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JOG-mel No.602 外国人の見た「大いなる和の国」

2009/06/14

■■ Japan On the Globe(602)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

         国柄探訪: 外国人の見た「大いなる和の国」
    
                 「私たちは日本にくると、全体が一つの大きな
                   家族のような場所に来たと感じるの」
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■1.スクランブル交差点での傘の群舞■

     高層ビルのレストランで、アメリカから来た老夫妻との食事
    を終えて、廊下に出ると、雨が降り出していた。廊下から外を
    見下ろすと、そこはハチ公広場前の大きなスクランブル交差点
    で、信号が青になると色とりどりの雨傘がひしめいていた。老
    夫妻は足をとめ、じっと窓から見下ろした。

         私たち、こうするのが大好きなの。日本のことが一番よ
        くわかるから。雨の日、そしてことに渋谷のような大きな
        交差点。ほろ、あちこちの方向へ動く傘をよく見てごらん
        なさい。ぶつかったり、押し合ったりしないでしょ? バ
        レエの舞台の群舞みたいに、規則正しくゆずり合って滑っ
        て行く。演出家がいるかのように。これだけの数の傘が集
        まれば、こんな光景はよそでは決して見られない。
        [1,p240]

     この言葉に、海外に合計15年も住んでいた文筆家の加藤恭
    子氏は次のような感想を持った。

         内なる「外の眼」(JOG注: 海外生活体験を持つ日本人
        の眼)を意識している私も、ここまでは気づかなかった。
        いつもせかせかと急いでいる私は、「傘の群舞」に眼をと
        めたことすらなかったのだ。真の「外の眼」のみが指摘で
        きる特徴だったのだろう。[1,p240]

     日本人には「せかせかとした雑踏」としか見えないスクラン
    ブル交差点で入り乱れる傘の群れを、この老夫妻は「規則正し
    くゆずり合って滑って行く」日本人の姿として捉えていたので
    ある。

     加藤氏が編集した『私は日本のここが好き! 外国人54人
    が語る』[1]には、こうした「外の眼」から見た日本人の様々
    な姿が描かれている。そこには我々自身も気づかない自分自身
    の姿がある。

■2.お互いに「すみません」■

    「スクランブル交差点での傘の群舞」とは、一人ひとりの行き
    たい方向はそれぞれだが、互いに他の人のことを思いやって、
    全体として一つの秩序を生み出している日本社会の見事な象徴
    である。そこには一人ひとりの自由と、共同体としての秩序が
    共存している。

     我が国ははるか太古の時代に「大和の国」、すなわち「大い
    なる和の国」と自称した。アメリカから来た老夫妻が見た「ス
    クランブル交差点での傘の群舞」は、まさにこの国柄が現代に
    も息づいていることを窺わせる。

    「大いなる和の国」が成り立つのは、一人ひとりがすれ違う相
    手のことを思いやる心を持っているからである。この思いやり
    は、日本に来た多くの外国人が感じとっている。

     中国から来て日本滞在20年、今では帰化して大学で中国語
    を教えている姚南(ようなん)さんはこう語っている。

         これは民族性の違いだと思いますが、日本では一歩譲る
        ことによって様々な衝突を避けることができます。例えば
        自転車同士がぶつかったときなど、中国ならすぐ相手の責
        任を求めますが、日本ではどちらが悪いという事実関係よ
        り、まず、お互いに「すみません」と謝ります。その光景
        は見ていてとても勉強になります。

         ある日、混んだ電車に乗っていたときのことです。立っ
        ていた私は、揺られた拍子に後ろに立っていた女性の尖っ
        た靴先を、自分のヒールで踏んでしまったのです。すぐ
        「ごめんなさい」と謝ると、その人は微笑んで「靴先は空
        いているから大丈夫ですよ」と言ってくれました。

         日本人は他人の生活に干渉しません。うわべの付き合い
        のように見える関係は、多くの中国人が偽善と感じるもの
        ですが、私は、自分の主張を人に強制して受け入れてもら
        う必要はなく、干渉せず、お互いに好意を持って付き合い、
        人が困ったときに助けてあげれば良いと思います。[1,p31]

     お互いの自由な生活を尊重しつつ、困った時には助けてあげ
    るのが、「大いなる和の国」の流儀である。

■3.周りの方の「がんばれー」光線■

     この流儀は、もちろん海外から来た人々にも発揮される。北
    アフリカのチュニジアから来た学生のアシュラフ・ヘンタティ
    さんは、まだ滞在1年未満だが、こんな体験をしている。

         僕はまだ日本に慣れていなくて、日常生活でも、日本語
        でも、悪戦苦闘の日々なのですが、いろんな場面で、皆さ
        んが「がんばって」「がんばってください」「がんばって
        ね」と声を掛けて下さいます。

         実は初め驚いたのです。よその国では、そういう経験が
        あまりないからです。日本では乗り物などでマゴマゴとま
        どっていたりすると、周りの方の「がんばれー」光線を感
        じます。身も知らぬ僕のためにハラハラと心配してくれて
        いるのですよね。例えば、これがフランスなどですと、む
        しろ冷たい視線を受けてしまいます。自分の権利やふるま
        いには自信や主張を強く持っていますが、他人にはかなり
        冷たいところのある国ですから。

         逆に日本は、僕のようにあまり深いつきあいのない外国
        人であっても、そんな風に誰もが励ましのエールをくれま
        す。温かいなあと感じます。「がんばって」と身近な皆さ
        んに言われて、それがプレッシャーだった時もあるのです。
        こんなにがんばっているのに、自分はそんなにがんばって
        いないように見えるのだろうか、と。今は、その言葉が励
        ましの意味だけでなく、むしろ「見守っていますよ」とい
        う温かい気持ちの代わりの言葉なのだと解って来ました。
        [1,p167]

    「スクランブル交差点での傘の群舞」の中で、一人マゴマゴし
    ている外国人がいれば、「がんばって」と声をかけるのが、
    「大いなる和の国」を成り立たせている思いやりの心である。

■4.「静かに美しく毎日が過ぎていき」■

     こうした流儀で、「大いなる和の国」には平和が保たれてい
    る。それは争いの続く国から来た人々にとっては、望んでも得
    られないものだ。インドから来て在日経験通算5年のモハマド
    ・ラフィさんは、こう語っている。

         日本に暮らしていて最も素晴らしいこと、それは毎日の
        生活が無事に繰り返されていき、それによって、きちんと
        仕事をすることができることです。

         朝太陽が昇り、一日が始まる。人々が目覚めて仕事に向
        かう。やがて日が沈み人々は仕事を終えて家に戻って休む。
        夜が来て月が天に昇る。その繰り返しが今日も明日も明後
        日もずっと続いていきます。静かに美しく毎日が過ぎてい
        き、全てが、いろいろなものや人の役割が、きちんと機能
        している。

         日本の人たちはそういった意味で、自分たちの国をとて
        も大切にしていると思います。自分の国を汚くすることが
        ない、私はそれを尊敬しています。公共の場所や道路を散
        らかさない、という意味だけではなく、政治的な問題や社
        会的な問題が起こったときなどにも暴動を起こして建物を
        壊したり火を放ったりしないし、ストライキで国中が混乱
        状態になってしまうような事態も起こりません。それは大
        変珍しいことです。

         今日の続きとして明日を、明日の続きとしての明後日を、
        安心して待つことができるので、未来への計画も期待も持
        つことができます。一日一日が平安とともにあります。そ
        れが日本の経済力やハイテクノロジーなどの、世界に誇っ
        ている力を生み出しているもとになっていると思います。
        [1,p22]

     世界有数の経済力も技術力も、「大いなる和の国」の静かな
    美しく過ぎゆく日々がもたらしたものである。

■5.「恩や義理人情」■

    「大いなる和の国」に存在する「恩や義理人情」の「美徳」を、
    日系ペルー人のカトリック神父で、戦後の日本で貧民救済事業
    にあたっていた加藤マヌエルさんは指摘する。[1,p104]

         また、日本人が持っている「美徳」の一つは、「恩や義
        理人情」です。通算13年ほどの滞在期間中、私は私にで
        きる限りの援助をその当時困っていた方々にしていたので
        すが、今はその人たちに助けられています。

         帰国後、私がペルーでストリート・チルドレンのための
        ホームや診療所、そして日系人専用の老人ホームを建設す
        る事業に関わってからは、その支援を仰ぐために毎年2カ
        月ほど来日するようになりました。・・・

         昔、私が行ったほんの小さな好意に、今でも感謝の気持
        ちを持っていて下さる方々。私が十年間ほど援助したこと
        のある日本人は、その額とは比較にならない何千倍もの額
        を、今までに援助して下さいました。・・・

         他の国からも、慈善事業としての援助はいただきました
        が、日本人から感じるような「恩や義理人情」は、少なく
        とも私が関わった西洋人にはあまりないように思いますね。

    「人情」とは他者への思いやりの心、「恩」とは他者から受け
    た思いやりに対する感謝の心、そして「義理」とはその恩をお
    返ししなければ、という心。こういう心を一人ひとりが豊かに
    持っているからこそ、お互いに助け合う「大いなる和の国」が
    維持されてきたのである。

■6.死者と生者がむつみあうようなのどかさ■

    「大いなる和の国」に住むのは、生者ばかりではない。中国か
    ら来て、滞在17年にもなる作家・毛丹青はこんな美しい光景
    を見た。

         中国では人が亡くなると町の外に埋葬しに行きます。北
        京で有名なのは八宝山ですが、市内からかなり離れていま
        すね。ところが日本では墓地が街の至る所にある。もっと
        不思議なのは、お寺の裏に墓地があって、隣に幼稚園があっ
        たりするんです。

         黄昏の夕日が墓地に射して、その美しい光の中で幼稚園
        の子どもたちが鬼ごっこをして夢中で遊んでいる。僕はそ
        ういう情景を何度も見ました。死者と生者がむつみあうよ
        うなのどかさ。亡くなった人たちは子どもたちの無邪気に
        遊ぶ姿を見て幸せだったんじゃないか、そこには死者と生
        者の会話があったんじゃないか、と思いましたね。現代の
        中国ではありえない光景です。子どもの時からそういう体
        験をすると、死生観や生命に対する考え方が違ってくるで
        しょうね。[1,p14]

     インドで生まれた仏教では、魂は他の人間か動物かに生まれ
    変わる「輪廻転生」を続けるか、解脱をして浄土に行ってしま
    う。家としての血のつながりを重視する中国では、そんな個人
    主義的な死生観は受けつけられず、一族の長の家に宗廟という
    建物を建て、そこで先祖祭祀を行った。

     それが日本に入ると、死者と生者の関係はさらに近いものと
    なり、各家に仏壇を置く、という日本独自の習慣となった。日
    本のご先祖様は子孫を見捨てて、勝手に西方浄土に行ってしまっ
    たりしない。いつも「草場の陰」で子孫を温かく見守ってくれ
    ているのだ。[a]

     だから、お寺の墓地の隣に幼稚園があるのも、ごく自然なの
    である。死者を身近に感ずる所から、その気持ちを裏切っては
    「ご先祖様に申し訳ない」という感覚が出てくる。

     我が国には創業百年以上の老舗企業が10万社以上あるとい
    う、世界でも群を抜く「老舗企業大国」であるのも、こういう
    死生観からであろう[b]。「大いなる和の国」では、死者と生
    者が睦み合って、幸せに繁栄しているのである。
    
■7.「全体が一つの大きな家族のような場所」■

     冒頭に登場したアメリカからの老夫婦は、「少年の犯罪率が
    高くなった」などと語る加藤恭子氏に、こう答えた。

         率のことはわからないわ。だけど私たちは日本にくると、
        全体が一つの大きな家族のような場所に来たと感じるの。

     路上には、異様な風体の少年少女たとがすわりこんでいる。
    加藤さんは眼で彼らを示しながら、「あの若者たちも、『家族』
    の一員なの?」と訊ねた。

         そう、ちょっと異分子かもしれないけれど、彼らも一員
        よ。「私は見守っていますよ」というような大きなジャス
        チャーは日本人はしない。でも、それぞれがさり気なく見
        ているの。家族って、そうでしょ。その安心感があるから、
        彼らも地面にすわっているのよ。

     確かに、地面に座っている子どもたちが、強盗に襲われたり、
    暴力を振るわれたりする社会なら、彼らもこんな真似はできな
    い。

    「大いなる和の国」とは、一つの家族のように、互いの自由を
    尊重しながら、必要な時に支え合ったり、その恩返しをしたり
    する共同体である。

■8.「日本は他の世界と共有するものをたくさん持っている」■

     世界の多くの国民国家は、多かれ少なかれ、こうした家族的
    側面を持っている。北欧諸国やタイなどはその模範的な存在で
    ある。その中でも、我が国はもっとも理想に近い国民国家と言
    えよう。

     スイスから来て滞在10年のビジネスマン、ウルフガング・
    アンベールドローさんは、こうアドバイスしている。

         今日のグローバル社会において、日本は、他の世界と共
        有するものをたくさん持っているという事実にもっと気が
        つくべきだと思います。[1,p222]

     ここで紹介した人々が共感した「大いなる和の国」の光景は、
    まさに「幸福な国民国家のあり方」として、他の世界と共有し
    うる理想であろう。

     この理想は、聖徳太子が「和を以て貴しとなす」として、
    十七条憲法の冒頭に掲げられたものである。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(556) 日本人の家族観
    先祖から子孫への連綿たる生命のリレーの中間走者として自
   分がいる。
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h20/jog556.html
b. JOG(558) 老舗企業の技術革新
    情報技術やバイオテクノロジー分野で活躍する日本の元気な
   老舗企業。 
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h20/jog558.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 加藤恭子編『外国人54人が語る 私は日本のここが好き!』★★★、
   出窓社、H20
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4931178642/japanontheg01-22%22

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■前号「『ワタミの介護』の挑戦」に寄せられたおたより

                                                 直美さんより
     今回の「ワタミの介護」の挑戦を読んで、とても感動しまし
    た。

     世の中には、心底老人介護という問題を真剣に考え、それを
    介護を必要とする人たちへのサービスと言う観点からとらえて、
    誰にも満足してもらえるサービスとして、ビジネスとして成功
    させると共に、本来あるべきまともな、人間に対する真の意味
    の介護を提供しようと自ら努力し、実現させた人があるのだと
    わかり、とても気持ちが安らぎました。

     私の周りでも、いろんな形で介護を必要とする人たちがいて、
    その介護の状態を間接的に聞いたりして、また読んだりして、
    「ひどい」状態なのに驚かされることも多く、それが悲しい現
    実なのかと思っていましたが、人間が人間として正等に、まと
    もに扱われていなかった、いないというのが現状だったのです
    ね。

     本来は「ワタミの介護」のような介護がどこででも行われる
    べきなのです。介護施設で、介護をするのは、やはり労力も手
    間も時間も忍耐もいるお仕事ですから、いろいろ耳にしたり、
    眼にしたりする実情があっても、ある程度仕方がないように思
    わされがちでしたが、それはやはり人間に対して、まして介護
    を必要とする人間に対して、例えば洗濯物のようにお風呂でな
    く、台に載せられて洗われる、味も素っ気もないミキサーで粉
    砕された流動食を食べさせる、動き回ると困るのでベッドに縛
    り付けるなど、非人道的なことは許されるべきではないのです。

    「ワタミの介護」のような本来の介護が普通になる、それが本
    来あるべき介護なのですが、そんな社会への、本来の支援を政
    府はして欲しいものです。


                                             播州人さんより
     私も以前特養に関わっておりました。福祉施設は、とかく閉
    鎖的になりがちで、世間の常識が施設の非常識なことも多々あ
    ります。機械浴の件もそうですし、そもそも週2回入浴すれば
    よい決まりですから、最低基準しか守られていないのがほとん
    どです。現場の職員も(偏差値的・一般常識的に)やや偏った
    人が多いかと思います。つまり、仕事とボランティアの区分が
    できないために、よかれと思って残業を強要したり、「○○さ
    んがかわいそうでしょ」と感情的に意見して同意を求める、あ
    るいはその場その場で場当たり的に対応できればそれでよい、
    と計画性がないなどが散見されます。同時に、福祉施設は中小
    法人が多いため、トップのワンマン・家族経営で利用者の生活
    の質が左右されることも多いです。ひどいところでは、管理者
    が福祉に熱心だということをアピールするために、利用者を見
    せ物にしているケースもありました。しかし、入所待機者が全
    国30万人以上と多く、「入所させてやっているから文句を言う
    な」という体質の所が多く、泣き寝入りする方も多いのが実情
    です。

     コムスン事件以来、営利企業の福祉参入は好ましくないとい
    う風潮が一部ありますが、私はワタミのような企業の先進的な
    取り組みに期待したいです。確かに、ワタミのような有料老人
    ホームは一部の所得の高い人しか入れないかもしれません。そ
    れは、旧来からの社会福祉法人は税制面で優遇されているにも
    関わらず、営利企業だと課税される等、スタートラインから不
    利なわけです。民間=競争=金儲けという偏見がありますが、
    利用者を食い物にするという意味では、社会福祉法人でも変わ
    りありません。

     今、福祉業界では、専門職のハードルを上げ、彼らを配置す
    ることで加算をつけるなどの取り組みがされています。正直、
    「馬鹿じゃねえの」と思います。というのも、現場の職員に低
    い給料で休みの日に、研修・研修で介護への意識や技術ばかり
    「業界が望む形に」変容することを強要しているのです。介護
    の人材が逃げていくのは、給与の低さもさながら、閉鎖的な施
    設内で職員一人ひとりが人としてみられていないからです。介
    護の仕事は、利用者に餌を与えることではない、芋洗いをする
    わけではない、お遊戯で茶化すことをしたいわけではない。

     あくまで、利用者=一人の人間として向き合って仕事ができ
    ればよいと思います。これは結局、利用者が何を求めているか
    を機敏に察して、相手が満足するサービスを提供するという
    PDCAの流れを作ることに他なりません(その意味で研修研修と
    強要するのは順番が逆なのです)。

     福祉の仕事を偽善の気持ち・ボランティアの延長というイメ
    ージを払拭して、真の意味で専門職というためにも、福祉業界
    以外の外部の力がほしい。その意味でもワタミをはじめとした、
    民間企業の参入、創意工夫には非常に期待したいと思います。


                                              Keikoさんより
     すばらしい話ですね。経営が黒字になれば、介護する人々の
    生活も少しずつ改善されていきますよね。努力することなく、
    将来への希望を持てずに悶々とした気持ちで仕事をしていては
    どんな仕事もうまくいくはずがありません。プロ意識に徹して、
    自身と誇りを持って介護の仕事をなさっていただきたいと思い
    ます。そして、ぜひそういうつらい仕事をしている方たちの待
    遇改善を国も考えてあげてほしいものです。


                                           マッシーさんより
     ワタミの介護の挑戦、興味深く読ませていただきました。福
    祉の現場に経営がない、というのはそのとおりで、特に社会福
    祉法人においては、例外なくそうだと断言できるほどです。も
    ちろん、そうでない人材もいらっしゃるのでしょうが。

     例えば社会福祉法人が特別養護老人ホーム(介護保険の老人
    福祉施設)を作るには4分の3は公費による補助があります。
    民間の有料老人ホームには一切ありません。

     障害者施設も公有土地を無償で貸与して、その土地にに補助
    金をもらって建物を建て、入所措置(行政処分)の決定された
    障害者を入所させ、その経費は月初に一括払いされる、という
    方式で運営されています。各地にある社会福祉協議会もそうで
    す。市町村から補助を受け、人材を提供され(市町村からの出
    向)、市町村から委託された事業を行なっています。イニシャ
    ルコストも、ランニングコストも行政丸抱えの状態です。

     つまり福祉の現場に経営がないというのは、そのとおりなの
    ですが、経営は必要ないのです。介護保険法、障害者自立支援
    法により措置から契約へと大きく制度の仕組みが変わりつつあ
    りますが、そのなかでようやく経営ということが意識され始め
    たにすぎません。
     しかも民間が参入して特別養護老人ホーム並みの経営をした
    ら失敗した、どうしてだろう、ということなのです。

     福祉という業界じたいに経営という観点が存在しない、そこ
    へ渡辺美樹氏のような経営の専門家が参入することには現場に
    は大きな抵抗があります。それが端的に現れたのが一気に
    「200人、約3分の1が渡邉氏の方針についていけずに辞め
    ていった。」ことの理由だと思います。

     老人福祉はこのように民間参入により少し問題が顕在化しま
    したが、他の障害者福祉、児童福祉、地域福祉、その他の分野
    では、「サービス業」「顧客満足」などという言葉すら受け入
    れてもらえないのが実情なのです。そんなレベルの仕事をして
    いるのではない、高邁な福祉の仕事なのだ、と。しかし実態は
    そのような観点を無視した福祉文化が厳然と存在するのです。

     渡辺美樹氏が福祉という業界に参入して、これまでとは違う
    福祉の目標を打ち立てられたのは、氏の才能でしょうが、わた
    したちは、それを個人の才能としてではなく、福祉の現場全部
    にいきわたる目標としていく必要があると思っています。

     しかし、現実は戦後60年以上も続いてきた既得権益があり
    ます、だから改革といっても進まないのではないか、と思いま
    す。

■600号 「二宮金次郎と『積小為大』」へのお便り

                                               博夫さんより
     私の恩師(精神分析学者 大槻憲二)は、その著「才能の発
    見と伸し方」で「彼は一種の超人、否むしろ一種の怪物と云う
    印象を受ける。経済(物的生産)と文化(精神的生産)をいみ
    じくも一致させた驚くべき天才、大人格、大思想家であり、大
    実践家である。才能としてはともかく、人格としては古今世界
    に卓絶すると私は信じている。あの少年立像は、実は肉体労働
    と精神労働と、つまり心身両面にわたって人間は生産者でなけ
    ればならぬと云うことの人生観、教育観を象徴していると解釈
    している。」と述べています。 

     これはある子供新聞編集者の「あの立像は、交通事故の多い
    現代社会に合わない」と云う文章に対して書かれたものです。
    大槻先生はこれを評して「とにかく天才的な物の見方の出来な
    い俗人的思考の一例である。」と結んでいます。

     終戦後、奉安殿と一緒に二宮金次郎像も撤去されたケースが
    多々あったように聞いていますが、GHQはそのような指令は
    出していないようです(1946年の1円札に尊徳の肖像)。 

      以下のような記録があります
      ( http://plaza.rakuten.co.jp/jifuku/diary/200901040012/ ) 

         インボーデン氏がこういうことを言いました。「ニ宮尊
        徳のことをマッカーサー司令官に話したところ、日本に来
        てアメリカ第一流の偉人と肩を並べる大偉人を発見したと
        いうことは非常にうれしい。あなたはこの偉人の生涯を調
        査研究せよという命令を受けて、きょう出張したのです。
        日本の有名な人物というと、東条と、荒木と、もっと古い
        ところでは西園寺を考えていた。ニ宮尊徳のような偉人が
        あろうとは思いもかけなかった。日本のよいところを知り
        たい。ニ宮尊徳のことを知っている人はアメリカにもあま
        りいない。」

       占領軍に阿って、指令も受けていないのに、二宮金次郎像
      を撤去するような思想は終戦直後からあったのです。

■ 編集長・伊勢雅臣より

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