政治・経済

甦れ美しい日本

日本再生のための政治・経済・文化などの発展・再構築を目的とし、メールマガジンの配信を行う

全て表示する >

甦れ美しい日本 第065号

2006/05/11

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2006年5月11日 NO.065号)

  ☆☆甦れ美しい日本☆☆

☆・・・・私たちは書きたいから書くのです・・・・
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 < 目次 >
◎ゲスト執筆者

 塚本三郎    北京燃ゆ(義和団事変) 
 
◎レギュラー執筆者 
         
1.佐藤守        大東亜戦争の真実を求めて60
2.奥山篤信       映画「Vフォー・ヴェンデッタ」とテロリズム
3.松永太郎    アメリカ空軍と孫子の兵法  −ジョン・ボイドのOODAループ
4.西山弘道    総裁選、2強2弱

◎図書室

1.滅び行く国家 立花隆 日経BP (松永太郎)
2.米中が激突する日 黄文雄  PHP研究所(奥山篤信)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
──────────────────────────・・・・・☆
------------------------------------
 塚本三郎
 北京燃ゆ(義和団事変) 
-----------------------------------                              
 五月の連休中、明治時代の歴史について時間を用いた。明治維新以来、初めて戦った日
清戦争、そして息つく暇もなく、十年を経ずして世界最強国ロシアとなぜ戦ったのか。否、
なぜ戦わざるを得なかったのか。
 その原因は、北清事変(義和団事件)であった。
 この事変をイギリス人ジャーナリスト・モリソンが『北京燃ゆ 義和団事変』が審しく
綴られている。彼は動乱の北京で、ジャーナリストとして、当時の支那の政情と、よって
起った義和団事変、そして欧米列強のすさまじい支那大陸への侵略の数々を、生々しく綴
って、英本国に送っている。
 当時の国際社会は、ジャングルの掟がまかり通る、弱肉強食の社会であり、その餌食と
されたのが清国であったと伝えている。そのジャングルを静めたのが、初めて国際社会に
顔を出した日本軍であった。
 その日本軍が、余りにも勇猛果敢であったことが、期せずして、ロシアと戦わざるを得
なくなった。恐ろしい歴史上の因果を見せつけられた。この義和団事変こそ日露戦争、及
び第一次世界大戦を解く道筋に見える。以下モリソンの報告をまとめて記した。

一八九五年四月、日清戦争後始末の下関条約締結直後、対日交渉をしようと、ロシアに
誘われたドイツは、フランスと組み、三国が束になって対日干渉を行なった。(三国干渉)
日本が清国に割譲させた遼東半島を、清国に返還せよという要求を、呑まざるを得なか
った。日清戦争勝利のため、すべてを使い果した日本は、この三国に抵抗できなかった。 
そのお礼に清国から何を要求しようかと三国が討議している最中に、ドイツ人宣教師が
清国人に暗殺された。ドイツはこれ幸いと、山東省を占領した。その上、ドイツ人二人
の殺害賠償と、膠州湾をも占領した。
 ロシアは、ドイツを追い払う約束を清国としていたが、裏でドイツと密約しており、満
州を着々と侵略していった。特に東清鉄道は、ロシア南進の生命線と急ぎ、逆に満州から
朝鮮へと進出する気配を露骨にみせた。
 朝鮮がロシアの手に落ちれば、日本も危うくなる。しかし日本は未だロシアに対抗する
実力がないから、ひたすら実力を蓄えることに終止した。
 かくして、イギリスも今迄得ていた数々の支那の権益を損なうことを恐れ、列強の各国
が清国領土の分捕りに乗り出した。
 それはもう、相手は取るに足りない清国ではなく、列国間の分捕り合戦と化した
(ロシア、ドイツ、フランス、イギリス、それに日本も自衛上加わり)欧米各国が、牙を
みがいて虎視眈々とチャンスを伺っていた。
 特にロシアが露清条約によって、ドイツの侵略から清国を守ると約束したはずが、逆に、
旅順、大連を占領した。これを「送り狼」と言う。
 西欧列強のアジア進出の大波を受けた清国は、戦争をする度に、莫大な損害を蒙り、国
力は衰え、内部の腐敗政治と権力闘争で崩壊のキザシが見え、中央と地方の権力闘争と官
吏の腐敗という人災は眼に余った。当時の国際社会は、ジャングルの掟がまかり通る弱肉
強食の社会であり、その餌食とされたのが清国であった。
 民衆は、この混乱をもたらしたのは西洋人である、と感じた。清国奥地の農民たちが、
直接眼にしたのはキリスト教の宣教師であった。奥地に入ることを許されたのは宣教師だ
ったから。宣教師は尊い使命に燃えていたが、その活動は、宗教、文化の移入のみならず、
帝国主義的侵略のお先棒とみられた。宣教師は、教会を建てると共に、鉄道や鉱山などで、
西洋資本を導入し、港には艦隊を堂々と入れていたから。
 かくて宣教師に対する憎しみは、農民から清国の官吏にも広がり、キリスト教に改宗し
た清国人(教民)にまで及んだ。
 かつて清国内の宗教的秘密結社は、清朝から圧迫されていたが、この様な人心不安の中
で再び頭をもたげ、大きな力を持つようになり、義和団という教団が、貧民を吸収して力
を増し、憎しみの対象である西洋文明、つまり、教会、病院、鉄道、駅、電線などを破壊
し、教民、宣教師、一般外国人を襲い、凶暴性を増していった。
 北京には、日、英、米、露、独、仏、伊、墺、西、豪、ベルギーの十一カ国の公使館が
あった。各教会が義和団と名乗る暴徒によって焼打ちをうけたから、次は公使館だと北京
城に逃げ、清国政府に暴動の鎮圧を要請した。
 清朝は、義和団が民族意識にめざめ、日増しに勢力を伸ばした様子を、愛国的人民の蜂
起とみとめ、清国政府は逆に連合国と開戦を宣言するに至った。
 「交民巷」、古い都市には外国から身を守るために、都全体が城壁で囲まれていた。北京
も内城と外城に囲まれた堅固な城となっている。各国公使館は内城にかたまっている。そ
の上、諸外国の商社、銀行、邸宅があって、十一カ国の外交官及び居留民五百名、護衛兵
四百名、教民三千名など、計四千名以上、各国の戦える男はすべて、暴徒義和団と応戦す
ることになった。その中での日本軍の活躍は柴五郎中佐を中心とした、めざましい働きを
し、日本人の名声は全世界に轟いた。
 敵の攻撃の最も激しい王府を小勢で護りつくした。イタリア、フランス、オーストリア
兵などは、怯懦そのものであったことは、映画「紫禁城の戦」で多く語られている。
負傷をしても助けを呼ばず、後方に退こうとせず、自分の部署を守る日本兵の姿をみて、
「不思議な体験」と外人はみていた。
 欧州の各国は、遠くの地であるから、救援軍を出すのに間に合わない。日本とロシアの
みが救援出来た。しかしロシアは軍を出しても満州を占領し、朝鮮に眼を向けて、北京に
籠城する連合国の、解放と援護に向かわず、日本のみが頼りとなった。
 北京の情況が一刻の猶予も許さない時に、列強は内輪モメである、特にロシアは日本軍
の出兵に反対していた。よって日本は、かつての三国干渉の時を考え、大陸に一片の野心
も無いと言って出兵を拒否した。
 「列強の総意がなければ、日本は軍隊を出さない」と日本政府も言って動かない。遂に
イギリスの与論は沸騰し、ロシアに構わず英、仏、独、米、伊が一つになって、日本を支
持すべしと、デイリー・メイル紙が報道する。『日本は、北京籠城者救助を達成できる唯一
の国である、乱の鎮圧の必要経費はすべてイギリスが負担する。財政的責任はイギリスが
引き受けよ』と言い出した。もともと日本は、お金目当てで出兵を渋ったわけではないと
断り続けたが、止む無く、そして七月六日、お金は要らないと宣言して日本は動いた。
 七月十四日、日本軍のリードで、まず天津城を陥した。天津城陥落後、列強の兵は略奪、
放火、強姦などの限りをつくしたが、日本軍は軍規正しく乱暴を働く者は殆んど居なかっ
た。清国人は日本兵に感謝し、「日本順民」の字を書いた日章旗を掲げて好意を示した。
 五十五日間続いた北京籠城は、日本軍の勇敢な戦闘力によって漸く解放された。
日本の援軍到着まで、城中では「英雄・柴五郎」と呼ばれた。また常に連合軍の先鋒と
なって、北京へ一路猛進した「英雄・福島安正」の武勇は、日本兵のあっぱれな戦闘と
崇められ、正しい軍規を世界に示し、「旭日の国・日本」の名を全世界に示した。
 これが、やがてロシア対連合国へと対立し、日露戦争へと尾を引いて、ロシアの大陸で
の野望を抑える天命が、日露戦争となって、日本が自衛上も引き受けざるを得なくなった。
 もちろん軍規正しく戦った日本軍に、本土を荒らされた清国人も協力した。とりわけ、
大英帝国が、進んで日英同盟を申し入れて来たことも、この北清事変という、勇者の功績
が土台に在ったことは軽視できない。
北清事変は、ロシアの野望と日本の誠実が極端に分かれ、全世界は日本の存在を初めて
認め、さらにロシアの侵略を抑え得るのは日本だ、という期待が高まった。弱小国日本
は、やがて世界最強国ロシアと戦わざるを得なくなり、そして暴徒ロシアを敗ることが
出来た(日露戦争)。その裏では、世界の厚い期待と協力があったことを忘れてはならな
い。
 日本に対し三国干渉を行なって、清国に恩を売りつけ、その見返りの陰謀を企んでいた
最中に、ドイツ人宣教師を殺した支那人を、日本人が見つけた。犯人はドイツ人の腕時計
を盗んで、持っているのを、日本人が見つけたことで犯人逮捕となった。
 もし時計を見つけたのがロシア兵だったら、犯人の逮捕はなかった。
義和団の乱鎮圧のどさくさに紛れ、ロシアとドイツが、清国侵略の意図を露骨にみせた。
日本軍の活躍によって鎮圧されたのに、逆に支那大陸で緊張が高まった。
 日本人は両国が共同作戦で、清国分割に乗り出すのではないか、と心配し、露、独の動
向を懸命に探知した。やはり、ロシアの野望は止まることがなかった。

自国の力で治められない清国
 清政府歳入の三分の一を海関(関税)で得、清国経済を支えていた。政府機関で、それ
がイギリス人を主とする外国人で運営されていた。一八七五年、イギリス人二百五十二人
その他の外国人百五十六人、その下に四千五百人の中国人、上海、厦門、広京、芝罘、天
津など十一条約港であった。イギリス人、ハートがその育ての親である。
 彼は、従来の欧州列強の威嚇的な対清政策は誤りで、列国は清国を平等に遇すべきであ
る。さもなくば、いずれ中国、四億の民は列強に反抗して蜂起するであろう、さすれば欧
州は、これに対抗することは出来ないであろう。と清国内の動静を見透かしていた。彼が
既に憂慮した如く、義和団の蜂起となった。幸い、日本の援軍によって助かった。
北京城解放後、総司令となったドイツのヴァルダーゼ以下の軍は、治安の成った北京の
みならず、海関という海の税関地区へも軍を出して、乱暴し、残党狩りと称して、再び
戦争状態に陥れた。日露戦争の原因を造った侵略者ロシア、第一次世界大戦の原因を造
ったドイツの行動は、そのはしりと云うべきである。
 当時は国際社会の桧舞台で、あるいは舞台裏で、生き馬の目を抜くような熾烈な大取引
を繰りひろげている。この会議を通じて日本は国際的信用、特に英、米の信用を取り付け
一挙に世界の桧舞台に押し上げられた。
    
塚本三郎;                
愛知県名古屋市に生まれる 
鉄道省名古屋鉄道局に勤務し、県立中学校(夜間)に入学 
終戦とともに労働組合運動に従事 
運輸省に転勤し、中央大学法学部(夜間)に入学 
国鉄を退職し、中央大学法学部卒業 
昭和 33年 挑戦4回目にして初当選し、昭和生まれ初の代議士
(日本社会党所属)となる(以後当選10回) 
昭和 35年 民社党結党に参加 
昭和 49年 民社党書記長に就任(国鉄改革・電電公社民営化に取組む) 
昭和 60年 民社党中央執行委員長に就任 
平成 元年 民社党常任顧問に就任 
平成 9年 「勲一等旭日大綬章」を受章 
------------------------------------
1.佐藤守
 大東亜戦争の真実を求めて60
-----------------------------------
「ハルノート」を突きつけられた日本政府の動きは慌しくなる。東条英機宣誓供述
書を続けよう。
「一〇六 十一月二十七日には午前十時より政府と統帥部は宮中において連絡会議
を開催しておりました。(開会の時にはいまだ米国の二十六日案は到着しておりませ
ん)外務大臣より日米交渉の経緯を申告し、その成立の困難なる旨報告がありまし
た。そのうちにワシントン駐在の陸軍武官より米国案の骨子だけが報道されてきま
した。これによれば前に概略言及したような過酷なものでありました。同様な電報
は海軍武官よりもいって来ました」
「一〇七 同日すなわち十一月二十七日午後二時より更に連絡会議を開き各情報を
持ち寄り審議に入ったのでありますが、一同は米国案の過酷なる内容には唖然たる
ものがありました。その審議の結果到達したる結論の要旨は次のごとくなりと記憶
します。
(一)十一月二十六日の米国の覚書は明らかに日本に対する最後通牒である。
(二)この覚書はわが国としては受諾することは出来ない。かつ米国は右条項は日
本の受諾し得ざることを知りてこれを通知してきている。しかもそれは関係国と緊
密なる了解の上になされている。
(三)以上のことより推断しまた最近の情勢、ことに日本に対する措置言動ならび
にこれより生ずる推論よりして米国側においてはすでに対日戦争の決意をなしてお
るもののごとくである。それ故にいつ米国よりの攻撃を受くるやも測られぬ。日本
においては十分戒心を要するとのこと。
すなわちこの連絡会議においては、もはや日米交渉の打開はその望みはない。従
って十一月五日の御前会議の決定に基き行動するを要する。しかし、これによる
決定はこの連絡会議でしないで、更に御前会議の議を経てこれを決定しよう。そ
してその御前会議の日取りは十二月一日と予定し、この御前会議には政府からは
閣僚全部が出席しようということでありました。この連絡会議と右の御前会議予
定日との間の相等日を置いたのは自分は天皇陛下はこの事態につき深く御軫念
あらせられ一応重臣の意見を聞きたいとの御考をお持ちになっておられる事を
承知しておったので、御前会議をただちに開かず数日後に遅らせたのでありま
す」
 これを読めば、日米交渉に関する当時の日本政府の動きが明白になる。開戦を食
い止めるべく「指名」された東條首相が、すでに「仕組まれていた」世界情勢に翻
弄されていく有様が彷彿とする。この「供述書」は、日本国民に対する彼の心の底
からの「供述」であって、単に「連合国側」の「復讐に燃えた裁判官達」への言い
訳ではないと見るべきであろう。
 十一月二十八日、東條は閣議を招集する。
「一〇八 十一月二十八日午前十時より閣議を開きました。その席上で東郷外相よ
り日米交渉につき詳細なる報告があったと記憶します。また前に述べました連絡会
議の結論をも閣議ではかりました。これに対し全閣僚は同感の意を表しましたが、
しかし、この閣議では開戦の決議をせず、このことは十二月一日に開かれる御前会
議の決議を待とうということにしたのであります。
 この日閣議直前東郷外相来訪し、野村、来栖の十一月二十六日電(御親電に関す
る意見具申)につき話がありました。外相はこの件につきてはすでに嶋田海相とも
連絡したとのことでありました。しかして我々は慎重研究の結果、その内容よりす
るも本電の処置は時局を収集するに適当ならざるのみならず、すでにハルノートに
接したる今日本電の意見具申は問題にならずとのことに我々の意見が一致し、その
旨東郷外相より返電しました。(野村来栖両大使の本電を発したるはハルノートを受
けた以前なりとのことでありました)」
 インターネットが発達した現在では考えにくいことだが、当時の通信状況では止
むを得なかったのであろう。それに「時差」もある。
「一〇九 次の事柄は私が戦後知りえた事柄であって、当時はこれを知りませんで
した。
(一)米国政府は早くわが国外交通信の暗号の解読に成功し、日本政府の意図は常
に承知しておったこと
(二)わが国の一九四一年(昭和十六年)十一月二十日の提案は日本としては最終
提案なる事を米国国務省では承知しておったこと
(三)米国側では十一月二十六日のハルノートに先立ち、なお交渉の余地ある仮取
極案をルーズベルト大統領の考案に基きて作成し、これにより対日外交を進めんと
意図した事がある。この仮取極案も米国陸海軍の軍備充実のために余裕を得る目的
であったが、いずれにするも仮取極はイギリスおよび重慶政府の強き反対に会いこ
れを取りやめついに証第一二四五号1の通りのものとして提案したものであること、
ならびに日本がこれを受諾せざるべきことを了知しいたること
(四)十一月二十六日ハルノートを日本政府は最後通牒と見ている事が米国側に
わかっておったこと
(五)米国は一九四一年十一月末すでに英国と共に対日戦争を決意しておったば
かりではなく,日本より先に一撃を発せしむることの術策が行われたることであり
ます。十一月末のこの重大なる数日の間において、かくのごとき事が存在しておろ
うとは夢想だもいたしておりませんでした」
 なんという善人!わが政府は、開戦を恐れる余りに、世界情勢全般が見えない「視
野狭窄症」に陥っていたのである。               (続く)  

佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
---------------------------------------------------------
2.奥山篤信 
 映画「Vフォー・ヴェンデッタ」とテロリズム
 --------------------------------------------------------
僕は従来SFや未来ものは非現実的なので書物も映画も演劇もあまり見ないことにしている。
この映画を見に行ったのは友人に勧められたからであり、意外に面白いので映画評を書く
ことにした。

この映画、独裁国家となった近未来の英国を描いている。マスメディアはコントロールさ
れ、ヒトラーまがいの独裁者のもとに親衛隊というよりも突撃隊のようなゴロツキ自衛団
による恐怖の秘密警察国家である。ここではナチスと同様政治犯、同性愛者、ハンディキ
ャップは強制収容所送りで人体実験の道具にされ、国民は政府の放送するメディアを従順
に聞く羊の群れとなっている。まさにジョージオーウェルの1984年の世界である。
ここにVと名乗る仮面の男が登場し、不正と偽善と暴虐にまみれた政府の転覆を図るとい
う物語である。
『政治家は真実で嘘を語る。小説家は嘘で真実を語る。』 このVが教養ありユーモアあ
りで滅法強く正義の味方月光仮面みたいでともかくカッコイイのである。Vはかって強制
収容所で人体実験にあい、特別のDNAが備わった復讐(ヴェンデッタ)の鬼という設定。
 
ちょうど400年前の1605年11月5日の“ガイ・フォークス・デー”(アングリカンチャ
ーチ支配に抵抗するカトリック教徒の国会爆破の陰謀で未然に発覚、首謀者たちが絞首刑、
火あぶり、四つ裂きの刑となった事件)に因んで同じ日に国会を爆破し独裁政権を粉砕す
るというものである。
この映画は見るものに過去現在のあらゆる政治事象を連想させるのである。それはヒトラ
ー、SS、突撃隊、ユダヤ人強制収容所に限らずサッチャー、レーガンの強き保守主義、ブ
ッシュのネオコン、イラク戦争、イラクのアルグレイブ収容所など想像逞しくみると興味
が尽きない。
 
女性役のナタリーポートマンが扮するイヴィー。夜間外出禁止令を破ったイヴィーは危機
一髪自警団にレイプ寸前のところこのVに助けられ、最初は不安に思いながらも、彼女の
人生は変わっていく。そして最後はお互い惹かれての恋物語。なんか演出者の悪乗りの悪
戯とも思えるほど「オペラ座の怪人」丸出しではないか!圧巻はVがこのイヴィーの信念
と確かめるために、偽の牢獄にいれ丸坊主刈り(この途端ポートマンのセクシーな魅力
が半減、ガッカリきますよ)にした上で拷問にかけるのだ。そしてVの居所を知らせれば
開放すると苛める。イヴィはそれを拒否死刑の宣告を受け、その処刑寸前の最後の救いも
拒否するのだ。「理念は永遠である。肉体が朽ちるとも!」という作者の美学をここに覗
かせているのである。この作者はかなり自己陶酔の美学があるように思える。
 
この映画は大衆蔑視の目から国民をどうにもならない羊の群れと捉えている。でもその善
意の羊を味方にしない限り圧制も成り立たないし圧制も倒すことができない。その羊のよ
うな大衆に、これにVと同じ仮面を着せて11月5日国会への怒りの集合へと追い立てる。
ドミノのごとく、ついには弱い羊が強固な独裁政権を覆す山場である。一方でVが仕組ん
だ議事堂爆破のための弾薬を積んだ地下鉄が国会の地下に向けて放たれる。最後のVの仮
面を剥いだ大衆の群れ、英国議事堂が美しく爆破され花火のように空に雷光が飛び散る美
しさ、ヘンデルの「王宮の花火の音楽」を奏でつつ観客が胸につかえるものがどっと消え
陶酔圧倒されるフィナーレである。それは伝統ある英国議事堂というまさに虚構の終焉か、
ワグナーの神々の黄昏や三島由紀夫の金閣寺が燃える美しさにも通じるものがある。
 
この映画賛否両論があるらしいが、理由はテロについて「崇高な目的、個人の自由や尊厳
にかかわる問題でそれが権力により踏みにじられている場合、まさに国家テロに対して、
個人や国民のテロは正当化されるか?との問いを投げかけているからである。あまりにも
美しい冒頭の中央刑事裁判所(オールドベイリー)の爆破と議事堂の爆破など、震えるよ
うな共感を観客に齎す映像の美学からして圧政に対してはテロで戦う国民の権利があると
肯定しているのだ。911以降一律にテロの撲滅などという平坦なスローガンが世界を駆
け巡っている。果たして中国の暴政弾圧下いわば国家テロ下でのウイグルやチベットでの
中央政府へのテロまでも封じるべきなのか?国家テロに対しても暴力なしでの話し合いを
求めるのか?それこそ偽善ではないか?テロなしには明治維新もなかったし、あのアメリ
カ建国でさえありえなかった。かかる歴史的現実を考えれば一律テロ=悪の決め付けは、
悪魔の政権が存在するにも拘らずその悪徳政権維持status quoのための世界的談合化に
他ならないのではないか。日本が近未来隣国に占領され、それに呼応する売国傀儡政権が
できたとする。愛国者である諸君はそれでも政権打倒のための暴力的テロを否定するのだ
ろうか?あの故森嶋通夫が日本が侵略された場合、一切の武力防衛を避け白旗を振るとい
う臆病で卑怯な平和念仏思想がまかり通る日本では、チベット化されてもなお服従し静観
するのかもしれないが。

無辜の国民を不条理な犠牲とする無差別テロは断じて許されるものではない。この映画も
無差別テロを賛美しているわけではない。
逆言葉狩化した金科玉条の「テロは人類の敵である」と裏腹に、圧制打倒の国民の暴力と
は、むしろ自由と民主主義を求める国民の権利であることをこの映画は高々と謳いあげて
いるのである

奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社 
平河総合戦略研究所代表理事
-------------------------------------
3.松永太郎
 アメリカ空軍と孫子の兵法  −ジョン・ボイドのOODAループ
-------------------------------------
 1. ジョン・ボイドというパイロット

以前に、このメールマガジンでご紹介したジョン・ボイドの詳細な伝記を読んだ。ロバー
ト・カラムによる、この伝記は非常に優れており、全米各誌の絶賛を浴びて、ベストセ
ラーになった(BOYD: The Fighter Pilot who changed the Art of War. Robert Coram)

 ジェット戦闘機のパイロットは、複雑な航法を理解したうえで、想像を絶するGに耐え
ながら、空中戦を行うという、ものすごい仕事であるため、知力、体力、精神力ともに抜
群でなければ、つとまらない。ボイドは、その中でもアメリカ空軍のトップ・パイロット
の訓練をする「戦闘機学校」(ファイター・ウエアポン・スクール)の教官を勤め、相手が
どんなヴェテランでも40秒以内に叩き落してしまう、という神業を見せて、「フォーテ
ィ・セカンド・ボイド」という異名をとった。しかも、いかなる肩の星の数の権威にも屈
しない、という男伊達で、それだけでも一人の人間のとして十分におもしろいが、しかし、
ボイドの真の功績はそれだけでなく、アメリカ空軍の戦術や戦略に革命的な理論をもたら
した点にある。

 彼の最初の理論は、エネルギー・操縦性の理論(E−M理論)とよばれている。飛行機
の抗力は、Gがかかればかかるほど、増大し、したがって速度は急速な割合で低下する。
たとえば高度3000フィート、450ノットで航行中、6Gをかけたとき、どれほどの
割合で自機がスピードダウンするのか、を知ることは、パイロットにとっては文字どおり
の死活問題となってくる。
ボイドは、この問いに答える「シンプルでエレガントな」数式を発見し(何十時間も空軍
のIBMを駆使したあとで)、それによって、ほとんどすべての戦闘機の操作性を数量化する
ことに成功した。この場合、操作性とは、ほとんど戦闘能力と同義である。
 もちろんアメリカ空軍が直ちにそれを採用し、直ちにすべての戦闘機や爆撃機が、それ
によって評価されるようになった、というようなストーリーは、現実にはありえないが、
ボイドのエネルギー理論は次第にその信奉者を獲得していった。ボイドの理論と名声は空
軍だけでなく、国防総省にも轟いたのである。

 退役したあと、ボイドは、今度は、戦闘機だけではなく、戦闘そのものの理論化、日本
語に言う「兵法」(アート・オブ・ウオー)に取り組んだ。退職金だの年金だのは驚くほど少な
かったが、ボイドはそんなことは気にしなかった。「必要なもの(ニーズ)が少なければ少な
いほど、人間は自由になる」と彼は言ったそうである。ここら辺から、このボイドの伝記
は、どことなく東洋的な賢者のそれを思わせるようになる。
 彼は、科学書、哲学書、そして、言うまでもなく戦史をかたっぱしから読破し、昼夜を
問わず、友人(というより彼の信奉者)に電話して、自分の思考を語り、確認しながら、
まったく新しい「兵法」を創出した。それが、現在、アメリカ空軍だけでなく、さまざま
な分野で影響を与えているいわゆるOODAループの理論である。
 
 2.OODAループ

 昔、よくみせかけだけの「経営理論」の本などには、「プラン・ドウ・シーのサイクル」
などという、実際には何の役にも立たないことが書かれてあったが、仮に今、インターネ
ットの検索エンジンで、このOODAループという言葉を引けば、それに似たものか、と
思わせるような解説がたくさんでてくる。いまや、この言葉はビジネス書でも大流行のよ
うである。しかし、実際の概念は、まったく異なったものである。
 OODAループとは, Observe(観察),Orient(方向・志向),Decide(決定),Act(行動)の一
連のプロセスの循環(ループ)のことであるが、このループ自体が大事なのではない。
ここら辺が、筆者にとっては、一番面白いので、もう少しボイドの思考の後を追ってみる。

 ボイドは、有名な「ドイツ参謀本部」の連中の本、とりわけクラウゼヴイッツを孫子と
比較して読み「こいつの金玉をつかまえたぞ」と叫んだ、という。クラウゼヴィッツは、決
定的な会戦と敵兵力の殲滅を重視した。この「思想」にそまった第一次大戦の将軍たちは、
兵力を真正面からぶつけ合い、たとえばソンムの会戦の英軍のように、たった一日で6万
の損害を出すという惨状を呈するに至った。「軍を全うするは上、軍を破るは、これに次ぐ」
という孫子から見れば下策もいいところである(引用にある「軍」とは敵軍を言う)。敵の兵
力を一挙に殲滅しようというのも同じであって、孫子のように、徐々に敵兵力を漸減させ
ていく方法とは逆である。
さらに孫子との対比で言えば、クラウゼヴィッツは「摩擦」(フリクション)を嫌った。「摩
擦」とは現実に予期し得ず、計画を予定どおりに進ませない戦場の諸現象のことである
が、クラウゼヴィッツは、この「摩擦」が味方にとって最小となるように思考した。
一方、孫子は、「摩擦」が敵に対して最大になるように思考したのである。もともと現実
とは机上のプランどおりに進むものではない。この点では、孫子は後世のドイツ人より、
はるかに現実的であったといえよう。明治の日本陸軍参謀本部が、メッケルを招いてドイ
ツ参謀本部の教化を受けたのは、果たしてどうだったであろうか。
いずれにしろ、19世紀的な科学的思考と20世紀的なそれの最大の違いは、カオス・複
雑系の発見による因果関係の把握の違いである。そして戦場とは、まさしくカオティック
な場であろう。

 敵にとっての「摩擦」を最大にするには、どうするか。ボイドは、それは「敵の思考・決
定サイクル」の内部に入ることだと考えた。そして敵の最も予期していない手をうつ。こ
うして敵の思考・決定サイクルを撹乱し、混乱させて、勝利を得る。いわゆる「敵の意表を
つく」のである。そのためには、味方の指揮官は、OODAループの循環を加速させ、
ほとんどObserve(観察)と同時にAct(行動)できるようにする。そのため指揮官の決定・行動
は、外部からは直感的に見える。したがって個々の兵士は、戦闘目的を十分に理解しなが
ら、即応した行動ができるよう、一定の行動の自立性を与えられていなければならない。
それが有効に働くためには、個々の兵士や指揮官の間の信頼関係が絶対に必要となってく
る。軍は、分隊から師団に至るまで、ホロン(一個が同時に部分であり全体である単位)構造
を持った有機的な全体」(オーガニック・ホール)でなければならないのである。

 OODAループの理論には、さまざまな思考が集約されている。ハイゼンベルグの観測
するものとされるものの対応関係やゲーデルの不完全性理論などであるが、筆者にとって
は、OODAループと、生物学などにおける「オートポイエーシス」の理論は、ほとんど
相似形に見える。しかもOODAループの理論は、マトウラーナとヴァレラによるオート
ポイエーシス理論の提唱より、10年以上、早いのではないかと思われる。 
「オートポイエーシス」は、一個のホロン的な全体がどのように創発するのかという理論
であるが、同じように、敵にとって「現実」(リアリティ)がどう見えるのかをこちらが創出
するのが、OODAループの理論である。孫子の言い方でいえば「兵とは詭道」である。
その一つの例として、ボイドの弟子、スピネイは、柳生の無刀流の理論を引いている。敵
の刀を取ろうとする構えを見せれば、敵は刀に気を取られ、それが一番大事だという心理
的な現実を作り出してしまうだろう。すでに敵は負けているのである。
 
 この稿を書くにあたっては、佐藤守元自衛隊空将の貴重なご教示を得た。感謝申しあげ
たい。

松永太郎;
東京都出身 
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
-------------------------------------
4.西山弘道 
 総裁選、2強2弱
-------------------------------------
 ポスト小泉の自民党総裁選をめぐる小泉首相と森元首相の舌戦は見ものだった。
森氏が「同じ会社のなかで代表権を争っている会社はうまくいかない。2人で話し
合うことだ」と述べ、森派から安倍官房長官と福田康夫氏の2人が総裁候補に上が
っていることについて、2人の話し合いによる一本化を示唆したものだ。森氏のハ
ラはどうやら、福田氏への一本化に傾いている。この際、安倍氏は譲って、福田氏
に決めてもらいたいという「安倍氏温存論」であろう。
 一方、小泉首相は連休中の外遊先、ガーナでの記者懇談で「古い自民党は壊れて
いる。派閥の力が弱まり、派閥で決めても何の効果もない、という状況になってい
る。森派から2人とも出て構わない。本人が出たいというのを止める方法はない」
と述べ、安倍氏出馬論を強力にバックアップした。これで森派内では、小泉=安倍、
森=福田の二つの提携関係が出てきたことがすかし見えてきた。

 実は、森派の人間関係はかなり複雑なのである。20数年前、福田赳夫元首相か
ら安倍晋太郎元外相に福田派が代替わりした時、実は福田氏は内心、抵抗したとい
う。そのためその後も福田、安倍両氏の関係はずっとギクシャクしていた。従って
息子の康夫氏の安倍家に対する感情は今でも微妙なものがあるといわれる。

 福田赳夫氏は、首相になる前は新台湾派などといわれ、タカ派とみられていたが、
福田内閣になって中国の!)小平首相と日中平和条約を締結、全方位外交の「福田ド
クトリン」を発表するなど親中国外交を展開した。息子の康夫氏も小泉首相の靖国
参拝に対抗して、「対アジア外交転換論」を唱え、先頃は新福田ドクトリンを打ち
出して、対中、対韓関係改善を訴えているのは知られている通りである。
 一方で、安倍晋三氏は、どちらかというとノン・イデオロギーであった父の晋太
郎氏よりも、祖父の岸信介氏の強烈な反共イデオロギーを受け継ぎ、本人も意識し
て、安保タカ派の言動をみせてきた。そこには多分に、福田康夫氏に対する対抗意
識もあったろう。もっとも官房長官に就任してからは、立場上、靖国参拝などイデ
オロギー上の言動は避けているが、本音は岸信介直系のナショナリストであろう。

 ともかく直近の世論調査でも、安倍氏22%、福田氏12%、麻生外相4%、谷
垣財務相3%という支持率であったなら、ポスト小泉は2強2弱になったといわれ
ても仕方ないだろう。数字一ケタ台の麻生氏と谷垣氏は必死に巻き返しを図ってい
るが、人気、知名度ともなかなか上向かないのが、周辺の悩みのタネだ。谷垣氏
などは、連休中に宇都宮市で開いた谷垣派の研修会で、早々と総裁選出馬を宣言す
るなど、いささか焦りの気配もなくはない。また、麻生氏も外相の立場から外遊先
で、総裁選出馬に積極的な発言を連発しているが、こちらもパーと盛り上がるところ
まではいってない。

 結局、今、もっとも注目されるのは森派の動向だ。森会長周辺は、8月のお盆休み
前位までには候補者の一本化など派としての態度を決めたい、としているが、果たし
て派としての総意が得られるかだ。森氏のいう一本化とは、福田氏に決めるという意
味だが、派内には一本化はありえず、安倍、福田2人とも出馬するか、それとも2人
とも出馬しないかのどちらかだ、という見方が広がっている。もし、2人が出馬を強
行した場合、派内は“安福戦争”が勃発、森派は空中分解して崩壊するだろう。津島
派(旧橋本派)の72人を抜いて、87人と自民党最大派閥に躍り出た森派が折角の
“天下”を放り出すはずはない。

 そのキーマンは、森氏と「首相を辞めたら、イタリアにでも行きたい」と優雅なこ
とを言っている小泉氏の2人に絞られてきた。

西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
------------------------------------------------------------------------------
1.図書室  滅び行く国家 立花隆 日経BP
----------------------------------------------------------------------------- 
 この本は、立花氏が、日経BPのウエブ・ページに連載した(今も続いているそうである
が)「立花隆のメディア・ソシオ・ポリティックス」をまとめたものである。
 「メディアをウオッチしながら、その時々に感じたこと」をなんでも書く、というスタイ
ルで、簡単に言えば、社会・政治時評といっていい。
 時評の怖いところは、同時進行的に書かれるため、その時々に予測めいたことを書けば、
あとで、当たったか外れたか、すぐにわかってしまう点である。この本では、書かれた予
測はほとんど外れている。時評的な本の中でも、珍品に属する部類であろう。
 日本(だけかどうか知らないが)のメディアに登場する知識人だの言論人に共通する特徴
は言ったら言いっぱなしで、あとで責任を取らないというところにある。この場合、責任
とは予測が外れたら、なぜ外れたかを検討したり、自分の思考の思考を極端に変化させた
ら、なぜそうなったのかの軌跡を検討したりして、その結果を読者の前にさらすことであ
る。筆者の覚えている例では、拉致は北の仕業ではないと言い続けてきた岩波発行の月刊
誌「世界」による「知識人」たちをはじめ、「ボディバッグが並ぶのに耐えられないから、ア
メリカは地上攻撃を始めない」といった次の日に地上攻撃が始まった鳥の巣の頭のような
軍事評論家、「日本の経済に問題があるなら言ってもらいたい、好景気はずっと続く」とい
った翌月にバブル崩壊が始まった経済評論家など枚挙に暇がない。みんな自分を百階の棚
の上に上げていて、それが言論人の特権のように考えているのである。最近では一番驚い
たのは、朝日新聞発行の「論座」で、朝日新聞論説主幹の若宮氏が、読売の主筆の渡辺氏
と対談して、渡辺氏から朝日の中枢には「共産党員がいた」といわれて「そんなことは過
去のことですよ」と言い放ったことである。自分たちは、チャイナの尻馬に乗って「日本
は過去を反省しろ、謝罪しろ」と騒ぎまくっておいて、話が自分に向くと、このざまであ
る。
 さて立花氏であるが、彼は科学から社会、経済に至るまでいろんなことを書くので「知
の巨人」などと呼ばれている。なんとなく自分でもそう思っているふうが、文体から感じ
られる。
 最近、この人がNHKの海外取材番組で、サイボーグとか人工知能などをとりあげたもの
を見た。そこで、感じたのは、この人は、本当はそのことについて、よくわかっていない
のではないかということである。この人が、科学について書くとでたらめを書くというこ
とをある東大生や、別の科学者が取り上げたこともある。要するに、何も突き詰めて考え
たことがないため、すべてにわたって広く薄くになってしまい、そのこと自体を読むと、
通り一遍のことしか言えないのである。「現代知識人」の典型であって、合理主義的な思考
と知識の集積から一歩も出ることができない。あるいは自分の思考の前提となっている枠
組みを一度も疑わない。そのため、同時進行的に見ると、見当違いなことか、完全に間違
った予測を立てるかどちらかになってしまう。
 思想史的に見れば、こういったタイプの知識人は、ダイナソア(恐竜)である。「モダン」
の知識人であり「ポストモダン」ではない。
 たとえば小泉選挙は自民党が大敗するだろう、という。NHKは実際に言論弾圧を受けた
という。チャイナが反日に走るのはあたりまえだ、という。平和憲法は守れという。
要するに、本質的には、彼と同じように終戦時に小学生か中学生だった筑紫哲也氏だの田
原総一郎氏だの大江健三郎氏だの思考とまったくかわらないのだが、そこで何とか論理性
を持たせようとしている点、苦労が察せられる(田原氏や筑紫氏の言説には、もはや論理
性も何もない)。
 こういう、予測はずれ、見当はずれの本を堂々と出すという神経は良くわからないが、
現代日本の知識人の言説の典型として読むには格好の本だろう。

松永太郎 
------------------------------------------------------------------------------
2.図書室 米中が激突する日 黄文雄  PHP研究所
-----------------------------------------------------------------------------
日本のことをこれほど心配してくれている外国人もそれほど多くない。黄文雄氏の著作へ
のヴァイタリティには驚くばかりであり、その間出張、講演も抱えており、その超人的活
動はまさに祖国台湾を想うDNAなスイッチが全開された極限の能力としか思えない。黄文
雄氏はこれだけ著作があるにしては、重複があまり見られない、それぞれの本がテーマと
論点を浮かび上がらせている点で読後「またか!」という失望感がない。この本は台湾が
いかに大陸と歴史的文化的政治的に異なるか、中国の後乗りの台湾領土論にこれでもかこ
れでもかと畳みかけるように反論している。1972年の日中共同声明において中国政府が表
明した「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」に対し日本は「中国政府の
立場を十分理解し尊重する」と言ったもので「承認する」などと言っていないし、サンフ
ランシスコ条約では台湾の放棄だけを明記しているもので、そのあとの帰属先など書いて
おらず日本として台湾について言う立場などないのは明らかである。
したがって橋本龍太郎氏や加藤紘一氏が根拠にする日中共同声明を「台湾は中国の領土で
ある」ことを日本が承認したなどと、中国の代弁者となっているのは、国益を無視し台湾
を適性国家に売り渡す恥ずべき売国行為以外なにものでもないのである。日本人は台湾が
中国に侵略され中国の一部となることは、日本列島そのものの死を意味することがわから
ないほど能天気であり、黄文雄氏の台湾への祖国愛はイコール日本人への警告警鐘である
ことを感謝せねばなるまい。

奥山篤信
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

◎情報感度を研ぎ澄ます!ビジネス情報誌「エルネオス」
 編集長・市村直幸
 〒105−0003
 東京都港区西新橋1−22−7 丸万7号館4階
 電話:03−3507−0306
 Fax:03−3507−0393
 e‐mail:ichimura@elneos.co.jp
 URL:http://www.elneos.co.jp/

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回の配信は、5月19日(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
登録内容(メールアドレス等)の変更、メールニュース配信の停止は、
こちらからお願いします。
<http://www.melma.com/backnumber_133212/>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
有限責任中間法人 平河総合戦略研究所< http://www.hirakawa-i.org >
発信元:< info@hirakawa-i.org >
掲載された記事を許可無く転載することを禁じます
Copyright(c)2005 Hirakawa Institute
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2005-02-04  
最終発行日:  
発行周期:週間  
Score!: 98 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。