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YOGYA滞在記-SENYUM-

インドネシアが好きな方にこの国の本当の雰囲気を感じてもらえるよう、ジョグジャ、ジャカルタ滞在5年の私が1日本人としての視点を交え、ニュースなどでは伝わってこないインドネシアの魅力について綴っています

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SENYUM209話「アンコタ・テーエヌイー」

2004/04/19

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*YOGYA滞在記 -SENYUM- *        vol.209
                      発行部数 1098部

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*このメールマガジンはインドネシア、ジョグジャカルタ市での3年半の
留学を終え、首都ジャカルタで、もの書きの仕事に就いた”私”が日々
体験し、感じたことをつづったものです。

<筆者からの一言>
 私は昔から、変な夢ばかり見ているのですが、最近見た夢で最も印象
に残っているのは、メガワティ大統領にスパイ呼ばわりされて逮捕さ
れ、バギール・マナン最高裁長官に懸命に無実を訴えたら、2本の棒を
持った長官が一言、「当たりの棒を引いたら無罪放免にしてやる」とい
うもの。

 さんざん悩んだ挙句、僕が引いたくじには×が。「残念、君は死刑」
・・・で、目が覚めたのですが、いやはや、何でこんな夢ばかり見るの
でしょう。きっとイラクでの日本人誘拐事件にインパクトを受けたもの
だとは想像できますが・・・ただ、なんとなく2本の棒を持った長官な
どがインドネシアぽくって個人的には受けました。

 今回は、私が苦手意識を持つ職業の人との出会いについて書いてみま
した。それでは本編をどうぞ。


----------------「アンコタ・テーエヌイー」-------------------

 ジャカルタ、もしくはインドネシアに来たことがある方は、迷彩服に
さまざまな色の帽子やベレー帽を被った国軍兵士についてどのような印
象を持っているだろうか?ホテルやモール、果てはイベント会場で、日
本では全く見ることがない、いかつい銃をこれ見よがしに抱え、ふんぞ
り返って(いるように見える)国軍兵士に、僕は近寄りがたい苦手意識
を持っていた。

 そもそも、僕の国軍兵士に対する苦手意識を決定的にしたのには、宗
教対立真っ只中のマルク州アンボン港での苦い思い出が原因となってい
る。3年前、パプア州からの帰り道に大型客船に乗った僕は、アンボン
の港に降り立った。寄航時間は4時間。せめて港の周りだけでも写真に
収めようと、人ごみを掻き分け、港から客船の全景を撮ろうと、カメラ
を取り出した。

 しかし、それがいけなかった。素人丸出しの僕は、あっという間に例
のいかつい銃を持った国軍兵士に取り囲まれ、乱暴に肩を捕まれた。
「お前、誰の許可もらって写真とっているんだ!」・・・そのうち、騒
ぎを聞きつけた上官がやってきた。僕は、ガジャマダ大学の学生である
こと、見聞を広めるためにパプアに行った帰りであること、写真が趣味
であることを熱心に語った。上官は一言、「俺の目の届く範囲での撮影
は許可するが、あまりうろちょろするな。狙われるぞ」・・・こうして
強面の上官に完全にびびった僕は、さっさと船内に引き上げた(前日に
寄航した船の乗客1人が沖合いから撃たれて死んでいた)。船がアンボ
ンを離れるまで、じっと船内に閉じこもって、自分の軽率な行為を反省
し、自らの身に何も起きないよう祈るばかりだった。

 いかつい銃、威圧する態度、そして命令口調・・・アンボン以外で
も、国軍兵士に対する数々の経験から、僕は、なるべく国軍兵士のそば
には近づかないよう心がけていた。けれど、所用でジャカルタの南の端
にある国軍本部に行く羽目になった。タクシーで入り口に乗り付ける
と、警備の兵士が怒った顔してタクシーの前に立ちふさがった。運転手
の親父は完全にびびり、泣きそうな顔を僕に向ける。やれやれ、僕はタ
クシーを降りたとたん、「タクシーは国軍本部に入ってはいけないこと
をお前は知らんのか!」といかつい兵士に一喝された。

 仕方がないので、僕は初めて国軍本部に来た日本人であること、●●
さんに会いたいことを告げた。と、ベレー帽を被った青年兵士は、仕方
がないといった顔をして「そこへはここから遠い。俺がそこまでバイク
に乗せていってやる」・・・数分後、僕はやけにうるさい騒音を発する
兵士のバイクの後ろにまたがっていた。目的の建物に到着した途端、
青年兵士は、すれ違う上司1人1人にきちっと敬礼し、「何も知らん日
本人を連れて参りました」と背筋をピンと整え、はきはきした口調であ
いさつした。「日がな路上でぼけーっとしながらたばこを吸う」そんな
イメージをインドネシア人男性に抱いていた僕は、妙な違和感を持っ
た。

 10分後、無事用件を済ませた僕が、建物の外に出ると、青年兵士は
バイクにまたがって待っていてくれた。「用件は済んだか」・・・そう
ぶっきらぼうに答えると、エンジンのキーを回した。

 帰り道、行きは無口だった青年兵士が口を開いて話し始めた。1ヶ月
前に分離独立組織との紛争が続くアチェから帰ってきたばかりだという
こと。スマトラ島出身で名はバトゥバラ(念のため仮名)ということ。
外国人と話すのは僕が初めてだということ。そして、別れ際、彼は照れ
ながら「今度、君の家に遊びに行っていいか」と尋ねた。体は頑丈だけ
れど、よく見れば、顔に幼さが残る青年。その顔は田舎で僕が知り合っ
たインドネシア青年たちと同じ顔をしていた。

 3週間後、約束どおり、彼は僕の家に遊びに来た。迷彩服にベレー帽
とは違い、この日は、Tシャツにジーパン。姿かたちはインドネシアの
青年たちとなんら変わりはなかった。もちろん、アチェで崖の上からゲ
リラに狙われた戦闘の数々、4000人中300人という倍率を勝ち抜
いて兵士になったこと、銃の練習なんて話は、兵士だからこそ聞ける話
だけれど、異性と付き合った経験がないこと、僕や同居人に気を使うと
ころなんかは、純朴な田舎のインドネシア青年のそれだった。

 結局、僕と同居人は、彼を日本食レストランに連れて行った。日本食
初体験のバトゥバラ君は、すしや納豆を食べる僕らを不思議そうな顔で
見つめ、巻き寿司をすすめると、国軍兵士のプライドで泣きそうになり
ながらも完食した。数分間、ずっと口をもぐもぐさせているから、「無
理しなくてもいいよ」といっても絶対に吐き出すことはせず、全部食べ
た。日本食スーパーで僕が買い物をしても、重い荷物をすすんで背負っ
てくれた。夕日を背に、バイクに乗って帰途に着いた彼を見送った僕
は、国軍兵士に対する偏見を抱いていた自らを恥じるようになってい
た。

 入国審査官、イミグレーション職員、警官に国軍兵士・・・思い起こ
せば、仕事から解放されて日常に戻った彼らと接すると、仕事場での対
応がうそのようにフレンドリーでやさしく、人の良さを十分に感じさせ
てくれる。むろん、仕事場ではいやな思いをさせられるときもあるし、
むかつく場合もあるけれど、そのようなとき、僕は「この人も家に帰れ
ば、軒先でぼけーとたばこでも吸っているんだろうな」と勝手に想像す
ることで怒りを和らげている。僕が一番苦手にしていた国軍兵士だっ
て、素顔はとてもいい奴だったのだから。

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              発行者 水嶋 真人
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創刊日:2000-07-09  
最終発行日:  
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