回見てオンオン映画館で泣いたわ。あのコニー・ニールセンって女優わしら男にとって理想の良妻賢母とちゃいますか!あの悲劇の男を見捨てず最後まで愛でつつみこむ女の優しさを凝縮してまんがな。

花子:ユダヤの映画で「約束の旅路」ってのも泣かせるわね。岩波ホールも面白い映画をやっていて、サヨクと完全に決めつけない方がいいわね。「サラエボの花」だって岩波でしょ?

二郎:要するに今年は女の物語が圧倒的に多かったのが特色やなあ。

花子:「エディット・ピアフ」での名演技マリオン・コティヤールすばらしいわね。あんな身体ぼろぼろのピアフを見事に演じていた。あの今年最高のすかっとした映画「プロヴァンスの贈り物」にセクシーな肢体をみせつけたおなじ女優と思えないわね。

二郎:パレスチナ映画の「パラダイス・ナウ」もテロというものを考えさせられたわ。ようあれがアカデミー賞の外国映画部門にノミネートされたんやて。だってハリウッドのユダヤ至上主義の世界でやで!

花子:フランス映画のオゾン監督の「エンジェル」あの「8人の女たち」以来の出来栄えだった。それにサントラ最高!!私なんか毎日口ずさんでるのよ。階級社会の独特の雰囲気をあのランプリングさんが見事でおかしくておかしっくて。エンジェルは馬鹿にされても気がつかないのよ!

二郎:あれはイギリス映画だったっけ?「あるスキャンダルの覚書」デンチとブランシェットの女の演技が最高やったで。あれほどの女の心理を二人の大女優が演技してくれた。それにサントラの素晴しさやわ。そうそうわしも還暦超えてあのピーター・オトゥールの「ヴィーナス」みて気持ちが暗うなってもうてなああ。しかしうまいわ あの名優。あいつがあの映画を超一級映画にしてくれた。老人問題をよう描いてはる。

花子:ヘレン・ミレンの「クイーン」も演技すばらしかったわ。

二郎:日本の皇室問題を考えさせてくれたなあ!皇室ちゅうのは開かれたらアカンのや。閉じて神秘性をもたせんと皇室ではなくなるんやわあ。それを皇室もおんなじ人権やあゆうて、まさにあのダイアナの功罪はそれや。どっかの国にもダイアナにそっくりさんが居たなあ!

花子:ところで娯楽はなんといっても「ドリーム・ガールズ」でした。三回見たわ。
あのジェニファー・ハドソンの声量はすばらしかったわね。あのビヨンセを圧倒してたもの。

二郎:本当に安心してみれる娯楽大作でした。娯楽といえば僕は「キングダム」!あの銃撃音がいつも素晴らしいマン監督。それにボーン・シリーズは最高でんがな。マット・デイモンはこういう映画を体当たりでこなす一方、「グッド・シェパード」では渋い心理劇をこなす。すごい俳優やなあ。ほんなもん、日本にはおりまへんわ!中村獅童なんかやめてくれ!あのへぼ演技

花子:ラッキーナンバーも意外に筋が複雑で面白かったわ。復讐劇のどんでん返し。それに金城武の「傷だらけの男たち」よかったわ。

二郎:あいつは台湾とハーフやけど国際的に通用するわ。あの映画のトニー・レオンの男の涙もう泣けるアクションやった。あの香港ノワールのタッチわし大好きなんやあ。

花子:それにしても日本映画は不作だわね。

二郎:わしはほとんど見いひんのやあ。なんやあの変なおなごの監督の「殯(もがり)の森」いったいカンヌの審査員どんな目をしてはるんや!あんなん素人映画やんかあ!

花子:「椿三十郎」もリメイクやったら「オールザキングズメン」みたいに工夫すれば良いのにまるで黒澤さんの焼き直しで、これだったら作らないほうが良かったわ。

二郎:日本の芸術が停滞しているのがこの映画みて良くわかるなあ!

花子:「バベル」なんかで日本人活躍してたわね。

二郎:ゲロがでそうやあの菊池凛子の汚らしい裸体。最後の夜景をバックの姿に日本の退廃と恥辱を象徴してまんがな。あかんわあ!

花子:そんな!かわいそうなこといわないでよ。アカデミー賞助演候補だったんだから。

二郎:あの映画も前評判とは違いくだらないメキシコの逸話 やめてほしいな あのイライラくだらない事件。坂本の音楽はよかったなあ。

花子:今年は二郎さんの好きなスカーレット・ヨハンセンはどうだった?

二郎:ほんまあいつはどの映画でもおんなじ顔をしてるんや。大根なんかなあ?全部見たで。手品師の「プレステージ」も映画として面白かったね。それにあのユダヤのインチキ野郎の監督だれやったか?そうそうウディ・アレンの「タロットカード殺人事件」にも、でとったわ。映画がくだらんからまるでアカンのやけどかわゆいねえ。

花子:今年も二人のケイトさん頑張ってたね!

二郎:ブランシェットとウインスレットやろ。最高でっせ。ウインスレットの「オールザキングズメン」と「リトル・チルドレン」すばらしい演技やった。同じケイトでも二人はKATEとCATEと綴りちゃうんやで!知ってるか?

花子:来年も楽しみね。では良いお年を!

二郎:バイバイ

奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社 
平河総合戦略研究所代表理事
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3.西山弘道 
 「福田“リベラル”政権の行方」
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 薬害肝炎患者の一律救済、沖縄戦集団自決の教科書記述変更、そして極め付きは27日からの訪中、と年末の土壇場に来て福田政権の本質を覗かせる事象が相次いでいる。その本質とは、官僚依存の状況対応、大衆迎合、そして親中リベラルの政権体質である。

 肝炎患者の一律救済を議員立法で措置するという決定は、確かに福田首相の“英断”といっていいだろう。しかし、いかにも遅かった。原告患者が即座に拒否した政府の和解案から3日もたって決断した背景には、前例主義を建前とする厚生労働官僚の抵抗と、何よりも周囲に有力政治家の側近が不在で、官僚ばかりに頼らざるを得ない福田政権の本質があった。ましてほぼ同時に発表された内閣支持率が10%以上も急落したことで、さすがに政権周辺に危機感が湧いてきた。いかにもトゥーレイト、大衆迎合だが、目前の支持率急落にはなりふりも構っていられなかった。

 沖縄戦集団自決の軍の強制記述を復活したことは、リベラルの福田政権ならではのことだ。しかし、安部前政権で強制を削除しながら、政権が変わると復活するというのは、政治に左右されないという教科書検定のあり方から考えておかしなことだ。

 ことほど左様に無原則、状況対応オンリーの福田政治が続いている。このままだと、年が明けても、支持率の低下傾向は続き、ひょっとしたら政府予算が成立したら、ピッチャー交代、洞爺湖サミットは別の人物でということになるかもしれない。その後に控える総選挙で、福田という顔ではどうしても勝てない、という自民党の声が高まることが予想されるからだ。

 一方、総裁選で敗れながら、197票も獲得して存在感を残した麻生太郎氏は今、着々と次の勝負に向けての歩を固めている。講演依頼が来年の4月ごろまで殺到し、全国を駆け巡っている。何しろ彼の根アカなところがいい。世の中をパッと明るくする性格を持っているということは、宰相の好条件だ。選挙が近くなり、派閥がまた復活し、各派が勢力を拡大する中で、麻生派も2人増えて18人となった。まだミニ派閥とはいえ、拡大の条件は整っている。安倍前首相が年末にかけ、自らの電撃辞任の経緯を各所で語っているが、いずれの中でも、麻生クーデター説を否定し、大いに感謝の意をこめて、麻生氏を持ち上げている。一説には、安倍氏は清和会を脱会して、麻生氏の後見人として麻生派に加わる気持ちも持っているという。

 中川昭一元政調会長が仕掛けた「真の保守政策研究会」も60人ほどの議員が加わった。安倍氏の退陣で、潰えた真正保守の灯を絶やすなという危機感から生まれた超党派の勉強会であるが、明らかにアンチ福田リベラル政治の意味もある。無所属の平沼赳夫氏も最高顧問として名を連ねているというから、逼塞しかけた保守勢力の再結集の意味もあり、今後の活動に注目すべきだ。

 もう一つ、目が離せないのはその平沼氏の動きだ。次期選挙の前にも、新党を結成する用意があるという。民主党の中にも“平沼新党”に加わると予想される議員が数人おり、政局の“第3極”として、麻生氏の動向とともに大いに注目される。

 ともかく来年、政局の目になりそうなのは3人の政治家、麻生氏と平沼氏、そしてもう一人は谷垣政調会長だろう。来春に古賀派と谷垣派が合体して“中宏池会”(61名)となり、町村派、津島派に続いて自民党内第3の派閥となる。古賀氏は“院政”をしいて、谷垣氏を総裁候補として前面に出すだろう。麻生、谷垣の“AT対決”が来年の政局の目となるかもしれない。
 
西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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4.松永太郎 
 今月の雑誌から
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 今週は、あまり本が読めなかったので、印象に残った論争を取り上げてみたい。小林よしのり(敬称略)は、学者(北海道大学準教授)の中島岳から、パール判事の判決の引用の仕方がいいかげんだといわれ、反撃した。この反撃は「サピオ」で続いている。中島のほうが、それに対して、どう反論したかは、少なくとも雑誌媒体ではまだ出ていない(今日の広告を読むと、月刊「現代」2月号に「小林よしのりにガチンコ討論を申し込む」という中島の記事がのっているようである)。
 一方、評論家の西部邁が、「正論」にいわば仲裁のような記事を書き、これに対して小林よしのりが、同じく「正論」で反論している。久々の「論争」である。
 この論争は、論争自体というよりも日本の知識人と呼ばれている人々の世界、あるいは言論界とか学界と呼ばれている世界の風景を映し出していて、おもしろい。
 中島はパール判事に関する本を出したが、中島が自称「保守派」なので、右から左まで多くの雑誌で取り上げられ、非常に好評だったのを記憶している。この人は「中村屋のボース」という本で、いわば有名になったのである。この本は読んだが、ぜんぜん面白くなかった。本当に保守派なのかと思ったほどである。日本では、ほかの国ももちろんそうだと思うが、大学の先生というと非常にありがたがる。そして、現代インド語を駆使した学者が今までいなかった(!)というので、この中島という人が登場した、というわけだろう。それ自体は結構なことだが、問題は、小林よしのりが赤裸々に証明したように、この中島のパール判事に関する本は、資料の引用の仕方、使い方、読み方がまったくでたらめであった、ということである。すなわち中島はパール判事が、平和憲法の護持を主張しているという途方もない結論を、資料の中途半端な読みかじりから、出してきているのである(他の新聞記者の書いたものを原資料としている)。そして、そのことから、中島は、憲法の改正を主張する日本の保守派がパール判事を引用するのは、おかしいと主張したのだった。
 これに対して、小林よしのりは、パール判事はそんなことはぜんぜん主張していないと反論した。それはパール判事の書いたものからの証明であり、それも的確なものであった。したがって、要するに中島の本はでたらめであった、ということである。普通なら論争はここで終わりである。
 たとえば大江健三郎が日本の軍人に関して勝手なことを書いた。そして、そのことが裁判で問題になると、いろんな詭弁を弄したが、浮かび上がったことは、大江がぜんぜん取材も自分でしていないこと、大江が種本とした本の記者も現地の人を取材していないこと、すべてがでたらめのでっち上げであった(まだ存命の人さえ死んだことになったりしている)、ということである。このことは、すでに曽野綾子が「ある神話の背景」で詳細に明らかにしたことであるが、それで大江は自分の本の内容に関して責任を取ったかといえば、とらないし、相変わらず「朝日」にわけのわからない文章を書き綴っている。
 このように、日本の言論界、学界などでは、いったん、書き手が「有名」になると、その後、どんなでたらめを書こうが、人の名誉を傷つけようが、まったくお構いなし、ということが起こる。すなわち、そこでの「権威」は、それがノーベル賞作家のものだろうと、大学教授だろうと同じである。絶対に責任を認めようとしない点では、近頃の役人と同じである。どっちが重大な問題だろうか、いい加減な内容の本を大量に出版することと、日付を伸ばしたお菓子を販売することと。

松永太郎;
東京都出身 
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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◎ビジネス情報月刊誌「エルネオス」
 1月号巻頭言 原田武夫の「賢者に備えあり」「大転換する今を読み解く『視座』」
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 ナベツネ氏が仕掛けたといわれる大連立騒動を筆頭に、昨年は十分、「疑念」と「欺瞞」に満ちた年であった。今年は、もっとそれらに満ち満ちた年となる。政財官学を問わず、驚天動地の新年となることであろう。
 だからこそ、次々に起きる出来事と、それを報じるさまざまな媒体を読み解く能力(情報リテラシー)が必要となる。その意味で、今年は日本における「情報リテラシー元年」となることだろう。
 もっとも、このように言うと、いぶかしく思われる向きもいることだろう。「情報」あるいは「インテリジェンス」については、ここ数年、続々と「専門家」たちが現れ、多くの書籍も出版されてきた。「もはや、インテリジェンスが必要なのは自明ではないか」——。そう思われるかもしれない。
 しかし、ちょっと待っていただきたい。饒舌な自称「インテリジェンスのプロ」たちが全く語らないことが一つあるのだ。
 それは無数の情報を読み解く行為、すなわち、インテリジェンスには個々の情報を読み解くための「視座」が必要だということである。「新聞を毎日、自分で切り抜く」といった方法論を語る前に学ぶべきなのは、この視座なのだ。
 ここでいう視座は、単なる思い込みであってはならない。また、感情論であってもならない。そうではなく、世界の今を鏡で映した時に見えてくる「構造」そのものをクールに切り取った、思考のスキームでなければならないのである。
 それでは、ここでいう「現代世界の構造」とはいったい何なのか。抽象論はここまでにして、今年を生き抜くために日本人が必要としている「視座」のポイントをまとめてみると、次のとおりだろう。
●世界を覆っているのは、「モノ」に対する「カネ」の優位という意味での金融資本主義。それ以上でも、それ以下でもない。
●その金融資本主義の中心にこれまで居座っていたのが米国である。米国は第二次大戦後、自らが赤字国となるようなシステムをつくった。その赤字を埋めるために、世界中からマネーを集めてまわる宿命を負っている。
●現在のこうした潮流を「新自由主義」と呼ぶのは間違っている。なぜなら、左右のイデオロギー対立はもはやなく、「自由主義」vs.「共産主義」の視座は時代遅れだからだ。
●米国流の金融資本主義が「構造改革」の名の下に、日本など各国における近代国家としての「古層」にまで手をつけ始めたので、欧州の逆鱗に触れている。なぜなら、この古層をつくり、資本主義をとりわけ東アジアで広めたのは欧州だからである。
●したがって、現在、日本で起きているすべての「不思議な物事」の根源は、欧米対立に求められる。日本のみならず、北朝鮮、中国など東アジアのすべての国が、この対立の中で欧州寄りに逆回転しつつある。
 これまで米国、とりわけ共和党勢に一辺倒であった日本のリーダーたちは、今年、ますます困難な状況に陥ることだろう。すでに外務省でも、米国の民主党勢による「共和党協力者狩り」を恐れ、民主党へ懸命にすり寄ろうとする高官たちが多数出始めていると聞く。しかし、このような大転換の時期に、こうした身勝手な保身で済むはずもない。むしろ重要なのは、歴史上の「潮目」の中で、これまで停滞していた日本社会が大回転を始めつつあることを意識して行動することではなかろうか。「日米同盟神聖論者」には申し訳ないが、このピンチをチャンスとして捉え、世代交代を一気に進める勇気が、今、日本人には求められている。
((株)原田武夫国際戦略情報研究所・代表)
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◎阿嶋彩子の料理つれづれに(17)<新年祝いの膳>
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元旦は年初めという程度の受け止め方で、初詣に出かけ、又家族や友人と楽しく過ごすような事になっている。しかし本来の日本の元旦の迎え方は山に帰っている田の神様を迎えて新しい年の豊作を願う神祭りである。神様をお迎えする為に玄関に門松を立てる習慣は室町時代から行われているらしい。綺麗に掃除をして、心身ともに清らかになって、神様を迎え、御屠蘇を頂く。この屠蘇は元旦に呑み、去年の邪気を払って新しい年の健康を願う薬酒である。大中小の盃を飲む順番は若い順や家長からの順などまちまちであるが、いずれにしても年の初めに薬酒を皆で回しながら飲むという家族の連帯感が農耕民族らしい家族の在り方で、良い事だと思う。

鏡餅は神様に供えるもので三種の神器の一つである昔の鏡の丸型だとされている。武家では床の間に甲冑を飾りその前に鏡餅を供え、このころから、今日のように、譲り葉、昆布や干し柿、海老などを家の習慣に従って飾るようになった。神事であるので、鏡開き(1月11日)の折に餅は包丁では切らずに、木槌で砕いて、お汁粉にしたりして、頂く。現代の私達が考えているお正月のあり方は、随分変化し、心構えが簡略化されているのだと、改めて考えさせられる。

お重箱は室町時代からで、一般的につかわれだしたのは、江戸時代からだという。私は五段重を使うがこの頃は若い世代の食の好みも変わり、典型的な御節(おせち)料理は好まれなくなっている。十年位前の御節の本と今日の本をくらべると基本は変わらないが、入っているものの材料が豪華になっている。雑誌の写真やデパートなどでの注文の為の御節サンプルや写真が豪華になり、視覚から御節の流行に染まっているのかもしれない。お重のつめ方のセンスも変わり、昔は彩り良く、こんもりとつめたが、今は仕切りなどを使って、綺麗にならべる。やはりお重の使い方も西洋風になり、御節自体もパーテイー風になってしまったのだろう。

しかし、私は個人的には昔の習慣に沿った御節を五段重で頂くのが一番お正月の気分になる。三種の祝いの肴において関西と関東は異なり、関西はたたき牛蒡、数の子、黒豆で、関東は田作り、数の子、黒豆である。本来は新しい年を迎える為の膳として、大晦日に食したらしく、今でも北海道の一部の地方では行われているらしい。御節料理はお重に入っている料理のみを指し、めでたさを重ねるという。
このような訳からお雑煮もお変わりをするのが良いとされていた。お雑煮は特にその土地により特徴を有しており、米の採れない山間部などでは芋雑煮や豆、豆腐等である。又ダシもその地方の産物の海産物などを使っているものが多い。

神事からは外れるが、年越し蕎麦は江戸時代の「晦日蕎麦」に由来する。細く長く達者で暮せるようにとの願いを込めて頂くが、これも地方によっては香川県の「讃岐うどん」となったりする。又お正月で美食疲れをした胃袋の為に「七草粥」を7日の日の朝ごはんに頂く習慣がある。
胃袋を休め、不足している野菜を補うという目的だが、「七草粥」というよび方が優雅で美しい。五段重の入れ方も第四の重は与の重とよんで四を死という響から避けている。そして五の重は控えの重と言って本来は何も入れないで、これからの日々に何かが入るようにとの願いを込めて 空けておくのである。

簡単ではあるが、お正月迎えの膳の事などを書きならべてみると、人々は自分達の土地の特産物を使い、勢一杯の心構えの下で神に豊作と平安を願っている姿が偲ばれる。新年を迎えるにあたり、私達現代日本人も分相応な事を精一杯して、年神様に昨年の感謝と新しい年の平安を願いたいと改めて思うのである。私の知る所では海外ではクリスマスは家庭で、キリストの誕生の時の馬やで家族揃った暖かさを真似て過ごし、年越しは賑やかに騒いで楽しく過ごす。このような習慣をみて、日本人も自国の習慣を大切に考え、元旦の本来の意義を考え直したいものである。このような考えに立ったら、出来上がった豪華なお重を買うのではなく、もっと心の篭もった落ち着きのある祝いの膳を囲む事になり、生活観も変わってくるのではないだろうか。
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◎書評 池内ひろ美著「良妻賢母」PHP 定価 700円 奥山篤信
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夫婦・家族問題のコンサルタントとしていまや確固たる地位を築いている池内氏の最新作である。

前にhttp://www.melma.com/backnumber_133212_3589771/にて「男の復権-女は男を尊敬したい-」の書評を書いたので、そこに池内氏の人となりがあるので重複をさける。

この新しい著作において、池内氏は現代の社会においての「良妻賢母」のあり方についてきめ細やかに描いている。保守原理派の良妻賢母は得てして空論や絵空事に終わっているのが現状である。時代の進化は止めることなどできるわけがない。池内氏の現実性は日々悩み多き家庭の問題の相談を行うなかで実際の生き生きした事例の積み重ねのもとに、どうあるべきかとの議論であり、ドグマやイデオロギーと異なるしなやかさが、納得できる点である。

男をはつらつとさせ仕事に生きがいを見出させる原点は家庭であり、その「要(かなめ)」となるのは妻である。

池内氏の愛に満ちたわが子へのまなざし、震災後、細うでにわが子を連れて、東京での自立、そして今のご主人との巡り合い。愛に満ちた池内氏ならではの良妻賢母論である。

誰が読んでも違和感はないはずである。まことに地に足がついた議論であり、現代版の良き家庭づくりのため、この書には盛り沢山のヒントが含まれているのである。

妻は厳しく優しく、そして社会で汗水たらして働く夫をいかに活性化するか、それはひとえに妻の家庭での采配によるものである。

サヨクはこのような妻の役割を、男女差別ととらえ「主婦」という言葉を蛇蝎のように嫌っている。とんでもない話である。まさに「主婦」こそ池内氏が語る良妻賢母の役割を如実に表現している言葉であり、妻は主婦たるを誇りとせねばならない。
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◎本年映画総括 私の評点  奥山篤信
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カテゴリー 1 印象に残る映画16選

1 題名のない子守唄
2 善き人のためのソナタ
3 あるスキャンダルの覚書
4 ボルベール
5 オール・ザ・キングズメン
6 パラダイスナウ
7 ある愛の風景
8 ブレイブワン
9 華麗なる恋の舞台で
10 約束の旅路
11 ツオツイ
12 パリ・ジュテーム
13 やわらかい手
14 傷だらけの男たち
15 サラエボの花
16 あなたなら言える秘密のこと

カテゴリー2 娯楽大作7選

1 ドリームガール
2 キングダム
3 プロヴァンスの贈りもの
4 ラッキーナンバー7
5 ボーン・アルティメイタム
6 ブラック・ダイヤモンド
7 プレステージ

カテゴリー3 駄作 5選

1 殯(もがり)の森
2 幸せのレシピ
3 タロットカード殺人事件
4 オーシャンズ13
5 バベル

カテゴリー4 印象的な男優 5人

1 マット・デイモン グッド・シェパード ボーン・アルティメイタム
2 ショーン・ペン オールザキングズメン
3 ウルリッヒ・ミューエ 善き人のためのソナタ
4 ピーター・オトゥール  ヴィーナス
5 トニー・レオン 傷だらけの男たち
6 フレデリック・ヴァン・デン・ドリエッシュ はじらい

カテゴリー5 印象的な女優 8人

1 マリアンヌ・フェイスフル やわらかい手
2 クセニア・ラパポルト 題名のない子守唄
3 マリオン・コティヤール エディット・ピアフ プロヴァンスの贈りもの
4 ジョディ・フォスター ブレイブワン
5 コニー・ニールセン ある愛の風景
6 ヘレン・ミレン クイーン
7 ケイト・ブランシェット さらば、ベルリン あるスキャンダルの覚書
8 ケイト・ウインスレット リトル・チルドレン オール・ザ・キングズメン

カテゴリー5 サウンドトラック効果 5選

1 エンジェル
2 題名のない子守唄
3 あるスキャンダルの覚書
4 オール・ザ・キングズメン
5 バベル
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◎奥山篤信の映画評論 
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1.アメリカ映画(再会の街で 原題: REIGN OVER ME )☆☆☆
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典型的なアメリカの善意の映画である。
911で全家族を失いその後居場所がわからなかった元歯科医 チャーリー(アダム・サンドラー)を大学時代でル−ムメイトであった ニューヨークの歯科医アラン(ドン・チードル)は偶然見かけその後声をかけるがチャーリーは記憶喪失を装っているのか反応はない。
チャーリーは生ける屍、一切愛する家族を思い出すまいと、ウオークマンで耳日曜、家ではテレビゲームに耽溺し台所のリフォームだけを繰り返す自暴自棄な毎日を送っていたのである。
アランは人も羨む繁盛の歯科医であり、ニューヨークの一等地のアパートに美しい妻と家族で住んでいる、いわば黒人の成功者である。
このアランが善意の塊で、家をないがしろにしてまで、かっての友人のリハビリに精神誠意尽くすアメリカお得意の涙の友情の物語である。
二人の友人の演技も優れているが、久々に大型女優リヴ・タイラーが精神科医、ドナルド・サザーランドが裁判官で渋い演技で光る。
アメリカ社会は、最近日本までそうだが、セラピストやら精神分析医が幅を利かし、何かとトラウマなどといろんな病名をつけて「過保護」の傾向があるのではないか。ここまで情けないほど、もぬけの殻のような人間が主人公になるのが、「甘えるな」と見ていて腹立たしくなるのである。
亡くなった妻との最後の会話が台所のリフォームを巡って、朝からうるさいと怒鳴り付けたというトラウマが、このチャーリーをしてシジフォスの神話の石運びのごとく、台所をリフォームしてはまた取り壊しリフォームするという。
暴力は振るうは、拳銃沙汰を起こすは、精神病院行きが当たり前の精神薄弱なのに善意で救おうとする。アメリカ社会の911に対する腫物のようなトラウマをこの映画が象徴しているのではないだろうか。
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2.フランス映画 「はじらい原題: LES ANGES EXTERMINATEURS 」−フランス美学の極致 ☆☆☆
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フランスの鬼才監督、ジャン=クロード・ブリソーは、2002年に公開された映画『ひめごと』のキャスティング・オーディションで、2人の女優にセクハラをしたとして有罪となり、1年の執行猶予付き禁固刑が言い渡された。
この映画は自己の行為を正当化しつつ自戒する意味での監督の深層心理が表れていて面白い。映画の筋書きは、自分自身を投影する映画監督フランソワ(これを演じるフレデリック・ヴァン・デン・ドリエッシュは素晴らしく渋い俳優で注目すべきである。)が新作作品を作るために、女優のオーディションを行うストーリーである。「真の性の喜びに開眼するさま」を捉えるために次から次と候補者とインタヴューし実演させるのである。
この世のものとは思えないほど美しいフランス女の裸体の乱舞、それを実に見事な映写技術とサントラの効果で昇華し、猥褻さなど一切感じさせない芸術的絵画的描写には、この映画監督が並々ならぬ能力であることが分かる。
数々の女性の性体験を聴取するオーディションを通じて、フランソワは、自分の夫婦関係の変化、神の怒り、そして血なまぐさい暴力沙汰などのバックファイアーを浴び映画は急展開していく。魔女二人( LES ANGES EXTERMINATEURS )が黒子役で場面支配していくアイデアが卓越している。
許されざる禁断の女性の性愛の恍惚の瞬間を求めるフランソワに神は鉄鎚を下すのである。
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次回の配信は1月5日(土)を予定しております。どうぞお楽しみに!
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創刊日:2005-02-04  
最終発行日:  
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