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Japan on the Globe 国際派日本人養成講座

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Japan on the Globe(144) by CLICK INCOME

2000/06/24

---------------Japan On the Globe(144)  国際派日本人養成講座
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         _/    人物探訪: 細井平洲〜「人づくり」と「国づくり」
        _/                   
  _/   _/    ケネディ大統領が絶賛した上杉鷹山の「国づくり」は、
   _/_/      細井平洲の「人づくり」の学問が生みだした。
-----------------------------------------H12.06.25  25,515部

■1.美しき土地・米沢■

     米沢の地を、「アジアのアルカデヤ(桃源郷)」と呼び、「美
    しさ、勤勉、安楽さに満ちた魅惑的な地域」と形容したのは、
    明治初年に日本を旅したイギリスの女流探検家イザベラ・バー
    ドであったが、その余韻は現在でも感じられる。
    
     平地ではゆるやかな傾斜に沿って段差をつけた水田が広がり、
    山肌ではぶどうやリンゴの栽培がなされている。土地の隅々ま
    で丹精に手が入れられている。
    
     土産物店をのぞいてみれば、米沢織り、米沢牛、リンゴ、ぶ
    どう、さくらんぼ、鯉、ワイン、ジャム、彫り物、漆器、、、
    と、物産の豊かさには驚かされる。米沢織りや鯉などは本誌13
    0号で紹介した名君上杉鷹山公による藩政改革で導入されたも
    のだ。その勤勉と工夫の精神は、今も受け継がれて、これらの
    豊富な物産を生みだしているのだろう。[a]
    
     この鷹山公は常々、わが改革の成功は細井平洲先生の賜物で
    あると言っていた。平洲はそのほかにも紀州徳川家の松平頼淳、
    尾張藩の徳川宗睦、奥州白河藩主、後の老中・松平定信などを
    心酔させ、さらにその著書「嚶鳴館遺草」は、我が国の政治的
    理想を高く掲げて、明治維新の志士たちにも大きな影響を与え
    たのである。

■2.辻講釈師から上杉家世子の賓師へ■

     江戸両国橋の近くで街頭に立って辻講釈をしている若い男が
    いた。歴史上の人物や、孝子節婦の実話を述べ、さらに四書五
    経の真義を分かりやすく語って、学問のない聴衆も聞き惚れて
    いる。細井平洲、30代の頃の事である。
    
     学問とは今生きてる人々に役立つものでなければならないと
    いうのが、平洲の信念であった。そのためには字の読めない人
    々にも「学問とはこんなにも面白いものか」と興味を持たせる
    ところから始めなければならない。辻講釈なら、聴衆はつまら
    なければければすぐに立ち去ってしまう。平洲は自らの学問を
    磨く真剣勝負の場として辻講釈に臨んでいた。

     次第に増えていく聴き手の中に、ある日一人の医者が混じっ
    ていた。米沢藩の藩医・藁科松柏(わらしなしょうはく)であ
    った。松柏はこの人こそ、米沢藩の世子・直丸(治憲、後の鷹
    山)の学師たるべき人物だと見て、講釈を終えた平洲にすぐに
    弟子入りをお願いした。平洲は「師匠などとんでもない、ただ
    学友としてなら喜んで」と答えた。
    
     松柏から話を聞いた米沢藩の江戸詰めの者たちは、翌日大挙
    して平洲の家を訪れ、弟子入りをお願いした。やがて明和元
    (1764)年、藩主上杉重定からの直接の懇請を受けて、平洲は
    14歳の直丸の賓師となった。そして江戸藩邸で平洲に弟子り
    した者たちが、後の鷹山の改革の推進役として育っていく。

■3.治者は民の父母でなければならない■

     明和4(1766)年、上杉治憲は17歳にして家督を継ぎ、第9
    代米沢藩主となった。この時上杉家の祖神春日神社に奉納した
    誓詞には、次の歌が添えられていた。
    
        受けつぎて国のつかさの身となれば忘るまじきは民の父母

     「治者は民の父母でなければならない」とは、常々平洲が主
    張していたところであった。平洲は言う。
    
         経済というのは、経世済民の略であります。経世という
        のは乱れた世を整えるということです。済民というのは、
        苦しんでいる民を救うということであります。したがって
        経済というのは単なる銭勘定ではなく、その背後に、民を
        愛する政治を行うという姿勢がなければなりません。
        
         治者は民の父母であるというのは、世の親のような気持
        ちになって政治を行ってほしいということであります。世
        の親は、子供が飢えていれば自分の食べる食事も差し出し
        ます。また子が勉強したいのにもかかわらず資金が足りな
        ければ、自分の生活費を削ってでも子に学費を送ります。
        こういう愛が政治にも必要でしょう。[1,p28]

    「父母」という言葉には、平洲自身の体験がこもっている。
    平洲の両親は、尾張の国(今の愛知県東海市)の農民であった
    が、彼の学問への志をかなえさせたいと、京都や長崎にまで遊
    学に出してくれた、その愛情を平洲は深く胸に刻んでいたので
    ある。そのように父母が子を思う愛情を抱いて、知者は経世済
    民の道を歩むべし、と平洲は説いた。

■4.町人や農民にも、女、子供にも■

     知者が徳と愛情を持って人民を治める、というのは、古代シ
    ナの聖賢の道でも言われていたが、平洲が特に強調したのは、
    人を育てるということであった。人民とは為政者に治められる
    愚民ではない。平洲は治者に父母としての愛情を求める一方、
    人民の側にも子として学問の道にいそしみ、国家有用の人材と
    なることを期待した。
    
     そのために、平洲は学問の道に、身分制度や男女の差別など
    は認めなかった。辻講釈で町人や女子供までを相手にするのは、
    こうした考えからであった。
    
     鷹山は改革の大きな柱に「人作り」を据え、安永5(1776)年、
    「興譲館」という学校を作った。9月に米沢入りした平洲は、
    興譲館での講義を求められて言った。
    
         私の講義は、武士だけでなく町人や農民にも聞かせたい。
        また、女、子供にも聞かせたい。
        
     担当の役人は、農民、町人はともかく、女子供に先生の講義
    が分かるのだろうか、と疑問に思った。しかしそれは杞憂だっ
    た。辻講釈で鍛えた平洲の話し方は平明だけではない。感情が
    入る。面白おかしい。聴いている方は、その度に笑ったり、涙
    を流したりした。そして話を終わった後、聴衆の胸には一様に
    深い感動が残っていた。
    
■5.熱心な者は誰を弟子にしても構わないはずです■

     領内の小松村に伝五郎という農民がいた。伝五郎は江戸にい
    た時に両国のほとりで平洲の辻講釈を聞いて、深い感銘を受け
    た。平洲が米沢に来るとすぐに行って、弟子入りを希望し、快
    く許された。
    
     藩の武士たちは不満そうに言った。「先生は、藩の学校のた
    めにこちらにおいでいただいたはずです。それをいきなり農民
    の弟子をとるとは何事ですか?」
    
         学問に身分はありません。熱心な者は誰を弟子にしても
        構わないはずです。この伝五郎君は、江戸時代から私の話
        を聞いてくれた学友です。
        
     藩の武士は、恥ずかしさで顔を赤くして黙った。伝五郎は自
    分のことを「学友」と呼んでくれた平洲の温かく広い心に涙ぐ
    んだ。[1,p205-212]

■6.女房、嫁、娘、姑さんも呼んできなさい■

     町人や農民たちの向学心が強いのを見て、平洲は、城から離
    れた地方も回って、話をした。友人にあてた手紙には、その情
    景を次のように描写している。
    
         2月7日、8日、9日の3日間、小松村の本陣大竹とい
        う者の家で、昼と夜数百人の農民たちに話をしました。い
        ずれも落涙に咽び、老人たちはひとしお名残りを惜しんで
        くれました。これから米沢に戻るというと、折しも降り出
        した雪の中に、村民七、八百人が地の上に座って、ただ声
        を上げて泣きました。
        
     この時には最初集まったのが男ばかりだったので、平洲は
    「男ばかり聞いてもだめだ。女房、嫁、娘、姑さんも呼んでき
    なさい」と言った。ひそかに期待していた女性たちは、この言
    葉にどっと集まってきた。
    
     平洲は後に他藩でも、同様の指導を行っている。たとえば、
    尾張藩では、わずか3日間の巡村講話で十余万人もの聴衆を集
    め、講義テキスト古文孝経が飛ぶように売れて、「尾張で売れ
    るものは、古文孝経、水口屋、薬に小麦饅頭」という狂歌がで
    きたほどであった。この時代の農民、町人の向学心には頭が下
    がる思いがする。
    
■7.新しい仕事にどんどん挑戦している■

     学問の面のみならず、生産活動の面でも、平洲の理想は、従
    来の身分制度を打破し、人民が平等・自由に志を伸ばす所にあ
    った。

     鷹山の改革により、武士たちが荒れ地を開墾して新田を開い
    たり、橋の修復をしたり、また武家の妻女たちも織物にいそし
    むなど、従来の武士階級のしきたりを離れて、生産活動に従事
    するようになっていった。
    
     これは平洲が著書「嚶鳴館遺草」で「藩士が用もないのに、
    お城にあがって雑談ばかりしているのは、時間と能力の無駄で、
    かえって有能な人材を腐らせることになる」と指摘した教えを、
    鷹山が実行したものである。
    
     平洲は自分の教えが着実に実施に移され、藩の財政建て直し
    と人心一新に効果を上げているのを見て、鷹山に向かって言っ
    た。
    
         これは明らかに、今まで世襲的に決められてきた士農工
        商の身分が、自発的に壊されているということでございま
        しょう。つまり、武士も自分の中に潜んでいる能力が、農
        に向けば農に使い、山に向けば山で使いというように、そ
        れぞれ従来のしきたりにこだわることなく、新しい仕事に
        どんどん挑戦しているということでございます。
        
■8.教育大国から明治の飛躍へ■

     平洲の思想と活動がいささかの寄与をなしたのであろう、江
    戸時代の日本は世界でも群を抜いた教育大国となった。たとえ
    ば幕末頃の就学率は、江戸での70〜86%に対して、同時期
    のイギリスの大工業都市では20〜25%に過ぎなかった。
    [c]
    
     このような高い教育水準は、産業の高度化に大きな威力を発
    揮する。日本は当時の国際商品だった木綿、砂糖、生糸、茶の
    国内自給に成功し、弱肉強食の近代世界システムから一線を画
    して、230年間におよぶ豊かで平和な時代を気づく事に成功
    したのである。[d]
    
     「嚶鳴館遺草」は幕末の志士たちに大いに読まれた。明治日
    本建設に貢献した多くの逸材を松下村塾で育てた吉田松陰は、
    「この書は経世済民の書であって、読めば読むほどよい政治と
    はどのようなものであるかが分かる」といって、常に座右から
    離さなかった。友人や弟子たちにも、「士たる者は、必ず読む
    べき書である」と勧めた。
    
     また一時期、沖永良部島に流されていた西郷隆盛が、この書
    に巡り会って感動し、「敬天愛人」の思想を生んだ。そして
    「民を治める道は、この一巻で足りる」と言って、この書を他
    人に勧めた。
    
     維新後、明治政府はわずか数年の間に、四民平等、廃藩置県、
    学制発布と矢継ぎ早に新制度を打ち出したが、これらが大きな
    混乱なく定着していったのも、平洲の学問に代表されるような
    身分差別を乗り越える近代思想がすでに十分浸透していたから
    であろう。明治日本の世界を驚かせた飛躍は、江戸時代に作ら
    れた確固たる跳躍台があったからである。
    
■9.人づくりを行う先生は、国家の名大工■

     農民町人から女子供にまで学問を説き、一方で武士階級にも
    生産活動への貢献を求めるという平洲の思想は、神武天皇建国
    以来、人民を「おおみたから」として尊び、「一つ屋根」のも
    とで仲良く暮らすことを理想とした皇室伝統を、「人づくり」
    と「経世済民」の学をもって、近代社会の要請にあうよう発展
    させたものと言える。[e]
    
     肥後熊本藩藩主・細川重賢は藩校時習館を作り、平洲の親友
    秋山玉山を学長に招いて「宝暦の改革」を進めた名君である。
    その重賢の言葉に次のようなものがある。
    
         人づくりを行う先生は、いわば国家の名大工さんだ。名
        大工さんは、人づくりを木づくりと考えることが必要だ。
        つまり、育てられる人間が何の木かと見抜いて、その人間
        に見合った教育をしてほしい。
        
         教育というのは、いわば学ぶ者の前に横たわっている川
        を渡る知恵と勇気と技術を教えることだろう。川を渡れば
        素晴らしい人間の世の中がある。しかしそこへ行き着くた
        めには、やはり一人ひとりが苦労しなければならない。そ
        の苦労を助けてやるのが教師だ。・・・学問は国政の基で
        ある。[1,p25]
        
     教育も国政も乱れゆく現代日本において、我が先人たちの
    「人づくり」にかけた志をもう一度思い起こすべきであろう。
    
■リンク■
a. JOG(130) ケネディ大統領が尊敬した政治家・上杉鷹山
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog130.html
b. 細井平洲、東海市教育委員会 社会教育課
 まんが、平洲記念館の案内など。
   http://www.atnet.ne.jp/~nagaura/hosoiheisyu.html
c. JOG(030) 花のお江戸はボランティアで持つ
 ボランティアによる寺子屋教育で、江戸日本の就学率は世界ダン
  トツ。 
  http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_1/jog030.html
d. JOG(091) 平和の海の江戸システム
 日本人は平和的に「自力で栄えるこの肥沃 な大地」を築き上げた。
  http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_1/jog091.html
e. JOG(074) 「おおみたから」と「一つ屋根」
 神話にこめられた建国の理想を読む。
  http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_1/jog074.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 「上杉鷹山と細井平洲」★★★、童門冬二、PHP文庫、H9.9
   
■謝辞■ 今回のテーマに関しては、JOG Wingの常連の投
  稿者であるほそかわ・かずひこさんから参考文献[1]と、リンク[b]に
  関する貴重な情報をいただきました。
  http://www.simcommunity.com/sc/jog/khosokawa

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■前号「労働移民の悲劇」について 
               匿名希望(ドイツ在住)の方より

     実際にドイツに住んでみて、確かにそういう3K産業に占め
    る外国人の多さを実感して、なるほどと思いました。

     私の事務所に夕方来てくれる掃除の女性はイタリア系とトル
    コ系です。あと、ご存知のようにドイツはリサイクル、環境保
    全にかなり前向きです。そのための分別ゴミ収集や市内清掃な
    どを夜中にやったりしていますがそこも外国人が多いですね。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     ドイツの緑の党も、地球環境保護などと美しいスローガンを
    掲げながら、それに必要な3K汚い仕事は外人労働者に押しつ
    けている、というのは、ちょっとひがみが強すぎるでしょう
    か?

     読者からのご意見をお待ちします。本メールへの返信で届き
    ます。ご意見は、本誌おたより欄掲載させていただく場合があ
    ります。メール・アドレスは伏せます。掲載不可、匿名または、
    ハンドル名ご希望の方はその旨、明記下さい。おたより欄掲載
    分には、薄謝として本誌総集編を差し上げます。

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 8月3日(木)〜7日(月)学生18千円、社会人29千円
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■講師 東京大学名誉教授 小堀桂一郎氏
 「国際的視野から見た日本の国柄」
 → JOG(11) 「戦後思想における道徳の退廃」
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h9/jog011.htm

■講師 亜細亜大学教授 東中野修道氏
 「戦後日本人の歴史認識 −南京事件から見る−」
 → JOG(079) 事実と論理の力
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_1/jog079.html

 資料請求は:国民文化研究会  kokubunken@msc.biglobe.ne.jp
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