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Japan on the Globe 国際派日本人養成講座

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JOG-mel No.628 中国の「天皇工作」

2009/12/20

■■ Japan On the Globe(628) ■■ 国際派日本人養成講座 ■■

              地球史探訪: 
    
                 「日本を取り込むためには、天皇を取り込め」
                 が中国の対日外交戦略だった。
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■1.宮内庁長官に異例の政府批判■

     中国の習近平国家副主席の天皇陛下との会見で、民主党が
    「1カ月ルール」を破ったことで、羽毛田宮内庁長官が「心苦
    しい思いで陛下にお願いした。こういったことは二度とあって
    ほしくない」と異例の政府批判を述べた。

    「1カ月ルール」とは、外国の賓客が天皇陛下と会見する場合、
    通常は1カ月前までに文書で正式に申請するというものだ。6
    年前、前立腺がんの手術を受けられた陛下のご健康を考慮して
    制定されて以来、厳格に守られてきた。

     問題は、単なるルール破りより、もっと根深い所にある事を、
    東京大学教授・山内昌之教授は指摘する。[1]

         陛下が中国に限らず重要人物だからという政治理由で引
        見されるには、慎重な手続きを踏むべきだ。でないと、政
        治の恣意(しい)性で象徴天皇制の根幹が崩れかねない。
        その危険に政府首脳らの危機感がうかがわれないことが憂
        慮される。

         陛下は、国の大小、その国が大事か否かという政治的重
        要性の判断で扱いに差をつけず、どの国とも、ルールと慣
        行を尊重した政府の意思と責任に従って友好親善の実を挙
        げてこられた。

         ・・・ある国や指導者が重要だから会うべきだという議
        論ほど、陛下のお考えや生き方になじまない発想もないだ
        ろう。

     皇室による親善外交とは、すべての相手国に平等に対応する
    のが原則である。重要な国だから1カ月ルールを無視しても良
    い、というのは、政治的判断であり、天皇の政治利用そのもの
    である。

■2.「民主党側は、まるで中国の走狗(そうく)」■

     今回の会見は、中国側の度重なる申し入れに端を発している。
    政府は11月30日に一度、「1カ月ルール」から「会見は無
    理」と通告したのだが、駐日大使館が中心とする中国側が政府
    ・民主党だけでなく、自民党の中曽根康弘元首相らにも「なり
    ふり構わず」(外交筋)働きかけた。

         別の外交筋はこう解説する。中曽根氏ら自民党の政治家
        は、われわれが「ルール破りはダメです」と説明したら理
        解してくれたが、民主党側は、まるで中国の走狗(そうく)
        となった。[2]

     習近平副主席は、胡錦濤主席の有力な後継者とされており、
    胡錦濤主席が副主席時代に来日して、天皇陛下と会見している
    前例に倣った、というのが、一般的な見方である。中国の常と
    して、複雑な後継者争いがあり、その中で習近平副主席に天皇
    陛下との会見という政治的実績を作らせたい、という思惑があっ
    たと推察されている。とすれば、日本政府側のみならず、中国
    側の政治利用と言うべきである。

     そして、中国側の天皇利用は今回に限らず、今までの日中外
    交上、何度も繰り返し使われた常套手段であった。今回はこの
    問題を歴史的にたどってみたい。

■3.毛沢東の「天皇陛下によろしく」■
    
     1950(昭和25)年に勃発した朝鮮戦争では、韓国を侵略した
    北朝鮮軍に中国軍が荷担しており、米軍を主力とした国連軍と
    戦った。

     その戦争の最中の1952(昭和27)年4月、中国は日本との国
    交正常化に動き出した。周恩来首相は、日本で生まれ育ち、後
    に「知日派」の代表として君臨することになる廖承志を呼び出
    し、「中日関係に関する宣伝分件」なる文書を見せた。廖が文
    書を読み終わると、周はこう語った。

         毛主席の指示であり、中央が決定した対日方針だ。中央
        は中日人民の間の友好往来を展開することを決定した。日
        本絡みの問題はあなたの責任でやってほしい。[3,p147]
    
     米国と戦っている最中に、その占領下にある日本を米国から
    離反させ、味方につけようとするとは、恐ろしいまでの戦略性
    である。

     1956(昭和31)年、「日本商品展覧会」が北京で開催された。
    毛沢東は博覧会総裁の村田省蔵に対して、「帰国したら鳩山一
    郎首相によろしく伝えて下さい」と言い、かつ「天皇陛下にも
    よろしく」と話しかけた。

     毛沢東は、日本人の持つ皇室尊崇の念を、延安で日本軍捕虜
    の洗脳に携わった日本共産党の野坂参三から学んだようだ。野
    坂は捕虜となった日本軍兵士が山道で東方に向かって一列に並
    び、「皇居遙拝」の号令で最敬礼する光景を見ていた。

     ソ連のコミンテルンは「天皇制打倒」を指示していたが、毛
    沢東は野坂からの意見を受けて、「日本人を味方として取り込
    むには、日本人の絶対多数が尊敬する天皇を利用した方が有利」
    という考えを持ったのだった。
    
■4.昭和天皇のお言葉に興奮したトウ小平■

     文化大革命後、周恩来首相は、ソ連との対立に備えて、アメ
    リカを味方につけるべく、1972(昭和47)年2月、ニクソン
    大統領の電撃的な訪中を実現させ、さらに9月には、アメリカ
    と競わせるように田中角栄首相を北京に招いた。[a]

      副総理だったトウ小平は、1978(昭和53)年10月に来日
     した。トウは経済の混乱を克服し、改革・開放を進めるべく、
     戦後の急速な復興と高度成長を遂げた日本から技術と投資を
     引き出すことを狙っていたのである。

     トウ小平は10月23日、昭和天皇と会見した。昭和天皇は
    挨拶ののち、こう切り出された。

         両国の間には非常に長い友好の歴史があり、その間には
        一時、不幸な出来事もありましたが、過去のこととしてこ
        れからは長く両国の親善の歴史が進むことを期待していま
        す。[3,p50]

     会見に先立ち、外務省、宮内庁が在日中国大使館の間で事前
    協議がされており、事前に練られた発言要領があったのだが、
    この部分は、陛下が原稿から離れて、御自身のお言葉として述
    べられた。この予想外のご発言に、トウは興奮してこう語った。

         ただ今の陛下の言葉に非常に感動しました。過ぎ去った
        ことは過去のものとして、今後は前向きに両国の友好関係
        を建設し、進めなければなりません。[3,p50]

     トウは「陛下の都合の良い時期に中国を訪れ、ご覧になるこ
    とを希望します」と招請した。トウは、天皇訪中が日本を取り
    込むための効果的な手段となることを確信したのだろう。陛下
    は「もし、機会があれば、うれしく思います。これは日本政府
    が決めなければならないことです」と答えられた。

     会見後、日本政府は中国代表団に「天皇訪中招請」は発表し
    ないでほしい、とこっそり伝えた。台湾と断交してまで、日中
    国交回復を進めた田中政権の対中政策に、批判的な世論が根強
    かった。
    
■5.胡耀邦の天皇訪中工作■

     トウ小平のもとで改革・開放の旗振り役を務める胡耀邦・総
    書記は、1983(昭和58)年に来日し、先進工業国、民主主義国
    の有様に感動して、「日本びいき」となった。胡は、日本を中
    国近代化のモデルにしようと考えていた。

     1984(昭和59)年3月、訪中した中曽根康弘首相は、人民大
    会堂東門の広場で19発の礼砲が鳴り響く中で歓迎された。外
    国指導者のために礼砲を鳴らすのは、文革後初めてのことだっ
    た。さらに胡は、中曽根首相夫妻を北京・中南海の自宅に招き、
    家族ぐるみで昼食を共にした。中南海の自宅に外国指導者を招
    くのは、中国外交史上初めてのことだった。

     昼食後、胡は、こう述べた。

         貴国の経済、技術の御支援に非常に感謝する。あなた方
        の厚い友情を決して忘れることはない。[3,p63]

     こうした中で、中国政府幹部が田中角栄前首相の目白御殿を
    訪れ、「天皇の訪中を実現させたい」と依頼した。天皇陛下の
    訪中が実現すれば、日本国内の反中勢力を抑えられ、日中間の
    協力関係をますます進めることができるという考えだった。
    80年代に北京に勤務した外務省幹部は、こう語っている。

         日本国民の心をつかむためには、まず天皇陛下の心をつ
        かまえたらいいということを、中国は分かっていた。
        [3,p65]

     田中は「よし分かった。中曽根に言ってやろう」と即答した。

     田中は中曽根首相に電話したが、中曽根は首を縦に振らなかっ
    た。宮内庁とも相談した結果、天皇訪中は時期尚早と判断した
    のである。その理由の一つが、「陛下がまだ沖縄に行っていな
    い」ことだった。[3,p8]
    
■6.日本は西側諸国の対中制裁を打ち破る突破口■

     1986(昭和61)年12月に安徽省の中国科学技術大学で民主
    化を要求する学生デモが起こり、全国に広まった。胡耀邦の改
    革路線に勇気づけられた学生たちが、政治的自由を求めて立ち
    上がったのである。

     トウ小平は、学生デモを「非常に重大な事件」と捉え、「こ
    こ数年来、一貫してブルジョワ自由化反対に十分な努力を払っ
    てこなかったのは、胡耀邦同志の重大な誤りだ」と批判した。

     胡耀邦は総書記を辞任し、1989(平成元)年4月、失意の内に
    亡くなった。胡耀邦の死を悲しむ学生らが100万人も北京の
    天安門広場に集まり、これを戦車隊が蹴散らして、1万人規模
    と言われる死者が出た。天安門事件である。[b]

     西側諸国は対中制裁に踏み切った。日本政府も、前年、竹下
    登首相の訪中で約束した第3次円借款(90-95年度、総額81
    百億円)の供与を見合わせた。

     トウはこれに対して、「日本工作を重視しろ。日本を先行さ
    せ、徐々に制裁を取り消させ、西側諸国の中で率先的役割を果
    たすよう推し進める」との指示を与えた。銭外相は回顧録『外
    交十記』の中でこう書いている。

         日本は当然、自身の利益のためにやっているのだろうが、
        西側諸国による対中制裁の共同戦線の中で弱点であり、中
        国が制裁を打ち破る際におのずと最良の突破口になった。
        [3,p110]

     中国は竹下前首相など親中派に工作をして、1990(平成2)年
    11月、円借款の凍結解除を勝ち取った。対中援助に慎重な欧
    米諸国の先陣を切った形となった。翌年8月には海部俊樹首相
    が天安門事件後、西側諸国首脳として初の訪中に踏み切った。

■7.「天皇陛下が政治に巻き込まれる」■

     日本を突破口とする工作が成功すると、中国政府は次の目標
    として天皇訪中を狙った。海部首相と会談した李鵬首相は、
    「来年の国交正常化20周年に」と時期を明らかにして、天皇
    訪中を招請した。

     1992(平成4)年1月に訪中した渡辺美智雄副総理・外相に、
    李鵬はこう語った。

         われわれは、日本では天皇が国民の心の中にいることを
        知っています。[3,p119]

     しかし、これには自民党の中で、「天皇陛下が政治に巻き込
    まれる」と、反対論・慎重論の声が高まった。

     4月には江沢民総書記が来日し、「本年の天皇訪中を中国国
    民は心から歓迎したい」と持ちかけた。江沢民は天安門事件直
    後に総書記になったばかりであり、ここでトウ小平の期待して
    いる天皇訪中を実現できれば、自身の権力基盤を強化できる、
    という思惑があったようだ。こうした中国国内の権力闘争に、
    天皇が巻き込まれかねない、という指摘も、訪中反対論の一つ
    の論拠だった。

     宮沢首相は「自民党の中でこれだけ意見が分かれている状況
    では、総理として決められない」と弱音を吐いたが、決断を迫っ
    たのが、田中角栄が倒れた後、自民党のドンとなった金丸信だっ
    た。橋本恕・駐中国大使からこの状況を聞いた金丸は、その場
    で宮沢首相に電話して、こう命じた。

         宮沢君、天皇訪中問題について決めるべきはごちゃごちゃ
        言わず早く決めたまえ。[3,p127]
    
■8.中国の「実益外交」と日本の「親善外交」■

     こうして中国が長い間熱望してきた天皇訪中がついに実現し
    たのである[c]。銭外相はこう回顧している。

         天皇訪中は中日2千年の交流史の中で初めてであり、中
        日関係を新たな水準に引き上げた。同時に天皇がこの時期
        に訪中したことは、(天安門事件による)西側の対中制裁
        を打破する上で積極的な役割を発揮し、その意義は両国関
        係の範囲を越えたものだった。[3,p129]

     中国から見れば、日本は先進的工業国として技術や資本を提
    供し、かつまたソ連やアメリカとの対抗上、味方につければ、
    大きな利用価値のある国であった。

     その日本を取り込む最大の突破口が天皇訪中だった。それに
    よって、日本国内の反中国派を押さえ込み、また日本国内で親
    中感情を醸成することができる。中国の対日外交は、あくまで
    自国の国益を目的とした「実益外交」であった。

     それに対して、日本の対中外交は「日中友好」をスローガン
    とし、特に皇室外交は純粋に両国民の友好関係を深めるための
    「親善外交」であった。日本は「友好」そのものを求めたが、
    中国は「友好」の名の下に実益外交を進めて皇室までも利用し
    た。ここに日中関係の非対称性がある。

     皇室外交は、世界最古の王室をいただくわが国が、世界の国
    国と平等に友好親善を進めるための貴重な手段であり、それが
    党利党略によって利用されたり、ましてや外国に利用されるこ
    とは、わが国の尊厳を汚すものである。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(312) 「日中国交正常化」〜 幻想から幻滅へ
    そもそものボタンの掛け違えは、田中角栄の「日中国交正常
   化」での「異常」な交渉にあった。
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog312.html
b. JOG(162) 天安門の地獄絵
   天安門広場に集まって自由と民主化を要求する100万の群衆
   に人民解放軍が襲いかかった。 
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog162.html
c. JOG(073) 親善外交の常識
    謝罪と朝貢の対中外交
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_1/jog073.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 産経新聞、H21.12.15「【歴史の交差点】東京大学教授・山内昌
   之 誰にも公平に、天皇と外交」
2. 産経新聞、H21.12.15「陛下・中国副主席 会見問題」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN//japanontheg01-22%22
3. 城山英巳、『中国共産党「天皇工作」秘録』★★、文春新書、H21
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/416660712X/japanontheg01-22%22

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■前号「学校の先生が国を救う(下)」に寄せられたおたより

■「EWAT2665」さんより

     小生が数年前に自治会長をしていたときの学区の運動会の開会式
    のときです。国旗が掲揚され、君が代がスピーカーから流れても誰
    一人(参列の市会議員、地元国会議員も)国家を斉唱してません。

     小生はそれを眺めながら腹の中で(国歌を歌わんとは、一体何処
    の国の先生方や、と内心軽蔑しながら)大声で歌いました。そのと
    き、歌ったのは私一人だったと記憶しています。

     数年後、今度はヒラの役員としての運動会の開会式のことです。
    国旗掲揚と同時に私は国家を歌い始めました。そのときは他の町内
    からの歌声も聞こえましたが歌の終わりになるにつれなぜか私一人
    になったのです。

     歌い続けていると、「母ちゃん、君が代を歌っているよ。」との
    子供の声に続き、「どれどれ」と母親らしき声がするので、そのほ
    うを見ると、なんと、子供が私を指差して母親に告げ口しているで
    はありませんか。

     私がじろりと睨むと、こそこそと何処かへ隠れたので無事歌い終
    わりました^^。

     今度は閉会式の国旗奉納の際、小生が国歌を歌っておりますと、
    何処かの若い母親らしき人が小生の後ろあたりでいっしょに歌って
    おりました。音程はしっかりしたものでした。

     国歌を歌いたい人は少なからずいるのだと安心するとともに、先
    ほどの告げ口した子供とその母親がいわゆるプロ市民かと苦笑せざ
    るを得ませんでした。 

     後者の事例は、最近、民主党へ「プロ市民によって、私の国歌を
    歌いたい内心の自由が侵害された」事例として送り付けました^^
     そうでもしなければ私の腹の虫が収まらなかったのです。

■「公立高校教諭」さんより

     私は岩手県立高校に勤務しています。岩手県はかつて日教組
    の御
    三家と言われていましたが、私の知る限り、県内全ての高校で卒
    業式・入学式では国旗掲揚及び国家斉唱が行われています。マス
    コミ等の報道では教師叩きが盛んに行われていますが、岩手県の
    教師は全国平均よりもはるかに低い給料にもかかわらず、朝早く
    から夜遅くまで生徒の指導を熱心に行っている教員が多いと思い
    ます。進学希望者には、塾に行かなくても進学に耐えうる学力を
    付けるべく、休日返上で教えることも当たり前に行われていま
    す。部活動の指導も同様です。

     確かに組合活動に熱心な教員も一部にいますが、ほとんどの
    教員は組合の主張のいかがわしさを察しており、福利厚生組織
    として利用しているのが現状でしょう。一部のエキセントリッ
    クな教師が全てであるような報道や見方に憤りを感じると共に、
    サイレントマジョリティとして、使命感を持ち懸命に職責に励
    んでいる教師達がいることも知ってもらいたいと思います。

■「豊」さんより

     戦前は教師は聖職とされ、学校で先生に殴られたと親に言っ
    てもそれはお前が悪い事をしたせいだろうと言われるのが落ち
    だった。戦後、教師も単なる労働者だと主張して教師自らが聖
    職性を否定した。所が単なる労働者ならば当然その業績を評価
    し、処遇に反映されるべきだとして導入を図った勤務評定につ
    いて全国規模での大反対が教師によって起こされたことを知っ
    ている人も最近は少なくなった。

     この事例でも分かるように日教組傘下の教師が如何に身勝手
    でかつ常識に欠けているかは驚くばかりだ。国旗・国家に対し
    て教師個人がどのような感想を持つのも自由だが、少なくとも
    授業に置いて日本以外の世界中の国では国旗や国歌は敬意を払
    うべき存在であることを教えておくべきではないか。

     小生が幼いころまだ占領軍が駐留していた。ある日小生の通
    う学校のそばを2人の米国軍人が通りかかったところ校庭に国
    旗が掲揚してあった。彼らはさっと挙手の礼をして通り過ぎた
    のを鮮明に記憶している。

     教師は医師とならんで特殊な環境でキャリアを積んで行く。
    学生時代から偏った思想を持っていても社会に出てそれが是正
    される機会がないのが実情だ。普通の社会人なら現実の社会を
    知るにつれて左翼の宣伝スローガンを鵜呑みにできないことが
    実感され、それなりにバランスの取れた思想を持つようになる。
    しかし教師は教室では絶対権力者であり、同じように現実の社
    会を知らない同僚と過ごしていれば何時まで経っても偏向は是
    正されない。

     折しも政権を取った民主党の文化大臣は日教組との密接な関
    係があるとか。早速、教員免許更新時の教育を廃止すると言明
    している。

     安全保障問題で大きな不安を国民に抱かせた民主党政権のも
    とでは当分のあいだ非常識な教師の跋扈に甘んずるしかないの
    だろうか。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     教師や保護者で、国旗国歌を大切にしようとしている方々は
    少なくありません。その人々の一つ一つの行いが、国を救いま
    す。

     読者からのご意見をお待ちします。以下の投稿欄または本誌
    への返信として、お送り下さい。
     掲載分には、薄謝として本誌総集編を差し上げます。
    http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P36920582

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  • 名無しさん2010/01/11

    常に、日本国民としての、正常な歴史観、国家観、国益に向き合い、我が国をここまで繁栄させてきた、先祖や先輩などに敬愛と尊敬の情を込めて、メルマガを作成されている姿勢、ならびに、並々ならぬ祖国を愛する気持ちが窺える内容には、頭が下がります。



    民主党政権になり、我が国は、亡国、中国の属国への道をひた走っていますが、恣意的なマスメディアは言うに及ばず、多くの国民も、これからの日本の進む、危機的状況を何ら察知せず、戦後平和主義の危険性に気づいていません。



    今年は、良識的な保守系の国民が、打倒”小鳩民主党政権”に立ち上がらなければ、オザワ独裁の全体主義国家になり、言論の自由もない、どこかの国と同じ状況になることでしょう。

  • 名無しさん2009/12/21

    天皇と会うぐらいで日中の関係を良くすることが出来るのなら、安いものでしょう。(その程度のことで何がどうなるとも思えませんが。) また、たかだか6年前に決めたことであり伝統でも何でもないことを、何を騒いでいるのかというのが、多くの国民のしらけた目線となっています。

    天皇の政治利用というのは自民党もやってきたことであり、確かにこれまで象徴という域を逸脱することがあり、今回もその類でしょう。1ヶ月ルール云々の話ではない。1ヶ月ルールを口にすること自体が、政争の道具にしていることになり、象徴の域を逸脱することになります。中途半端な議論をするのなら、そっとしておけばいいんじゃないかと思います。

  • 名無しさん2009/12/20

    国家観を持たない政治家が多すぎます。又国民に選ばれたと言い媚びる事が政治と考えっる馬鹿な奴、加えて「阿片」に等しい薬をばら撒く民主党に釣られる国民、道徳教育放棄の結果は見るも無残な姿を現しています。