生活の知恵

希望を共に語り、愛をあなたの心に届けます!From kei

人間関係のセンスを磨き、自分を愛し、相手を大切にできる自分らしい人生につなげていただけるメッセージをお届けします!

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創刊日:2005-01-29  
最終発行日:2018-06-11  
発行周期:不定期  
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愛と希望を感謝をお届けします!

2018/06/11

皆様、梅雨に入りましたね。お変わりございませんか。今回は、「感情」についてお話し
ます。「感情、その心は・・・」が理解できれば、もっと心が軽くなり、日々を楽しめると
思います。参考にしていただければ幸いです。

1.私は「かなしい」と感じた「かなしい」は、大切なものを失ったときに感じる感情。
そのものが大切であればあるほど深く感じる。感じることで心のキャパシティを広げてく
れる感情です。
男らしくあるためには、「泣くな」「黙れ」と、悲しみの表現を禁じられることがあります。
ですが、「悲しい」を感じないでいると心は狭く、固くなって、自分自身にも他者にも残酷
で残忍になります。あなたは「悲しい」とお友達だから優しく、あたたかいのですよ。

2.私は「恥ずかしい」と感じた「恥ずかしい」は品位をつくる感情です。自分
自身の素の姿を他人に開示するときに感じます。品格が磨かれていると、素の姿に恥ずかし
さを覚えます。こんな人に、なりたいとか、こんな風に人に優しくなりたいとか理想があれ
ば、素の自分に出会って、襟を正す謙虚さが生まれます。恋する人に「好きです」と告白す
る時に大いに感じる感情です。感じることで、相手を配慮した謙虚さ、品位のある表現が生
まれます。  
ところが、感じないと破廉恥なことが平気でできる「恥ずかしい」人になります。電車で
化粧するような破廉恥な、品位の欠如した恥ずかしい人間になっていきます。

3.私は「疲れた」と感じた「疲れた」は自分の無理を知らせてくれる感情です。感
じることで自分の限界を知ることができます。「もう今日はここまで」と自重します。感じ
ないと無理を抱え込み際限なく頑張ってどんどん自分を追い込んでいきます。いつか自分
の能力のなさを恨み、被害者意識も膨らんでいきます。「何で私ばかりが・・・」結果とし
て責任のとれない無責任な人間になっていきます。

4.私は「楽しい」と感じた「楽しい」はそんな状況にあっても、自分を解放してく
れる感情です。この感情だけで生きていきたい気もしますが、「怒り、悲しみ」「苦しみ」を
感じないでいると「楽しい」感情を味わうことが出来なくなります。さまざまな感情を感じ
て、今を生きているからこそ楽しさを感じる幸せにつながっていきます。

5、私は「寂しい」と感じた「さみしい」は他人を求める感情です。感じることで新
しい出会いを求めていきます。感じないと孤立します。特に親子関係をはじめ家族のなかで
は「さびしい」と感じることでお互いがそれぞれの自立を育んでいきます。家族問題でこじ
れていると病んだ安定の中に居続けます。さびしい家族になってしまいます。

6.私は「こわい」と感じた「こわい」は、安全を守る感情です。過去に痛い体験を
していると、同じような状況で恐れから、からだがすくんだりして、用心深く行動できます。
感じないでいると、こわいものにどんどん近づいていったり、こわいもの知らずの傍若無人
のふるまいをします。「こわい」人になります。

7.私は「好き」と感じた「好き」はかかわっていく感情です。感じると近づきた
くなります。とりこみたくなります。そうして、「好き」は自分の一部になります。好きな
人のことで頭がいっぱいになります。そこから先、適度な距離がとれる関係を作るには、
「NO」が必要になってきます。

8.私は「NO・いや」と感じた「NO・いや」はムリのない適度な距離をつくる感情で
す。どんな親しい間柄でも、人と人との違いを認める感情です。よく似ていても、基本的に
ひとり一人違っています。親密な関係とは「好き」と「NO・いや」と感じないと、相手の
言いなりになるか、相手とかかわらないように、関係からひきこもることになり、距離の取
れない息苦しい関係に陥ることになります。

9.私は「緊張する」と感じた「緊張する」は、自分の力を発揮するときに自分を応援
してくれる感情です。発汗、発熱、紅潮、震えなどという身体のメッセージがあらわれるの
は、十分力を注げるよう、余分な力を体外に出そうとする自然なからだの働きです。押さえ
ようとすればするほど、感情は暴れるので、深呼吸して、感情を感じ受け入れ、「私は緊張
して、ドキドキしています」とことばにして出すのが感情への機能的な対処法です。

10.私は「腹が立つ」と感じた「怒り」は、<〜したい><〜してほしい>と欲求不満
をあらわす自然な感情で、それ自体は恐ろしいものではありません。キレたり、タメたり、
コモったり・・・一般に恐れられている「怒り」とは、さまざまな感情が抑圧された状態で
の「不健康な怒り」のことです。「怒り」をしなやかなステップで表現できるようになるの
が精神的自立です。

11.私は「不安」と感じた「不安」は期待と釣り合う感情です。期待がふくらむほ
ど、「不安」もふくらみます。「不安」を押しこめようとすると、他の感情と同様、「不安」
は余計にふくらみ手に負えないほど暴れます。幻想としてふくらんだ期待を現実サイズに
すれば、「不安」は消さなくても手に取って扱えます。
「不安」を受けいれないで、場当たりしだい垂れ流すと「不安のドミノ倒し現象が起きま
す。自分の「不安」と他人の「不安」を見きわめる境界線を意識しましょう。

希望が伝わりましたか。では、またお話しましょう。

最新のコメント

  • 名無しさん2012-03-05 12:56:03

    涙が出ました。私の経験と少しだけダブるところがあったものですから・・・