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JOG-mel No.623 天皇への道(上) 〜 11歳の御覚悟

2009/11/15

■■ Japan On the Globe(623) ■■ 国際派日本人養成講座 ■■

       国柄探訪: 天皇への道(上) 〜 11歳の御覚悟
            
               終戦の玉音放送に、殿下は「つぎの世を背負って
              新日本建設に進まなければ」と決意された。
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■1.奥日光へ■

     昭和20(1945)年7月12日朝、日光の朝空はうららかに晴
    れ、山々の谷間からは朝霧が立ちのぼっていた。

     学習院初等科6年生66名は、重いリュックを背負い、水筒
    を下げ、遠足にも出かけるようにはしゃぎ回っている。

     その日は、生徒たちが疎開していた日光から、さらに奥の湯
    元に再移動する日だった。すでに近くの宇都宮市も空襲を受け、
    大部分が焼失していた。疎開先の日光も空襲警報が頻繁に出て、
    昼の勉強も夜の睡眠も十分にとることができない状態だった。

     奥日光に着くと、一行は南間ホテルに入った。ここにはすで
    に陸軍の少年航空兵(中学1、2年ぐらい)約100人が疎開
    していたので、超満員になった。

     9日ほど遅れて、皇太子殿下(今上陛下)がお着きになった。
    殿下は2階の一室を居間兼勉強室とされたが、おやすみになる
    時以外は、ほとんど他の生徒たちと一緒に過ごされた。

     生徒たちは午前6時に起床し、朝礼、ラジオ体操、朝食の後、
    8時50分から11時10分まで授業を受けた。昼食の後は、
    夕食まで自習をしたり、魚釣りや野草摘みに出かける。5時か
    ら夕食をとり、夕礼、入浴の後、7時半には消灯という毎日だっ
    た。

     授業はホテルから500メートルも離れたスキー客用の山小
    屋が使われた。担任の一人、秋山先生は平素はやさしいお父さ
    んという感じだったが、薄暗い教室なので、本に目を近づけて
    見ている生徒がいると、「○○!」と大声で一喝した。特に、
    殿下は将来、大勢の人の前に立たれる方であるから、つねに立
    派な姿勢を身につけさせたいと、殿下の背が丸くなると、背筋
    をげんこつでぐりぐりこすって、背を伸ばさせた。

■2.「殿下だからといって米の特配は許されない」■

     食事はホテル内の食堂で一緒にとるのだが、食糧難の折り柄、
    ランチ皿の上に軽く一杯のご飯と、ささやかな野菜の煮付けだ
    けだった。育ち盛りの少年たちには十分なはずもなかったが、
    みな戦争のこともおぼろげながら分かっていて、食料の不足に
    不平をいう者もなく、出されたものを全部平らげて元気に遊び
    回っていた。

     しかし、無邪気に戯れている殿下や学友たちは、顔は青白く、
    頬は落ち、手足は細り、少し駆け回ると疲れてしゃがみこんで
    しまう。釣った魚や野草、そして捕まえたイナゴまで食べて、
    なんとか栄養を補給していた。

     同じホテルに疎開している少年航空兵たちは、大事な航空兵
    の卵として、比較にならない程、良いものを食べていた。学習
    院の生徒たちは、さぞやうらやましく思ったことであろう。

     軍事教官の高杉善治・陸軍中佐は、この状態を見るに忍びず、
    東京の近衛師団司令部に行って、食料援助を懇請した。水谷一
    生・参謀長は、しばらく考え込んだ後、こう言った。

         国民全部が勝つためにあらゆる困苦欠乏に耐えて戦争に
        協力しているときに、殿下だからといって米の特配をする
        ということは許されるべきことではない。もしそれをすれ
        ば皇室に対する国民感情を悪化させるおそれがないとはい
        えないであろう。この際はお苦しいことでまことに恐れ多
        いことであるが、国民とともに頑張ってもらいたいと思う。
        [1,p55]

■3.「いただきまあす」■

     天皇皇后両陛下も、一般国民と同じ配給食料を召し上がって
    おられるので、水谷参謀長の言葉には賛同するしかなかった。
    しかし、やせ細りつつある殿下の様子を目の当たりにしている
    高杉中佐は、「世の非難は一切、自分自身で引き受けるとして、
    一週間の米でもよいから特配していただきたい」と懇請を続け
    た。

     参謀長はしばらく考え込んだが、「そこまで言うのなら」と
    一週間分の米や缶詰を配給してくれた。ちょうど、日光に物資
    を送る軍のトラック便があったので、それで運んで貰うことに
    した。

     久しぶりの白米のご飯と牛肉の缶詰が食卓に並んだ。生徒た
    ちは食卓につき、一瞬でも早く食べたいはずだが、両手を膝の
    上において、行儀良く先生方の来場を待った。

     先生方が食卓について「いただきます」という声に合わせて、
    生徒たちは「いただきまあす」と、食堂に鳴り響くような大き
    な声を出して、食べ始めた。殿下も隣の学友たちに「すごいね、
    きょうのおかずは」と話しかけ、にこにこ笑いながら頬張って
    おられた。

     高杉中佐は、殿下や学友たちが嬉しそうに食べている姿に満
    足したが、戦争の推移と今後の食料補充のことを考えると、暗
    い気持ちになった。

■4.「身をもって殿下のご安泰を守り抜こう」■

     8月6日に広島、9日は長崎と原爆が投下され、軍官民とも
    恐怖のどん底に追い込まれた矢先に、東大教授を定年退職した
    穂積重遠氏らが新しい侍従として着任した。新任侍従らは東京
    を出るとき、宮内大臣から次のような訓示を受けていた。

         将来、戦局の変化によっては本省と東宮職(皇太子をお
        護りする人々)との通信連絡も途絶し、いちいち細部の指
        示を出せなくなることもあると思われるので、かかる場合
        には、大局的見地より独断機宜(きぎ)に適する処置をと
        り、もって皇太子殿下のご安泰を期してもらいたい。

     一行は、いかなる情勢に立ち至っても、身をもって殿下のご
    安泰を守り抜こうと心に誓い、戦場に赴く気持ちで、空襲下の
    東京を発ったのである。

     8月13日朝、いつものように山小屋教室に登校する際、後
    方から轟々たる爆音が聞こえてきた。引率の鈴木先生が振り返
    ると、敵の艦載機が8機、超低空で谷間を縫って突進してくる
    ではないか。

    「それ、空襲だあ! はやく木の下にかくれて伏せろ!」と先
    生は怒鳴り、生徒たちはすばやくあたりの木の繁みの下に飛び
    込んだ。

     鈴木先生は、殿下の手を引きながら山小屋の先にある防空壕
    に向かって走った。殿下をかばうように防空壕に飛び込んだ瞬
    間、一機がゴーッと頭上をかすめた。続いて一機、また一機と
    通り過ぎていった。

     鈴木先生は、防空壕から出て敵機の行方をしばらく見ていた
    が、後続機のないことを確かめると、「殿下、出ましょう」と
    お手をとって、殿下を壕から引き出した。殿下は繁みから出た
    学友たちと出会って、「怖かったねえ」と話し合いながら、山
    小屋の教室に入って行かれた。
    
■5.「殿下のご責任と、ご任務は、まことに重大です」■

     8月15日正午に陛下の重大放送があるというので、午前の
    授業が終わると、生徒たちは南間ホテルの2階の廊下に集めら
    れた。殿下はお立場上、別室でお聞きになられたほうがよかろ
    うということになり、2階の御座所でラジオの前で正座された。
    侍従たちは、その後ろで一同直立して放送を待った。

     ラジオは雑音も入らず、陛下のお声を明瞭に聞き取ることが
    できた。放送が進み、終戦を伝えるものであることが分かった
    時、侍従たちの間から嗚咽(おえつ)の声が漏れてきた。

     殿下は目を閉じ、頭を深く垂れ、身動きもせずに、じっとお
    聞きになっていたが、しっかり握りしめられた両手はかすかに
    ふるえ、目頭には涙があふれ、光っていた。放送が終わってか
    らも、しばらくその姿勢で座っておられた。

     やがて穂積侍従長が、いたわるように殿下の隣に座って、孫
    に諭すような調子で、放送の内容を説明し、次のような趣旨の
    ことをお話しされた。[1,p73]

         戦争に負けて終戦となりましたが、日本国が滅びたので
        はありません。日本はこの敗戦のあらゆる困難を克服して、
        再びその存立を確実にし、繁栄を取り戻さなければならな
        いのです。

         この日本再建の時代に際会された殿下のご責任と、ご任
        務は、まことに重大です。どうか、いたずらに悲嘆にくれ
        ることなく、専心ご勉学にはげまれて、きょうの悲壮なご
        決意を一生お持ち続けになり、名天子におなり遊ばします
        ようにお願い申し上げます。

     殿下は黙って、いちいち頷いておられたが、そのお顔は溌剌
    たる生気をとりもどし、堅いご決意のほどがありありと窺われ
    た。

■6.「新日本建設に進まなければなりません」■

     その晩、殿下は日記にこう書かれた。

         おそれ多くも天皇陛下が玉音で米英支蘇4ヶ国の宣言を
        御受託になるという詔書を御放送なさいました。私はそれ
        を伺って非常に残念に思いました。無条件降伏という国民
        の恥を、陛下御自身で御引受けになつて御放送になつた事
        は誠におそれ多い事でありました。・・・

         今は日本のどん底です。それに敵がどんなことを言つて
        来るか分かりません。これからは苦しい事つらい事がどの
        位あるのかわかりません。・・・

         今までは、勝ち抜くための勉強、運動をして来ましたが、
        今度からは皇后陛下の御歌(*)のやうに、つぎの世を背
        負つて新日本建設に進まなければなりません。それも皆私
        の双肩にかゝつてゐるのです。それには先生方、傳育官の
        いふ事をよく聞いて実行し、どんな苦しさにもたへしのん
        で行けるだけのねばり強さを養い、もつともつとしっかり
        して明治天皇のやうに皆から仰がれるやうになって、日本
        を導いて行かなければならないと思ひます。

        *前年昭和19(1944)年12月23日、殿下のお誕生日に、
          皇后陛下より次の御歌と、疎開児童と教職員、合計41
          万6千余人に25枚入りビスケット各1袋が贈られた。

           疎開児童のうへを思ひて

          つぎの世をせおふべき身ぞたくましくただしくのびよ
          さとにうつりて

     終戦の玉音放送を期に、殿下が将来の地位と責任とを深く自
    覚され、その後のご行動、ご勉強、スポーツにおいても、強い
    ファイトをお示しになったことは、先生方や側近者がひとしく
    感じたところであった。[1,p237]

■7.「皇太子殿下を奉じ、抗戦を継続すべし」■

     実はこの前夜、徹底抗戦を唱える陸軍の少壮将校グループが、
    玉音放送を阻止しようと、近衛師団の一部をニセ命令で動かし
    て宮城を包囲し、録音盤を奪取しようとした事件が起きていた。

     それに呼応して、8月15日朝、東部軍の中佐参謀が湯元に
    やってきて、殿下を御護りしている近衛師団儀仗隊の隊長・田
    中義人少佐に対して、次の命令を伝えた。

         貴官は第14師団と協力して皇太子殿下を奉じ、会津
        若松に立てこもり抗戦を継続すべし。第14師団に対して
        はすでに出動を命じあり。

     田中少佐は「私は近衛師団の直轄でありますから、近衛師団
    の命令がない限り、その命令に従うわけにはいきません」と抗
    議した。東部軍参謀は威嚇して命令を押しつけようとしたが、
    少佐が頑として応じなかったので、仕方なく引き返した。

     田中少佐は近衛師団に連絡をとろうとしたが、つながらず、
    宇都宮の第14師団司令部に無線電話で探りを入れると、その
    参謀の命令伝達を受け、ただちに動員命令を下し、出動準備中
    とのことであった。

■8.反乱軍を阻止せよ■

     田中少佐は、近衛師団と連絡がとれるまでは、殿下を守護す
    るという本来の任務を続行すべきと決心し、第14師団が湯元
    に来るのを阻止しようとした。

     そのために、いろは坂の難関に歩兵中隊を配置し、要路には
    地雷を敷設して、反乱部隊の前進を阻止する準備を進めた。そ
    して万一、湯元まで攻め込まれた場合は、北の鬼怒川河畔の川
    俣温泉に抜ける間道があるので、殿下に乗馬で退避願うことに
    した。

     そのうちに近衛師団とも連絡がとれたので、田中少佐は万一
    の場合の救援を求めた。近衛師団は戦車一個中隊(12両)と
    飛行機1個中隊(12機)をいつでも救援に派遣できるように
    準備してあるという。

     こうして緊迫した数日が過ぎた後、第14師団の参謀が日光
    まで連絡にやってきて、東部司令官の反乱命令は虚偽であるこ
    とが判明したので動員を中止した、と報告した。皇軍相撃つ悲
    劇が避けられ、一同、安堵の胸をなでおろした。

■9.アメリカ軍が殿下を本国に強制拉致する!?■

     反乱軍の騒ぎが収まる前の8月16日午前中、今度は憲兵隊
    から、アメリカ軍が本土に進駐してきた場合、殿下を人質とし
    てアメリカ本国に強制拉致する、という情報がもたらされた。

     日本軍が無条件降伏した後、アメリカ軍が進駐してきて具体
    的に何をするのか、まったく見当がつかなかった。もし、この
    情報の通り、アメリカ軍が殿下を強制拉致しようとするなら、
    国体護持のために、いかなる手段を講じても阻止しなければな
    らなかった。

     軍事教官の高杉善治・陸軍中佐は、田中少佐と相談し、もし
    アメリカ軍が湯元にやって来て、殿下を拉致しようとした場合
    は、身代わりの生徒を差し出し、その隙に殿下は徒歩か駕籠で、
    裏日光の間道を経て、会津若松に避難いただく、という作戦を
    立てた。
                                   (続く、文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(427) 皇室という「お仕事」
   〜 紀宮さまの語る両陛下の歩み
    「物心ついた頃から、いわゆる両親が共働きの生活の中にあ
   り、、、」
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h18/jog427.html
b. JOG(581) 国民の幸を願われ20年
    両陛下は180回のご巡幸で全都道府県514市町村を訪問
   され、770万人の奉迎を受けられた
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h21/jog581.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 高杉善治『天皇明仁の昭和史』★★★、ワック、H18
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4898310877/japanontheg01-22%22

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■前号「太陽エネルギー文明と『日の本』の国」に寄せられた
 おたより

                                              Kimioさんより
     伊勢さんのおっしゃる通りです。

     これにて、毎朝昇る太陽に対して、祖母とか父母が手をあわ
    せて拝んでいた姿を想い起こしました。

     本当に素晴らしいご文にたいし、こころより感謝します。


                                                 豊さんより
     地球温暖化問題はいつしか科学的な議論を離れ、極めて感情
    的な動きとなり、温暖化に疑問を呈することさえ憚られるよう
    な状態です。地球は人間が生まれるはるか以前から極端な気候
    変動を繰り返しており、ほんの30年程前までは氷河時代が来
    ると騒いだものです。要するに我々は地球の未来についてあれ
    これ予測するほどのデータを持っていないのが本当のところな
    のだと思います。いくら精緻なシミュレーションをしたところ
    で、前提の数値や条件が不確かではその結果も推して知るべし
    でしょう。

     現在の文明の主流である欧米型一神教文化では正邪を截然と
    区別して悪いものは何としても潰そうとする傾向があります。
    現在の環境保護運動などまさにその好例で、環境に悪いと(彼
    らが)考える者に対してはどんなことをしても良いと言う一種
    の環境テロリズムに堕しているように思われます。

     このような情勢下で25%の温室効果ガスの削減を打ち出し
    た鳩山首相にはがっかりしました。鳩山氏はバリバリの理系で
    す。もう少し科学的な思考が出来ないものなのでしょうか。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     太陽への感謝の心と、冷静な科学的思考力とを持つべきです
    ね。

     読者からのご意見をお待ちします。以下の投稿欄または本誌
    への返信として、お送り下さい。
     掲載分には、薄謝として本誌総集編を差し上げます。
    http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P36920582

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