政治・経済

甦れ美しい日本

日本再生のための政治・経済・文化などの発展・再構築を目的とし、メールマガジンの配信を行う

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甦れ美しい日本 第046号

2005/12/28

□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2006年12月31日 NO.046号)

  ☆☆ 私たちは書きたいから書くのです ☆☆

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 < 目次 >

◎「エルネオス」2006年1月号 巻頭言 
 佐伯啓思の賢者に備えあり 「改革」の帰結が問われる2006年

◎レギュラー執筆者 
         
1.佐藤守          「この一年を振り返って」  
2.奥山篤信         「SAYURI」に見るアメリカ映画の日本文化への熱い眼差し
3.松永太郎         善と悪の戦い  
4.花岡信昭        「小泉劇場」の幕は降りていない
5.西山弘道         「自民党森派における人間の研究」 
6.山崎行太郎      櫻田淳氏は、何故、論争から逃げるのか? 
7.青葉ひかる    2006年“明るい年”に 
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「エルネオス」2006年1月号 巻頭言
 佐伯啓思の賢者に備えあり 「改革」の帰結が問われる2006年
 URL:http://www.elneos.co.jp/
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2006年は、今後の日本の方向にとって、きわめて重要な意味をもってくるだろ
う。明言どおり小泉首相が退陣すれば、改めて「小泉改革」の意味と成果が問われ
ることになるだろうし、それは後継政権のスタンスとも無関係ではない。ともかく
も、この数年、日本は「小泉改革」なるものを軸にして動いてきたからである。

昨年九月の総選挙は、表層的にみれば、「小泉改革」が国民の圧倒的多数によって
支持され、改革推進のお墨付きを得たかのようにみえる。実際、自民党は選挙結果
をそのように解釈した。その結果、もはや「改革」路線は既定のものとなり、民主
党も含めて、どの党派が、もしくはどの政治家が最も有効に改革を実行できるかと
いう「改革競争」が生じてしまった。

だが、一体、「改革」とは何なのか。「改革」は何をもたらすのか。こう問うと、
確かな答えは返ってこない。何とも奇妙な事態である。

それでも、それが奇妙な事態であるだけならよいが、実は相当に深刻な事態なので
ある。「小泉改革」は、一方で、財政赤字の削減(実際には実行されていないが)
や、政治利権にからんだ公共事業の削減、政官癒着の象徴とされる特殊法人の解体、
不良債権処理などを謳い、いわば政治の浄化と官僚支配構造の排除を唱えてきた。
多くの国民が支持したのは、こうした政治改革であった。

ところが、小泉改革にはもう一つの面があって、それは、この改革が個人の能力主
義、市場競争の強化、株主中心的な経営、金融中心の経済構造への転換などを含ん
でいることである。「官」から「民」へといい、効率性の実現といえば聞こえはよ
いが、現状の中での市場競争の強化は、さまざまなひずみをもたらす。

経済的にいえば、所得の格差、フリーター現象、ニートの登場などということにな
るが、実際には、こうしたことが目に見えないところで人々の心理や社会生活に与
える影響は、大変なものであろう。一方で、ビジネスチャンスの拡大とともに登場
したヒルズ族がいると思えば、他方には年収二百万円もらえればよいという若者の
一群がいる。彼らはただ生活するだけで、将来に対する希望など何一つ持てない。

競争強化、個人責任、能力主義、成果主義があいまって、仕事における個人のスト
レスはきわめて強いものになりつつある。

また、一方できわめて平板な学歴主義が復活していると同時に、他方では、そもそ
も勉強をして高学歴、一流大学をめざそうという心理的な誘引がなくなってしまっ
ている。かつてはそれなりに機能していた地域やコミュニティが崩壊し、生活の安
心感が著しく低下している。家族が一緒に食卓を囲むなどということは稀な現象と
なり、家族や地域が子供のセイフティーネットにはならないのである。

こうした一連の事柄は、確かに数値で示されることではなく、因果関係が分析でき
るものではない。しかし、それは、この十年に及ぶ「改革」と決して無関係ではな
い。〇五年末の姉歯建築士らによるマンション、ホテルの強度偽装事件も、その底
流にあるものは、市場競争化のなかで生じた過剰なコスト競争である。「改革」が
推し進めてきた競争社会、成果主義はほとんど臨界点に達しつつある。われわれの
社会の基盤は、まずは目に見えないところから崩壊へと突き進んでいるようにも思
われるのである。「経済」ではなく「社会」の崩壊を食い止めるべき政策こそが緊
要の課題だ。小泉氏が退陣する(と思われる)二〇〇六年は、改めて「改革」のも
たらした「成果」が問われるべき年である。

佐伯 啓思 (さえき けいし);
1949年奈良県出身 東大経済学部卒 同博士課程終了 滋賀大学教授を経て
京都大学大学院人間・環境学研究科教授。専攻は社会経済学、社会思想史、政治思想。
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1.佐藤守
「この一年を振り返って」
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 平河総研を設立して、毎週メルマガ「甦れ美しい日本」の発信を継続してきたが、
無事に一年を終われそうである。この間、各人の責任感が継続を可能にしたのはい
うまでもないが、全ての原稿を纏めて編集する作業を担当した奥山所長には、並々
ならぬ苦労があっただろうと推察する。改めて感謝したいが、何はともあれ「継続」
は力である。
 私は「大東亜戦争の真実を求めて」手当たり次第に文献をあさってきたが、義父・
寺井義守元海軍中佐の遺品と蔵書の中に、今次大戦に参加した方々の「自叙伝」や
「記録集」を見つけ、読み進むうちに「軍人は単純に戦闘経過を分析し、その戦訓
を求める」習性があるのは当然だが、何故「開戦」しなければならなかったのかに
ついての考察が不十分はないか?もっと総合的に考察する必要があるのではないか
と思うに至った。
 終戦後60年を経て、今まで語り辛かったと思われる内容の書が出まわり始めた
のも、この課題に取り組む一つの切っ掛けではあった。
 未だ道半ばではあるが、旧軍人達の大半が、清さを尊ぶ侍の末裔らしく、情報や
謀略という、いわば「外道の戦術」に関心が薄かったように思えるのだが、わが国
の相手であった米国は勿論、ソ連など欧米諸国、中国は、謀略を最も得意とする「狡
猾な」国家群であった。わが国が、支那事変を契機に、ソ連・コミンテルンの罠に嵌
って抜き差しならない状況に落ち込んでいく有様は、日本人の一人として耐え難い
ものを感じるが、翻って現代を見るとき、その反省から得られる教訓を、何も学ん
でいないように思えて心細い限りである。
 聊かオーバーな表現を許してもらうと、日本国の歴史と伝統の中心にある「皇室」
の解体を狙う勢力の動きも、実は何らかの「謀略」に絡んでいるのではなかろうか、
と思われてならない。中国、韓国との「非友好的関係」も、掘り下げてみればこれ
らの国と相通じた、いわば「ゾルゲと尾崎秀美」のような、日本国内の一部勢力の
動きが牛耳っている「日本の国内問題」であることが読めてくる。
今年は多難な一年だったが、気を許すことができないことは、実にわが国体に重
大な悪影響を及ぼすと考えられる各種の「活動」が表面化したことであろう。これ
らの動きを封じることは、喫緊の課題であると思う。
 来年も大東亜戦争の真実を求めつつ、これらの異常事態を如何に回避すべきか?
について先人の知恵に学ぶ努力を続けていきたいと思っているので、引き続きご指
導を賜りたいと思う。どうぞ、良いお年を!

佐藤守:
防衛大航空工学科卒(第7期生)。
航空自衛隊に入隊
戦闘機パイロット(総飛行時間3800時間).
外務省国連局軍縮室に出向。三沢・松島基地司令、
南西航空混成団司令(沖縄)を歴任.平成9年退官.
岡崎研究所特別研究員.軍事評論家.
日本文化チャンネル「桜」軍事コメンテーター.
著書に「国際軍事関係論」
ブログ;http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/
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2.奥山篤信
 「SAYURI」に見るアメリカ映画の日本文化への熱い眼差し
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先週は「男たちの大和」に期待していただけに結果は46号メルマガの通り大いな
る失望であった。今週は巨匠スピルバーグさらにアカデミー賞受賞の「シカゴ」の
ロブ.マーシャル監督が関わっているというだけの理由で、でも内容はどうせ中国人
扮する珍奇な芸者物語であろうとの先入観をもって半分冷やかし気分で見に行った。

意外や意外「ラストサムライ」でもそうであったが、首を傾げるおかしな日本描写
もあるにせよ、外国人のほうがいまや広い意味での日本の美学が理解できるのでは
ないかとの印象を持った。兎に角見ていて画面が泣きたくなるほど美しい映像なの
である。これだけの日本の古都の美しさをカメラを通して美しく描けるのが何故外
国人なのか?雨の色町、画面に広がる家々の屋根瓦の立体感から望む美しい夕焼け
の陽、のどかな田園風景など枚挙にいとまがないほど映像が美しく画面に釘付けに
なるのだ。とりわけ、この場面こそ真髄というのが、いまだに半玉にも達しない小
便臭い娘SAYURIが、渡邊謙扮する会長に優しく声をかけられキャンディを買って
貰う。そこで会長に抱く初恋のほのぼのした心が、一転して前向き人生へと、つま
り一流の芸者になろうと決心する。この娘が伏見稲荷の千本鳥居の朱色の鳥居の林
立する中を走るシーンなどこれだけでも映画を見た価値があったと思うほど美しく
示唆に富む映画史に残るほどの名場面だ。このアケ(朱色)は明るい希望の気持ち
をその語感にもち、その色はまた生命・大地・生産の力をもって稲荷大神の“みたま”
の働きとする強烈な信仰が宿っているのだそうだ。流石スピルバーグのクルーだけ
あってよく調べたものだ。


何故外国監督が日本をこれほど美しく描けるのか、逆に言えば何故日本の監督が折
角の自分たちの国である日本を美的に描けないのか誠に残念な思いがする。それに
この映画は決して日本の芸者を軽く見ていない。つまりPROSTITUTEとは異なる
芸の世界を極めたものとして、女郎とは分類している。かってはゲイシャガールなど
と揶揄され偏見に満ちていたアメリカ映画の時代と比べ隔世の感がある。

日本人として嬉しいのは、この映画を作るものが日本文化への憧憬とそれをファン
タジーまで高めようとの好意的な気持ちが画面に溢れているからだ。一方では渡邊
淳一などが国辱映画だとか、全然日本のことが分かっていないなどという評価はあ
るのも事実だ。でも僕は、むしろ多少の齟齬があっても、この映画を作った人々の
日本文化への憧憬が善意の気持ちからであるだけに、僕たちはそれを許容せねばな
るまい。それこそが世界に誇るべき偉大な文化を持つ僕たちの一段高いところにあ
る誇りからくる包容力というべきものだ。

感心したのは役所、渡邊らの英語力がひけをとらない上に、演技力もあり存在感が
充分あった。それとアメリカに移り英語を勉強していると数年前にどこかのテレビ
でみた工藤夕貴が見事な語学力で堂々とした演技で頼もしい限りだ。桃井かおりも
見事な演技だ。

さてSAYURI役チャン・ツィイーだが矢張り日本文化との差があり、時々シナ服を
着ているのではないかと錯覚させる和服姿だ。体格や顔の輪郭など芸者とは程遠い
ものがある。英語をこなせる日本人主役女性がいないから中国人を選んだそうだ。
性悪女役にはやはり中国人コン・リーまさに毛沢東夫人江青を彷彿させる中国顔で
なんやら南京町にいるような気分になってくる。同じ中国系でもミシェル・ヨーは
マレーシア出身らしいが、恰も本物の日本人のごとく演技であった。画面を見てい
て好感を持てるタイプだ。超一流芸者になるための手ほどきの場面なども、「荒野
の用心棒—7人の侍」などで見られるアメリカ映画的手法であり、誰にでもわかり
やすくとても面白いと思う。

工藤のような英語堪能な女優が増え、ハリウッドで鍛えられたときが日本映画の復
活のときかもしれない。またふと思うのだが大和なども、何も日本の監督に拘るこ
となくスピルバーグ軍団でも起用したら面白い作品ができたかもしれない。

それにジョンウィリアムズ作曲の美しい音楽がヨーヨーマとパールマンの演奏で、
SAYURIの心の動きをそのまま奏でるように輝いている。若干中国と日本を混同し
ているような音色があるが、ともかくこれが映像の美しさを倍増させている効果は
確かだ。

最後に落ちだが、てっきり絶望のあまり断崖絶壁から投身自殺を図るのかと思った
ら、最後は渡邊謙が身請けするハッピーエンド、ちょっと違和感もあったが、いか
にもアメリカ映画の爽快感だった。アメリカ映画はいろいろな最終場面を用意して
最後に観衆に「受けそうな」大団円で決めるそうだが、笑えてくるが自殺も一つの
オプションであったのだろう。

奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社 
平河総合戦略研究所代表理事
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3.松永太郎
 善と悪の戦い
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 20世紀の悲劇の一つは、人間の「良心」というものを、最大限、政治的に利用したと
ころにあると考えられる。
 人間というのは、もともと「自分は良い人間である」という自己イメージを持ちたがる存
在である。しかし、一方で、このことを利用して他人を政治的に操作しようとする人間た
ちも現れたのである。とくに宗教が、その力を失い、唯物論的な考えが幅を利かせた20
世紀においては、宗教のかわりに、イデオロギーが、こうした人間の「良心」を操作する
ことになった。もともとこの世界が、正義と悪の戦場である、というゾロアスター的な考
え方は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教のどれにも見られる。自分たちが正義の側に
立ち、この世の悪をうたなければならないという思想は、イスラエル、アラブ、ペルシャ
の古代世界以来、あったのだが、20世紀に、それらの宗教の代わりとなったのが、イデ
オロギーである。
 おそらくその典型的な例は、「スペインの内乱」であろう。イギリスをはじめとする西欧、
あるいはアメリカ、日本からさえ、この「善と悪の戦場」に赴く青年は多かったのである。
「善」は共和国側であり、スターリンのロシアは、これを支援した。ジョージ・オーウエ
ルの「カタロニア賛歌」は、この「善と悪の戦い」というストーリーがまったくの嘘っぱち
であるということを描いた先駆的なルポルタージュである。
 今から振り返れば、信じられないことであるが、スターリンのロシアが「希望の国」で
あるというような幻想は長く続いた。どんなにひどい情報が流れてきても、それは反動と
かファシストとかよばれる悪の側の宣伝であると受け取られた。またソヴィエトに招待さ
れた「好意的な知識人」は、いわゆる「ポチョムキンの村」しか見せられず、満足して帰っ
ていった(ウエッブ夫妻、ジョージ・バーナード・ショウ、ロマン・ロラン、リストは長く
続く、インチキを見抜いたのは、アンドレ・ジッドである) 後、中華人民共和国や北朝鮮
で、何度と無く繰り返された手法である。スターリンのロシアを支援すること、これがと
りわけ知識人の良心的な義務である、とされていたのである。したがって、これに反対す
ること、疑問を持つことなどは「悪」の側に加担することであった。実際に、スターリン
の粛清の犠牲になったロシア人でさえ、自分が無実であると主張することは、ひょっとし
て悪の側に加担することになるのではないか、とさえ考え、尋問官の言うとおりの偽の自
白を行って処刑されていった。これはドストエフスキー的な悲劇といえば言えるが、簡単
に言えば、人間がどこまで自己欺瞞を続けることができるかの証明でもある。
 第二次大戦もまたこの「善と悪の戦場」であったという宣伝は、主としてアメリカが担当
した。民主主義国に対する全体主義国の戦い。自由と民主主義を守る善なる連合国に対す
る、軍国主義と全体主義の悪なる枢軸国。
 驚くべきことに、戦後、この宣伝が日本で行われたとき、すなわちアメリカによる各種
の宣伝工作(東京裁判をクライマックスにした))が行われたとき、この宣伝をそのまま真に
受ける日本の人も現れたのである。そのころ、ソヴィエトの内実は、よく知られておらず
「社会主義幻想」はそのまま残っていた(このコンテキストで言えば、日本は「絶対悪に加
担した軍国主義国家」である)。
 アメリカの政府内部や知識人の間でさえ、「社会主義幻想」に取り付かれる人間もでてき
た。もともと半分は社会主義者のルーズヴェルト(彼の側近ハリー・ホプキンズは、コード
ネームまで付いたKGBの工作員である)は、スターリンに日本の経営によって工業化した
満州を与えたし、マオの中国征服は、主としてジョージ・マーシャルの主導によるアメリ
カの支援なしには考えられない。戦後の冷戦が開始されるほんの短い間、アメリカと共産
主義国家群は、しっかりと手を結んでいたのである。
 いまやすべて明らかになったことであるが、スターリンのロシアも、マオのチャイナも
合計すれば、一億近い人間を虐殺したり、強制労働で殺したり、餓死させたりした恐ろし
い全体主義国家であった。またトルーマンが日本に落とした原爆、あるいは焼夷弾による
民間人の虐殺は、人類史上、もっとも残酷なものであった。
 第二次大戦は、ほかのなんであれ、善と悪の戦場ではなかった。しかし、私たちが一番、
驚くことは、このストーリーをいまだ信じているかのような人が日本にいることである。
もう、そういうストーリーから解放されたほうがいい。少なくとも日本は、戦争が始まっ
たときでさえ、蒋介石のチャイナよりも「民主主義国家」(バーバラ・タックマンによれば
ナチよりひどい))であり、ルーズヴェルトのアメリカよりも「軍国主義国家」(彼は国家資
源のほとんどを軍隊に集中させた)でなく、スターリンのソヴィエトよりも「全体主義国家」
ではまったくなかった(スターリンは少なくとも自国民を2000万虐殺した)。さらに付け
加えれば、イギリスほど植民地を支配する「帝国」でもなかった。
 さらにもう一つのストーリーがある。それは「日本は中国を侵略した、とても悪い国で
あるので、未来永劫反省しつづけなければならない」というものである。これは先ほどの
ストーリーとセットになっている。驚いたことに、このストーリーを毎日、毎日、宣伝し
ているのが、日本の新聞であるということである。あるいは中国共産党政府の政治工作員
たちが、たくさん日本にもいて、おおっぴらに活動しているということである。もう戦後
長いことたっている。このストーリーはもう無効にしたい。

松永太郎;
東京都出身 
翻訳家、多摩美術大学講師、レモン画翠社長
主訳書「進化の構造」「イカロスの飛行」他。
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4.花岡信昭
 「小泉劇場」の幕は降りていない
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 流行語大賞にもなった「小泉劇場」で明け暮れた1年だった。と書くと、間違い
かもしれない。暮れようとはしているが、小泉劇場で明けたわけではない。自民圧
勝の「9・11」総選挙だったが、その直前まで、この結果を予想した人はいなか
った。

 筆者も自民・民主でざっと400議席を分け合うとして、自民230−民主17
0ぐらいの読みをしていたが、自民296というのは驚愕の数字であった。政治は
ときにこういうダイナミズムを生む。得票数に比べて過剰な議席を与えるという小
選挙区制の特質がものの見事にあらわれた選挙でもあった。

 「小泉劇場」とは何だったのか。年の暮れを迎えようとするこの時期に、もう一
度、じっくりと考えてみるのも無駄ではないと思う。

 小泉首相のクール・ビズ・ファッションや女性「刺客」に象徴される「ポピュリ
ズム」「テレポリティクス」「ワンフレーズ・ポリティクス」「ワイドショー政治」の
集大成が296議席に結実したといっていい。その意味で、メディア、とりわけテ
レビの政治報道をめぐる検証は、なお不十分だ。「熟慮」の材料を提供する活字メデ
ィアとは異なり、テレビは「瞬間芸」の世界である。アナログとデジタルに似た違
いがそこにある。

小泉首相はたしかに「時代をつかんだ」といっていいのだろうが、その「国家観」
は、いまだによく分からない。「小泉改革」なるものも、日本をアメリカ型の競争社
会へと転換させていくのが本旨なのかどうか、もうひとつ分からない。国家観を象
徴する拉致問題にしても、関心が急速に薄れていった過程はナゾだ。皇位継承問題
でも「女性・女系天皇」をなんなく認めようとしている。

 そうしたことを取り上げて、小泉政治なるものを厳しく処断する論者も少なくは
ない。だが、政治を極力、リアリズムで見つめようとすれば、いやおうなく「勝て
ば官軍」なのである。政治は選挙という結果がすべて、といっても過言ではない。
その一方で「おごる平家は久しからず」という言葉もある。小泉首相はいま、その
両者の中間に位置している。

 だが、小泉首相の政治的な「カン」には、端倪すべからざるものがある。何をや
れば国民に受けるか、どう動けば政治的勝利を得るか、といったことへの判断は脱
帽する以外にない。靖国神社参拝も、「年1回参拝」を続けることで「ぶれない首相」
のイメージを固めるのに役立つという思惑が最大の動機なのではないか。少なくも
生粋の保守派が望む靖国参拝とは相当の距離がある。

 小泉首相は日本的な「情」とは無縁の政治家に見える。「安竹宮」ニューリーダー
のうち最初に政権の座についた竹下登氏は盟友・安倍晋太郎氏の病死に遭遇して、
「こんなことなら、安倍ちゃんが先にやればよかった」と漏らした。小泉首相は「Y
KK」崩壊に対して、何らの感慨も持っていない。

 その「非情さ」が郵政法案反対派への対応にあらわれた。振り返ってみれば、半
年前には自民党内は郵政民営化反対派が圧倒していたのである。郵政法案を「踏み
絵」とする手法によって、大転換が起きた。権力闘争の本質がそこから透けて見え
る。あの時点で、「やらなければやられる」という政治状況に直面していたのは事実
だ。小泉首相のケンカ作法は、西部劇でいえば「相手が銃を抜く前に撃つ」という
勝利の方程式に沿ったものである。

 ともあれ、「負け組」は、政局見通しを誤り、「郵政解散は絶対にない」と思い込
んでしまったのだから、これはいかんともしがたい。あれだけ勝っておきながら、
民主党との「大連立」を言い出すほどの首相なのである。そのスケールを上回る政
治的インパクトを打ち出すのは容易ではない。かつて政権抗争は派閥次元で展開さ
れたが、いまやその派閥のパワーは見るかげもない。

「2005年体制」という言葉も生まれたが、これは自民・民主の2大政党時代
のスタートという意味合いで受け止めたい。惨敗した民主党だが、復活のカギは、
憲法改正への対応を軸として、政権担当能力をいかに示せるかにある。55年体制
は冷戦構造を背景とした自社対立時代だったが、当時の社会党は「何でもハンタイ」
「万年野党第一党」の座に安住していればよかった。民主党がその轍を踏んでしま
えば、政権交代可能な2大政党時代はやってこない。

筆者などは、小泉首相の「大連立」構想に民主党が飛び込み、巨大勢力によって
憲法を初めとする戦後の懸案を片付け、その後、政界大再編が起きて2大政党に分
かれるといった夢を描いてみるのだが、そううまく計算通りにはいくはずもない。

いずれにしろ、「小泉劇場」の幕はまだ降りていないと見るべきだろう。この幕
を引きずり降ろすには、どういうパワーが必要か。年末年始はその分析に当てるこ
とにしよう。

花岡信昭:
政治ジャーナリスト、慶應義塾大学院・国士舘大学院非常勤講師、
読売新聞監査委員会審査委員。
1969年早大政経学部政治学科卒、
産経新聞入社、政治部長、論説副委員長などを経て2002年退社、評論活動に入る。
著書に「小泉純一郎は日本を救えるか」(PHP)など
サイト:http://www.hanasan.net/
メルマガ http://www.melma.com/backnumber_142868/
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5.西山弘道 
「自民党森派における人間の研究」
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 阪神が優勝する年は、政治が激動するとのジンクス通り、9.11総選挙で小泉
自民党が圧勝するという大波乱を残して、05年も暮れ行こうとしている。(中日が
優勝する年は、政権交代=政変が起きるというジンクスもある)今や“大宰相”に
なった小泉氏は、来年正月、首相公邸で年賀に来る小泉チルドレンに囲まれて、さ
ぞうまい屠蘇酒を飲むことだろう。しかし、自民党総裁の任期切れまであと9ヶ月
しか残されていない小泉氏の周辺には様々な動きが出てくる可能性がある。いや、
もうすでに「ポスト小泉」は始まっている。首相が属する森派内の幹部をめぐる確
執がそれだ。
先週、森元首相が、ポスト小泉の一番手、安倍官房長官に対し、「乱暴に使って袋
だたきになるようなことはしないほうがいい」と“温存論”を展開したのに対し、
首相は間髪を入れずに「逃げたらダメだ」と安倍氏総裁選出馬への強い期待感をに
おわせた。森氏としては、来年9月の自民党総裁選に安倍氏が出馬し、総理総裁と
なっても、その10ヶ月後、つまり再来年7月には自民党が敗北必至といわれる参
院選挙がある、これで安倍をつぶしてはダメだ、というわけだろう。
ここで登場するのが、最近急速に力をつけてきているといわれる中川秀直政調会
長だ。中川氏は官房長官時代の“愛人報道”で政治家として決定的なダメージを受
けながら、国対委員長として3年間、ひたすら小泉首相のため“汚れ仕事”に徹し
た。その甲斐あってか政調会長という“金的”を射止めた。そして本人は来年の総
裁選に安倍氏を担いで、自分はその後見役として政局の主導権を握ろうと考えてい
る。その中川氏は、早速、森氏に電話して「いろいろ発信しているようですね」と
かつての“親分”にドスを利かせたという。(12/22産経)
中川氏は、07年の通常国会に消費税率を引き上げる法案を提出すべきだ、と発言
した谷垣財務大臣に対し、「拙速だ。歳出削減が先だ」と真っ向から反論した。谷垣
大臣には、同じ麻布高校、東大出身の与謝野経済財政担当大臣も「正論だ」と支持を
表明した。一方、竹中総務大臣は「歳出削減に切り込もうとしている時、増税論議だ
けを先にする方は、形を変えた抵抗勢力だ」と谷垣、与謝野氏に舌鋒鋭く攻撃した。
竹中氏には「安倍政権下でも重要ポストを得ようと中川氏と歩調を合わせているのだ
ろう」という自民党内の見方が多い。この谷垣・与謝野「麻布連合軍」対中川・竹中
「小泉ゴマスリ連合軍」の対立は、早くも「ポスト小泉」の権力闘争が開始したこと
を告げるものであった。
 森派におけるもう一人のキーパースンは、福田康夫元官房長官だ。内閣改造で、閣
僚ポストから外れたことから、「麻垣康三」のポスト小泉候補から脱落、と報道された
が、なるほどその後、音沙汰がない。山拓氏の「靖国神社代替施設懇談会」のメンバ
ーになったものの、具体的な動きはしていないようで、おまけに「反小泉」の動きと
伝えられた同懇談会の代替施設建設のための調査費要求を、小泉首相はあっさり拒否
した。福田氏は森派の中では独特のスタンスにいる。何しろ派閥オーナーだった福田
赳夫氏の子息で、小泉氏が福田家の書生をしていた頃は、「康夫さん」と敬称をつけ
て呼んでいた位で、本人もプライドが高い。小泉首相とは180度違う対アジア姿勢
から首相に不測の事態が起きた時の、“緊急避難的”首相候補の役割も取沙汰される。
目が離せない御仁だ。
 安倍、中川、そして福田の3氏は、森派内でスポットライトを浴びる「勝ち組」だ
ろうが、先の内閣改造で「負け組」に落ち込んだ御仁もいる。外相から無役になった
町村氏と、官房長官から国対委員長に「格下げ」になった細田氏だ。特に町村氏は、
外務省の「正論」を背負って首相に何度も異論を唱え、イラク特措法の延長の時は、
「もう終了だ」という首相に、日米同盟の重要さから延長論を主張、首相を説き伏
せた。しかし、改造では本人が期待していた留任はなく無役となり、「オレが何度も
首相に盾突いたからかなあ〜」と悲哀をかこっているという。また、要職とはいえ
中川氏の後塵を拝して国対委員長となった細田氏は、周辺に「中川・竹中コンビは
おかしい。人気のある小泉内閣中に消費税を年に1%ずつ上げることを決めるべきだ」
と財政再建派としての「正論」を吐いている。しかし、その裏には急速に力をつけて
きた中川氏に対するやっかみもあるだろう。

 「政界は嫉妬の海だ。特に男の嫉妬は厄介だ。」といったのは、大平元首相だった。
その通り、永田町ほど男の嫉妬が渦を巻いている世界はない。9・11総選挙ももと
はと言えば、綿貫氏や亀井氏の小泉氏に対する嫉妬が原因だし、政治の世界の権力闘
争の大きな要因は「嫉妬」にもあるであろう。森派の中の権力闘争もこう見てくると
勝ち組、負け組のお互いの妬み、嫉妬が大きな要因になっているようだ。しかし、そ
れだからこそ、政治が現実の、生きた人間関係を反映するものとして、常に我々政治
ジャーナリストの興味を尽きないものにするのだ。 

西山弘道;
ジャーナリスト。早稲田大学政経学部卒業後、文化放送で30数年、放送記者として
活躍。政治担当として、三角大福中、安竹宮の「永田町戦国史」を取材。
2005年10月、文化放送を退社、以後フリーのジャーナリストとなる。
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6.山崎行太郎 
 櫻田淳氏は、何故、論争から逃げるのか?
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 櫻田淳氏の「女系天皇容認論」と思しき「有識者会議」追随の皇室論、女帝論の
エッセイ(産経新聞「正論」欄)を読んで、何か変だ…と思った人は少なくないだろ
う。あまりにもタイミングが良すぎるからである。ここには明らかに政治的、政策的
な「意思」が感得できる。つまり、この桜田氏のエッセイが隠し持っている政治的意
思は、今、保守論壇からの激しい批判にさらされている小泉政権や有識者会議への援
護射撃である。

 桜田氏は、このエッセイ公表後、ご自身のブログに次のような書き込みをしてい
る。
《『月刊自由民主』への寄稿も、来年三月で七年目に突入である。雪斎は、小泉純一
郎総理の「構造改革」路線を一貫して支持してきた。しかし、小泉総理の登場以前、
自民党の勢いが地に堕ちていた時期から、雪斎は、自民党の「今後」を展望する原稿
を寄せていた。雪斎への批判として、「小泉の権勢に擦り寄った奴」などという言葉
を並べる向きがあるけれども、小渕恵三総理や森喜朗総理の執政期から自民党政治に
寄り添ってきた雪斎にとっては、それは片腹痛い批判と評する他はない。》

 なるほど。櫻田氏は、こういう政治遍歴をしてきた人なのか。私は、櫻田淳という
言論人の思想遍歴に関してまつたく無知だったが、このエッセイの「いかがわしさ」
からもそれは十分に予想できたと言っていい。実は、それは、私が、ここで櫻田批判
をしたくなった理由でもある。しかし、それにしても、小渕某も森某も、そして小泉
某も、みんな自民党だから「支持する」(「擦り寄る」)という思考法にはあきれるほ
かはない。

 ちなみに私も政党としては、昔から一貫して自民党を支持してきた者だが、自民党
だから小渕も森も小泉も支持するという発想をしたことはない。少なくとも私は、現
在の小泉自民党も小泉改革もともに支持しない。しかしだからと言って自民党輪支持
しないということではない。小泉一派を支持しないだけである。むしろ私には、桜田
氏のような発想が奇怪に見える。

 ちなみに私は知らなかったが、政界通の友人の話によると、桜田氏は、現在、単な
る言論人ではなく、某自民党代議士事務所に勤務する現役の「政策秘書」でもあるら
しい。そうだとすれば、「小泉支持」を公言する桜田氏が、「小泉擁護」、「有識者
会議」擁護の論陣を張ろうとしたのは当然だったのかもしれない。ただ、あまりにも
その論理が稚拙であり、各所にちりばめられた学識らしきものがあまりにも荒唐無稽
であり、要するに三島由紀夫批判に典型的なようにあまりにも無知蒙昧であつたとい
うことだろう。

 いずれにしろ、櫻田批判が沸騰するのも当然だろう。しかしそれらの批判は、言う
までもなく、決して「男系男子主義」の論理に基づく立場から、櫻田淳の「女系天皇
擁護」の論理を批判するものだけではない。むしろ、「出所不明のいかがわしい」学
識と、ご大層な交友関係を振り回す櫻田淳の思考法そのものに違和感と疑問を感じた
ものもいたはずである。私もその一人である。

 ちなみに私が、桜田氏を批判するのに、いわゆる「女系天皇、是か非か」…という
問題ではなく、桜田氏が、不用意に言及した「三島由紀夫」に関する発言に固執した
理由もそこにある。たとえば、桜田氏は、ブログで、松本健一を「松本先生」と呼
び、松本健一の近著『三島由紀夫と二・二六事件』を下敷きにして三島論や三島批判
を展開している。それがエッセイにも暗示されている「昭和天皇が三島を拒絶した
…。だから三島の天皇論はおかしい…」という松本健一的な論理である。この松本健
一の三島批判を鵜呑みにして、論を組み立てようとしているのが桜田氏である。ちな
みに、三島は昭和天皇を批判したのだから、昭和天皇が三島を疎ましく思うのは当然
のことなのだ。

 それにしても三島批判の論拠が、何故、松本健一なのか。私は、松本健一という人
の思想遍歴については、同世代(全共闘世代、団塊の世代…)なのでかなり詳しく知っ
ている。言うまでもないだろうが、松本健一は、学生時代はピカピカの「左翼」であ
り、デビュー作となった『北一輝』論の刊行元でもある『現代の眼』という新左翼系
総合雑誌の常連ライターだった。今は…。言わぬが花だろう。いつのまにか「保守論
壇の重鎮」という位置を確保している。

 ところで、桜田氏は、このエッセイ発表後の反響に対して、「それは想定内」だつ
たと言っている。言うまでもなく、それが負け惜しみであり、負け犬の遠吠えである
ことは明らかだろう。反響の大きさに驚愕した…というのが真相だろう。しかも桜田
氏は、早速反論して持論を展開するかと思ったら、「予想外に・・・」、論争や論壇
から撤退すると宣言する始末である。負け犬がシッポを巻いて逃げる…というわけで
ある。自分から論争を仕掛けておいて、さっさと逃げ出すとは・・・。

 そしてその撤退の弁を記したブログで、またまた怪しげな発言を行っている。
 《 2005年は、雪斎には、「保守論壇」からの完全撤退の年と位置付けられる
であろう。「熱狂的な人、狂言的な人物をわれわれが警戒するのは、その中に『おも
いやり』のなさを嗅ぎ付けるからだろう」というホッファーの言葉は、そのまま保守
論壇からの撤退の理由でもある。意見を異にする人物への敬意や尊重も置き去りにし
てしまったような空間に、雪斎が敢えて身を置き続けなければならない理屈はない。
そこは、「美しくない」のである。》

 まったく自分勝手な屁理屈のオンパレードである。桜田氏が好んで引用する、「熱
狂的な人、狂言的な人物をわれわれが警戒するのは、その中に『おもいやり』のなさ
を嗅ぎ付けるからだろう」というホッファーの言葉が、今一番、ふさわしいのは、桜
田氏が現在、信奉しているらしい小泉純一郎その人だろうことは自明ではないか。し
かし、桜田氏には、小泉を批判したり、桜田氏自身を批判する人だけが、「熱狂的な
人、狂言的な人物」と写るらしい。


 たとえば、エッセイの反響について、こんなことも書いている。
 《 原稿それ自体に対する評価は、今のところ様々である。予想された筋からは予
想されたような批判が飛んできている。この「想定の範囲内」の批判は、雪斎には率
直に面白みを感じさせない。保守層にも、何時の間にか、定型的な議論がはびこるよ
うになったということか。》

 なるほど、天皇の「男系男子主義」の論理の蔓延は「定型的な議論」になりつつあ
るかもしれない。しかし、それもつい最近のこと、つまり「有識者会議答申」以後の
ことだろう。逆に、桜田氏が信奉しているらしい「小泉改革」「構造改革」という論
理の方が、むしろ保守論壇の「定型的な議論」の一つだったのではなかろうか。


 それにしても、私は知らなかったが、桜田氏は、根っからの小泉信者であるよう
だ。
《 こうした事情は、「保守」層が、こうした場に人材を送り込めなかったことの意
味を示唆している。 「保守層」の意見は、最近は、「学識に基く見解」というより
は、たんなる「プロパガンダ」や「アジテーション」の色彩を色濃くしている。これ
では、「保守」層は尊敬されないし、その言説の影響力が狭まるのも当然である。
もっとも、保守論壇の中でも、「有識者会議」に名を連ねるに相応しい人物の一人
が、故・坂本多加雄教授であったのは、間違いないであろう。坂本先生のような人物
が「有識者会議」にいなかったのは、残念なことであった。坂本先生ならば、政治的
な立場を異にする人々ですらも、その学識には敬意を払っていたはずである。》

 要するに、桜田氏は、最近の保守思想や保守論壇には「学識に基づく見解」がない
と考えているようだ。むろん、私もこの分析に反対ではない。私も、最近の保守思想
や保守論壇の「学識の欠如」を実感し、それ故にしばしば批判してもいる。しかし、
私の批判の矛先は、「桜田氏」のような、「プロパガンダ」や「アジテーション」の
ように「小泉改革バンザイ」を叫び、「カイカク、カイカク」と唱えているだけの保
守思想家たちである。
(この項続く。)

山崎行太郎;
文藝評論家
昭和47年慶応義塾大学大学院(哲学専攻)修了
東京工業大学講師を経て現在、埼玉大学講師、
日大芸術学部講師。
著書『小林秀雄とベルグソン』(彩流社)『小説三島由紀夫事件』(四谷ラウンド)
その他。
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/
http://yamazakikoutarou.gooside.com/
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7.青葉ひかる
 2006年“明るい年”に 
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「日本経済は不良債権の処理目標を達成し、政府の財政出動に頼ることなく民間主
導の景氣回復への道を歩み始めた」

これは、2005年9月26日、小泉首相の所信表明演説である。
金融機関の不良債権問題が事実上解消したのは確かのようであるし、大手銀行など
も、一斉に余力を公的資金の返済に充てるらしい。
製造業も自動車産業を牽引力に国際競争力が一段と際立っている。

一方、2005年6月末の全国300商工会の調査によると景気動向指数・売上高
採算・資金繰り・業況すべて前年比マイナスということである。
製造業も原油・原材料の高騰により悪化傾向、建設業も公共事業発注減少などによ
り悪化とのことで、小売業も部分的な回復はあるものの産業全体では足踏み状態と
のことである。
これは、銀行の貸し渋り、大企業のリストラなどにより、中小企業、零細企業へし
わ寄せがいった結果であろうが、商店街にシャッターの閉まった店が多い地方経済
の冷え込みは体感できる状態である。

景氣を論じるにこれは見解の相違でもあるし、視点によって評価は変るということ
であろう。

また、同時期に「景気判断は踊り場からの脱却」であると自信をみせていた日銀な
ど強気派は、個人消費、設備投資、国内民間需要も回復し生産動向も緩やかな増加
傾向にあるということであった。
それに対して、市場の弱気派は「踊り場から脱却できず、下降局面に入り、企業の
生産減速を懸念し、日銀の見方に違和感と持つ」ということであった。
これも、日銀のシナリオと市場の見方は異なっていた。

「財政再建なくして、景氣回復なし」というのは小泉首相誕生時のお得意フレーズ
であった。同時に「景気回復なくして、財政再建なし」という識者も沢山いた。
小泉首相退陣9ケ月前の現在は「歳出削減なくして、増税なし」のフレーズである。
これに対して「増税なくして、財政再建なし」という意味を発している財務大臣を
はじめとした識者も沢山いる。

こうなると、これら経済分析、経済予想は一般的に「当るも八卦当らぬも八卦」」に
似ている。
視点が違うだけであろうし、表裏一体のものであるには違いないし、車の両輪でも
あるが。

2006年が、予想されているようにインフレになり、金利が上がれば、政府は何
の努力をしなくとも税収が増えるわけであるから、コップから水が溢れるように、
財政赤字は減少する。
明るい兆しであるこの予想が当ることを願いたいものである。

日銀には「デフレを脱却させ、インフレに転換させる」という強い意氣込みがあり、
インフレ転換の見越し自体はいいことであろう。
しかし、そう言ったところで、日銀券を窓口に積み上げて銀行が借りにくるのを待
ったとしても、銀行がこなければ日銀券は出回らないし、インフレにはならないで
あろう。
市中銀行も中小企業に貸し出さなければ日銀券は出回らない。
貸し出して、はじめて経済活動にも弾みがつくであろうから。

常々述べていることであるが、国民の7割以上は家を持つことを夢としているとい
う統計がある。これは大変な数字であるし、しかもその中のたった3%の人の「夢
実現」の意志が動くだけで、数百兆円のGDPが上がることは先にも述べていると
おりである。

「人間は自分自身の夢と幸福のためには惜しみなく、また無理をしてでもお金を遣
う」という視点から、「国民が自分や家族のために投資・消費」することを容易にす
るように国が手助けすることこそ、莫大な内需拡大であるから、景氣回復の一番の
特効薬は国民の意思ということになる。
国民の意思によって景気回復の道が開くわけであるから、政府はその後押しをする
政策をすればいい。

農地法などの改正を早く実施し、国土政策を見直し、「豊かで安心な国民生活」を作
ることこそ景氣回復、ひいては財政再建になるのであるから、もっと大胆な政策を
し、自然増収を上げることこそ2006年に期待することである。
「夢の実現」こそ財政再建に一直線である。

不景氣が続き多くの国民の心がすさみ、社会の空がどんよりしていたこの10年間
からの脱出元年こそ2006年であってほしいと願うものである。

青葉ひかる:
三重県出身
早稲田大学卒 
元日本航空(株)勤務
評論家 
2525計画推進協議会(2525プラン)会長
http://www.2525plan.jp/ 
ラジオ日本(1422kHz)
「青葉ひかるのガンバレ日本」
毎週(土)16:50〜17:00放送

◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

☆花岡信昭の論文
・「読売ウイークリー」新春合併号 「政々流転! 『大連立』の背後に日米関係」

・「世界週報」新春合併号 「解剖・混迷政局 最後の大勝負は『大連立』か」


☆ー亡国の女系天皇論を粉砕せよー

◎声明  皇室典範問題研究会 代表小堀桂一郎

小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が首相に提出した報告書
の「女系容認.長子優先」の内容は、「皇位の安定的な継承を維持するために」との
理由づけのもとに男系継承といふ有史以来の皇室伝統を破壊するものである。わづ
か一年足らざる論議で、かかる無謀な結論を出した同会議の拙速かつ不敬なる姿勢
には強い怒りを禁じ得ない。
政府はこの答申を受けて来年の通常国会に皇室典範改正案を上程する方針だが、同
会議の拙速を繰り返すことがあってはならない。
我々は、政府及び国会の今後の対応の仕方に関して、取敢えず以下の三点に留意す
べきことを要請する。
第一.皇位継承制度の伝統を破壊してまでも,いま皇室典範改正を急ぐ理由は無い。
第二.有識者会議の答申通りに皇室典範を改正することは、皇位継承の安定化につ
    ながるどころか、むしろ逆に国体の根幹揺るがすものである。
第三.有識者会議の議論で積み残された重要な問題が沢山ある。皇族方の御意向と
国民の多様な意見に耳を傾け、十分な時間を費やして検討すべきである。

平成十七年十一月二十五日
皇室典範問題研究会代表
小堀 桂一郎 


◎情報感度を研ぎ澄ます!ビジネス情報誌「エルネオス」
 編集長・市村直幸
 〒105−0003
 東京都港区西新橋1−22−7 丸万7号館4階
 電話:03−3507−0306
 Fax:03−3507−0393
 e‐mail:ichimura@elneos.co.jp
 URL:http://www.elneos.co.jp/

☆花岡信昭のサイト http://www.hanasan.net/
メルマガ政治ジャーナリスト・花岡信昭による分析・考察
http://www.melma.com/backnumber_142868/

☆佐藤守のブログ http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/

☆山崎行太郎のサイト http://yamazakikoutarou.gooside.com/

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