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Japan on the Globe 国際派日本人養成講座

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JOG-mel No.606 嶋野榮道師 〜 ニューヨークの禅僧

2009/07/12

■■ Japan On the Globe(606)■■ 国際派日本人養成講座 ■■

        人物探訪: 嶋野榮道師 〜 ニューヨークの禅僧
    
              「大事なのは、彼らと一緒に座ること、共に食事を
              とること、共に行動することだと気づいたのです」
■転送歓迎■ H21.07.12 ■ 37,769Copies ■ 3,149,922 Views■
  無料購読申込・取消: http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/

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       ■■■ 第54回全国学生青年合宿教室 ■■■
    テーマ: 世界における日本のあり方を考える 
             国の歴史と文化をより深く理解する 
             短歌や古典を通じて豊かな感性を育む
    日時:  本年8月20日(木)〜23日(日)
    場所:  七沢自然ふれあいセンター(神奈川県厚木市)
    主催:  社団法人国民文化研究会/大学教官有志協議会
    詳細:  http://www.kokubunken.or.jp/camp/index.html
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■1.ニューヨークに降り立った禅僧■

     1964(昭和39)年の大晦日、30過ぎの若き一人の禅僧がニュ
    ーヨークのケネディ空港に降り立った。警策(JOG注: 座禅の
    時、修行者の肩を打つ棒)一本と、仏像1体、スーツケース1
    個、現金5ドル、これが所持品のすべてだった。嶋野榮道(え
    いどう)師である。

    「これからこのアメリカに、座禅の味と仏法のありがたさを広
    めていくんだ」と、胸の中は高揚感に満たされていた。5ドル
    はマンハッタンまでのバス代だけで、簡単に日本に帰れないよ
    う、背水の陣で臨むためだった。

     榮道師はニューヨークに来る前に4年間、ハワイで座禅の指
    導をしたり、大学で仏教の講義を受けたりした。ある時、ハワ
    イ大学の図書館で歴史家アーノルド・トインビーの本を見つけ、
    手にとってパッと開くと、そこには "Transmission of Buddism
    from East to West" (仏法東漸)という言葉があった。将来、
    世界の歴史家が集まって、20世紀最大の出来事は何かと議論
    したら、原子爆弾や世界大戦よりも、仏教が東洋から西洋に伝
    わったことであろう、というのである。

     仏教がインドに生まれ、中国、朝鮮と東漸して、6世紀半ば
    に日本に伝わった。この仏教がさらに東漸するなら、アメリカ
    大陸に伝わることになる。榮道師は、この偶然に出合った言葉
    に、天から自分に与えられた使命を感じた。

     そこで、すでに仏教普及の先駆者のいるハワイやロサンゼル
    スでなく、ニューヨークを選んだのである。

■2.スパゲッティーと水で飢えを凌ぐ■

     その晩は、セントラル・パークまでバスで行って、日本で面
    識を得ていたワイス博士の家に泊めて貰った。翌元日、ワイス
    博士の奥さんが、近くに小さなアパートを見つけてくれた。家
    賃は110ドルだったが、月末に払うことで了解して貰った。

     ワイスさんの奥さんは毛布を二枚持ってきてくれたが、それ
    以外にはベッドもない。元日の午後から、榮道師は完全に一人
    になった。所持金は2ドルほどしか残っていなかった。とにか
    く腹が減ったので、残ったお金でスパゲッティの缶詰を買い、
    それと水道の水で空腹を満たした。

     1月2日になった。何もしなくても腹が減る。ともかく街に
    出てみたが、厳しい寒さの中、コートもなし、足袋と草履で歩
    き回った。

     道を歩いていると、"What are you doing? (何しているんだ
    い?)"と、一人の男性から声をかけられた。僧の衣装が目を引
    いたのだろう。「日本から来て、座禅の道場を作るつもりだ」
    と答えると、"May I come?(行ってもいいですか?)"と聞いて
    きた。「いいよ」と答えて、アパートの住所を教えた。

     シドニーというその男性は本当に榮道師のアパートにやって
    きた。線香を焚(た)いて、二人で座禅をした。帰りがけに、
    シドニーは、"May I make contribution? (寄付をさせて貰っ
    てもいいですか?)と聞いて、5ドル寄付してくれた。これで
    またスパゲッティが食べられるな、と榮道師は思った。

     シドニーはたびたびやってきては、座禅をし、帰り際にかな
    らず5ドルの寄付を置いていってくれた。こうして、食べるこ
    とだけはなんとか目処が付いたが、月末には110ドルを払わ
    ねばならない。崖っぷちに身を置いて、などと偉そうなことを
    考えたのは間違いだったか、と榮道師は弱気になった。

■3.「果たして私は法のために心身を捧げていただろうか」■
    
     なんとか月末までに110ドルを作ろうと、榮道師は職を探
    すことにした。何社か断られたあと、東京銀行のニューヨーク
    支店で運転手として雇ってくれることになった。これで家賃は
    なんとかなる、とほっとした瞬間、日本で師から習った言葉が
    雷鳴のごとく響いた。

        If you give yourself to the Dharma, the Dharma will
        give itself to you.
        (もし本当に法のために心身を捧げるなら、法のほうから
        やってくる)

     忘れていたこの言葉が急に頭の中に浮かび上がって、榮道師
    は気がついた。

         なるほどそうだったのか・・・。果たして私は法のため
        に心身を捧げていただろうか。毎日毎日ひもじいとか寂し
        いとか思うだけで、ニューヨークに来てからというもの、
        坊さんらしいことを何もやっていない。いくらなんでも銀
        行のドライバーになるために坊さんになったわけではない
        し、ニューヨークに来たのでもないだろう・・・。

     断食をしているといえば、聞こえはいいけど、お金がなくて
    食べ物が買えないからだ。朝は遅くまで寝て、座禅も掃除も読
    経もしたりしなかったり、という毎日だった。これでは法のほ
    うから近づいてくれるはずもない。「困り果てるのは当然だ」
    と素直に思った。

     榮道師は東京銀行の仕事を丁重に断った。すると、相手は
    「何か事情がおありのようですね。よろしかったらお聞かせ下
    さい」と急に態度を改めた。榮道師がニューヨークに来た思い
    を洗いざらい話すと、相手は「よく分かりました」と言って、
    アパートでもできる簡単なアルバイトの仕事をくれ、110ド
    ル払ってくれた。

     これで一月の家賃を払える。突然、目の前が開けたような気
    がした。
    
■4.「法のほうからやってくる」■

     それから、榮道師は「とにかく一生懸命やってみよう」と心
    に決めた。誰もいないとか、誰も見ていないとかは関係ない。

     朝は4時に起きて、僧堂並に部屋をきちんと掃除する。座禅
    も読経も、きちんとやる。禅僧として当然だが、その当然のこ
    とをきちんとやるのが法に心身を捧げる第一歩だと考えた。

     そのうちに、シドニーが何人か友達を連れてくるようになっ
    た。彼らも、本物の禅僧の生活を送るようになった榮道師に何
    事かを感じ取ったのだろう。彼らは「ベッドがないじゃないか」
    「机も必要だろう」と言って、いつの間にか生活に必要なもの
    が揃っていった。

     シドニーが連れてきた人の中にケイという50代半ばのカナ
    ダ人女性がいた。ある朝、榮道師が一人で座禅を組んでいると、
    ケイがやってきて、「カナダに帰らなくちゃいけない。これは
    お供えに」と、封筒を仏像の前に置いた。「ありがとう。でも、
    帰っちゃうのですか。寂しいですね」 そんな話をして別れた。

     ケイが帰ったあと、封筒を開けてみると、そこには数年分の
    アパート代の相当する金額の小切手が入っていた。

     こうして榮道師が禅僧として心身を捧げようと決意した途端
    に、人々がやってくるようになり、彼らを通じて必要な物もお
    金も自然に集まるようになった。まさに「もし本当に法のため
    に心身を捧げるなら、法のほうからやってくる」が現実となっ
    たのである。
    
■5.「われわれアメリカ人はあなたに何もしていません」■

     そのうちに、非常に気品のある老夫妻がアパートにやってく
    るようになった。名前も名乗らず、ただ来て、ただ座って、帰っ
    ていく。榮道師の方からも何も尋ねない。誰でも受け入れて、
    「どうぞ」という気持ちで座禅をして貰っていた。

     1年ほどしたある日、夫君の方から電話がかかってきて、
    「会いたい」と言う。「どうぞ」とお招きして、一緒にお茶を
    飲んだ後、彼は次のように切り出した。

         あなたは遠く日本から来て、われわれアメリカ人のため
        に座禅を教えてくれています。しかし、われわれアメリカ
        人はあなたに何もしていません。申し訳ない。そこで家内
        と相談して、何かお手伝いをしようと思います。

     夫妻は数日後にまたやってきて、小さなビルが買えるほどの
    金額の小切手を置いていった。

     これがカールソン夫妻との出会いだった。夫のチェスター・
    カールソン氏は貧しいスウェーデン移民の家に生まれ、苦学し
    て物理学を学んだ。やがて一人で研究をして、コピー機の原理
    を発明し、ゼロックス社の前身に特許の権利を売って、億万長
    者になった。そして自分と同様、苦労しながら頑張っている人
    たちを後援していた。「死ぬときは一文無しで逝きたい」とい
    うのが口癖だった。

■6.「何ものかがして御座る」■

     榮道師は、このお金で禅堂用のビルを持てるかな、と思った。
    すると、数日後、マンハッタンの一角に、妙に気を引かれるガ
    レージを見つけた。3階建てで、大きさは禅堂にするのにぴっ
    たりである。そのうえ "For Sale (売出し中)"という札までつ
    いている。しかし、その値段はカールソン夫妻からいただいた
    額よりも高かった。

     榮道師はビルを購入する決心を固め、不足額は銀行でローン
    を組んで貰った。

     数日後、カールソン夫人から電話で「その後どうですか」と
    聞いてきた。ローンを組んだことを話し出すと、途中で遮って、
    "Don't do it. We will take care of it. (やめておきなさ
    い。私たちに任せなさい)"とぴしゃりと言われた。

     そこまでして貰ってもいいのかな、と思いつつ、ローンを解
    消すると、夫妻は残った借金をすべて払ってくれた。

     内装工事が終わって、1968(昭和43)年9月15日、ついに
    「ニューヨーク禅堂正法寺」がオープンした。榮道師がニュー
    ヨークに降り立ってから、わずか3年9カ月の事だった。

     オープニング・セレモニーに出席した人々は皆、"Miracle!
    (奇跡だ)" と言ってくれたが、榮道師は奇跡とは思えなかった。
    「何ものかがして御座る」という、疑う余地のない流れなのだ、
    という確信があった。
    
■7.カールソン氏の突然の死■

     セレモニーの数日後、カールソン夫人から電話がかかってき
    た。カールソン氏が心臓麻痺で亡くなったという。榮道師はし
    ばし言葉を失った。まるでニューヨーク禅堂の誕生を見届けて、
    「自分の使命は終わった」と言わんばかりの突然の死であった。

     10月の初め、カールソン夫人からまた電話がかかってきて、
    「ゼロックス社の大ホールでお別れの会をするので、一言しゃ
    べって欲しい」と言う。他に話すのはウ・タント国連事務総長、
    ゼロックス社社長、ニューヨーク州選出の上院議員だという。

     当日、ゼロックス社の大ホールへ行くと、3千人が入るホー
    ルが満杯になっている。前夜からほとんど寝ずに何を話そうか、
    考えたが、この時になっても、全然見当がついていない。

     他の3人はさすがに立派な弔辞を述べた。榮道師は壇上に上
    がって3千人の人を見渡してから、風呂敷の中から磐子(けい
    す)を取り出した。"チーン"と鳴らす鉦(かね)である。3千
    人の聴衆は、その音を聞いて、シーンと静まりかえった。

    「皆さん、息を整え、眼を閉じてください。そして皆さんの友
    達であり、先輩であるチェスター・カールソン氏の面影を思い
    浮かべて下さい」

■8.We miss you. (寂しいよ)■

     それから、榮道師はチェットというニックネームで、故人に
    語りかけた。

        Chet, where are you now?
        (チェット、今どこにいるんだい?)

     この言葉で、会場が一体になったように感じられた。

        We miss you. (寂しいよ)

    「今はあなたの声を聞くことはできない。握手をすることもで
    きない。笑顔を見ることもできない。」 それから、もう一度
    "Where are you now?" そして、"チーン"と鉦を鳴らした。

     榮道師の言葉で、チェスターを見送る会は、感動のうちに幕
    を閉じた。

    "Where are you now?" 人はどこから来て、どこに行くのか。
    しばしこの世で過ごす人生の意味は何なのか。チェスター氏自
    身、榮道師のアパートでの座禅の最中に、こうした問いかけを
    何度も心の中でしていただろう。

     彼の人生の意味は、億万長者になったことではなく、3千人
    もの人々から、"We miss you."との思いを持たれたことにある
    のではないか。

■9.大事なのは、彼らと一緒に座ること■

     一月ほどして、またカールソン夫人から電話がかかってきた。
    夫の莫大な財産の一部を寄付するという。榮道師は辞退したが、
    「どうしても」と言って、引き下がらない。「これで人種や男
    女や宗教の違いを問わず、誰でもがいつでも来て座禅の修業の
    できる場所を作って下さい」と頼み込まれた。

     榮道師はこの寄付を使って、ニューヨークから数時間の州有
    林の中にある170万坪の土地を買い、本格的な禅堂と百人ほ
    どが泊まれる施設を作った。大菩薩禅堂金剛寺と命名した。

     榮道師が単身、ニューヨークに降り立って、すでに40年以
    上が経った。当初は「このアメリカに、座禅の味と仏法のあり
    がたさを広めていくんだ」という気持ちだったが、本当に大事
    なことはそれではなかった。

         大事なのは、彼らと一緒に座ること、共に食事をとるこ
        と、共に行動することだと気づいたのです。

         だから今でも、一緒に座禅をし、一緒に作務(JOG注:
        さむ、掃除などの作業)をしています。そして大自然の中
        で人間らしく息を吐き、息を吸う生活をさせていただいて
        います。[1,p220]

     限られた人生の中で、たまたま出合った縁を大切に過ごして
    一緒の時間を過ごして行く。そこに人生の意味があるのだろう。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(495) 禅僧・鈴木正三 〜 近代資本主義の源泉
    士農工商、いずれの事業も仏行なり
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog495.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 嶋野榮道『愛語の力 ― 禅僧ひとりニューヨークに立つ』★★★、
   致知出版社、H20
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4884748042/japanontheg01-22%22

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■前号「自由は日本の政治伝統」に寄せられたおたより

                                              Mr.yNさんより
    「自由」という言葉は、「freedom」を禅宗の束縛を離れると
    いう用語を借用して訳した言葉と聞いています。「自由」とい
    う言葉が政治用語としてまだ定着していない明治の初めに、日
    本の指導者達が抱いた「自由に活動する」に相当する概念の言
    語化は、五箇条の御誓文の一文である『官武一途庶民ニ至ル迄
    各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス』だと私は考
    えています。

     人は志をもち、それを実現するように努力し、権力はそのよ
    うな行動を奨励し、妨げるな、という趣旨ですが、それが日本
    の発展をもたらした活動方針だと思います。『自由は日本の政
    治伝統』は、すぐれたご指摘だと思いますが,『自由』の意味
    が揺れている今日,少し誤解を生む余地があると思います.
    『少年よ大志を抱け』など,志についてもう少しに子供達に語
    られる日が来るのを待っています.
    
■ 編集長・伊勢雅臣より

    「自由」が「各其志ヲ遂ケ」につながるとは、深いご指摘です。

     読者からのご意見をお待ちします。以下の投稿欄または本誌
    への返信として、お送り下さい。
     掲載分には、薄謝として本誌総集編を差し上げます。
    http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P36920582

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             http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogindex.htm
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  • 名無しさん2009/07/12

    すばらしい、すばらしい、すばらしい!!!