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YOGYA滞在記-SENYUM-

インドネシアが好きな方にこの国の本当の雰囲気を感じてもらえるよう、ジョグジャ、ジャカルタ滞在5年の私が1日本人としての視点を交え、ニュースなどでは伝わってこないインドネシアの魅力について綴っています

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SENYUM203話「小さな親切の理由」

2004/03/01

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*YOGYA滞在記 -SENYUM- *        vol.203
                      発行部数 1090部

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*このメールマガジンはインドネシア、ジョグジャカルタ市での3年半の
留学を終え、首都ジャカルタで、もの書きの仕事に就いた”私”が日々
体験し、感じたことをつづったものです。

<筆者からの一言>
 スラバヤへの出張と日本一時帰国が重なり、3週間ぶりのSENYU
Mとなってしまったこと、まずはお詫びいたします。この期間中、メル
マガを辞めてしまうのではと心配いただき、励ましのメールをお送りい
ただいた読者の皆様、返事を書くのが遅れましたが、この場を借りて深
く御礼申し上げます。とてもうれしく、ちょっとじーんときてしまいま
した。

 10日間の日本滞在での印象、日本人女性はますます白さを増し、そ
の体形はアジアのそれではなく、年々西洋化しつつあることにまずは
びっくり。80年代までは、日本人もインドネシア人もそんなに違いは
ないと思うのですが、今は、お尻が大きなジャワ人女性たちを見ている
と、えらく違うような気がします。そのほか、インドネシアと日本の文
化の違いでぼけをとりまくって、友人にたびたび爆笑されました。日本
は外国に見えることもしばしばで時々焦ってましたが、このことは次回
以降のSENYUMで紹介できたらと思います。

 そんなこんなで先月3日でインドネシア滞在満6年達成、明日には年
齢が29となってしまいます。いつまでもインドネシアにいついている
わけもいきませんが、こちらにいる限り、インドネシアの雰囲気を書き
続けていきますので、今後ともよろしくお願いいたします。

 今回のSENYUMは、成田到着時に出会ったインドネシア人の話で
す。それでは本編をどうぞ。

--------------------「小さな親切の理由」----------------------

 心象を良くするため、いつものように係官にとびきりの笑顔を見せて
成田空港の税関をやり過ごすと、迎えに来ていた父が困った顔をして近
づいてきた。聞けば、僕より少し前に出てきたインドネシア人の若い女
性がなにやら困った顔をして右往左往しているという。僕はその女性の
元へ案内された。不安げにうつむいていた彼女の名は、ピーチ(仮
名)。聞けば、果物の名前を持つ彼女を待っているはずだった日本人社
長の姿はなく、彼女は、社長の連絡先も名前さえも知らなかった。

 3年半前、ジョグジャの貧乏留学生だった僕は、日本へ一時帰国をす
るため、香港に1時間だけトランジットで立ち寄った(5号参照)。成
田行きの飛行機に乗ろうと、手荷物検査の列に並んだとき、聞きなれた
インドネシア語が聞こえてきた。その声の主はスラバヤ出身のジャワ人
のおばちゃん。台湾での出稼ぎを終えて、帰国途中のおばちゃんは、ス
ラバヤ行きのチケットを持っていなかった。僕はおばちゃんと2人でス
ラバヤ行きのチケットを探すため、奮闘した。おばちゃんの唯一の手荷
物たる紙袋の中には使い古したインドネシア製歯磨き粉が見えた。金は
持ってない。僕の飛行機の最終搭乗案内が流れる。僕はおばちゃんを
キャセイパシフィック航空の職員に預け、飛行機に乗ってしまった・・
・今、目の前にいるピーチさんの不安げな表情を見ていたら、3年前の
あの出来事がオーバーラップしてきた。インドネシアで世話になった
数々のインドネシア人の顔が浮かんできた。今度ばかりは見捨てるわけ
にはいかない。

 早速、僕は行動を起こす。インドネシア語を話すことで、パニックに
陥っていた彼女を落ち着かせて、社長の名前を思い出させる。思い出さ
せることに成功したら、インフォメーションセンターに行って、係員に
通訳したことを伝え、アナウンスをさせる。10分、20分・・・社長
はやってくる気配はない。焦った彼女は、中年男性1人1人に社長の名
前の名を呼びかけるが皆首を横に振るばかり・・・

 次なる手段を考える。ジャカルタの出稼ぎ斡旋所の電話番号を彼女に
尋ね、公衆電話の前に向かう。いくら英語で操作方法が書かれていると
はいえ、インドネシア人の彼女には日本での国際電話の掛け方がわから
ない。僕は、親からもらったテレフォンカードを入れ、ジャカルタに電
話をかける。留守電。テレフォンカードの度数が見る見る減っていく。
次に斡旋所を紹介した親族宅に電話する。つながる。僕はインドネシア
語でピーチさんの現状をまくし立て、起きたばかりの親族をせかして、
斡旋会社従業員の携帯電話番号を入手する。こうして、斡旋会社の社長
から、受入先の日本人社長の電話番号を入手するうちにテレフォンカー
ド2枚がなくなった。電話待ちの列にいた日本人女性に「どうぞ」と声
をかけたら、「サンキューベリーマッチ」と言われた。インドネシア語
で怒鳴り散ことに気付き、恥ずかしくなる。

 こうして、彼女と会ってから1時間半後、僕らは渋滞で遅れたという
日本人社長と無事会うことが出来た。父は、「外国の客人を1人で待た
すのは日本男児の風下にも置けない奴だ」と怒りをぶちまけていたけれ
ど、僕はほっとした彼女の姿を見て怒る気にもなれなかった。別れ際に
「オラン ジュパン バイク スカリ(日本人はとてもいい人)」と
言ってくれたその言葉に、3年半前の出来事が吹っ切れたような気がし
た。

 日本にいた1週間、僕はインドネシア人らしき人物を見かけると、そ
の姿に目を奪われ、声をかけたくなる衝動にとらわれた。「インドア」
などインドネシアに似た言葉を雑誌で見つけると、体が勝手に反応し、
テレビからガムランが流れてくると、言いようもない郷愁感が身を包ん
だ。そして成田空港では、相手先の連絡先も知らないインドネシア人を
放って置けなかった。

 すべては、インドネシアでインドネシア人が僕に対してとってくれた
対応が根底にあると思う。人見知りをせず、なにかと話し掛け、世話を
焼きたがる国民性、困ったことがあったら外国人であろうと相互扶助の
精神で助け合う、昔の日本にもあったはずの心意気。そうしたインドネ
シア人の気質に恩返しをしなくちゃという気持ちが自然と僕の心の中に
芽生えたのだと思う。「日本人は恥ずかしがり屋で自分から話そうとし
ない」と印象を語る日本から帰ってきたインドネシア人が多いけれど、
願わくば、日本に行ったインドネシア人も、インドネシアに行った僕と
同じ感情を持ち、インドネシアで困っている日本人を助けてくれる気持
ちを自然と身に付けてくれる、そんな「日本」であってほしい。

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              発行者 水嶋 真人
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創刊日:2000-07-09  
最終発行日:  
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