政治・経済

甦れ美しい日本

日本再生のための政治・経済・文化などの発展・再構築を目的とし、メールマガジンの配信を行う

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甦れ美しい日本 第085号

2006/09/25

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2006年9月25日 NO.085号)

  ☆☆甦れ美しい日本☆☆

☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
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 < 目次 >

◎ゲスト執筆者

 伊藤玲子    「男女共同参画社会基本法」を破棄せよ!(1)

◎レギュラー執筆者 
         
1.佐藤 守       大東亜戦争の真実を求めて80
2.奥山篤信   小沢さん菅さん 何しに硫黄島に行ったのですか?
3.松永太郎   「まちづくり」とはなにか
4.西山弘道     安倍新首相のキーマンはたたき上げの秘書官?

◎映画寸評 アメリカ映画 「記憶の棘」原題BIRTH ○○○○ 奥山篤信評

◎図書室 「余・クローディウス」(I,Claudius)続き
I, CLAUDIUS   Robert Graves  Vintage Books 1934 松永太郎評
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──────────────────────────・・・・・☆
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 伊藤玲子 
 「男女共同参画社会基本法」を破棄せよ!(1)
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日本国家解体をめざす革命戦略である「男女共同参画社会基本法」を破棄しなければ日本
の国の将来は無い

今、社会問題になっている「男女共同参画社会基本法」の根底には「ジェンダーフリー」
という和製造語がひそかに導入されていたことを皆様ご存知ですか?
このジェンダーフリーという言葉はフェミニストの間でしか使われない概念です。彼ら彼
女たちは。何が何でも導入しようと平成10年3月23日に開かれた第四回基本法検討小
委員会で参加メンバーが画策していた事実が明らかになりました。
このジェンダーフリー思想というのは、家族を否定する特殊なイデオロギーであります。
それは、男らしさ、女らしさを否定し、男と女は上下関係つまり支配、従にあるとし結婚
というのは夫による妻の奴隷化いわば家事、育児、セックスを無償労働させられていると
い捉え方です。社会主義、共産主義の階級闘争史観に通じています。
そもそも「ジェンダー」という用語は欧米のマルクス主義フェミニストまたは極左フェミ
ニストが恣意的に使い始めた言葉で、それを日本のフェミニストが直輸入して使っていま
す。ですから「ジェンダー」には、もとの欧米の極左思想がそのままこめられていて原理
的に「性差否定」という意味が込められているのです。それからフェミニストたちは、男
女の性差を「社会的、文化的に形成された性別」だとし、男女の性差は後天的に造られた
ものだからなくなせると強弁しています。これは大間違いであります。大嘘です。
そもそも「生まれつきの性差」と「文化的な性差」をはっきり分けることは不可能です。
それは今日脳科学の発達によって科学的に完全に証明されていますし、男女は単なる身体
的な違いだけではなく、脳の構造そのものが異なっていることがわかっているのです。に
もかかわらずフェミニストたちは、社会的にいろいろな慣習のなかで女は女につくられ差
別を受けるのだから、その性差をなくせば差別がなくなるんだという話になっています。
先ず「男女共同参画」という誰もが異を唱えない言葉のもとに平成11年「男女共同参画
社会基本法」が成立し、12年に施行、その後各自治体はジェンダーフリー推進の条例が
成立し、学校教育現場では一層過激な性教育が行われ性差否定教育をあらゆる場面で刷り
込み平成17年12月「男女共同参画社会基本計画」の五年目の見直しの中で政府は「『ジ
ェンダーフリー』をめざしていない。全都道府県に通知を致し趣旨を徹底したい。」と述
べているが「ジェンダー」が残っている以上、各自治体、学校教育現場は何の効果もなく
地方自治体の条例は、男女の区別は差別とし、男らしさ、女らしさを否定、婚姻制度、家
族制度を解体するものとなっています。学校教育現場に於いても日教組は「ジェンダーフ
リーの理念の定着をはかる」とか「平和や人権とジェンダーの視点を関連づけた教育実践
を更に深める」とし「ジェンダーフリーについても公教育の現場で今後も進めていく」と
宣言しています。そして猪口大臣は「ジェンダーは何が何でも残す」と言い切っています。
ではこの「男女共同参画社会基本法」とは具体的にどの様な内容なのか幾つか述べてみま
す。
先ず「男女共同参画」という言葉にトリックがあるのです。男女共同参画という言葉は国
連で「女子差別撤廃条約」を署名、批准(1985年)する際、翻訳を担当した大沢真理
東大教授の訳語です。
そもそも男女共同参画推進基本法の原点である女子差別撤廃条約第一条に「男女の区別は
差別」として男らしさ女らしさを否定しています。
そして「男女共同参画」は国連で使われている「ジェンダーイクオリティー」の訳語です。
ジェンダーの根本には男性は支配、女性は従、被支配の対立構造でとらえるマルクス主義
思想があり、ジェンダーは原理的に「性差否定」という意味があり、従って「ジェンダー
イクオリティー」は本来「性別否定」と訳すべきであります。それを男女共同参画と訳し
たのは体制内フェミニストである大沢真理です。つまり「性別否定」という過激なイデオ
ロギーが「男女共同参画」という美名で基本法として法制化されたということをよく知っ
て頂きたい。従って「男女共同参画」を「性別否定」という言葉に置き換えてみれば、そ
の本質がよくわかります。
では「男女共同参画社会基本法」つまり「性別否定社会基本法」は3つの主張から成り立
っています。
(1)権利の濫用
(2)個の解放
(3)性差別の解消と性差(性別)の解消にすり替え
(1)性の自己決定権です。セックスをする、しない、子供を産む、産まない、中絶する、
しない、は自分(女性)で決める。つまり女性の権利基本的人権である。フリーセックス
を助長し堕胎の奨励です。
学校教育現場では小学校一年生から過激な性教育が行われており男女の性交や避妊の方法
など具体的に過剰なほど説明を授業で行っている。人間としての道徳や守るべき規範や中
絶の罪など全く触れていません。つまり性交の奨励です。性秩序の破壊を授業で行ってい
るのです。
(2)個の解放
家制度とか秩序とか一夫一婦制の否定です。性の解放をフリーセックス、快楽の性を性的
自立と称して人間の自立として最高位形態つまり「何時でもどこでも誰とでも」つまり援
助交際容認です。個の解放は性の解放につながり過激な性教育と相まって青少年の淪落を
招いています。そしてフェミニストたちは個人を重視するということは家庭を個人単位に
バラバラにしようとしています。そして学校現場では両親の離婚も平気なんだよと家族の
多様性をしきりと唱っています。
(3)性差別の解消を性差の解消にすり替え
性別役割分担の否定です。
学校現場で象徴的なのはジェンダー教育の一里塚といわれている「男女混合名簿」であり
ます。男子も女子もごちゃまぜに性別否定を目標に常に意識させる教育です。たとえば修
学旅行では男子も女子も同室で寝かせる。身体検査も体育の着替えも同室で行う。体育の
騎馬戦も男女で。体ほぐし体操と称し男子と女子が体をぴったりくっつけたり、又は輪に
なってお互いの股の間に体を刷り込む等行われている。
では条例を幾つかみてみると同法の「目的」を明記した第一条には「家庭」という言葉が
ありません。国家の成り立っている単位は家庭であるにもかかわらずであります。やっと
第六条に「家庭生活における活動と他の活動の両立」とあり、やっと家庭が出てきますが 
「家庭生活における活動」となっており家庭の営みを経済活動や政治活動と同列に扱って
います。基本法の理念に常識との隔たりがあるからです。農水省が進めている家族経営協
定も同様、これまでの家族の絆で、家庭がお互いの思いやり助け合いで成り立っている大
切な心を無視、すべてに契約思想を入れて奥さんが各々に給料をもらうようにするもので
あります。これはぎすぎすした家族関係を導くようなものであり、更に個人の暮らし方や
家庭のあり方にまで公権力が口をはさむのは疑問であると、このことは国会でも取り上げ
られました。
第二条Aには「。。。男女の平等の原則の実質的実現を法律その他の適当な手段により確
保すること」とありBには「女子に対するすべての差別を禁止する適当な立法、その他の
措置(適当な場合には制裁を含む)を取ること。。。」第四条の婚姻制度、夫婦別姓等な
ど家族の解体があり、民法改正を唱っています。
第五条には「。。。男女の定型化された役割に基ずく偏見及び慣習その他あらゆる慣行の
撤廃を実現するため男女の社会的及び文化的な行動様式を修正すること」とあり、つまり
これまでの男女の違いによって自然に定着した伝統的な慣習や慣行も撤廃することを求め
ています。そして事実婚や婚外子の差別の撤廃等を求めています。
また第十七条に苦情処理機関というのがあります。
それは原理的に秘密警察と同じような役割を果たします。自分たちの都合の悪い者を摘発
して処罰するということです。条例に規定されている処罰は名前を公表するなどの形にな
っていますが普通の市民にとっては大変な脅威です。これは思想信条の自由を侵すもので
あって、重大な憲法違反です。特に苦情処理委員会とかオンブズマンという存在は女性の
人権を守る目的で、かえって国民全体の人権を侵すものになる可能性が非常に高いといわ
れています。これらを前面に出してチェック機能として使うという思想は、国民の知性と
か良識に訴えて正しいことを広めようという考えに立っていないことがわかります。
公権力で脅したり強制的に国民の考えを変えようという発想に基ずいています。良識より
権力での強制です。
以上をまとめてみますとこの「男女共同参画社会基本法」本名「性別否定社会基本法」と
いうのはフェミニズムの思想を基本とした家族解体、国家解体をめざす法律なのでありま
す。                                 続く
伊藤玲子(いとう れいこ):昭和2年生まれ 山脇高等女学校卒業
「建て直そう日本・女性塾」幹事長 「馬鹿な女が国を滅ぼす。」良識ある女性
を政界へ送る。
元鎌倉市議
平成元年62歳で鎌倉市議に初当選。4期16年一貫して行政改革、教育の正常化に
取り組む。
「国家観」「道徳観」「日本民族の継承」に取り組む。
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1.佐藤守
 大東亜戦争の真実を求めて80
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 マクマリー・メモを続けよう。
「このようにして米国内に生まれた親中国感情は、まず『クリスチャン将軍』と呼
ばれた、馮玉祥への支持として具体的な形を表すことになった。ところが一九二六
年、馮玉祥が権力の座から失脚しただけでなく、彼がソ連の支持を公然と求めたた
めに、外国の支持者たちを幻滅させることになった。そこであまり筋の通った話で
はないが、親中国派の力強い支持は、広東の国民党へと移って行った。そして蒋介
石が、国民党の実質上の支配権をやがて握り、外国の支持という恩恵を存分に享受
するようになる。蒋介石の軍隊が南京のアメリカ人宣教師に暴行を加え、このため
アメリカの支持が動揺する事件(一九二七年三月の南京事件)が発生した時には、
蒋自身がキリスト教徒に改宗すると公言したのである」
 この部分は重要である。国内混乱を続ける中国に対する、諸外国の権益争いが髣
髴としているからである。しかもその底流には米ソの確執が読み取れる。
 そこで話は聊か前後するが、一九二七年三月に発生した「南京事件」に付いて、
ここで簡単に触れておこう。
まず最初にマクマリー・メモのその部分を書き、その後本書の「一九二七年三月
末近くの南京」という同事件の解説を引用する。
「現地では前から予測され心配されていた事件が、一九二七年三月末近くに南京で
発生した。揚子江下流域に勢力を広げながら、蒋介石軍が意気揚々と南京に兵を進
めてきた時、この軍隊の一部が、指揮官の命を受け、外国人の全財産を没収し、こ
れに遭遇した外国人住民を攻撃した。このため、若干の負傷者と六人の死者が出る
結果となった。アメリカ領事とその家族は、避難してきた他の諸国の人々と一緒に
領事館を追い出され、南京市の郊外を通って揚子江上流の岡の上にある一軒家に追
い詰められた。米英の砲艦が艦砲射撃で襲撃者を追い散らし、やっとそこから救出
された」
 そして訳者注には「この艦砲射撃により、南京の中国市民にも多数の死傷者が出
た。日本は、南京駐在領事森岡正平の臨機の判断が功を奏し、日本居留民に死者が
出ることはなかった。また外国側の攻撃に日本は参加していない」とある。
 次に欄外の解説にはこうある。
「一九二七年三月二十四日国民党軍は南京に到達した。この革命軍は、本来この地
にいた馮派(北方軍閥)の軍隊を壊滅させることが狙いであったが、突然その矛先
を外国人に向けることになった。五二名の外国人が、ソコーニー・ヒルにあるスタ
ンダード・オイル社の所有地に避難したが、その他の人は大学(金陵大学)で捕ら
えられた。日本と英国の領事館が急襲され、外国人の家屋が略奪される事態となっ
た。ソコーニー・ヒルにある建物は、誰彼なく殺すぞと脅迫する国民党軍の小さな
グループに侵入された。最終的にはアメリカ領事ジャン・K・デービスが二隻の米
艦艇に出動を要請し、その弾幕によって脱出が可能となった。さらに艦砲射撃によ
って街路の邪魔者は一掃され、その日の午後には、この騒乱に決着をつけることが
出来た。しかしながら、アメリカ人一人、イギリス人三人、それにフランス人牧師
一人とイタリア人牧師一人、合わせて六名が殺害された。この事件は、列強諸国が
国民党への懐柔政策を放棄する契機となった。蒋介石の力を弱体化するためにこの
事件を起こすという国民党内左派の狙い通りになったともいえる。かくして、この
事件をどう処理するかが、早速議論を呼ぶ外交問題となってきたのである」
 この、南京事件も重要な示唆に富んである。如何に蒋介石率いる国民党軍の規律
が乱れていたか、そしてその裏には「左派」つまり共産軍の影がうごめいていたか。
この延長線上に日支事変の大元になった「盧溝橋事件」があり、やがて日本軍の南
京進撃に伴って発生したとされる、いわゆる「南京事件」があるが、戦後の日本人
はこの教訓を学んでいないように感じる。
 つまりこれは私の勝手な想像だが、国民党軍は決して一枚岩の軍隊ではなく、群
雄割拠の中国らしく、国民党軍もその実態は共産軍をはじめとする“群雄”の集合
体であった。そして兵士の中には、諸外国の“侵略”に抵抗する革新思想が蔓延し
ていて、相手が弱いと見れば容赦なく強奪する“盗賊集団的要素”も強かった。
この第一次南京事件も、やがて起きた日本人虐殺事件である通化事件も、そして
第2次?南京事件も、実は国民党軍とその一派が引き起こしたものであるがゆえ
に、敗戦のショックで反省しきりである日本国民の弱腰を良い事に、その全責任
を帝国陸軍に押し付けているとしか考えられない。
 その証拠に、日本敗戦直後に台湾に進駐した陳儀将軍率いる国民党軍の、台湾人
大量虐殺事件(228事件)を見れば明らかであろう。        (続く)
 
佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信 
 小沢さん菅さん 何しに硫黄島に行ったのですか?
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民主党の小沢一郎代表と菅直人代表代行が20、21両日、硫黄島を訪ねた。それは戦争
責任問題への取り組み姿勢をアピールする狙いだったらしいが、わざわざ自民党総裁選が
ある20日に行くことで、「自民党の総裁に関心なし。」とのいつもの小沢流の可愛げな
いポーズというか、子供じみた滑稽極まりない姿である。

それはさておいて、硫黄島の激戦については、このメルマガでも何度も紹介したが、この
戦場はいわば大和魂である日本人として記念すべき聖地として扱わなければならない。地
熱と硫黄ガスと渇水に耐えながら地下陣地を黙々として設営、米軍の5日で陥落の目論見
にもかかわらず、日本軍がなんと一ヶ月半も持ちこたえた人間の奇跡の記録でもある。馬
鹿の一つ覚えの海軍が当初唱えるように水際戦略で、結果的に一気に玉砕するほうが余程
楽であっただろうが、祖国防衛のための時間稼ぎとして、名将栗林忠道将軍自ら一兵士と
して艱難をともにし、最後まで地下壕を掘りつつ戦ったのである。米軍も敵ながら日本軍
の戦いぶりに、太平洋戦争で栗林将軍を最も優秀な日本の司令官と称え、一方で米軍の最
も苦しかった戦いとして海兵隊の勇気ある死に報いるために破格の27個もの名誉勲章
(太平洋戦争全部で84個)を与えている。
 
そして硫黄島の激戦から40年目となる1985年(昭和60)2月19日、「名誉の再会」と題
した日米両国初の戦没者合同慰霊祭が行われた。米国側の参加者は退役軍人、遺族関係者
ら総勢270名、日本側は総勢100名程が参加した。それ以来2000年(平成12年)3月14
日には第4回目の日米硫黄島戦没者合同慰霊祭(55周年)が行われた。硫黄島の南海岸に
は「再会の祈り」と題した記念碑がありそれには、
「硫黄島戦四十周年に当たり、かっての日米軍人は本日ここに、平和と友好の裡に同じ砂
丘の上に再会す。我々同志は死生を越えて、勇気と名誉とを以て戦った事を銘記すると共
に、硫黄島での我々の犠牲を常に心に留め、且つ決して之れを繰り返す事のないように祈
る次第である。」とあり、日米軍人がお互いを称えあっているのである。

今回の民主党首脳の硫黄島訪問の目的はよく判らないが、菅氏がいう「戦争の悲惨さの原
点が忘れられている」という文字通り、型に嵌った安っぽい反戦思想であるとすれば、現
地で戦死した兵士への弔いとはならないことを思い知るがよい。沖縄のひめゆりの塔で、
戦争の悲惨さを説くというのとは性格が異なるのである。僕たちが祖国防衛のために戦っ
た戦士の益荒男の心意地を理解してこそ、戦死した兵士への弔いとなるのである。そうで
なければ硫黄島に行く資格などない。言い換えれば、僕たちが硫黄島に行ってなすべきこ
とは、「祖国防衛のため大和魂で戦った戦士の地獄の戦いに敬意を表し、その心意気こそ
僕たち子孫が決して忘れないように永久に心に留めおくことを誓うこと。そして日本兵
20129名の戦死者のうち遺骨は4割にも満たない8510柱しか収集されていない現状より、
硫黄島で何時間でも良いから、時間の許す限りその戦死者と暑さと渇きの地獄を共有すべ
く自ら遺骨拾いを行うことである。」
その上で「硫黄島で繰り広げられた日米の男同士の死闘を尊敬しあい、和解後の戦後の日
米同盟の絆を永遠に誓いあうことである。」と思う。
近々上映のクリントイーストウッド監督の映画の根底に流れるものは左様なものと信じた
い。

どうか小沢さん、菅さん、硫黄島を単なる反戦平和のためとか戦争責任などの矮小化した
あなた方の偏狭な考えで位置付けないで貰いたい。硫黄島こそ、先の戦争なかで勇気と忍
耐でわが国を守ろうとした愛国者としての防人への尊敬の象徴としての聖地として、そし
て激戦の結果かっての敵と和解した戦後の日米同盟体制のシンボルとして、僕たちは子々
孫々まで伝えて行かねばならないのである。

奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社 
平河総合戦略研究所代表理事
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3.松永太郎
「まちづくり」とはなにか
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 私たちは、割合に言葉にだまされやすいところがあり、ある言葉が、いいことだ、と
ると、その意味を問われずに、建前として流通してしまう。たとえば「人権」というのは無
条件で守られなければならないし「平和」というのは絶対にいいことである、というよう
なもので、昔、山本七平氏が「空気」とよんだものがたちまちにできあがってしまう。

 こうした「空気」を作るのに、絶大な力を発揮してきたのがマスコミであった。そして、
いったんこのマスコミで、いいことだ、とされると、それを覆すのは非常に難しいことに
なる。逆もそうであって、マスコミで悪いことだ、とされるのも同じである。そして、そ
うなると、その「空気」を利用しようとする力が出てくるのも、自然なことである。

 言葉とその意味、ないし概念、あるいは言葉が指し示す実体、こういうものをつねに考
えていかないと、あるいは吟味していかないと、まったくの空論が非常に大事なことの
ように思えたり、逆に本来、大事なことが見過ごされたりする。「空気」を作り出すのは、
マスコミかもしれないが、それを流通させるのは私たちである。言葉を使えば、その実体
がそのまま実現すると考えたり(民主主義と平和が大事であるといえば、そのまま民主主義
と平和が実現していると考えること)や、言葉をなくしたり、言い換えたりすれば、その実
体がなくなると考えたり(いわゆるポリティカル・コレクトネスや「差別語撤廃」)するのは、
何も日本に限ったことではないが、よく見られる現象である。

 たとえば今「官から民へ」ということがいいことになっている。一方で、「政官業の癒着」
というのはいけないことになっている。
 「官から民へ」がよくて、「政官業の癒着」がわるいことになると、「業」の代わりに「民」
がよくなっただけで、実体はどう変わったのか、よくわからないことになる。「業者」とい
うのは、今も昔も悪いイメージである、「民間人」となるとなんとなくいいイメージである。
しかしこの2つの言葉の実体は、どこがちがうのだろうか。
 
今、私の住んでいる区では、なにやら「まちづくり」というのが行われそうな気配
である。何百年もわたって多くの先祖や、現に今の人々がそこで住み、暮らし、仕事を
してきた町を「つくる」というのだから、恐れ入る。そういうものを「つくれる」と考える
こと、それ自体、まるで昨日、今日できた後進国的発想であり、計画経済的発想であるが、
それはおくとして、やり方が、やはりこの「官から民へ」という建前を大いに利用するやり
方である。つまり「民」と称して例によって「学識経験者」やら「コンサルタント」がでてくる。
こうして「民間の活力」を使ったとか「民間の経験」を活かしたという風にするつもりなの
が、なんとなくミエミエである。学識経験者といって必ず「大学教授」が出てくるのも、
お定まりである。
「政官業の癒着」時代、すくなくとも「癒着」していたのは、道路やダムのような公共事
業に限られていたようであるが、いまや「官から民へ」の建前のもと、それこそ「まちづく
り」から「教育」まで、官だか民だかわからない双頭の怪物のようなシステムができあが
りそうである。このシステムは、責任の所在が極めてあいまいであり、民間のスクリー
ンに隠れれば情報公開の必要もない。こういったシステムは、官業の癒着どころか溶解
を招くだろう。
ここのところをしっかり監視するためには、マスコミがまず建前言葉に流されないよう
にすることと、正当な民主主義的手続きによって選ばれた政治家の力が、何よりも大事
になってくるだろう。

松永太郎;
東京都出身 
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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4.西山弘道 
 安倍新首相のキーマンはたたき上げの秘書官?
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 戦後生まれで初めての内閣総理大臣が26日、いよいよ誕生する。昭和20年、戦
後生まれのトップランナーの私としても「時代がここまで来たか」と感慨深い。安
倍氏も自民党総裁に選ばれた時のあいさつで「戦後生まれの私が・・」と強調して
いた。
 52歳。戦後の首相では、54歳の田中角栄氏を抜いて最年少であるが、内閣制度
発足からみても、安倍氏より若くして首相になった人物は4人。伊藤博文44歳、
黒田清隆47歳、山県有朋51歳、そして近衛文麿45歳の4人だ。明治の、平均寿
命が50歳代だった時代であれば、40、50歳代の首相就任はおかしくない。今日み
たいに平均寿命80歳代の高齢化時代に、52歳の首相誕生は画期的であろう。まし
て、「50,60はな垂れ小僧、70,80働き盛り、90お迎え来たら追い返せ」という永田
町年齢からみれば、まさに「はな垂れ小僧」総理なのだ。

 ところで、先日の各紙にこんな記事が載った。「安倍晋三官房長官は20日、首相
就任後の政務の首相秘書官に現官房長官秘書官である井上義行氏を起用する方針を
固めた。井上氏は88年、旧国鉄から旧総理府職員に転進。00年、小渕内閣の額賀
福士郎官房副長官の事務秘書官、05年10月の安倍長官の政務秘書官に就任した。」
(9・21 毎日)
井上義行氏。世間にあまり知られていないこの人物が、どうやら“安倍官邸”の
キーマンになりそうだ。“小泉官邸”を仕切ったのが、もはや有名人になり過ぎた大
物秘書官、飯島勲氏。この飯島氏に匹敵する秘書官になりそうなのが、この井上氏
なのだ。ところが、この井上氏の経歴がすこぶるユニークなのだ。
 1963年生まれの42歳。北海道出身で高校卒業後、旧国鉄に就職し、ブルートレ
インの機関手もしたという。仕事をしながら、大学に通ったというが、井上氏は87
年、国鉄民営化に直面、旧総理府の職員に転身する。そして首相官邸にひっぱられ、
官房副長官の事務秘書官として、安倍氏にめぐり合ったわけだ。

 井上氏が一気に注目されだしたのは、当時の安倍副長官が担当した北朝鮮の拉致問
題で、井上氏は拉致家族の支援を担当、きめ細かい支援で安倍氏の信頼を勝ち得たと
いう。安倍氏が幹事長に就任してからは、家族会支援室に移り、引き続き拉致問題を担
当、一説には、安倍氏の秘密特使として、北京で北朝鮮側と接触、週刊誌にも取り上げ
られた。安倍氏が官房長官に就任してからは、キャリアの各省庁出向の秘書官を束ね
る、政務担当秘書官に昇格、ますます安倍氏の信頼を得ている。

 つまり、井上氏はノンキャリ、たたき上げの首相秘書官となるわけだ。小泉首相の
飯島秘書官も夜間大学出のノンキャリ、たたき上げの秘書官だった。

 どうやら、エリートの「お坊ちゃん」政治家を支えるのは、苦労人の秘書が適任
らしい。

 今後、井上次期首相秘書官が注目されるのは、その経歴から拉致問題の行方であ
る。井上氏はいまだに北朝鮮側と独自のパイプを持っているといわれ、或いは、安
倍新政権で拉致問題が画期的に進展する可能性が出でくるかも・・・。

西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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◎映画寸評 アメリカ映画 「記憶の棘」原題BIRTH ○○○○ 奥山篤信評
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僕はニコールキッドマンの映画は絶対に見ることにしているほどのファンである。
初日に飛び込んだこの映画、時間の経つのも忘れるほど面白い。
冒頭鉛色の空の下、雪のセントラルパークをジョッギング、そして心臓麻痺で死ぬ最愛の
夫。10年後一人墓地で再婚の許しを得るかのように祈るキッドマン。やはり鉛色の冬空の
下、息をするだけで肺が浸み痛むようなあのニューヨークの独特の寒さが画面から伝わる。
そのキッドマンの墓参りをダニーヒューストン扮する下作な男が運転席で車の中で待つ。
 
場面は変わって多分五番街の70位の超高級アパートの一室パーティの場面、そこで下作な
男がキッドマンと婚約を発表する。観客になんでよりによってこんな品性下劣そうな男と
清純な色気溢れるキッドマンをと怒りを感じさせる監督の手法が巧みである。
そこに突然10歳の少年(天才子役という)が死んだ夫の生まれ変わりとして現れる。この
男と結婚しないでと懇願する。観客はなんだオカルト映画を見にきたのかと一瞬嫌悪感が
よぎる。
 
夫の生まれ変わりという、この異常な少年に心を惹かれるキッドマン。そして婚約者と歌
劇場に遅れて駆けつけるが頭から離れられない少年の言葉、そのワルキューレの序曲の間、
カメラはかなりの時間執拗にキッドマンの複雑な心境の表情を捉える。この心理描写の手法
監督は只者ではない。
 
付きまとう少年に婚約者はついに切れ本性を現し暴力沙汰となり、アパートを出て行く。
行く先がみすぼらしい長屋であり、この婚約者は金目当てもあったような筋書きで観衆は
嗚呼キッドマンがこんな男と別れて良かったと安堵する。
.
その後、少年と駆け落ちするまで心に決めたこんだキッドマンだが、意外などんでん返し
による真実が明らかになる、これが大変意表をついた面白いものなのでここで種明かしは
避ける。
 
結局少年と別れ婚約者に媚びるような形(例に依ってアメリカ人の大好きな責任逃れの台
詞、私のせいじゃないわよと)で許しを請い戻る場面で、僕は「この駄作が!」と怒りに
燃えたが、そこからが続きがあり、結局は結婚式でむなしい自分を悟ったキッドマンが海
辺へとウェディングドレスのまま逃避する。そこに婚約者が追いかけて来て抱擁する場面
で終わるが、僕はキッドマンのなお冷め切った表情にこの結婚の破局を読みとった。これ
で、この映画は駄作から再度秀作に戻ったと思っている。
 
人間というのは、いかに周囲や相手が形式や虚構であろうとも、そこに自分の感情や愛が
ありうることをこの映画が謳っていて面白いのである。むしろ人間の刹那の感情よりも大
切なものがひょっとして形式や仮面や虚構なのかもしれないということを、この映画はコ
ミカルな中に三島由紀夫が追い続けたような世界を描いているのかもしれない。シナリオ
の上手さとキッドマンの独り舞台とも言える演技力に脱帽である。監督はミュージック・
ビデオで高い評価を得ているジョナサン・グレイザーである。あのハンフリーボガードと
の共演を思い出すローレンバコールが出てきて、嗚呼自分も歳をとったと溜息がでる。サ
ウンドトラックはクラシックの指揮者としても活躍しており、「シリアナ」や「真夜中の
ピアニスト」など作曲したアレクサンドルデブラで音楽もなかなかの渋い雰囲気をかもし
出している。少年との入浴シーンにカンヌ映画祭でブーイングがあったというが、僕は全
然倒錯的なものは感じず、むしろ全編通じてのコミカルさが面白いのである。
奥山篤信
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図書室 「余・クローディウス」(I,Claudius)続き
I, CLAUDIUS   Robert Graves  Vintage Books 1934 松永太郎評
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 「余・クローディウス」をやっと読み終えた。一冊の小説にこれほど夢中になったのは、
ひさしぶりである。 それで、先週に引き続いて、ご紹介したい。

 前半は、「神君」アウグストウスの后で、毒殺魔のリウイアという女性が際立っていた。
しかしリウイアが、先夫とのあいだの息子ティベリウスを皇帝にするため、夫のアウグス
トウスを毒殺した(毒を塗ったイチジクを食べさせた)あとは、このティベリウスが後半
の主人公となる。

 ティベリウスは、自身も優れた軍人だったが、皇帝になるとたちまち堕落し(もともと、
そういう傾向があった)、ナポリ湾沖の島カプリに仲間を集め、ありとあらゆるご乱行にふ
けるようになる。したがって軍事は、忠実な甥のゲルマニクスにまかせるようになる。

 ローマ帝国の辺境は、つねに反乱や暴動が絶えなかったが、いちばんの脅威はゲルマニ
ア、すなわちライン流域いったいである。したがって最強の軍団がそこには配備されてい
たが、脅威がやまないため駐留がながびき、軍団内部に不満が増殖し、一触即発気配を示
していた。ゲルマニクスは、ローマでもっとも有能、かつ誠実な将軍で、兵士たちの信望、
人気、もっとも厚かった。そのため、この不穏な空気を抑えるため派遣されたのだが、彼
をもってしても、抑えることが難しく、暴動は時間の問題だった。なにしろ老兵とその孫
が同じ軍団にいるのである。

外国に派遣された軍隊が、本国よりも独立した強大な力を持つ、というのは、ほかなら
ぬローマの歴史が示している。ゲルマニアに派遣されたジュリアス・シーザー(ユリウス・
カエサル)が、その赫々たる武勲と最強の軍団をもってルビコンを渡り、共和制ローマを圧
倒したのは、ティベリウスの時代のローマにあっては、つい先日の記憶である。

 ゲルマニクスは、この不穏な気配を見て、陣営にいた妻のアグリッピナと息子のカリグ
ラを帰国させようとする。美しい女性とまだあどけない子供が、護衛もなしで、さびしく
陣営を去る姿に兵士たちが動揺する、というラテン文学中、もっとも有名な場面の一つが
ここに現出する。兵士たちはさけぶ。「哀れなカリグラ(小さな長靴)よ。母とさびしく陣
営を去るのか、護衛もなしで!」
これを記述するクローディウス(実際は作者のグレイブス)の筆はさえている。「兵士とい
うのは、おどろくべき人々である。盾を覆う皮革のようにタフで、エジプト人のように迷
信深く、サビネの老婆のようにセンチメンタルである。このことがあって10分後、兵士
たちは、ゲルマニクスのテントの前に後悔と悔悛の情で酔ったようになりながら、口々に
彼への忠誠を誓い、どうかカリグラとその母を陣営から立ち去らせないでくれと哀願した」。 
あどけない子供は、小さな兵士のような格好が好きで、その長靴がかわいらしいので、
この名前がついたのである。

ライン軍団の反乱はおさえられる。ローマ市民は安堵し、反乱をおさえたゲルマニクス
とその妻アグリッピナはともに凱旋し、市民の歓呼にむかえられる。このすべてをおそろ
しい嫉妬に満ちて見つめていたのは、皇帝ティベリウスである。彼は、グナエウス・ピソ
というおろかでけちな老人を総督として派遣し、ことごとくゲルマニクスと対立させ、問
題をおこさせる。
 やがてゲルマニクスは、家中が死体の匂いで満ちているといいながら、死ぬ。はたして
家の床下には赤ん坊の死体やら犬猫の死体やらが一杯に埋められていた。ゲルマニクスを
愛していた民衆の怒りはものすごく、その怒りはピソに向けられる。ピソが、あるいはそ
の妻が、毒をもったのだろう、と。

 悲劇の将軍ゲルマニクスを毒殺したのは誰か。そこまで書いてしまうと犯人を明かすよ
うなものでものであるが、このようなエピソードがあとからあとから出てくるのがこの本
である。この「小さな長靴」のものすごさ、残酷さは有名であるが、そこだけ小冊子とな
って、ペンギンからも出版されている。
松永太郎
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  • 鹿2006/10/04

    「再会の祈り」と題した記念碑「硫黄島戦四十周年に当たり、かっての日米軍人は本日ここに、平和と友好の裡に同じ砂丘の上に再会す。我々同志は死生を越えて、勇気と名誉とを以て戦った事を銘記すると共に、硫黄島での我々の犠牲を常に心に留め、且つ決して之れを繰り返す事のないように祈る次第である。」これを靖国神社の就遊館に展示すれば、米中韓などの誤解がとけるのではないかと思います。