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JOG-mel No.1110 公民教科書読み比べ(14): 自由権と偏向メディア

2019/04/21

■■ Japan On the Globe(1110)■■ 国際派日本人養成講座 ■■

        公民教科書読み比べ(14): 自由権と偏向メディア

 自由権を論じながら、中国の人権弾圧を書かない東書の公民教科書は偏向メディア?
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■1.「私の母親と妻を殺してくれ」

 壇上に立った亡命ウイグル人の姿に衝撃を受けた。その男性は両手にそれぞれパネルを抱えて、我々聴衆に示した。右手のパネルには二人の女性の写真と共に「私の母親と妻を殺してくれ。弾丸費は私が払う」、左手のパネルには3歳と1歳くらいの二人の子供の写真とともに「私の子供達はどこですか」とある。

 独立運動をしていたのだろう、この男性はウイグルからトルコに逃れた。中国政府は家族にまで手を伸ばさないだろうと考えていたが、その後、収容所に入れられたとの情報を得た。母と妻が収容所で酷い拷問を受けるよりも、「いっその事、殺してくれ」という悲痛なメッセージである。幼い子供たちはどこでどうなっているのか全く分からない、という。

 本年2月13日、東京の憲政記念館で開催された「人種差別撤廃100周年 記念国民集会」の一幕である。日本が国際連盟規約に人種差別撤廃条項を入れることを提案したという歴史的な偉業の100年も後に、未だにこんな民族弾圧が横行しているのである。

 昨年8月、国連人種差別撤廃委員会は最大100万人のウイグル人住民が刑事手続きのないまま、「再教育」を目的とした強制収容所に収容されていると糾弾した。中国政府は事実と異なると反発しつつも、「宗教的過激派に染まった者」は「移住と再教育の支援を受ける」と一部事実を認めた。[1]

 中国では、ウイグル[a]のみならず、チベット[b,c]でも大規模な民族弾圧を行ってきた。漢民族内でも法輪功信者の弾圧[d]は日常茶飯事である。こうした現代国際社会でも最もひどい人権侵害が、それもすぐ隣国で起きている事を、日本国民も知るべきだ。この問題を中学公民教科書はどう教えているのだろうか?


■2.「自由をうばわれたアウン・サン・スー・チーさん」

 東京書籍版(東書)は「自由権」に関する項目で次のように説いている。

__________
【自由に生きる権利】 私たちが個人として尊重され、人間らしく生きていくうえで、自由に物事を考え、行動することは欠かせません。このような自由を保障するのが自由権です。自由権は、近代における人権保障の中心であり、現在でも重要な権利です。独裁政権や軍事政権の国で見られるような、不当な逮捕や拷問、思想の弾圧は決してあってはなりません。[2, p52]
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「不当な逮捕や拷問、思想の弾圧」の一例として、ミャンマーのスー・チー氏の事例がコラムで説明されている。

__________
自由をうばわれたアウン・サン・スー・チーさん ミャンマーの民主化運動の指導者であるスー・チーさんは、軍事政権により3度にわたり長期的に自宅に軟禁されました。その後、民主化の中で2012年に国会に当たる連邦議会の議員に当選し、2016年から新しい政権の中心人物になっています。1991年にはノーベル平和賞を受賞しました。[2, p52]
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 さらに「自宅の堀ごしに演説をするスー・チーさん」「スー・チーさんの開放を訴える人々」「日本で講演するスー・チーさん」の写真とともに、来日時のコメントとして以下が引用されている。

__________
 ・・・私の希望は、ビルマ(ミャンマー)を安心で自由のある、より良い国にしたいと願う全ての国民が、結束力とそして、懸命の努力によって、その夢をかなえることです。[2, p52]
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「安心で自由のある、より良い国に」という希望は彼女自身によって打ち砕かれた。同氏が中心となって政権をとった後、イスラム系少数民族ロヒンギャへの弾圧が行われ、アントニオ・グテーレス国連事務総長は2017年8月時点で50万人もの難民が発生していると指摘した。

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルはスー・チー氏に授与していた賞を撤回した。ネット上でノーベル平和賞取消しを求める請願運動が行われ、36万を超える署名が集まっている[3]。自由を求めた戦いの事例としてスー・チー氏を持ち上げた東書にとっては、教科書発行後の進展とは言え、何らかの訂正が必要なのではないか。


■3.中国共産党独裁体制廃止を呼びかけて投獄された劉暁波氏

 一方、育鵬社版(育鵬)では、「自由権」の頁で、中国人作家・劉暁波(りゅう・ぎょうは)氏の事例を写真と共に紹介している。

__________
中国の著名な作家の劉暁波 中国共産党の一党独裁体制廃止を呼びかけた文書を発表したとして、懲役11年の実刑判決を受けました。服役中の2010年にはノーベル平和賞を受賞しましたが、授賞式には出席できませんでした。[4, p62]
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 1989年に中国で民主化運動が勃発した際、劉氏はコロンビア大学の客員研究員として米国滞在中だったが、直ちに帰国して運動に身を投じ、天安門事件後、「反革命罪」で投獄された。欧米諸国の対中圧力によって多くの学生運動リーダーが出国する中、氏は中国に踏みとどまり、その後も民主化の呼びかけから更に2度の投獄や強制労働の罰を受けた。

 獄中でノーベル平和賞を受賞した際には、「この受賞は天安門事件で犠牲になった人々の魂に贈られたものだ」と語り、涙を流したと伝えられている。

 ちなみに中国政府は、劉氏がノーベル平和賞候補となった時点で、ノルウェー・ノーベル委員会に対し「劉暁波に(ノーベル平和賞を)授与すれば中国とノルウェーの関係は悪化するだろう」と脅したと報道された。劉氏は2017年7月、肝臓癌で死去。1年後に、それまで8年間も自宅軟禁状態に置かれていた妻のドイツへの出国がようやく認められた。[5]

 こうして見れば、自由を求めて闘ったノーベル平和賞受賞者としてはスー・チー氏よりも劉氏の方が本物である事は明白だ。東書はどういう理由でスー・チー氏を選んだのか。


■4.育鵬の「チベット問題とウイグル問題」

 育鵬はさらに「世界の人権問題」と題した1頁のコラムを設け、特に「チベット問題とウイグル問題」と「アフリカ諸国での内戦問題と人権問題」を大きく取り上げている。前者の説明は以下の通りである。

__________
 中国のチベット自治区や新彊ウイグル自治区では、中国政府による深刻な人権問題に対して、住民による抗議活動が繰り広げられています。なぜ、このようなことが行われているのでしょうか。

 チベットやウイグルは、もともと中国の領域ではありません。18世紀以降は清国の影響を受けていましたが、清国の滅亡後、それぞれの民族は独立を主張しました。中国政府の支配下におかれたのは第二次世界大戦後です。

 チベット人の中には、ヒマラヤ山脈をこえてインドヘの亡命をはかる人もいました。1959年には現在チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世ら、約8万人が亡命しました。またウイグル自治区では、中国の核実験により放射能被害が出ているという報告もあります。

 チベットやウイグルの住民は、中国政府が民族の伝統や文化を破壊し、信教の自由を侵害していると主張し、たびたび抗議活動を起こしました。一方、中国政府はそれを暴動とみなし、武装警察などを出動させて厳重に取り締まり、住民側に多数の死者を出しました。

 これらの抗議活動が各国のメディアで報道されるにつれ、この人権問題は世界で広く知られるようになりました。[4,p81]
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 チベットやウイグルにおける人権侵害は、現代世界における最悪の問題で、日本の中学生に「自由権」を教えるには、避けて通れないはずだ。東書はそれには目をつぶって、スー・チー氏の中途半端な事例でお茶を濁しているのは何故か。


■5.「政府が出版物などを発表前に検閲することも禁止されています」

 東書は次に「精神の自由」という項目を設けて、次のように述べている。

__________
 自由に物事を考え、自分の意見を発表することは、私たちが生きていく上で大切です。また、これらの自由は国民の意見を政治に反映させるためにも欠かせません。もし国が特定の意見を「この意見はよくない」と決めつけて発表を禁止したら、民主主義は成り立たなくなります。

 そこで、日本国憲法は、精神の自由を保障しています。精神の自由には、物事のよしあしを自分で判断する思想・良心の自由や、宗教を信仰するかどうかやどの宗教を信仰するかを自分で決める信教の自由などがあります。
また、人々が集まったり、団体を作ったり、意見を発表したりする集会・結社・表現の自由、自由に研究を行いその結果を発表する学問の自由も、精神の自由です。政府が出版物などを発表前に検閲することも禁止されています。[1, p52]
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 政府による検閲の一例として、「検閲を受けた本(小林多喜二の作品)」と題して、文章の一部が「xxxxx」と伏せられた頁の写真を載せ、こう説明する。

__________
第二次世界大戦以前、政府は、本や新聞に政府にとって都合の悪いことが書かれると、ふせ字にさせたり、発行禁上にしたりしました。[1, p52]
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■6.三大検閲事例

 この戦前の検閲事例よりも悪質かつ大規模な検閲事例が3つある。第1は、戦後、占領軍によって我が国史上最大規模の検閲が行われたことだ。占領軍は多くの日本人を雇って6千人以上の「民間検閲支隊」を創り、すべての新聞、雑誌、図書、ラジオ、選挙演説を事前検閲し、また毎月、4百万通の私信、350万通の電信をチェックし、2万5千通の電話を盗聴していた。

 出版の検閲にしても、戦前の日本は問題字句を伏せ字にするという「稚拙」なやり方であったが、占領軍は原稿の問題部分をまるごと割愛させてしまうので、どこがどう検閲されたのか見えなくさせる「高等」手法を使っていた[e]。育鵬はこの占領軍の検閲についてもコラムで紹介している。[4, p49]

 第2の事例は、現代中国の報道・情報統制である。多くの記者が逮捕投獄され[f]、インターネットでも史上最大の検閲システムを構築している[g]。中国では数億人のネットユーザーがいるが、前述の劉氏の事はほとんど知られていない。というのも「劉暁波」という名前が出たメールもページもすぐに消されてしまうからだ。

 劉氏が亡くなった際に、ロウソクの絵で追悼の意を表そうとしたら、その絵文字の入ったコメントも削除された。同様に「クマのプーさん」も禁止されている。習近平のあだ名だからだ。

 第3の事例は、現代日本を広範に覆っているマスメディアの偏向報道である。これについては弊誌でも何度も論じてきた[h]。朝日新聞による「従軍慰安婦」報道など、意図的な謀略報道は積極的にするが、チベットやウイグルの民族弾圧は報じない。これらはすべて一般国民に事実を知らせず、プロパガンダを吹き込むことで、「精神の自由」を奪う所業である。


■7.「マスメディアの問題点」

 育鵬は偏向報道に関しても、次のように生徒たちに注意を向けている。

__________
マスメディアの問題点 日本でも戦前・戦中の一時期、あるいは終戦後の占領期に、政府やGHQによってきびしい言論統制が行われました。そのため、国の進路を左右する重大な場面でも正しい世論が形成されず、大きな反省につながる結果をまねいたという例があります。

 今の日本では、広く言論や報道の自由が認められていますが、マスメディアから得られる情報が常に正しいとは限りません。

 マスメディアが自社の思惑に基づいて一面的な情報を流す世論操作がなされたり、購読者や視聴者を増やすため、興味本位の内容を大きく取り上げ、重要な情報を小さくあつかうこともあります。

 国民はマスメディアの情報をうのみにするのではなく、なるべく種類や立場のちがう複数のメディアから情報を得るなどして、きちんと判断する能力(メディアリテラシー)をもつことが大切です。[4, p93]
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 この事例として、二つを挙げている。一つは「特ダネほしさに事件をねつ造した新聞記事」と題して、朝日新聞記者が自分でサンゴに傷をつけながら、事件として報じたねつ造記事で、女生徒のキャラクターが「マスメディアは常に正しいとは限らず、誤った情報で世論操作をしようとすることもよくあります」と述べたもの。

 もう一つは、二つの新聞で憲法改正に関する同じ世論調査で正反対の見出しをつけられている例で、男子学生のキャラクターが「見出しのつけ方が違うと、読者は調査結果をどのようにとらえるだろうか」と問いかけている。

 東書では「メディアリテラシー」の項目で原発に関する2紙の社説の違いを述べているが、これは考え方の違いであって、報道での偏向や捏造に関するものではない。

 現在の日本の新聞、雑誌、テレビなどは真実を隠したり、事実を曲げて報道することがある、という点は、健全な公民を育てるためには大切な点である。中国における世界最悪の自由・人権侵害を黙殺し、また現代日本のメディアの偏向・虚偽報道にも頬被りしている東書の教科書も、偏向メディアの一つなのではないか。
                                        (文責 伊勢雅臣)


■リンク■

a. JOG(753) ウイグル独立運動と日本
 中国は日本とウイグルの連帯を恐れている。
http://blog.jog-net.jp/201206/article_3.html

b. JOG(123) チベット・ホロコースト50年(上)〜アデの悲しみ〜
 平穏な生活を送っていたチベット国民に、突如、中共軍が侵略を始めた
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h12/jog123.html

c. JOG(124) チベット・ホロコースト50年(下)〜ダライ・ラマ法王の祈り〜
 アデは27年間、収容所に入れられ、故郷の文化も自然も収奪された
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h12/jog124.html

d. Wing(2594) 中国の人権犯罪 〜 臓器ビジネスと焼身自殺
 法輪功信者などを数万人単位で逮捕しては、死刑囚として「解体」して臓器を取り出し、臓器移植を希望する人に売りつける、という「臓器ビジネス」が中国では行われていました。
http://blog.jog-net.jp/201608/article_9.html

e. JOG(098) 忘れさせられた事
 戦後、占領軍によって日本史上最大の言論検閲が行われた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_2/jog098.html

f. JOG(438) 情報鎖国で戦う記者たち〜 中国のメディア・コントロール(上)
 全世界で不当に監禁・投獄されている記者のおよそ三分の一は中国政府によるもの。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h18/jog438.html

g. JOG(439)「天網恢々、疎にして漏らさず」 〜 中国のメディア・コントロール(下)
 中国政府は世界で最大かつ最先端の ネット統制システムを構築した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h18/jog439.html

h. JOG 「Media Watch」のブログ記事
http://blog.jog-net.jp/theme/6658adcf2c.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. BBC NEWS JAPAN「国連、中国政府がウイグル人100万人拘束と批判」H300901
https://www.bbc.com/japanese/video-45480237

2. 『新編新しい社会公民 [平成28年度採用]』、東京書籍、H27
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4487122333/japanontheg01-22/

3. Wikipedia contributors. "アウンサンスーチー." Wikipedia. Wikipedia, 10 Jan. 2019. Web. 10 Jan. 2019.

4. 『新編新しいみんなの公民 [平成28年度採用] 』、育鵬社、H27
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4905382483/japanontheg01-22/

5. Wikipedia contributors. "劉暁波." Wikipedia. Wikipedia, 5 Jan. 2019. Web. 5 Jan. 2019.

6. BBC NEWS JAPAN「中国検閲はなぜクマのプーさんを禁止したのか」H300718
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-40639865


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