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Japan on the Globe 国際派日本人養成講座

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JOG-mel No.603 武士が作った国民国家 〜 『新編 新しい歴史教科書』を読む

2009/06/21

■■ Japan On the Globe(603)■■ 国際派日本人養成講座 ■■

             国柄探訪: 武士が作った国民国家
                        〜 『新編 新しい歴史教科書』を読む
                 武士は、日本の独立を守るために、自らの階級
                を消滅させて、近代国民国家を作った。
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■1.武士階級が自らを消滅させた明治維新■

     フランスの日本文化研究者モーリス・パンゲは、著書『自死
    の日本史』で、次のように述べている。

         日本の特権階級であった武士は、他の階級によって倒さ
        れたのではありません。外国の圧力の前に、みずから革命
        を推進し、そのためみずからを消滅させるという犠牲を払っ
        たのです。革命といっても、それはある階級が他の階級を
        倒すという、普通の意味の革命ではありません。武士たち
        の望みは、日本という国の力をよびさますことだったので
        す。[1,p149]

     この一文を引用しながら『新編 新しい歴史教科書』(『日
    本人の歴史教書』[1]に全編収録)は、次のように述べている。

         明治維新によって身分制度は廃止され、四民平等の社会
        が実現した。職業選択の自由がおおやけに認められ、自由
        に経済活動ができるようになった。武士の特権は廃絶され、
        武士身分そのものが消滅した。

         明治維新は、ヨーロッパの革命、とくにフランス革命の
        ように、市民が暴力で貴族の権力を打倒した革命ではなかっ
        た。武士身分を廃止したのは、ほかならぬ武士身分の人々
        によって構成されていた明治新政府だった。 [1,p148]

■2.公のために働くことを自己の使命と考えていた武士たち■

     従来の歴史書では、たとえば、

         わが明治維新も、この(JOG注:フランス)革命の遠隔作
        用のもとになしとげられたと言える。しかし、この偉大な
        革命の真価が日本人に理解されるまでには、長い年月が必
        要であった。[2,p4]

    などと述べているように、進んだ西洋を遅れた日本が追随して
    いく、という西洋崇拝型の歴史観だった。

     しかし、同じく階級を廃止して、国民国家を創ったと言って
    も、「市民が暴力で貴族の権力を打倒した革命」と、武士階級
    が「みずから革命を推進し、そのためみずからを消滅させ」た
    のとでは、本質的に異なる。その違いが、フランス革命での犠
    牲者2百万人と明治維新での2〜3万人との差に表れている。

     従来の西洋崇拝史観から脱却して、日本文明の特長をも踏ま
    えた、まさに『新しい歴史教科書』ならではの視点である。

     モーリス・パンゲの引用の後はこう結ばれている。

         明治維新は、公のために働くことを自己の使命と考えて
        いた武士たちによって実現した改革だった。

     国民国家の形成は、多くの国に見られる現象だが、特権階級
    が自らを消滅させて、それを成し遂げたという例は、我が国以
    外の例を知らない。そしてそれを成し遂げたのが、武士たちの
    「公のために働く」という使命感だった。これを武士道と呼ん
    で良いだろう。この武士道が近世以降の日本文明を支えた大き
    な柱なのである。

     今回は『新しい歴史教科書』に沿って、武士道が我が国に生
    まれ、それがついには自らを犠牲にして、明治日本を建設した
    過程を辿ってみたい。

■3.統治と治安維持を役割として生まれた武士階級■
    
     階級として武士と百姓・町人を分ける身分制度は、秀吉の
    「刀狩り令」を一つの源とする。誰でもが武装していた戦国の
    世に、秀吉は「刀狩り令」を発して、農民から刀や弓、槍、鉄
    砲などの武器を没収した。これによって農民を耕作に専念させ、
    平和な社会秩序を作ろうとしたのである。

         秀吉の刀狩りは、戦乱を抑える効果をもたらしたが、徳
        川幕府はその方針を受け継ぎ、武士と百姓・町人を区別す
        る身分制度を定めて、平和で安定した社会をつくり出した。
        武士は統治をになう身分として名字・帯刀などの名誉をも
        つとともに、治安を維持する義務を負い、行政事務にも従
        事した。

         こうした統治の費用を負担し、武士を経済的に養ったの
        が、生産・加工・流通にかかわる百姓と町人だった。この
        ように異なる身分の者どうしが依存しあいながら、戦乱の
        ない江戸時代の安定した社会を支えていた。ただし、武士
        と百姓・町人を分ける身分制度は、かならずしも厳格で固
        定されたものではなかった。[1,p108]

     階級制度というと、搾取し、搾取される階級対立をすぐに連
    想してしまうのは、マルクス主義の遺した先入観だろう。武士
    は治安を維持する役割として名字帯刀を許され、農民や町人の
    治めた税を俸禄として生計を立てる。これは今日の自衛官や警
    察官が国防と治安維持のために武装を許され、国家公務員とし
    て俸給を得るのと同じである。

     武士が搾取階級でなかったことは、江戸時代の経済発展に追
    随できなかった大名以下、ほとんどの武家が商人から借金に頼っ
    てなんとか家計を維持していた事実からも、窺うことができる。
    フランス革命当時の貴族や、現代中国の共産党幹部のような本
    物の搾取階級であれば、好きなだけ農民や商人から富を収奪で
    きるから、借金に悩む必要などないのである。
    
■4.「忠義」とは「公のために働くこと」■

     武士を統治階級とする江戸幕府の制度は、250年もの長い
    平和の時代をもたらした[a]。これ自体が世界史の一つの奇跡
    と言える。それを支えた武士たちの具体的な生き方、考え方は、
    弊誌256号「武士道 〜 主体的なる献身」[b]で紹介した。

     この平和により、経済が大いに発展し、ついには金銭万能と
    いう思潮が広まった「花の元禄」時代に、衝撃を与えたのが、
    赤穂事件であった。主君への忠義を晴らすために、自らの命を
    捨てた武士たちの行動は、昔ながらの武士道を思い出させた。
    この事件は『忠臣蔵』として、歌舞伎などの題材となり、今日
    にいたるまで日本人に武士道を思い起こさせる物語となってい
    る。

     武士道には、勇気、惻隠(なさけ)、克己(自制)、名誉、
    質素、正直などさまざまな徳目が含まれるが、その最大の特徴
    は忠義の観念である。この点を『新しい歴史教科書』はこう説
    いている。[1,p114]

         忠義とは主君に対してまごころをもって仕えることであ
        る。忠義は強制されたものではなく自発的なものでなけれ
        ばならず、時には主君のために命を捨てる覚悟が必要だっ
        た。

         しかし、忠義とは主君個人のためだけでなく、主君をふ
        くむお家の安泰のために尽くすことだったから、たとえ主
        君の命令でも、間違っていると思ったときは、どこまでも
        間違いを正そうとするのが忠義の道であるとされた。
            ・・・

         のちになって幕末に日本が外国の圧力にさらされたとき、
        武士がもっていた忠義の観念は藩の枠を超えて日本を守る
        という責任の意識と共通する面もあった。このような、公
        のために働くという理念が新しい時代を用意したともいえ
        る。
    
■5.欧米勢力の圧力■

     18世紀の末頃から、日本の周辺に欧米諸国の船が出没する
    ようになった。たとえば、寛政4(1792)年にロシア使節ラック
    スマンがやってきて通商を求めたが、幕府が拒絶すると、樺太
    や択捉(エトロフ)島にある日本の拠点を襲撃したので、ロシ
    アに対する警戒感が高まった。

     また、清が英国からのアヘン輸入を禁止すると、英国は1840
    年に軍艦を派遣して戦争をしかけ、清を屈服させて、半ば植民
    地同然に扱うようになった。この情報は日本にもたらされて、
    大きな衝撃を与えた。

     外からの圧力のから国を守るために、武士たちの忠義の対象
    も、藩から国家全体へと拡大していった。これが尊皇攘夷運動
    となっていく。地方分権的な幕藩体制を改めて、皇室を中心と
    した強力な統一国家を作り、欧米勢力の侵略を打ち払おう、と
    いうものである。

         ペリーが来航し開国を要求してから、わずか15年後に
        徳川幕府は滅亡した。朝鮮の李朝は、欧米列強が押し寄せ
        てきてからも44年続いたし、清朝は72年もたおれなかっ
        た。これらに比較すると、日本の徳川幕府は、非常に短い
        期間で薩摩藩や長州藩などの勢力によってたおされたこと
        になる。これはどうしてなのだろうか。

         李朝や清朝では、試験制度によって全国の優秀な人材が
        中央に集められた。皇帝や国王が強大な力を持つ反面、地
        方の対抗勢力は弱かった。これに対し日本では、各地の藩
        で多くの人材が養成された。これはのちに幕府をたおす強
        い原動力となった。

         また、日本には、皇室という制度があり、全国の武士は、
        究極的には天皇に仕える立場だった。皇室には政治の実権
        はなかったが、権威の象徴であり続けた。そのため、列強
        の圧力が高まると幕府の権威はおとろえたが、幕府にかわっ
        て、あらためて皇室を日本の統合の中心とすることで、政
        権の移動がスムーズに行われた。[1,p141]

     各地に「忠義」の観念を持つ武士たちがいたからこそ、幕藩
    体制から近代統一国家への大転換が一挙に進んだのである。

■6.廃藩置県■

     新政府はスタートしたものの、いまだ実態は諸藩の連合体で
    あり、実質的な統一が急務であった。

         1871(明治4)年、大久保利通ら新政府の指導者たちは、
        全国の藩を一挙に廃止する改革についてひそかに相談を始
        めた。そして、薩摩・長州・土佐の3藩から集められた天
        皇直属の約1万の御親兵を背景に、7月、東京に滞在して
        いた元藩主たちを皇居(もとの江戸城)に集め、天皇の名
        において廃藩置県の布告をいい渡した。

         廃藩置県は、分権的な制度である藩を廃止し、中央集権
        制のもとでの地方組織である県を置くことであり、藩に残
        されていた軍事と徴税の権限も新政府のものとなった。
        [1,p144]

     新政府は藩の反乱を恐れていたが、予想に反して、大きな混
    乱は起こらなかった。藩を廃止することは、武士たちが失業す
    る事を意味していた。その俸禄も、しばらく新政府が肩代わり
    して給付した後に、廃止された。

■7.四民平等と徴兵令■

     次の段階は、武士階級そのものを否定し、農民や町人と同じ
    「国民」にする事だった。

         いっぽう政府は、四民平等をかかげ、人々を平等な権利
        と義務をもった国民にまとめあげていった。まず、従来の
        身分制度を廃止し、藩主と公家を華族、武士を士族、百姓
        や町民を平民とした。そして平民も名字をつけることを許
        し、すべての人の職業選択、結婚、居住、旅行の自由を保
        障した。[1,p145]

     明治政府は、武士階級をなくし、その国防の役割を全国民が
    担うようにした。

         1873(明治6)年には徴兵令が公布された。20歳に達し
        た男子は、士族・平民の区別なく、すべて兵役に服するこ
        とになった。徴兵令は、西洋の制度を取り入れて、四民平
        等の考えにもとづく国民軍をつくる改革だった。

         江戸時代までは、武器を帯びて戦うのは武士に限られて
        いたが、これは武士の名誉であり、特権でもあった。国民
        に平等な義務を課す徴兵制は、士族からは特権を奪うもの
        として反発を買い、平民からは一家の労働力を提供する負
        担が苦痛であるとして、初期のころはいろいろな不安を生
        んだ。[1,p147]

     武士の俸禄をなくしても大きな混乱は起こらなかったが、公
    のために戦う「特権」を奪われることは、反発を招いた、とい
    う点に、当時の武士たちの誇りを見ることができる。

     階級としての武士は消滅したが、その武士道は国民全体に広
    がった。日露戦争はまさに国民全体が、自らの国を守るために
    立ち上がった戦いであった。[c]

■8.「日本の真の再生を促す力」■

     このような国民国家の建設に中心的な役割を果たした一人が
    伊藤博文である。幕末の長州藩で、武士よりも身分の低い足軽
    の子として育ったが、吉田松陰の松下村塾で学んだ。

        ・・・生前の彼が語った言葉に、次のようなものがある。

        「酒を飲んで遊んでいるときでも、私の頭から終始、国家
        の2字がはなれたことはない。私は子孫のことや家のこと
        を考えたことがない。いついかなる場合でも、国家のこと
        ばかりだ」。伊藤の活躍を支えたのは、まさにこの「国を
        思う心」だった。

     この「国を思う心」こそ、武士道の「忠義」である。こうし
    てひたすらに「国を思う」武士たちが、西洋諸国の圧力を前に、
    国内体制の一挙変革を図り、近代国民国家を建設して、国の独
    立を守った。これが明治維新の本質であることを、『新しい歴
    史教科書』は明確に描き出している。

     この歴史教科書を全文収録した『日本人の歴史教科書』に櫻
    井よしこ氏は『日本文明の支柱としての武士道』という一文を
    寄せ、こう説いている。

         幻ででもあるかのように、信じがたくも美しく純粋な価
        値観であった武士道を、数百年にわたって作り上げ、守っ
        てきたのが私たちの国だ。この貴重な歴史の支柱を現代に
        蘇らせることが、唯一、日本の真の再生を促す力となるで
        あろう。[1,p6]

     冒頭のモーリス・パンゲ氏の「武士たちの望みは、日本とい
    う国の力をよびさますことだったのです」という言葉にを紹介
    したが、その武士道が、現代においても「日本の真の再生を促
    す力となる」というのである。歴史を学ぶとは、こういう力を
    蘇らせることであろう。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(024) 平和と環境保全のモデル社会:江戸
    鉄砲を捨てた日本人は鎖国の中で高度のリサイクル社会の建
   設に乗り出した。
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_1/jog024.html
b. JOG(256) 武士道 〜 主体的なる献身
    国家人民のために尽くすことを職務とする武士たちの自立的
   ・主体的な生き方。 
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog256.html
c. JOG(048) 「公」と「私」と
    私情を吐露しつつ公の為に立上がった日露戦争当時の国民 
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog048.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 「日本人の歴史教科書」編集委員会 (編集) 『日本人の歴史教科書』★★★★
    自由社、H21(『新編 新しい歴史教科書』を全文収録)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4915237508/japanontheg01-22%22
2. 桑原武夫編集『世界の歴史10、フランス革命とナポレオン』、中公文庫、
   S50

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■前号「外国人の見た『大いなる和の国』」に寄せられたおたより

                                                 豊さんより
     日本人の雑踏での振る舞いには私も感心させられます。最近
    の若い人の中には自分には人を押しのけても歩く権利があると
    でも言うように絶対に人に道を譲ろうとしない人もいます。し
    かし、全体的にみると何とも絶妙なタイミングでお互いに道を
    譲り合ってしかも歩くペースを落とすこともなく行き違うのは
    日本人が見ても見事なものだと思います。

     唯、雑踏で肩がぶつかっても黙って通り過ぎる人が多いのは
    いかがなものでしょうか。

     また満員電車から降りるときも一声掛ければと思うのに無言
    で人を押しのけて降りて行く人が多い事も気になります。

     最近は江戸しぐさ等と言うお互いに譲り合うマナーも話題に
    なっています。狭い国土でお互いに思いやり譲り合って生活し
    てきたのが日本人であり、この美風は是非後世に伝えて行きた
    いものです。このような日本人の感性や行動が必ずしも国際関
    係の中では正当な評価を受けられないのが残念ではありますが。

■600号「二宮金次郎と『積小為大』」に寄せられたおたより

                                               陽子さんより
     私は恥ずかしながらこの記事を拝見するまでは二宮金次郎と
    いう方の事を殆ど知りませんでした。

     私が知っていることを言えば小学校に入学したての頃、校庭
    の隅に隠れるように置かれていた『二宮金次郎の銅像』を校内
    を案内してくださった先生が「この少年の名前は二宮金次郎と
    言って大変貧しい暮らしの中でも仕事をしながら一生懸命勉強
    をしていた人なんですよ」という言葉それだけでした。

     同時の私は「ふ〜ん」となんの感想を抱くことなくそのまま
    二宮金次郎と言えば薪を背負いながら本を読んでいて、学校の
    七不思議の逸話の中に出てくる不気味な少年という印象のまま
    育ってしまいました。

     けれども今回 「二宮金次郎と『積小為大』」を拝読してこ
    んな偉大な人を知らずに居たという事を恥ずかしく思うと共に、
    ゆとり教育と揶揄される現在の堕落且つ腐敗しきった教育より
    も幾分かましだと自負していた自分の教育時代においてさえ学
    校教員が生徒に語る言葉が上記のみというその事実に愕然とし
    ました。

     こんなに素晴らしい話を何故あの時にしてくれなかったのか
    と、もし正しく二宮金次郎について語り、子供達に伝える事の
    出来る教師が当たり前のように当時居たなら少しばかりはもっ
    と愛国心豊かな子供が育ち、真剣に我が国というものに対して
    考えを持つ大人が育ったのではないかと、理想論的であり希望
    論ではありますがそう思わずには居られません。

     恐らく私と同世代の人間は二宮金次郎や他の偉大な先人達に
    ついて知らない事が多いだろうと思います。それは単に教育の
    せいだけとも限りませんが、しかしそれぞれ個々の人間の育成
    の過程でその道標となる偉人達の様々な思想を、理解出来る、
    出来ないの問題ではなく教え語るというのは非常に重要なので
    はないかと思いました。

     近頃は祖父祖母と共に暮らす家庭も減り、昔語りをしてくれ
    る存在がないという時代だからこそ教育の場で先達の教えを広
    めていって欲しいと願います。

     またこうしてJOG様のお陰で知ることの出来た事実を自分
    なりに補完をし、まずは姪達にも伝えていこうと思いました。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     教師が生徒に、自分の尊敬する人物について語ることが、歴
    史教育の原点でしょう。

     なお、豊さんのおたよりの中にある「江戸しぐさ」は、次の
    号を参照下さい。

    JOG(506) 花のお江戸の繁盛しぐさ
    〜 江戸っ子たちは粋なしぐさで、思いやりに満ちた共同体を
      築いていた。
    http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog506.html

     読者からのご意見をお待ちします。以下の投稿欄または本誌
    への返信として、お送り下さい。
     掲載分には、薄謝として本誌総集編を差し上げます。
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  • 名無しさん2009/06/22

    戦後 実家が困窮のあまり、不動産税を納められず売り出されるところであった。

    私は一念発起、遮二無二頑張り実家を助けた。今は有る地方の武家屋敷として市に保存されています。私は満足です。