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YOGYA滞在記-SENYUM-

インドネシアが好きな方にこの国の本当の雰囲気を感じてもらえるよう、ジョグジャ、ジャカルタ滞在5年の私が1日本人としての視点を交え、ニュースなどでは伝わってこないインドネシアの魅力について綴っています

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SENYUM216話「タケシ・キャッスル」

2004/06/21

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*YOGYA滞在記 -SENYUM- *       vol.216
                      発行部数 1108部

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*このメールマガジンはインドネシア、ジョグジャカルタ市での3年半の
留学を終え、首都ジャカルタで、もの書きの仕事に就いた”私”が日々
体験し、感じたことをつづったものです。

<筆者からの一言>
 先週金曜日から、わが安アパートは、水道会社より節水を命じられ、
1日の半分以上が断水するようになってしまいました。ここのところ雨
がぜんぜん降らないし、アパートの壁には「節水にご協力を」と書いて
あったから、やばいなぁとは思っていたのですが、ついに来るべきもの
が来たというか・・・

 ちなみに水が出る時間は、午前5時から8時、午後0時から2時、午
後5時から10時の3回のみ。水が出ないので、これ以外の時間には風
呂もトイレも入れません。おまけに私の通常の生活スタイルは、午前1
0時起床、午前1時帰宅、午前3時就寝・・・これでどうやって風呂に
入れと言うのでしょう?金曜朝から土曜夜まで、熱帯のインドネシアで
風呂に入ることも顔を洗うことも出来ず、休日の土曜日も友人の2次会
を断り午後10時帰宅を余儀なくされる有様で・・・仕方がないので、
照る照る坊主をさかさまにして、上流のボゴールで雨が降るのを祈るば
かりです。といっても、高級アパートや邸宅在住者にはそんな話を聞か
ないので、このアパートそのものに原因があるのかもしれないのですが
ね。

 今回は、インドネシア人が知っているある言葉について書きました。
皆さんはこの言葉の意味がわかるでしょうか?それでは本編をどうぞ。


------------------「タケシ・キャッスル」--------------------

            「タケシ・キャッスル」

 僕が日本人であることを知ったインドネシア人から、ときどきこの言
葉が突拍子もなく口をついて出る。おそらく僕を含む日本人の多くは、
インドネシア人にいきなり「タケシ・キャッスル」と言われてもぴんと
来ないはずだし、何を言っているのか検討もつかないはずだ。僕も、最
初のうちは頭の中が?マークで一杯になったし、「サヤ・ティダ・タ
ウ」(知らない)と答えると、インドネシア人に「あれっ?」という顔
をされた経験がある。しかし、この言葉の謎は、土曜の午後3時に民放
TPIを見て、一瞬のうちに氷解する。「タケシ・キャッスル」の日本
語訳は「たけし城」、つまり、80年代後半、当時小学生だった僕が
「ウルトラクイズ」とともに、大人になったら絶対出てやろうと決めて
いたTBSの視聴者参加番組「風雲たけし城」が、「タケシ・キャッス
ル」の名でインドネシアで延々と放映されていたのだ。それ以来、僕
は、唯一の休日である土曜日の午後3時になると、TPIにチャンネル
を合わせ、小学生時代のわくわくした気分に再び浸るようになった。

 TPIの画像は、ビートたけしや参加者すべての会話が、明らかに省
略されたインドネシア語訳に吹き替えられたことを除けば、いくぶん記
憶が薄れかけていた「浮雲たけし城」の名物コーナーを映し出してい
た。池に配置された石の上をジャンプしながらゴールへ向かう「竜神
池」、地震体験が出来る家の中に座布団を敷いて、最後まで座っている
かを競う「地震だ爺さん」、そしてバレーボールを黒く塗った弾丸の攻
撃をよけながら橋を渡る「ジブラルタル海峡」・・・ゲームとゲームの
間には、視聴者の指揮官である谷隼人(今、何をしているのだろう)、
レポーターの稲川順二が、簡略化されたインドネシア語訳で話し、かな
り若いビートたけしと、まだ髪がふさふさのそのまんま東を始めとする
たけし軍団の面々が映っていた。僕は、小学生時代の記憶の断片を掘り
起こし、「そういえばこんなゲームもあったよなぁ」と、何度も懐かし
さがこみ上げてきてはうれしくなった。

 けれど、明らかに出場者の生き残り者数の推移がおかしいのに気付
く。あの難しい竜神池を80人が突破?最終ゲームの戦車射撃バトルに
たどり着くのはいつも3,4人で、それ以前に全滅することはない?・
・・15年後、大人になった僕は、当時はまったく感じなかったあらゆ
る矛盾点を番組を見ながら感じていたのでした。

 もちろん、番組が80年代なら、参加者として出ている素人の日本人
も「80年代の日本人」であるわけで、服装も顔かたちもこの20年で
ずいぶん変わったことを実感し、同じ日本人として違和感を感じる。
はっきり言うと、80年代の日本人の服装のデザインは、今のインドネ
シアで売られているようなデザインとどことなく似ており、特に女性の
顔や化粧の仕方が今のインドネシア人女性と通じるものがある。なんと
なく、今よりずっとインドネシア人や東南アジア諸国の人々との共通項
が多い気がして同じアジア人であることを痛感させられる。今、こちら
の雑誌などで目にする日本人芸能人と比べると、美人度では劣るけれ
ど、少なくとも「この人、本当に日本人?」と感じることはない。どこ
か田舎臭さが抜けなくて、近寄りがたい雰囲気を感じない安心感が80
年代の日本人にはあるような気がする。今、僕が今日本の街を歩くと、
怖くて近寄りがたい若者が多いのにびっくりするわけで、そんなところ
にバブル前の日本と現在の日本の20年の歩みを感じてしまう。

 閑話休題。昨日、僕は家の近くのDVDショップで、北野たけし監督
の映画「座頭市」を発見、1万ルピア(125円なり)で購入した。発
見したうれしさで店番のジャワ人のおばちゃんに「北野たけしを知って
るか?」と尋ねたら、「知らん」と答えた。「タケシ・キャッスルのボ
スだよ」と言ったら、信じてもらえなかった。仕方がないから、DVD
を再生させて「北野たけし=ビートたけし」であることを確認させる
と、「たけしキャッスルがいまや映画監督かい」と、鳩が豆鉄砲を食
らったような顔をして驚いていた。

 日本ではすっかり映画監督としての地位を築いた北野たけし監督でさ
え、インドネシアではいまだに「たけしキャッスル」のバカ殿としての
認識でしか捕らえられていないのである。日本に誇る監督なだけに
ちょっと悲しくもあるけれど、とにかく「たけしキャッスル」の名で
ビートたけしはインドネシアでも超有名なのだから、それはそれでいい
のかもしれない。TPIは金がないのか、毎日午後3時(バリ島は同4
時)から延々と風雲たけし城をかれこれ5年以上も流し続けているわけ
で、インドネシア人の脳裏にすっかり刷り込まれているのですからね
(最終回が終わったら第1回からまた放映の繰り返しらしい)。

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              発行者 水嶋 真人
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創刊日:2000-07-09  
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