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Japan on the Globe 国際派日本人養成講座

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JOG-mel No.559 大和言葉の世界観

2008/08/03

■■ Japan On the Globe(559)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

               国柄探訪: 大和言葉の世界観
            
                 「鼻」は「花」、「目」は「芽」。大和言葉に
                 は古代日本人の世界観が息づいている。
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  無料購読申込・取消: http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/

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    こころのふるさと伊勢神宮で、日本を見つめ、世界を語ろう

       ■■■ 第53回全国学生青年合宿教室 ■■■
    日時:   平成20年8月21日(木)〜24日(日)
    場所:   神宮会館(三重県伊勢市) 
    テーマ:「世界における日本のあり方を考える」
            「国の歴史と文化をより深く理解する」
            「短歌や古典を通じて豊かな感性を育む」
        http://www.kokubunken.or.jp/camp/index.html
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■1.目と芽、鼻と花、歯と葉■

     目と芽、鼻と花、歯と葉、耳と実(み)、頬と穂(ほ)。顔
    と植物の各パーツが、まったく同様の音を持つ言葉で呼ばれて
    いるのは、偶然だろうか?

     万葉学者の中西進氏の説によれば、これらは語源が共通して
    いるからだと言う。漢字にすれば、まったく別の言葉のように
    見えるが、古代の日本人は、顔のパーツも植物のハーツも、
    「め」「はな」「は」「み」「ほ」と同じように呼んで、同じ
    ようなものと考えていたようだ。

     たとえば、鼻は顔の真ん中に突き出ている。同様に「花」も、
    植物の枝先の先端に咲く。そして岬の端も「はな」と呼ぶ。薩
    摩半島の「長崎鼻」がその一例である、さらに「かわりばな」
    「しょっぱな」「寝入りばな」など、物事の最初を表す意味も
    持つ。

    「からだ」とは、幹をあらわす「から」に接尾語の「だ」がつ
    いたものである。「から」が植物にも使われた例は、稲の茎の
    「稻幹(いながら)」、芋の茎の「芋幹(いもがら)」などの
    言葉に残っている。

     古くは手足のことを「枝(えだ)」と呼んだ。「手」「足」
    と呼び分けるようになったのは、奈良時代あたりからである。

     もう明らかだろう。我々の先祖は、植物も人体も同じものだ
    と見なしていたのである。すべては「生きとし生けるもの」な
    のだ。こうして古来の大和言葉の源を辿っていくと、古代日本
    人の世界観が見えてくる。

■2.咲く、幸い、盛り、岬、酒■

     花が「咲く」のと、人の「幸い」も同根である。「幸い」は
    「さきはひ」で、「さく」と「はひ」に分かれる。

    「さく」は「咲く」である。ものがそのピークの状態になるこ
    とを意味する。ちなみに「花盛り」の「盛り」も、「さか」+
    「り」で、花が咲きあふれているピークの状態を意味する。岬
    も「み(美称)」+「さき」で、海や湖に突出した形状の土地
    を指す。お酒の「さけ」も、酒を飲むことで、気持ちが高揚し、
    幸福感を抱く。

    「はひ」は「延ふ」で、ある状態が長く続くことを指す。「味
    はひ」は、「あの人の言葉には味わいがある」と言うように、
    「長く続く味」を意味する。

     とすると、「さきはひ」とは「咲く」という花の満開状態が
    「延ふ」、長く続く、ということになる。心が花開くような嬉
    しさが、持続的に続く状態と考えれば、古代人がこの言葉に込
    めた語感がよく伝わってくる。

     現代人は「幸福」とは何か、などと抽象的に考えるから、訳
    が分からなくなる。「さきはい」とは「心の中に花が咲きあふ
    れて、長く続く状態」と知れば、それはお金や地位などの外的
    物質的なものに関わりなく、純粋に心の有り様であることが分
    かるだろう。

■3.人と草木の一生■
    
     草木が春に芽ぐむことを「萌える」と言う。「萌える」は
    「燃える」と同じで、火が盛んに起こった状態を指す。「仕事
    に燃える」「燃える恋」などと、人が心の中で情熱を燃やして
    いる状態にも使われる。

     人が最も燃える時期が「青春」だが、同様に春に草木の生命
    力が盛んに燃えて、新しい芽を出すのが「萌える」である。

     この後に、前述の「花盛り」を過ぎて、実が「なる」時期が
    到来する。「なる」は人にも使われて、現在でも「大人になる」
    「人となり」などと使われる。「なる」とは、そのものの生命
    力が発現された状態を指した。

     やがて人も草木も老いて、生命力を失っていく。植物では水
    分を失ってしおれる事を「しなゆ」と言った。「ゆ」は自然に
    そうなる事をいい、「しぬ」は「萎(しな)える」、水分を失っ
    て、くたっとなった状態を指す。「しぬ」は、人間の「死ぬ」
    にも使われているが、本来の意味は命が絶えた状態ではない。

     植物の命が絶えるのは「枯れる」である。完全に水分が失わ
    れた状態を指す。「枯れる」の古語は「離(か)る」と言い、
    人間で言えば、魂が体から離れることを言った。

     体から離れた死者の魂は、「ねのくに(根の国)」に戻ると
    古代日本人は考えた。「ね」は母なる大地である。そこから、
    人も草木もまた「たね」を育み、「め」を出し、「はな」を咲
    かせていくのである。
    
■4.「生きる」「息」「命」■

    「生きる」「息(いき)」「命(いのち)」は、どれも「い」
    で始まっている。「いきる」の古語は「いく」であるが、これ
    は息(いき)と同根である。息をすることが、生きることであ
    る。だからこそ、息をする器官である「鼻」が、顔の中心だと
    考えられたのである。

    「いのち」の「い」は、「生く」「息」と同じである。そのほ
    かにも、「い」は「忌(い)む(慎んで穢れを避けること)」
    「斎(いつ)く(神などに仕えること)」など、厳かな意味を
    持つ。

    「いのち」の「ち」は不思議な力を持つもの、すなわち霊格を
    表す言葉で、「おろち(大蛇)」「いかづち(雷)」「ちち
    (父)」などに使われている。生けるものの体内を流れる「血」
    も、不思議な力の最たるものであった。この「ち」に「から
    (そのもの)」を合わせた言葉が「ちから(力)」である。
    「ちち(乳)」も、生命を育む不思議なちからを持った存在で
    ある。

     したがって、「いのち」は「忌(い)の霊(ち)」とでも言
    うべき、忌み尊ぶべき霊力である。そのような尊厳ある「いの
    ち」が、草木や人間に宿っていると、古代の日本人は考えたの
    である。
    
■5.「たまきはる命に向う」■

    『万葉集』の相聞歌に、中臣女郎(なかとみのいらつめ)が大
    伴家持に贈った、次のような歌がある。

        直(ただ)に逢(あ)ひて見てばのみこそたまきはる命に
        向うわが恋止(や)まめ

     お便りだけでなく、じかにお会いしてこそ、「たまきはる命
    に向う」私の恋心も安らぐでしょう、という意味である。

    「命に向う恋」とは、諸説あるが、ここでは、自分の生命力の
    根源である「いのち」に相対して、それを苦しめている恋心で
    ある、とする説をとる。「いのち」が人を生かしめている不可
    思議な力である、とすればこそ、それをすら苦しめる恋心の強
    さが感じ取れる。

    「たまきはる」とは何か。「たま」とは霊魂である。「きはる」
    は「きわめる」の古語「きはむ」で、極限(きは)を求めるこ
    とを意味する。わが魂の根源にある「いのち」、それが「たま
    きはるいのち」だと考えられる。

    「命に向かうわが恋」を「命を賭けた恋」とする解釈もあるが、
    それでは「成就しなければ命を捨てよう」という、迷いも苦し
    みもない意志的な生き方となる。「魂の根源にある生きる力を
    苦しめている恋」に比べれば、きわめて平板な人間観になって
    しまう。

■6.「恋ふ」「思ふ」「悲し」■

    「恋い」とは、「魂乞(たまご)い」であり、恋人の魂を乞う
    ことだ、というのが、国文学者で歌人であった折口信夫の説で
    ある。「恋い」と「乞い」は、古代の発音は多少異なっている
    が、だからこそわずかな意味の違いを持つ仲間語だとも言える。

    「乞ふ」とは離ればなれとなっている恋人同士が、互いの魂を
    呼び合うことだった。魂の結合こそが、恋の成就だったが、そ
    れがなかなか実現しない切なさ、それこそが「こひ」だった。

     そう考えれば、「わが恋止(や)まめ」とは、「あなたの魂
    を乞う思いが、ようやく止まるだろう」という切なさが伝わっ
    てくる。

    「恋ふ」と同様な言葉に「思ふ」がある。現代語でも「あの人
    を思っている」と言う。「おもふ」の「おも」は、「重い」の
    「おも」であり、心の中に重いものを感じとることが「思ふ」
    である。「あの人を思ふ」「国の行く末を思ふ」とは、大切な
    ものの重みを心の中に感じながら、あれこれと考えることであ
    る。

    「悲し」という言葉もある。「妻子(めこ)見れば かなしく
    めぐし」とは大伴家持の長歌の一節である。「かなし」の語源
    は「かぬ」で、今日でも「その仕事はできかねる」というよう
    に、力が及ばなくて、果たすことができない、という意味であ
    る。「会いたいのに会えない」「幸せにしてやりたいのにでき
    ない」、そのような愛するものに対する、切なる悲哀を表す言
    葉が「悲し」であった。

■7.「ねがふ」「いはふ」「のろふ」■

     求婚することを古代の日本語では「よばふ」と言った。「よ
    ばふ」とは「呼ぶ」+「ふ」で、「ふ」は継続を意味する。
    恋人の魂を「呼び続ける」ことである。

     同様に「妻子の幸せを願う」などと言う時の「願う」は「ね
    ぐ」に「ふ」がついた言葉で、「ねぐ」とは「和らげる」とい
    う意味。神様の心を和らげて、何度もその加護を願うことだっ
    た。神職の一つに「禰宜(ねぎ)」があるが、これは神の心を
    和ませて、その加護を願う仕事を指す。

     同様に、「いはふ」は「言う」を続けること。神様を大切に
    する気持ちを繰り返し言うことで、これが「斎ふ」という言葉
    になった。

    「のろふ」は、「のる」+「ふ」で、「のる」を続けることで
    ある。「のる」は「祝詞(のりと)」、「名のり」などに、残っ
    ているように、「重大なことを告げること」を意味する。転じ
    て、神様の力を借りて、相手にわざわいをもたらそうとするの
    が「のろふ」である。

     日本の神様は、それぞれに支配する範囲が決まっていて、時
    おり、その地に降りてきて、人間の「ねがひ」「いはひ」「の
    ろひ」などを聞いてくれる。その神様に出てきて貰うために、
    笛を吹いたり、囃したりして、「待つ」ことが「まつり」だっ
    た。その動詞形が「まつる」である。

     古代日本人にとって、神様とはそのような身近な具象的な存
    在であった。

■8.「天(あめ)」「雨(あめ)」「海(あま)」■

     そうした神様の元祖が「天之御中主神(あめのみなかぬしの
    かみ)」である。「天(あめ)」の「御中(みなか)」にいる
    「主(ぬし)」である。

    「天(あめ)」は「海(あめ)」でもあった。「天」は「海」
    のように青く、そこからときおり「雨(あめ)」が降ってくる。
    そんなことから、古代日本人は天には海と同じような水域があ
    ると考えたようだ。

     水が大量にある所を「海(うみ)」と言う。「うみ」は、昔
    は「み」とも言った。「みず」の古語は「みづ」だが、これも
    同じく「み」と言った。一面にあふれることを「みつ(満つ)」
    と言う。

     この「みつ」から「みづみづし」という言葉も生まれた。
    「瑞穂(みずほ)の国」とはわが国の古代の自称であるが、水
    を張った水田に青々とした稲穂が頭を垂れている姿は、古代日
    本人のふるさとの原景なのだろう。
    
■9.和歌は日本人の固有な韻文に対する自負と誇り■

     以上のような大和言葉で歌われるのが、和歌、すなわち「日
    本の歌」である。和歌は神様を褒め称えたり、恋人に思いを伝
    える時に使われる特別な形式であった。

    「いのち」という言葉に根源的な生命力を感じたり、また「恋」
    という言葉に、相手の魂を乞う、そのような濃密な語感を込め
    て、和歌は神や恋人に思いを伝えるものであった。

     そのような和歌を集めた歌集として、現存する最古のものが
    万葉集である。雄略天皇(第21代、5世紀後半)の御歌から始
    まり、農民や兵士など一般庶民の歌まで収められたまさに「国
    民歌集」であるが、その中に使われた外来語は16語くらいし
    かない。

     当時の語彙の数は、「古代語辞典」で解説されているものだ
    けでも8千5百語ほどあるが、そのうちのわずか16語である。
    それもこれらのほとんどは、「法師」「餓鬼」「香」などの仏
    教用語で、巻16の戯れの歌などに使われているのみである。

     万葉集は、歌い手としては天皇から一般庶民に至るまで区別
    なく登場させているが、外来語は排除し、「大和言葉」で表現
    された思いを集めようとする意図が徹底されているのである。

     現存する日本最古の漢詩集『懐風藻(かいふうそう)』は、
    万葉集とほぼ同時期に編纂されている。その時期に我が先人た
    ちは中国から入ってきた漢詩に対抗して、外来語を排して大和
    言葉だけの和歌集を編んだ。この点について、中西進氏はこう
    語る。

         このいきさつを考えると、和歌は日本人の固有な韻文に
        対する自負と誇りを示すものと思われる。漢詩とあい対立
        せしめつつ、わが国の韻文を対等に位置づけようとしたも
        のであった。[2,p116]

     日本語は歴史的に中国や西洋の概念用語も積極的に取り入れ
    つつ、最先端の科学技術論文にも使われている現代的な論理的
    言語となっている。と同時に、その根源にある大和言葉は太古
    の日本人の世界観・人生観をそのままに伝える詩的言語である。

     これは世界最古の皇室を戴きながら、世界の経済大国・技術
    大国であるというわが国の姿に良く似ている。言葉と国柄とは、
    お互いに支えあうもののようだ。「祖国とは国語」という言葉
    が改めて思い起こされる[a]。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(318) 国語の地下水脈
    日本人の感性を磨いてきた名文を暗誦すれば、生きる力が湧
   いてくる。 
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog318.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
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1. 中西進『ひらがなでよめばわかる日本語』★★★、
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■前号「老舗企業の技術革新」に寄せられたおたより

                                              Keikoさんより
                              「イタリアからボンジョルノ!」
                                    http://italia-keiko.net
                                    
     今回のような話を伺うと、ほっとするとともに将来への希望
    が持てます。

     農耕民族で、何年も先のことを考え環境を守ってきたことや、
    資源の少ない島国で、あるものを最大限有効に利用し、そのた
    めの技術を代々磨いてきたこと、野にも山にも、それぞれの神
    々の存在を感じ、自然の畏怖を肌で感じて生きてきた日本人。

     しっかりと大地に根をはやして生きてきたのがわれわれ日本
    人なのですね。

                                               KHさんより
     私は、中小製造業の主として製造面を指導をしております。
    中小製造業では、事業継承も重大な問題であり、息子への経営
    者教育を頼まれたりもします。現在、大変儲かっている企業の
    3代目の教育が9月から始まります。

     日本の製造業はこうあるべきであり、そのためには何をしな
    ければならないかについてのテーマに使わせていただこうと思
    います。

     福田金属箔粉工業も、現役時取引がありましたので懐かしく
    思いました。
 
■ 編集長・伊勢雅臣より

     国家も企業も、永く続けるには、後継者教育が必要ですね。

     読者からのご意見をお待ちします。以下の投稿欄または本誌
    への返信として、お送り下さい。
     掲載分には、薄謝として本誌総集編を差し上げます。
    http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jog/jog_res.htm

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Mail: nihon@mvh.biglobe.ne.jp または本メールへの返信で
Japan on the Globe 国際派日本人養成講座
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