日本再生のための政治・経済・文化などの発展・再構築を目的とし、メールマガジンの配信を行う

RSS


メルマガの登録・解除

登録した方には、メルマ!からオフィシャルメルマガ(無料)をお届けします。



甦れ美しい日本 第115号

発行日:4/21

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2007年4月21日 NO.115号)

  ☆☆甦れ美しい日本☆☆

☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 < 目次 >

◎ゲスト執筆者

1. 塚本三郎   誰が日中間の氷を作ったか  


◎転載

 西村真悟  成り金華僑の番頭の京劇

(注)今回の温家宝日本訪問については中川昭一政調会長の言う通りまことに國際儀礼に反したまるで朝貢国に対する傲慢な態度がその微笑外交に隠されていた。小泉首相が曲がりなりにも靖国神社を参拝し続けた。歴代媚中首相とは異なり、頑として中国の内政干渉たる靖国参拝非難や日本財界の媚中路線を跳ね除け、屈辱的対中外交から脱皮したと思いきや、新首相はそれを反故とし、就任早々中国に飛び(中国首脳が日本を訪れるのが外交儀礼であるはずを、のこのこ日本から出かけて行った。)今度は序列第三位の温家宝を手放しで歓迎し、空しい悪しき「日中友好乾杯」で受け入れた。
「戦略的互恵関係」といいながら、今回日本が得たものは何も無い。それどころか歴史認識をはじめ経済界からの金銭援助技術援助など日本が折れるだけであり、東シナ海ガス田や特許権海賊版取締り、中国の世界環境への公害垂れ流しなどに対して、何も主張しない日本にとってなんら成果もない屈辱外交であった。
これはまさに小泉首相以前の、日本人の自虐史観に基く「物事を荒立てず丸くその場を凌ぐことが外交である。」とのチャイナロビードクトリン外交への逆戻りと言える。温家宝のご満悦の顔だけが脳裏に焼きついた。
ここに西村真悟代議士の諒解を得て14日付け時事通信を転載する。

◎レギュラー執筆者 
         
1.佐藤 守     大東亜戦争の真実を求めて110
2.奥山篤信  松岡洋右のジュネーヴ (5)十字架上の日本-1 
3.藤岡知夫    日本社会の大弱点について考える
4.西山弘道    支持率回復の安倍政権

◎映画評 南ア映画「ツォツィ原題TSOTSI」☆☆☆☆☆ 奥山篤信

◎映画評 イギリス映画「こわれゆく世界の中で 原題BREAKING AND ENTERING」☆☆☆ 奥山篤信
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
──────────────────────────・・・・・☆
◎ゲスト執筆者
---------------------------------------------------------
1.塚本 三郎
 誰が日中間の氷を作ったか
-------------------------------------------------------
中国の温家宝首相は四月十二日、日本の国会で次の如き演説を行なった。まず第一に、同首相は、「訪日が中日間の氷を溶かす旅になるよう期待する」と。しかし、一体誰が日中間を氷漬けにしたのか。日本から一度でも冷たい行動を中国へ発信したことがあったのか。
 八〇年四月、訪中した当時の中曽根幹事長に対して、中国の伍修権副参謀総長は、三木内閣の定めたGNP1%以下の日本の軍事費を、2%に倍増してもよいのではないかと告げていた。当時の中国はソ連の脅威にさらされていたから。
 それが八五年には、それまで問題にしなかった、日本の首相の靖国神社参拝を、突然非難しはじめた。その後、日本の防衛力の整備で、新鋭機SFXや、イージス艦の建造を、日本は軍拡の道を歩んでいると次々と非難した。その後もGNP1%以下であったのに。
 九二年には、日本固有の領土の尖閣諸島を中国領土と中国は勝手に定めた。これは、日中友好条約締結の当時、!)小平氏が、この問題は時が解決するから、お互いに時を待つことにしようと提案した。日本はその時、歴史的に日本領土だと強く主張したけれど、相手を紳士とみて同調した。その約束を勝手に破る国、それが共産主義の中国である。
 九五年には、核実験を次々と実施して、その威力を世界に誇示している。
 日中友好条約以来、九〇〜九五年にかけて竹下内閣により、約七兆円のODAを受け、北京空港をはじめ、中国全土のインフラの整備を受けて来た。日本の軍拡を非難しながら、日本からの投資や技術援助の為には、片方で友好を叫ぶ破廉恥ぶりである。
それなのに江沢民主席は、徹底した反日教育を始めて、次々と反日の舘を建設し、その上、日本の国連常任理事国入りに対し、日本の領事館に対してまで反対の暴動を起させた。
それでも日中間に氷を作ったのは日本だと言いたいのか。

日支事変は共産主義の陰謀

 続いて中日戦争は、日本の軍国主義者が悪いのであって、日本国民も中国人民と同じく犠牲者であると、演説した。日本の軍部を非難することで、日本国家を悪者と印象づけ、その上、日本国民には迎合して、日本から更なる協力を求めんとする厚顔振りである。
 日支事変は、日本の関東軍と蒋介石の国民党軍の双方を挑発し、戦争の継続を余儀なくせしめた、中共の毛沢東軍の謀略と挑発だったことが今日明瞭となっている。 
日本政府も関東軍も、幾度となく日支事変の休戦を提唱し約束したが、約束を反故にされた。日支事変の原因は、中国共産党であったのだが、当時の日本は、蒋介石国民党軍と信じていた。
 廣田弘毅首相も、近衛文麿首相も、前面に立って、和解の約束を行ない、最後には近衛首相自身が、南京へ赴き和平を断行するとまで言い出した。しかし、すべて徒労に終った。
 蒋介石国民党政権の中に入り込んだ、毛沢東共産軍の一部が、日本との約束を実行せしめない為、次々と日本軍及び蒋介石軍の双方へ発砲して、日本軍と蒋介石国民党軍との死闘を繰り返させた。共産主義の謀略の恐ろしさを、今日に至って思い知らされる。
 加害者である毛沢東軍が、中国人民を犠牲者としただけではなく、日本軍もまた、だまされたと言うべきではないか。
 昭和二十年八月、日本軍はポツダム宣言の受諾によって、一切の軍事行動を停止した。その前後にソ連軍が満州国に侵略し、日本軍及び日本人に対して暴行略奪を行ない、六十万と言われる日本軍人を、ソ連に拉致し、強制労働を行ない約六万人を死なせた。残虐な火事場泥棒そのものであった。
 満州国の日本人住民は命からがら帰国した。その時、親達は、幼い子達の途中での死の危険を察知し、近所の親切な満州の人達に預けた。それが残留孤児である。その子達を手厚く育ててくれたことに、日本人は深く感謝している。そのことについて温首相は言う、俺達中国人が助けてあげたのだよと、恩着せがましく演説を続けた。
 しかし、原因を正せば、戦争の相手ではなかったソ連軍が、中立条約を破って満州国に侵略して、日本の財産を略奪し、特に日本軍の武器を取り上げて中共軍に渡し、その武器が蒋介石の国民党軍との内戦に勝利した大きな原因であった。
 ソ連共産主義の満州国への侵略がなければ、今日の中国共産党政権が在り得たかどうか。
 中国残留孤児が発生させられたのは、その時点である。悲劇は一体誰の仕業か?ソ連軍と中共軍ではないか。自分達の仲間の残虐な略奪によって、日本人をひどい目にあわせた、その孤児を俺達が助けてやったと、恥も外聞もなく、日本の国会で演説することに、人間としての破廉恥とあわれみを感ずる。その演説に拍手を送り続けた日本の国会議員は、礼儀が正しいのか、無知のなせる結果なのか。 
日本人の孤児達を親切な満州人が育ててくれたことは深く感謝する。しかし、救ってくれたのは、ソ連軍でも中共軍でもない。

この無法者を許して良いか

その上、温首相は、台湾は我国の領土であり、一切、手を出させないとも日本国会で力説した。一体いつ、中国が台湾を領有したことがあるのか。日本が、敗戦によって統治権を手放したからといって、中国が統治した歴史は一度もない。蒋介石政権の大部隊が、末期に中共軍に追われて台湾に逃げ込み、その上暴虐の歴史を残したにすぎない。
 それを、昔から俺達の領土だと叫ぶのは、台湾の人達にとっては極めて迷惑であり、盗人猛々しい。万一、台湾が自分達の手塩にかけた領土だと信じているのであれば、その台湾と交流し、台湾の発展に協力している日本に感謝すべきである。やがて台湾の人達が、中国本土に合流することを望むならば、日本としても、何ら妨害する意思も必要もない。
台湾は、中国本土と比べて、天然資源は豊かではないにしても、国内は平和で、民主的で、自由で、更に豊かになっている。それを、武力による威嚇で領有しようとする魂胆が余りにも露骨である。
 今回の温首相の演説は、言葉に出してはいないが、靖国神社参拝、尖閣諸島の領有を、言外で遠まわしに、必要な武力は「いつでも抜くぞ」、と言わぬばかりである。
即ち人民解放軍の充実は、十八年連続で二桁の増強と、世界中で突出している。
 最近の中国の軍事力の増強の目標は、領海の主権、即ち尖閣諸島を含む東シナ海、南沙諸島に至る、大海洋国家を目指しているようである。目の前に大手を拡げて立ち塞がる日本が、最大の邪魔であり、やがて、日本に異を唱えさせない為に、武力で脅しているつもりであろう。その証拠に、潜水艦のみならず空母まで、ロシアから購入している。
 これ程に、言いたいだけのことを遠まわしに、しかも、恩着せがましく述べる「曲者の温首相」に拍手を送る日本の政治に、危うさと哀しみを禁じ得ない。
 恐るべき黄砂、その影響による、曇天の赤い夕陽は中国北部を覆い、更に舞い上がる頻度は増えるのみならず、公害による悪性の病原菌まで含んでいると言う。そして朝鮮半島を経て、日本の空をも侵しつつある。その上、無秩序にして奔放な開発優先の日々である。
 黄河は涸れ、水不足の心配、そして電力の不足、その上、莫食と呼ぶのは食糧のみではない。石油、石炭から、木材等あらゆる原材料を周辺国から買い漁るのみならず、南米からアフリカに至るまで、世界中を荒らし回っている。人件費が安いからと、世界中から招いた投資資金や工賃で得たドルを使い、国際価格を無視して原材料から油田まで買い漁る。 
また途上国の内乱に乗じ、「武器輸出」によって得た金を当て込んで、資源を求めている。
人道のルールも、まして協約も、目的の為には手段を選ばず、中国は全世界から顰蹙を買っている。まして、コピー商品を取締まる約束は抜け穴だらけで、WTOの勧告を笑い捨てて恥じない。

人事を尽くして天命を待つ

 温家宝の今回の訪日は、中国政権の、平和を装う姿勢を日本人に示そうとした微笑の態度である。しかし、その裏にかくされた、天をも、人をも恐れない、不敵で、嘘と狡知で固めた発言には、黙ってはおれない。
 中国共産党を軸にして、北朝鮮、ロシア、更に韓国までもが、反日の包囲を固めている。その姿を背景にした温首相の心中を、露骨に見せ付けられた思いである。
彼等が造りあげた、嘘の歴史認識の根源は、東京裁判でデッチ上げられたものであることは、既に識者がしばしば論じている。そして、当の責任者である占領軍のマッカーサー総司令官も、あれは誤りであったと、米国上院の軍事外交委員会で証言している。残念なことは、日本の国内で、未だその誤りを訂正しないマスコミが余りにも多いことである。
中国の、天をも人をも恐れない所業は、やがて自らの身に降りかかって来るに違いない。北京オリンピックを目指して、表面だけを繕う中国政権が、数々の矛盾を増大させ、世界を、否、自国民をも敵として省みない権力亡者、拝金亡者の支配が、永続するはずはない。自壊作用は、時と共に迫って来るであろう。
 中国人民とて大多数は、正も邪も心得て、良く働き、良く学ぶ善良な大衆である。それを無視し、悪用している現政権の前途は、やがて人民の暴発を招かざるを得ないと憂う。
 中国の危機は、直ちに日本へ降りかかる。日本企業の相当部分が中国に投資している。中国の内政の破綻は、人民の不満の捌け口を、外に向けるのが独裁者の常套手段である。
 とすれば、その捌け口は、第一に我々日本に向けられると覚悟すべきである。
 中国は、日本に対して「微笑外交」と「恫喝外交」を交互に繰り返し、経済と技術援助を引き出し、自国の近代化を進めながら、日本の防衛力の近代化に脅迫を重ねて来た。
日本外交が、憲法を口実として逃避を重ねる限り、中国の隷属国とならざるを得ない。
 日本人は、今こそ、人事を尽くして天命をまつ、備え在れば憂いなし、を思い出そう。
 今日の日本は、日露戦争前夜の状況と似ていると評されている。因果は巡る。世界一の軍事大国ロシアと戦って勝利を得た日露戦争以来百余年。その歴史は日本人のみならず、全世界の有色人種にとっても大きな希望を与えた大勝利であった。
 この勝利の前には、明治政府の必死の国防体勢充実と、日英同盟による強固な支援、及び米国の好意的協力、そしてロシア後方撹乱の大戦略等々の陰の努力があった。
 果して今日の日本政府は、その防衛態勢在りや。また開戦前に、金子堅太郎をアメリカに派遣し、高橋是清をロンドンへ、そして明石元二郎等を北欧に潜行せしめた情報戦を考えたことがあるのか。                    平成十九年四月下旬

塚本三郎;                
愛知県名古屋市に生まれる 
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学 
終戦とともに労働組合運動に従事 
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学 
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業 
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回) 
昭和 35年 民社党結党に参加 
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む) 
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任 
平成 元年 民社党常任顧問に就任 
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 
◎転載
---------------------------------------------------------
 西村真悟  成り金華僑の番頭の京劇
---------------------------------------------------------
 No.280 平成19年 4月14日(土)
 昨夜(13日)新大阪駅に着いて、南下していると、大阪市内に向かう車線は大渋滞だった。環状線で検問のために一車線が閉鎖してあったからであろう。その渋滞を見た私の車内での自然な発言はこうなった。
「あの華僑の番頭、まだおったのか、京劇の役者みたいな演説してたなーぁ」

 一昨日、この温家宝の衆議院本会議での演説を儀礼の一環として感情を抜いて概略速報したが、彼が、天皇陛下を北京オリンピックに招待したい旨、こともあろうに直接天皇陛下に申し出たと聞いてから、彼の、「氷を融かす旅」を持ち上げる朝野の雰囲気が腹にすえかね黙しがたくなったので、以下述べておきたい。

 第一に、我が国に来て「氷を融かす」とは何事か。その氷は日本にあると思っているのであろう。では聞く、仮に氷があるとして、その氷は何処が作ったのか。ここがポイントだ。彼は、靖国神社に参拝し続けた総理大臣と参拝し続けている多くの日本人が氷を作ったとの前提で言っているのだ。
 しかし仮に氷があるとすれば、それを作ったのは、一昨年四月反日暴動を組織して毀損した日本領事館などの改修もせず謝罪もしない中国側、我が国の排他的経済水域を無視してガス田開発を進める中国側、原子力潜水艦による我が国の領海侵犯を謝罪もせず巨大な援助を我が国から受けながら感謝もせず我が国の国連常任理事国入りを錯乱したように阻止した中国側、にある。
 その、てめえの国がしていることを一切無視して、謝りも弁明も言い訳もせず、「氷があるから溶かしに来た」とは何事か。
 無礼ではないか。
 
 つまり、読者諸兄姉の家にある冷蔵庫に冷凍食品が入っているとする、食べるときにはその氷を融かすでしょう。
彼温家宝は、冷凍食品を食べ頃にするために氷を融かしに日本に来たのである。
 つまり、あれは(つまり中国共産党は)、そういう感覚で我が日本を見ているということ。笑われても唾かけられても、「日中友好」であれば貢いでくる相手を見ておれば、人を食う中国人ならこういう感覚になるのは当たり前だ。
「氷を融かす旅は成功だった」と、温は言ったという、よだれを垂らしていたのではないか。北京五輪や環境悪化で、金がいる。
 
 一昨日の衆議院本会議壇上、京劇の役者のように手を振る温に、私は儀礼として、はじめと終わりには三拍と五拍拍手した。
 しかし、演説の途中に十数回にわたって温に促されてはじける如く拍手していた我が国衆参の議員諸侯は、一瞬にして食べ頃に解凍されていた。
 まして、彼を議場に案内して歓迎の辞を各々述べた衆参の議長は、入ってくる前から解凍済みであった。
名前が、「江沢民の傭兵」と一致する御仁は勿論、
「しぇーしぇー」と演説の最後を締めくくった役者出身の議長の仕草は、失礼ながら(長らく党を共にしていたので)、大口の客に浮かれ媚びる料亭の女将に見えたものだ。

 第二に、よその国に来て演説冒頭、食物、文化、文字、宗教、芸術、それら全ては、二千年前から中国が日本に教えたものであるとは何事か。要するに、日本は中国の文化植民によって生まれたと言っているのだ。中国が教えてやらなければ、日本人は人間になっていないと。これを中華思想という。
 ワシントンの議会で、イギリス人が、アメリカの、食物、文化、文字、宗教などは、全て二百年前にイギリスからアメリカに移してやったのだ、と演説すれば、アメリカ人でも不愉快になるだろう。もっとも、イギリスとアメリカの関係は確かにこうだから仕方がない。今もアメリカでは「英語」をしゃべっとる。
 しかし、我が国と中国は別個の文明である。言語体系と発想は全くちがう。
 温のいうように、二千年前に技術が移ったからいまだに恩着せがましく全て教えてあげたのだ、という論法が通じるなら、世界中、トヨタやニッサンやホンダの車が走っているところは、全て日本が教えてあげたところだから感謝しろと言うことになるではないか。

 第三に、またぬかしとる。つまり、「日本軍国主義による、中国人民の被害について・・・」というところ。
 その内容の是非、真実か虚偽かに入る前に、一体何年前のことを未だに言うとるのか。日華事変勃発は七十年前、満州事変はその六年前だ。それから初めて会うのならともかく。
 この問題は、中国人の石平さんが言うように、
「昭和時代の日本人が江戸時代に起こした問題に責任を取れと迫られているようなものだ。まことに不思議なはなしである」
ということに尽きる。なるほど、幕末から六〇年経てば既に昭和に入っている。そして、この問題は、「日中友好」が喧伝されてから毎度繰り返されるようになった。「日中友好」とは不思議な現象だ。
 ちなみに、この石平さんの言葉は、彼の次の本から引用した。
「『日中友好』は日本を滅ぼす」(副題、「歴史が教える脱中国の法則」、講談社+α新書)

 そのうえで、(歴史の反省とお詫びを)「日本側が態度の表明と約束を実際の行動で示すことを希望する」とは何事か。
つまり、総理大臣は、靖国神社に参拝するなと圧力をかけている。
 内政干渉である。

 全体としての、温の演説は、中国的な中華的美辞麗句と日本に対するおだてがちりばめられていた。しかし、中国人の演説・言説を解釈し読み取るには、その表面の文字と言説だけを看ていては分からない。ここでも、中国人の魯迅の指摘していることが正しい。
即ち、「その行間には、『人を食う』という字が書いてある」(「狂人日記」より)

 以上辿ってきたが、つまり、無礼な演説だった。今思えば、ヤジればよかった。
食べ頃にされて、氷が溶けた、成功だった、と浮かれている我が国マスコミの論調をみて、腹が立つが再度触れてみた次第。

 それにしても、畏れおおくも天皇陛下を北京オリンピックにおさそいするとは何事かと高速道路の渋滞を見て再度腹を立てながら(これこそ、礼を無視した我が国天皇陛下の政治利用そのものである、前の陛下の訪中で中華意識に辟易した、二度とダメだ)、
また、尖閣諸島周辺のガス田の開発を続けながら「氷が溶けた」とは何事かと怒りながら、八尾の同志で、まさに「日本一の市議会議員」と呼ぶにふさわしい活動をしている三宅 博議員の自宅に行くと、
何と、東京都議会議員の古賀・土屋両議員が座敷に座って八尾の方々の前で座談会をしていた。
 土屋都議会議員は、拉致被害者救出地方議員の会の会長、古賀都議会議員も三宅議員とともにその幹部で、かつて、中国に絡め取られた橋本龍太郎総理が北京にいるときに、圧力をかけるため尖閣諸島魚釣島を目指して小舟に乗り込んで東シナ海の大海原を疾走した仲間。
 そして、ふと気付いたのは、その土屋都議会議員が、
雑誌WILLの今月号に書いた論文は「北京オリンピックをぶっ潰せ」だった。奇縁が八尾の三宅 博宅で三つ重なった。
 三宅 博議員の必勝を祈る。

 なお、昨日、政府に対して「質問主意書」を提出してきた。
 「歪曲された歴史的事実の是正に関する質問主意書」というものであり、この度の、温家宝等の立脚する歴史的事実の中国共産党による歪曲をいま敢然と是正する決意があるのかないのか、政府に質すものである。不可解な中国追従構造が作られている政界内の安倍総理をバックアップする観点から質問した。政府回答がでればご報告したい。 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
──────────────────────────・・・・・☆
◎レギュラー執筆者 
------------------------------------ 
1.佐藤守
 大東亜戦争の真実を求めて 110
-----------------------------------
蒋介石が日本の振武学校に留学した1908年(明治41年)3月、大陸では孫文が広東省、雲南省での“クーデター”に失敗する。孫文が、日本や英国に“逃亡”していたことは既に書いたが、この時、彼は「三民主義」に多大な影響を与えた二人と出会った。蒋介石秘録にはその二人は「日本人の生物学者・南方熊楠と、アイルランド独立党員で軍事学者のマルカーンである。南方は哲学や理科学の面で孫文に影響を与えた男であり、マルカーンはのちに孫文が恵州起義(一九〇〇年)を起こしたとき、香港に渡って革命に協力している」とあり、次のようなエピソードが注釈として出ている。
「・・・南方は米国のミシガン州立農業大学を卒業した後、大英博物館に招かれ、同館の東方図書部長、ロバート・K・ダグラスの下で、中国と日本の書籍の目録を作っていた。孫文がはじめて南方と会ったのは、ダグラスの部長室であった。孫文が南方に人生の目的を聞いたところ、彼は『我々東洋人の東洋から、一挙に西洋人を追い出すのが願いですね』と答え、さらに『もちろん英国人も東洋から追い出したい』と続けた。これには孫文もダグラスも驚いた。この後孫文と南方の二人は、すっかり意気投合したということである」
 蒋介石秘録にはこうある。
「三民主義は、孫文の残した最も重要な教えであり、我々の最高理念である。孫文は、大英博物館の図書館で着想を得た後、その理論化、体系化に時間をかけ、一九〇五年、四十歳の時にはじめて公表した。すなわち、一九〇五年春、ベルギーのブリュッセルで開かれた留学生の革命団体成立会の席上、三十数人を前に三民主義と五権憲法について述べ、さらに十一月二十六日、中国同盟会の機関紙『民報』を東京で発刊したとき、その中で三民主義(このときは三大主義と呼んでいた)についてはじめて具体的に明らかにした」
 三民主義、つまり民族、民権、民生の三つの主義のことだが、孫文は「一言でいえば、民族主義は国族主義のことである」として次のように解説している。
「中国人は家族主義と宗族(同一先祖の一族)主義を崇拝していて、国族主義がない。外国の傍観者は、中国人をひとかたまりの散砂(ばらばらの砂)だという。確かに中国人は、家族と宗族の団結力が非常に強く、宗族を守るためには往々にして一身一家を犠牲にするが、国家に対して大きな精神を持って身を犠牲にしたものは、まだ一人もない。つまり、中国人の団結力は宗族にとどまっているに過ぎず、未だ国族にまで広がっていないのである」
 民権主義については「民とは団体を組織する人々であり、権とは力であり、威勢である。その力の最大のものが国家である。命令を行使できる力、多くの人を押さえる力を、権とよぶのである。民と権を合わせていえば、民権、すなわち人民の政治力である」
 民生主義とは「民生という文字は、中国において従来使いならされた名詞だが、これを社会経済上に使用する場合には、その意義はまことに深遠である。定義をくだすならば、民生とはすなわち人民の生活、社会の生存、国民の生計、群衆の生命である、ということが出来る。故に民生主義は社会主義であり、また共産主義でもある。つまり大同主義である」
 そして蒋介石は「ここでいう『共産主義』とは、『均貧富』(貧富の差をなくす)の理想的社会を目指す広義の『社会主義』であり、階級闘争を手段とするマルクス主義とは、根本的に相容れないものである」と付け加え、孫文が「社会の進化は、社会の大多数の経済利益が相調和するところにあり、それが衝突するところにはない。・・・マルクスのいう階級闘争は、社会が進化する時に発生する一種の病症である。・・・マルクスが社会問題を研究して得たものは、全て社会進化の病症でしかなく、社会進化の原理ではない。マルクスは、単なる“社会病理学者”であって、“社会生理学者”ではない”」と云う孫文の言葉を付け加えている。
マルクスが「社会病理学者」と云う指摘は面白い。彼は、マルクス主義の「欺瞞」を見破っていたように思われるからである。しかし、当時の大陸情勢は、そのような悠長な「主義論争」を許しておくほどの余裕はなかった。隣国・ソ連から、社会進化の病症がアメーバのように大陸内部に浸透しつつあったからである。
 この頃(1905年=明治38年)は、いうまでもなく我が国は日露戦争の真っ只中で、奇跡の勝利を得た後、9月5日に締結された「ポーツマス条約」の是非をめぐって、日比谷焼き討ち事件、東北地方の飢饉などで国内は混乱していた。
そして翌1906年に西園寺公望内閣が成立、日本社会党結成、関東都督府官制が公布され関東軍が生まれる。鉄道が国有化され、南満州鉄道株式会社が設立され、「満州経営」に着手される。
 そして仮にも日本国内に、孫文に思想的影響を与えた南方熊楠のような、西洋の植民地支配に対する不満が燻っていたとしたら、日本の満州進出が後に国際問題化する可能性は多分にあったといえよう。              (続く)

佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
---------------------------------------------------------
2.奥山篤信  
 松岡洋右のジュネーヴ (5)十字架上の日本-1
 - -------------------------------------------------------- 
1932年12月8日、この日をもって本年の最終の総会として、日本代表がいかなる態度にでるか、異常な興味をもって迎えられた。開会前からその緊張味は廊下にも漂い、その立ち話と流言で各国代表、記者仲間はにぎやかなことである。
午後五時半、薄暮漸く迫る頃、松岡代表は本総会採集の登壇をなし、日本外交にエポックメイキングをなす、悲壮そのものの演説を開始した。この日の松岡代表の決意は、草稿を持たず、堂々たる態度で列国の前に万丈の気を吐いたのである。
この歴史に残る松岡代表の十字架上の日本の演説こそは、壇上人間松岡が人間を超越したある神意の作用に操られるごとく、あるときは天地を指差し、あるときは胸を叩き、あるときは両手をひろげ、卓を叩き、みずから興奮と悲壮そのものの如き面持ちで,肺腑より迸り出る、人を刺すような、そして首肯せしめねばやまぬような声で続ける。満場茫然として咳ひとつ出ない。窓越しに雪のレマン湖がみえる。意外にも小国側の陣取る一隅から拍手が起こった。

石原莞爾大佐は「もうこれでいいのだ。よくやってくれた。後はどうでもいい、これですんだのだ、すんだのだ」
伊藤述史は「小国側が日本の演説に拍手するなんてはじめてだ、うまくやった。これ以上は人力じゃない、これでわからなければ仕方がない」
英国サイモン外務大臣は「あれは言語の上にある詩でしたね、松岡さんの熱誠と真心からでたその人の詩です。その人の詩はその人によって最上です、尊重すべきです、感じさせられます、批評すべきではありません」
外務省嘱託のムーアは「僕は草稿を書こうかと思ったのだが、松岡君は僕の病弱をおもんばかって、もう寝てくれというので、重大な外交演説をメモなしというのは危険で再三議論はしたのだが、どうしてもいうことを聞かない。松岡君は由来脱線人だろ、話し出したとおもうと何処に脱線するかわからない。少なくともレールから常に20マイルは脱線するからね。今日はそうだね12マイルは脱線したね。却って草稿のないほうがいい、真剣味がある、熱がある。実に今日は愉快だ。」

松岡の演説は始まる。誠に不公正と思われるのは、調査団の報告書の文章の前後の関係も考えずにバラバラに切り取って引用されたり、或いは松岡演説や日本政府の意見書からごく小部分だけの乱暴な引用を試みたりしている点である。しかもかかる引用がしばしば議論の根拠を形成して、もって松岡への攻撃、日本に対する攻撃の材料とされ、妥当ではない結論を引き出すことを常としている。かかる断片的独断的引用は、文章全体の意味を人に謬らすこと甚だしい。例えば9月18日の日本軍の行動に関して次のごとき一節のみを何故引用したがるのか?
「同夜における如上日本軍の行動は正当なる自衛手段とみとめることができない。」とだけを引用し残りの部分を黙殺しているのである。
「もっともこれにより、調査団は現地にいる日本将校が自衛のため行動していると考えていたという仮説を排除するものではない。」
調査団員の間で非常に議論の有った点であり、ある団員はこの二節が無い限り一節は受けられないと言ったという。なんならこの点に関して調査団を喚問することを提案する。
ギリシャ代表が自衛権の問題に関して、日本より証拠を示さない限り調査団報告書の断定は動かせないと言った。しかしそれは罪をきせて置きながら被告に無罪を立証せよというもので、何処の国にもそのような立証義務の法則はない。

この国際連盟において、かかる立証義務の法則が流行っているものとは信じられぬところである。

支那代表が,日本が財政経済上苦境にあることを力説された。この見方に対して敢えて抗議せず、現下世界恐慌に悩まされつつある列強の間に伍しているものである。列強の経済体系外にある、世界の唯一の例外であろうが、支那代表が主張される支那こそは誠にうらやましい限りであり、お祝い申し上げる。
ところで顧博士だったか、日本の軍閥について言及された。現在の日本はこのような軍閥の支配下にあると称せられた。

日本には今日、軍閥とか、軍権階級だとかいうものは絶対に存在しないのである。

日本にはカーキ色の制服をつけサーベルを吊るした日本人がいる。どこの国だってかかる人間はいる。
これら軍人は決して特別な階級、特別な閥族から出ているわけではない。例えば支那代表がたびたび引例した田中義一大将は、日本の貧困家庭の出身であり、父親は息子たちと一緒に傘を張って漸く暮らしをたてていたのである。日本の偉大な政治家の一人であり、敬愛する田中大将は実に父親の作った傘を村々に売りに持ち歩いていたのである。日本で有名な将軍や提督はかかる貧家から輩出した実例は無数にある。今日日本に陸海軍の将校を特に世襲する閥族はないのである。支那代表は日本の支配者として荒木中将を引き合いにだしたが、日本には畏くも名実ともに我々の支配者とした仰ぎ奉る天皇陛下を在しまし、その下に総理大臣と、その他の各国務大臣等があって

荒木中将は単にそのうちの陸軍大臣であるに過ぎないということを忘れているのではないかと思う。(続く)

奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社 
平河総合戦略研究所代表理事
-------------------------------------
3.藤岡知夫
  日本社会の大弱点について考える
-------------------------------------
 硫黄島については、クリントウッドの映画や梯久美子のベストセラーなど最近多くの論著が出ていますが、小室直樹「硫黄島栗林忠道大将の教訓」が出ました。小室の著書では、比較的最近「日本国民に告ぐ」と「日本人のための宗教原論」の2冊を読んで感銘を受けていたので、今度の著書も早速買い求め読んでみました。
 この本では、硫黄島は大変な激戦で、米軍の死傷者の数3万人は日本の2万3千を上回った。沖縄の占領にも米国はかなり手こずっていたし、日本人がこんなに強いのであれば、本土決戦にまで持ち込んだら、攻める米国側にもどれほど犠牲が出るか計り知れない。九州上陸だけで米軍に260万人の死傷者が出ると予測された。そのため米国側でも早く講和をまとめようという気運が出来、ポツダム宣言では、例えば天皇制の護持など、日本にとって悪くない条件で米軍が講和の条件を出してきた。そして米国としては日本とは再び戦いたくないとの意識が非常に強かったために、日本に軍隊を持たせず、その代り米国が日本を守るという安保条約が出来た。これこそ硫黄島の激戦の賜であって、終戦後50年の間の日本の経済発展は、安保条約あっての話ですので、日本の現在の繁栄は、栗林忠道率いる硫黄島で日本が激しく戦った御陰であることが、この本の主旨です。栗林は米空軍による日本本土の爆撃を1日でも延ばそうとして、激しく戦ったわけですが、栗林の初期の目的は殆ど達せされなかったけれども、その努力は日本の敗戦後に大きく実ったという事です。
 硫黄島の戦いが単なる日本の誇りであるだけではなく、今日の日本の繁栄にも大きく影響を及ぼしたという視点は、本書が初めてのことであると思いますが、日本人全体として、小学校の教科書から硫黄島の事実を書き加え、文科省の検定でも厳しく検査して、これからの日本人の全てが、栗林忠道中将以下の兵士達に深い感謝の気持ちを持たねばならないと感じました。
 小室氏の著書はいつもそうなのですが、この本筋の話の他に、いくつもの私の知らなかった、目から鱗の落ちるような、興味深い話が出てきて、この本を読んで良かったという気にさせられます。今回の著書に関して言えば、主として日本の戦略、戦術とりわけ外交に関することで、以下に書き並べてみたいと思います。
1.日本はアメリカのハル・ノートがあまりに内容が酷く、日本としては戦わざるを得なかったということが、常識になって居ります。しかし小室によれば、ハル・ノートには無理難題が書いてあったのは事実であるが、いつまでにこうせよ、即ち支那からいつまでに撤退しろとは一言も書いてない。日付が書いてない最後通牒などあるわけがないという事実さえ、その当時の政府は誰も理解できず、しかもこの点を指摘した学者及び評論家は、現在まで日本に居なかったのです。従ってその当時の日本の立場としては、「ハル・ノートを受託する」とアメリカに対して返事をして、「中国から撤兵します、撤兵します」とのらりくらりと言いつつ、大陸縦断大作戦を発動して、全力をもって重慶を占領すれば良かったのです。そしてアメリカが怒ったら、「あのハルノートは期日がどこにも書いてないではありませんか。そのうち撤退しますから」、ととぼければアメリカは文句が言えない。
 最近の6カ国協議などをみていても、北朝鮮や支那は、やるやると言って何もしないのが常です。それに対して日本は、硬直的に、これはやる、これはやらないと決めて、やると言ってやらないで引き延ばすとか、そういう手段は全く使いません。個人対個人の関係では、武士道精神で約束は必ず守る、必ず明解な返事をするというのが、日本人の心得として結構だと思うのだけれども、国益全体を考える外交においては、幅広い長期的な視野に立って、のらりくらりとやるという術も心得た外交官が、日本には全くいないということは、恐るべき事実であると思います。またそれ以上に、ハル・ノートには、いつまでに実行せよという期日が書いていなかったという事実に気付いた、外交官だけではなく、学者及び政治家、評論家も今までいなかったということも、恐るべき日本人社会の欠陥であると思います。

2.その当時の米国大統領ルーズベルトは、1940年の大統領選挙で「私は大統領である限り絶対に戦争はしません」と公約していたのです。日本とは違いアメリカの政治家にとって、公約の重みは大変なもので、その時アメリカがどうしても戦争をしなければならなかったのは、ドイツにやられそうなイギリスを助けるための対独戦争だけだったはずです。
 それにしても外務省日本大使館の怠慢で、米国への日本からの最後通報の通達が、真珠湾攻撃よりも30分遅れたという馬鹿げたミスは、痛恨の極みです。これがあったために、日本はだまし討ちをしたという事になり、ルーズベルトの戦争はしないという公約を日本側で反故にしてしまったのです。今からでも、日本全体としてこの失態を大きく取り上げ、外務省を非難してもよいのではないかと思います。

3.日本の政府、外務省には抑止力という考えがないように思います。核抑止力という言葉は現在日本人の多くの人が知っていると思いますが、核に限らず、大きな戦力は、その国と戦争をしたくないという気持ちを相手に起こさせるのです。スイスが軍備に力を入れて、しかも戦争に強いので、周辺のどの国もスイスとだけは戦争をしたくなく、スイスが中立を保ち、第一次、第二次の世界戦争に加わらずに済んでいたのです。
 ヒットラーは世界一の戦闘機メッサーシュミットを作り、時速590kmの予定が試験機では757kmのスピードを出したので、世界に向けて757kmの速度だと発表しました。そのため英国もフランスもドイツとは絶対に戦争は出来ないと、驚き慌てたのです。従ってヒットラーは戦争を始める前に、戦いで勝ったのと同じ成果をはったりによって挙げていたのです。
 それに対して日本では世界一の戦艦、大和、武蔵、当時の世界一の航空母艦、端鶴、翔鶴、最上、世界一の戦闘機、ゼロ戦等を造りながら、造ったことも全て秘密にしておりました。何もはったりを言う必要はなく、これらの戦力を日本が持っていると世界に発表するだけで、諸外国は日本に対し恐れおののき、戦争に対する抑止力になったと思います。

4.その頃の日本の戦艦の大砲の命中率は、諸外国に比べて凄まじく高かったのに、そのことは日本の山本五十六大将でさえ知らなかったとのことです。日本の戦艦の命中率と敵の戦艦の命中率を、連合艦隊司令長官が知らないとは、全く馬鹿げた話ですが、更にそれを知った上で、諸外国に発表すれば、これも大きな戦争に対する抑止力となったはずです。これを日本の軍人が反省したのは、戦後になってデータが解ってからの事だったようで、戦前に黛治雄大佐が正確に調べているのに、その上司が知らないというのは、軍の組織が機能していなかったということです。
 日本の凄さを諸外国に知らしめて置けば、アメリカやイギリスも尻尾を巻いて、支那くらいどうぞ取って下さいと、無理難題を引っ込めたのではないかと、小室は述べて居ります。

5.それでも結局米英との戦争を始めてしまったのだから、始めた以上は勝って有利な講和条件で終わらせなければいけなかったのです。真珠湾とマレー沖で奇跡的な大勝利を収めた後、日本の機動部隊をインド洋に持っていって、アフリカのマダガスカルを取ればよかったのです。その時ドイツのロンメル将軍と英国の第8軍が決戦中で、ロンメルの最終目的はスエズ運河。中近東の石油地帯です。当時の英首相チャーチルも、「スエズ運河を失うことは、ロンドンを失うより致命的である」と言って居りました。イギリスは大船団を組んで、第二東洋艦隊が守り、アフリカの喜望峰周りで物資を第8軍に送って居りました。ドイツはそれを襲おうとしてもドイツの戦艦ではイギリスの戦艦に勝てない。しかし日本軍は1941年12月10日のマレー沖海戦で、イギリスの第一東洋艦隊を全滅させたばかりで、日本の機動部隊ならイギリスをやっつけられる。そこでヒットラーは日本にイギリス戦艦を撃沈してくれと頼んで来たのです。
 事実名将山口多聞少将は、マレー沖海戦の後、直ちに第二東洋艦隊も全滅させてマダガスカルを取ろうと主張したのですが、彼は年功序列の壁に阻まれて機動部隊の司令長官にもなることが出来なかったため、この説は退けられ、日本では軍神の名を冠りながら実は愚将であった山本五十六司令長官の誤った判断により、西でなく東のアメリカに目を向けてしまったのです。
 1942年4月18日、米航空母艦から発進したB25、16機が東京、名古屋、神戸を爆撃するという事件が起こりました。これによる被害は微小であったのですが、この事件に山本長官はうろたえてしまい、アメリカの航空母艦が二度と日本を襲えないように、北のアリューシャン列島と南のミッドウェー島を取ってしまおうと考えて、東へ戦力を向けたのです。しかも攻めるならまず全力を挙げてミッドウェーに向かうべきであったのに、戦力を分けて、アリューシャン列島に空母、龍鷦と隼鷹を向かわせ、ダッチハーバーを空襲し、アッツ島、キスカ島を占領しました。これは全く無駄な作戦で、無駄である証拠にアメリカの援助部隊はこの両島には全く来ませんでした。アメリカとしては全力を挙げてミッドウェーで戦い、そこで日本海軍を全滅させればよかったのです。日本が東に攻めて行っても、米国の本土に上陸出来るわけではなく、日本の主力を西に向けて、イギリスを叩いておけば、アラブの石油をドイツと日本で山分け出来たのです。

7.日本の役人主義、特に年功序列は大東亜戦争当時から酷いものでした。山口多聞海軍少将と栗林忠道は、これまでのしきたりや戦術を根本から変える能力を持っていて、これを評価する人は当時でもいたのです。もし山本五十六ではなく、山口多聞を連合艦隊司令長官にしていたら、大東亜戦争では日本が勝っていただろうという研究者が、日本にもアメリカにもいるそうです。ところが国家存亡の危機の折でも、年功序列という馬鹿げた理由の故に、この名将の人材は、ミッドウェー海戦で海の藻屑と消えてしまったのです。
 ところがアメリカでは、ルーズベルトがパールハーバーを奇襲された責任をとらせ、太平洋艦隊司令長官キンメルを罷免し、未だ少将であったミニッツを2階級特進させて大将にして、先輩28人を飛び越して太平洋艦隊司令長官に据えたのです。この適材適所人事はルーズベルトの一存によって決められ、ミニッツの大活躍で米国は日本を次々と破って行ったのです。

8.現在日本では、日本国民に対して大東亜戦争の事実を全く教えていないし、戦争の内容について全く無反省です。世界が賞賛する日本の軍隊の偉業についても、全く教えないで来ました。
 硫黄島の激戦についても、恥ずかしながら私がその本当の内容を知ったのは、クリント・イーストウッドの映画と梯久美子の伝記によってでした。日本人である栗林忠道をアメリカで殆どの人が知っていて、アメリカの戦史の中で最も高く評価しているのにです。
 アメリカが選んだ世界の猛将10傑の一人に栗林忠道は選ばれているし、また敵機64機を撃墜し、しかも自分の列機を一人も死なせなかった日本の撃墜王、坂井三郎飛行士は、アメリカでは宇宙船アポロのアームストロング船長らと共に、世界の空の英雄20傑の一人にも選ばれ、現在でも高く敬意を表されているのに、日本では忘れられ、平成12年亡くなられた折、葬儀には厚木の米軍が大挙してして参列したのに、日本の自衛隊からは空軍の幕僚長から花輪と弔電が届いただけで、誰も参列しなかったそうです。

9.官僚の縄張り主義の酷さは、陸海軍の時代からで、硫黄島に赴任した栗林中将は、ミッドウェー海戦で日本海軍が全滅したことも知らなかったそうですし、大東亜戦争の始め、時の東条首相は陸軍出身であったため、真珠湾攻撃を知らなかったそうです。
 陸軍と海軍では専門用語さえ違っていて、陸軍では軍を進めるときに「出撃」と言うけれども、海軍では「出師」といったのだそうです。硫黄島の勇者陸軍の栗林忠道中将と並び、海軍の最高司令官市丸利之助海軍少将は、物の考え方や出自も栗林とそっくりで、栗林中将と協力して最終的には一緒に行動した上、最後に遺書として「ルーズベルトに与える書」を英訳までして残し、これは現在でもアナポリスのアメリカ海軍兵学校記念館に展示されているそうですが、この遺書は正に日本が大東亜戦争を戦う大儀名分、東京裁判史観に対する反論を成すもので、日本人全員が読むべきものと思います。これほどの市丸利之助であるのに、栗林忠道の伝記などには殆ど引用されて居らず、不思議に思ったのですが、小室の本を読んで大体納得出来ました。
その第一は陸軍と海軍が全く別行動を取っていた、少なくとも戦いの前半は殆ど別行動を取っていた。そのために栗林に関係した陸軍の記録には市丸等の海軍の記録が全く入っていないのです。
第二には栗林が島を要塞にして徹底抗戦しようと提案したのに対し、海軍は過去のレイテ島やサイパン島での経験で米軍に対しては全く効果がないと解っていた、日本の旧来からの戦法、湾岸に塹壕を掘る沿岸防御作戦を提案し、栗林も海軍に遠慮して一部の兵力をそちらにも割き、そのために島の要塞化が若干遅れた点、
第三に、栗林の作戦では米国の部隊がほぼ完全に島に上陸するまで待って、一気に攻撃をして戦おうとしたのに対し、米軍の戦艦が海上に姿を表したときに、海軍がフライングをして、栗林の意志に反して砲撃をしてしまった。そのために砲撃した陣地の位置がばれ、米軍が上陸する前に、その陣地が米国の爆撃や砲撃によって徹底的にやられてしまったという3点が、市丸利之助率いる海軍の硫黄島の作戦に於けるマイナスとしてあったという点も、市丸が栗林より低く見られる理由と思います。

 大東亜戦争は、支那、韓国、北朝鮮の対日政策にいいように利用され、日本では戦争を「悪い物」として顧みないで来ました。大東亜戦争前にも日本は歴史に学ばず、外交の駆け引きも知らず、抑止力という観念すら、政治家、官僚の中になく、余りに官僚的であった軍部は、起こさなくてもよい戦争を起こし、数々の馬鹿げた作戦を実行して、日本を敗戦に導きました。しかしそれを最後に救ったのは、栗林忠道以下、硫黄島で戦った将兵達でした。栗林忠道は日本の今日の繁栄の大恩人であるのです。
 硫黄島のみならず、日本の軍人は何のために命を投げ出せるのか、日本だけでなく世界の軍人に共通しているはずと思いますが、名誉があるから命を投げ出すのです。名誉のない軍隊ほど弱いものはないことを、歴史は証明して居ります。
 戦前の日本では誰でもが名誉こそ最大の誇りでした。その名誉を忘れた現在の若者に、これから日本は任せられるのでしょうか。本当の教育とは何なのか、今こそ硫黄島と大東亜戦争の意味を世界的な視野から明らかにし、これを後世の人々に教えていく必要があるのではないでしょうか。

藤岡知夫;
昭和10年生まれ東京都出身
昭和35年慶應義塾大学工学部電気工学科卒
昭和40年同大学院工学科博士課程終了 工博
昭和54年同大学教授に就任
平成2年東海大学開発技術研究所教授に就任
平成6年東海大学理学部物理学科教授に就任
平成12年財団法人応用光学研究所理事長に就任
専攻 レーザー工学 レーザー物理学
-------------------------------------
4.西山弘道 
 支持率回復の安倍政権
------------------------------------
内閣支持率低下に憂慮していた安倍政権が、ここのところ急回復して官邸をホッとさせている。報道各社は先週14,15の土日に一斉に世論調査を行ったが、結果はすべて支持率アップで、あまりの急回復ぶりに関係者も首をひねっている。

安倍政権に厳しい朝日が、37%から40%へのアップ、共同通信は何と4.3ポイントもアップして44%となるなど各社の調査は軒並み安倍内閣支持率をアップさせた。一方、テレビ各社の方は、“爆騰”といってもよい位の急上昇で、TBS,日テレともそれぞれ50%を上回った。急回復の原因は何なのか、調査担当者もすぐには原因を思いつくことができず、頭を傾げているという。結局、先週来日した中国の温家宝首相のパフォーマンスぶりが原因なのでは、という“温家宝効果”ということになったが、そればかりではあるまい。

 私は、重要法案である国民投票法案を衆議院で通過させたり、教育3法案を国会提出した安倍首相の積極的な政治姿勢が国民に評価されたのではないかと思っている。

 思えば半年前、電撃的な中韓訪問で順調な船出をした安倍政権だが、その後、政治とカネをめぐる閣僚の不祥事や、失言、そして郵政離党組の復党問題などで今年に入り、支持率はつるべ落としに低下した。さらに衛藤晟一前衆議院議員の復党が追い打ちとなって、3月には4割を切って、3割台の支持率に落ち込んだ。このあたりから、安倍首相は支持率にとらわれることなく、自分本来の“地”を出す政策を打ち出そうと開き直ったようだ。すでに今年1月の年頭会見では、憲法改正と教育改革に全力を挙げると宣言し、本来の“国家観”を重視する政治姿勢に立ち返った。そしてその通り、今国会での2つの目標にアプローチする法案提出に踏み切ったのである。

 安倍首相よ、それでいいのだ。今までは、総裁選出時の総主流派体制を配慮してか、心ならずのあれもこれもの融和的な政治姿勢を採らざるを得なかった。政権半年を越えた今、これからは本来の“国家観”を重くみる、“地”のままの安倍政治に戻るべきだ。また国民も指導者の強いリーダーシップを望んでいるのだ。都知事選での石原知事の圧勝は、都民がリベラルのやさしい政治を志向した浅野氏より、治安や危機管理を重視した“強い”石原氏を選んだ結果である。安倍氏の支持率アップは同じように“強い”安倍政治を望む国民の願望があるのだろう。

 もっとも、今国会における安倍執行部の強行姿勢は、夏に参院選を控えているという特別な事情があることもみておかねばならない。つまり、参院選が控えている通常国会では、衆議院から参議院に送られた法案は、たとえ成立しなくとも通常なら継続審議となるが、
参院選で議員の半数が改選されてしまうため、今国会ではすべて廃案となってしまう。このため参院選がある通常国会では、法案は成立か廃案しかなく、継続審議はありえないのだ。安倍執行部が国民投票法や教育3法を今国会でしゃにむに通そうとしているのはそういう背景がある。

 安倍首相は今週26日、ようやく訪米の途につく。首相就任以来、半年たってやっと訪米というのは異例のことだ。しかし、今、米国はバージニア州の韓国系学生による銃乱射事件でアジア系全体に対し、微妙な感情を持ちつつあるという。従軍慰安婦を批判する韓国系の団体は当初、安倍首相訪米にあわせた集会を自粛すると伝えられたが、その後決行するという。そんな微妙な空気の中、安倍首相は乱射事件に対しても、韓国だけの問題ということではなく、アジアを代表しての明確なメッセージを米国側に伝えるべきではないか。
 
西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
------------------------------------------------------------------------
◎映画評 南ア映画「ツォツィ原題TSOTSI」☆☆☆☆☆ 奥山篤信
------------------------------------------------------------------------
映画狂にとって時には思いのほか素晴らしい映画に遭遇することがある。これこそが至福のときである。この映画はまさにそれである。
この映画監督はギャヴィン・フッドというカリフォルニア大学映画学部で学んだ南ア人(白人)である。昨年の外国語映画賞のオスカーを受賞した作品である。出演者はほぼ全員が黒人である。TSOTSIとは不良を意味する。幼年時代甘えたい母親に病気が感染すると父親に言われ近寄れず、父親が犬を虐待するのを見て切れてしまい、家出しそのまま土管に暮らしを始める。人を殺めたり、強盗したりすることに何の躊躇もない凶悪な極道が、ある日黒人の富豪の車を襲い、運転していた母親に重症を負わせ、車を強奪したところ後部座席に赤ん坊が素晴らしい笑顔を湛えているではないか!車を放棄したのち赤ん坊を紙袋に入れ、スラム街の自分のネグラに連れ帰る。自分のネグラで、泣く子をあやしたり、おしめを代えたり、女性を脅し授乳させるうちに、幼年時代の母親への満たされないやるせない思いを思い出す。そして徐々に非情な凶悪性が失せ、周囲の人間対して優しさと愛情が芽生え、普通の人間としての尊厳(DECENCY)を身に着けていくという物語である。

最近赤ちゃんポストについて熊本市の病院が設置したことで色々問題を提起している。この平河総研のメルマガでも三村文男氏が雲井龍雄(1944-70)「棄児行」に「哀愛禁ぜず無常の涙 また児面を弄びて苦思多し 焦心しきりに属す良家の救い 去らんと欲して忍びず 別離の悲しみ」あると、赤ん坊との別離について引用し、そして赤ん坊こそが、この世の穢れを知らぬ純真無垢であり、神に近い存在であると書いている。
この映画ではたまたま遭遇した赤ん坊(まさに神)との出会いで人間が改心していく過程を描いているのである。なんという救いであろうか?これこそ南アという問題を抱えた社会の中でのやりきれない閉塞感のなかで、希望の灯りをこの不良と赤ん坊の関係に凝縮して描いているのである。

ついでに赤ちゃんポストだが、赤ちゃんの遺棄を防ぎ赤ちゃんの生命を救うために已むを得ない措置だという考えには全然納得できない。まさにモラルハザードの助長でしか過ぎず、赤ちゃんポストがあるからといって性風俗がさらに乱れ、女性が母として子供を育てるという人倫の原則を蹂躙する可能性があるからだ。

最後にこの映画は未成年者による殺傷シーンを理由に、映倫が15歳未満(中学生以下)は劇場で鑑賞できない「R15指定」となった。そのことがけしからんと大騒ぎしている動きがあるが、一体15歳未満にこの映画を見せたいなどとの発想が荒唐無稽である。この映画の深みが15歳以下に理解できるというのか!!むしろ成人でも残酷なシーンには目を覆いたくなる点もあり映倫判断は極めて妥当であるといえよう。
------------------------------------------------------------------------
◎映画評 イギリス映画「こわれゆく世界の中で 原題BREAKING AND ENTERING」☆☆☆ 奥山篤信
-----------------------------------------------------------------------
『イングリッシュ・ペイシェント』でアカデミー監督賞受賞の巨匠アンソニー・ミンゲラ監督が描く男と女の愛憎の物語である。再開発が進むロンドンのキングス・クロスの建築現場を舞台に、ある窃盗団によるコンピューターなどが強盗事件を巡ってのジュード・ロウの扮する一人の男(建築家)ウィルとジュリエット・ビノシュとロビン・ライト・ペンの扮する二人の女アミラとリヴとの愛憎の物語である。ウィルはリヴとリヴの連れ子の自閉症の知恵遅れの娘と三人で暮らしている。ウイルは母と娘の世界からは疎外されており、孤独感と焦燥感のいわば閉塞状況にある。
アミラはサラエボからの移民であり、裁縫をしながら塗炭の暮らしをしている。再三にわたる強盗事件に、ウイル自身が事務所を見張っていたところ、侵入しようとしていた少年を追いかけ、たどり着いた先が母親アミラの家であるいことが分かる。そして二人は愛欲関係に陥る。

この映画はストーリーテラー性は余りないのだが、二人の女性との心理関係を実にきめ細かに描いており、演じる三人が見事な演技でそれをこなしているので、ストーリーの割には画面に引き付けられるオーラがある。

男女の愛とは何なのか 正義としての言葉なのか愛欲なのか 不倫の真実を吐露することが愛なのか 寛容なのか破局なのか 将来その不倫を知ることが、一時の赦しはあったのとしても、後日耐え難い怒りとして尾を引くのか 神の赦しはあるのか 
ミンゲラ監督は粘っこく執拗にこの問題を問いかけている。

ちなみにアンソニー・ミンゲラ(1954年生まれ )はイギリスに生まれるが、両親はイタリア人。同性愛者ともいわれており、だからこそ男女の愛憎の心理の襞をここまで客観的に描ききれるのではないだろうか。

最後アミラ親子はサラエボに帰還し、ウイルとリヴは真実の告白を乗り越え愛の絆が固まるのか、僕は「真実の愛を求めてウイルは」などとキャッチコピーを書く能天気な日本人などとは異なり、結局リヴの怨念は癒しがたく、最後は破局という、救いのないものであると解釈するのである。原題を見るとおり窃盗団のBREAKING AND ENTERINGにかけて、赦したとしてもある日突如裏切られたとのルサンチマン(breaking)と一時的にそれを誤魔化し麻痺させる愛欲関係(entering)の繰り返しと、最終的な破局をミンゲラは見通しているのではないだろうか?この映画をハピーエンドと解釈するのは日本人だけではないだろうか!

それにしても今映画界で最も魅力あるジュード・ロウの相手として(美男美女の釣り合いとして)ロビン・ライト・ペンは誠にその味のある品格ある女性として適役であるが、名優とは言えあまりに所帯じみて糠みそ臭く洗練さがないジュリエット・ビノシュとは全く不似合いというのは余計なコメントか。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

◎情報感度を研ぎ澄ます!ビジネス情報誌「エルネオス」
 編集長・市村直幸
 〒105−0003
 東京都港区西新橋1−22−7 丸万7号館4階
 電話:03−3507−0306
 Fax:03−3507−0393
 e‐mail:ichimura@elneos.co.jp
 URL:http://www.elneos.co.jp/

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回の配信は4月28日(土)を予定しております。どうぞお楽しみに!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
登録内容(メールアドレス等)の変更、メールニュース配信の停止は、
こちらからお願いします。
<http://www.melma.com/backnumber_133212/>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
有限責任中間法人 平河総合戦略研究所< http://www.hirakawa-i.org >
発信元:< info@hirakawa-i.org >
掲載された記事を許可無く転載することを禁じます
Copyright(c)2005 Hirakawa Institute
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

最新の記事

ブックマークに登録する

TwitterでつぶやくLismeトピックスに追加するdel.icio.usに追加Buzzurlにブックマークニフティクリップに追加Yahoo!ブックマークに登録記事をEvernoteへクリップ
My Yahoo!に追加Add to Google

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

登録した方には、メルマ!からオフィシャルメルマガ(無料)をお届けします。


この記事へのコメント

コメントを書く


上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。
コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  1. 「清国」は台湾を統治ではなく「放置」して居ただけです。沖縄と比較できないほど文化程度は低く衛生状況の悪いところですから清国には統治能力も管理能力もないのが当時の状況と思われます。
    漢人が台湾に「オランダ人」の渡航と同時に入りこんだだけで、何処の国も統治はしておりませんん。
    日清戦争で日本が領有権を取得し、台湾経営に乗り出した。海洋国家として台湾の重要性を認識していた当時の為政者の慧眼にも驚かされます。
    教育・経済・インフラ何もないところに台湾総督府が大きな犠牲を払いながら昭和10年ごろには独自の経済力・輸出国に成ったのです。朝鮮半島が昭和20年まで日本の持ち出しを考えれば植民地としては世界に類を見ない統治であると考えられます。
    中国のエゴと安全保障に台湾が必要で有るので「嘘」を付き、「歴史」を捻じ曲げ・世界に正当性を押し売りしているのが現状です。

    古田 2009/5/27

  2. 台湾が日本に統治される前にどんな国に統治された?中国は台湾を一度も統治したことがないって
    うそつき?歴史に無知?どっち?

    。 2008/5/3

このメルマガもおすすめ

  1. Japan on the Globe 国際派日本人養成講座

    最終発行日:
    2017/04/23
    読者数:
    13253人

    日本に元気と良識を。歴史・文化・政治・外交など、多方面の教養を毎週一話完結型でお届けします。3万8千部突破!

  2. 月刊アカシックレコード

    最終発行日:
    2017/03/11
    読者数:
    17038人

    02年W杯サッカー韓国戦の「誤審」を世界で唯一「前日」に誌上予測し、誤審報道を「常識化」した推理作家が、政官財界の分析にも進出し、宣伝費ゼロで読者19,000人を獲得。2009年9月から月刊化。

  3. 宮崎正弘の国際ニュース・早読み

    最終発行日:
    2017/04/19
    読者数:
    24231人

     評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

  4. 頂門の一針

    最終発行日:
    2017/04/26
    読者数:
    5539人

    急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

  5. 斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」

    最終発行日:
    2017/04/27
    読者数:
    2877人

    君主制の国は少なくありませんが、神話の世界につながるほど古く、1つの王朝が連綿と続くのは日本の天皇だけです。天皇は何をなさっている方なのでしょう。知っているようで意外に知られていない天皇・皇室の世界を、日本人の精神史の語り部が事実に基づいてお話します