国際情勢

Japan on the Globe 国際派日本人養成講座

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Japan on the Globe(121) by CLICK INCOME

2000/01/16


     _/    _/_/      _/_/_/  人物探訪:笹川良一(上)
        _/  _/    _/  _/          〜獄中の東条英機を叱咤した男〜
       _/  _/    _/  _/  _/_/                           19,904部 H12.01.16
 _/   _/   _/   _/  _/    _/  Japan On the Globe(121)  国際派日本人養成講座
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■1.私は、あなたの名誉のためにも死刑を望んでいます■

         東条さん、貴方は万が一、助かって無期懲役になればよ
        い、などとは思っていないでしょうね。それこそ生き恥じ
        です。どうせあなたは死刑を免れませんよ。私は、あなた
        の名誉のためにも死刑を望んでいます。歴史は貴方の刑死
        を必ずや見直すことでしょう。ついては遺言を残して下さ
        い。その内容はね・・・[1,p115]
        
     東京裁判の被告となった東条英機に対して、こんな事をはっ
    きり言った男がいた。笹川良一である。
    
     戦争犯罪人として捕えられた高官達が、自分だけ助かりたい
    一心で、占領軍に迎合して、国家に罪をなすりつけたり、果て
    は天皇に累を及ぼしたりしては、日本の再建に重大な支障とな
    る、と笹川は憂慮していた。
    
     彼は戦前、冤罪で起訴され、3年間獄中にあって、裁判を闘
    い抜き、ついに無罪を勝ち取った体験を持っていた。その体験
    をベースに、高官達に道を誤らないよう指導しようと決心し、
    わざわざ占領軍と一悶着を起こして、巣鴨プリズンに入り込ん
    だのである。
    
     このような突飛な、しかし勇気ある行動を起こした笹川良一
    とは、一体どのような人物なのだろうか?

■2.笹川の翼賛選挙批判■

     笹川は、昭和17年、戦時下の衆議院議員選挙で、非推薦候
    補として当選した。非推薦候補とは、東条英機内閣が組織した
    翼賛政治体制協議会から推薦されない独自候補で、警察や憲兵
    から激しい選挙干渉を受けた。それでも定員466名中85名
    の非推薦候補が当選したことは、当時の日本の議会政治が相当
    に根強いものであった事実を示している。

     笹川は、昭和18年2月の衆議院予算委員会で、この推薦制
    を廃止すべきだと、東条首相に直言した。
    
         私はこれでなかなか、こわもての方であります。こわも
        ての私ですら、さようなひどい目にあったのだから、ほか
        の弱い候補者諸君は、どれほどやられておるか分からぬ
        (笑い声)・・・
        
         今、国民は結集して東条内閣を支持しておる。・・・し
        かるに何を苦しんで推薦、非推薦の別を設けて、陛下の赤
        子を敵、味方にしたのですか。(賛同のやじ)[3,p249]
        
     笹川と東条とは、対立者として相まみえたのであった。

■3.東京裁判への危機感■

     笹川は、敗戦後の昭和20年10月5日、衆議院議員全員の
    辞職を同僚議員に呼びかけた。新日本の建設には、軍部の消滅
    だけでなく、重臣、財閥、官僚の指導者の総退却が、絶対必要
    だと考えたのである。しかし、笹川のこの呼びかけに応じたの
    は、衆議院議員わずか18名に過ぎなかった。[2,p157]

     この直前の9月11日、東条英機元首相以下、39名を皮切
    りに、戦争犯罪容疑者の逮捕が始まった。笹川は、これから始
    まろうとする東京裁判に対して、深刻な危機感を抱いた。
    
     第一に、あまりにも無法な裁判は、日本国内の反米感情を強
    め、日本をソ連陣営に追い込んでしまう恐れがある。笹川は、
    将来の日本は、親米路線を歩むべきと信じ、そのためにも、こ
    の裁判が公正なものでなければならない、と考えた。
    
     第二に、敗戦の混乱の中で、共産党員の動きが活発化してい
    た。GHQ(占領軍総司令部)の命令で約3千人の共産党員が
    釈放されると、司令部の建物の前で「万歳」を叫び、さらに人
    民大会を開いて、「天皇制の廃止」「天皇を戦犯として逮捕せ
    よ」などと気勢をあげた。天皇が裁判にかけられたら、国内は
    動揺し、共産革命への道を開くことになるかもしれない。

     しかし捕らわれた東条以下の高官たちは、恵まれたエリート
    コースを歩いてきた人々で、牢獄につながれ、裁判を受けた事
    などない。助かりたい一心で、占領軍におもねって何を言い出
    すか分からない。そこで笹川は自ら被告の一員になって彼らに
    近づき、指導しようと決心した。

■4.遠慮なく逮捕してくださって結構です■

     しかし、笹川は戦時中に衆議院議員を務めた程度で、巣鴨プ
    リズンに入る「資格」はない。ないなら、作り出せばよい。こ
    うして笹川の占領軍挑発が始まった。
    
     笹川は地盤である大阪でさかんに演説会を開き、米国やソ連
    の批判を公然と続けた。米国の原爆投下、ソ連の中立条約違反
    と満州侵略などの戦争犯罪を列挙し、
    
        自分たちが国際法を犯して戦争犯罪を重ねながら、日本の
        戦争責任を裁こうとする権利はないはずだ!

     演説会は次第に多くの聴衆を集め、そのうち、米国やソ連の
    軍人が、会場にも見られるようになった。
    
         会場には、アメリカやソ連の占領軍が聞きに来ており、
        私の話していることを通訳し、速記にとっております。私
        は逃げも隠れもしません。どうぞ私を戦犯にして、遠慮な
        く逮捕してくださって結構です。[1,p42]
    
     12月2日GHQは第3次の戦犯容疑者59名を発表したが、
    その中に笹川の名があった。笹川は生きては帰れまいと、父の
    墓の隣に自分の墓を建てた。母テルは赤飯を炊き、「思う存分、
    日本の国のためにお役に立てなぁ、あかん」と送り出してくれ
    た。

■5.軍艦マーチに送られての巣鴨入り■

     笹川の入獄は、芝居気たっぷりのものであった。銀座の事務
    所前に、トラック数台を並べ、「笹川大国士歓送」と大書した
    幟を立てた。笹川は羽織袴の正装で、見送りの群集にマイクで
    惜別の挨拶をした。そしてトラックに分乗した音楽隊が演奏す
    る軍艦マーチとともに、群集の万歳や拍手に送られて、巣鴨に
    向かった。

     笹川の鳴り物入りの入獄は、米軍の神経を逆なでにした。翌
    日、笹川は米人検事数名の前に呼び出された。
    
     検事の一人は、いきなり笹川を平手打ちし、「お前は敗戦国
    民であることを知っているのか!」と怒鳴った。そしてなぜ占
    領軍を馬鹿にしたような言動をとったのか、と問い詰めた。
    
     笹川は、占領軍を馬鹿にしたのではなく、占領軍全体の名誉
    を守るためにソ連の不正と戦わねばならぬと信じて入所したの
    だと答えた。「なぜ我々がソ連と戦わねばならないのか」と反
    問する検事に、笹川はとうとうと述べ立てた。
    
         私はアメリカに対して、軽侮の念を抱くものではない。
        よく戦った敵として尊敬をしているが、ソ連に対しては激
        しい怒りを抱いている。ソ連は日本と不可侵条約(日ソ中
        立条約)を締結していながら、それを破って満州を侵略し
        た。・・・
        
         この卑怯極まるソ連が、日本の戦犯を裁くならば、侵略
        戦争の不正を認めることになり、正義は滅び、占領軍の立
        場は冒涜されることになるのである・・・
        
         したがって戦争の勝敗と正義の擁護は別のものである。
        ソ連は中国大陸にいた日本人を多数捕虜にして本国に行っ
        たし、強制労働に従事させている。こうしたソ連の不正と
        戦うためには、戦犯として法廷に立つ以外に方法がないた
        めに、わたしは生命を賭してここに乗り込んできたのだ。
        私は生命は欲しいとは思っていないのだ。
        
     その証拠はあるのか、と居丈高に問う検事に、郷里に造った
    ばかりの自分の墓を見よ、と笹川は答えた。この言葉に、検事
    たちの表情は急に穏やかになり、言葉も丁寧になった。笹川に
    葉巻を差し出し、火までつけた。相手を真の勇者だと認めれば、
    素直に敬意をあらわすのが、大方のアメリカ人の美点である。
    [1,p65-75]

■6.獄中の闘い■

     笹川の主張は、獄中にあっても、いささかもひるむ所はなか
    った。今度は、マッカーサー占領軍総司令官とトルーマン大統
    領に、抗議の書簡を差し出した。
    
         貴国は勝者なるが故に、一人も戦争責任を負わず敗者を
        逮捕・拘禁しているが、その権限はいかなる神から与えら
        れているのか。貴下こそ戦犯ナンバーワンである。その理
        由は、日本各地の都市を空襲して二百数十万人を爆死させ
        たばかりか、多数の神社・仏閣、病院、民家などを爆破し
        て、甚大なる損害を与えた。
    
         また呉軍港を除外して、軍事施設の少ない広島に原子爆
        弾を投下し、一気に十数万の市民を殺傷した。さらに長崎
        にも原子爆弾を投下して数万人を殺戮している。この戦争
        法規違反については、勝敗の別なく責任を負うべきである。
    
         しかるに貴下は、勝者なるがゆえに正義の代弁者のごと
        く振る舞っている。この東京裁判は、侵略戦争を根絶する
        のが目的であると強調しておられるか、貴下自身も少し謙
        虚な気持ちなって戴きたい。
    
         世界に真の恒久平和を確立し、人類を永遠に戦争の悲劇
        から解放せんとするならば、世界の軍備を全廃し、さらに
        移民と貿易の自由を許す以外の方法はない。もし、この案
        を取り上げて実行してくれるならば、そのご恩に感謝し、
        この一身を世界平和確立記念祝典の供え物として提供しま
        しょう。
        
     この手紙を送った翌日、笹川は担当の米軍中尉から呼び出さ
    れ、激しい暴行を受けた。体中がアザだらけになり、ついには
    発熱して、飯も食えない状況になった。さらに、極寒の中で、
    掃除などの懲罰の使役をさせられた。
    
     しかし、笹川は懲りずに、今度はソ連のスターリン首相に手
    紙を送った。「日ソ不可侵条約」を破って満州を侵略し、南樺
    太と千島列島の略奪をしたソ連を批判し、これらは日本固有の
    領土であるから、「速やかに返還せよ」と迫った。
    
     笹川は臆することなく、自分が正義だと信ずる所を主張した。
    正義と勝敗は関係ない。勝者が不正を働いては、いつまでたっ
    ても、真の世界平和は実現しない、というのが、笹川の信念で
    あった。[1,p104-108]

■7.もし天皇が戦犯者として裁かれたならば■

     東京裁判に判事や検事を送った国のうち、ソ連、中国、オー
    ストラリア、フィリピンは天皇訴追の意向を固めていた。しか
    し、実際に天皇が裁かれるようなことがあれば、どうなってい
    たか。マッカーサーの側近、ボーナー・フェラース准将は次の
    ような意見書を提出していた。
    
         わが軍の無血進駐(占領)を完成するに際して、わが米
        軍は天皇の助力を要求した。彼の命令によって七百万の日
        本の兵士は軍旗を横たえ、速やかに武装解除した。天皇の
        命令によって七百万の米兵の負傷を除かれ、戦争は予定前
        に終結した。
        
         天皇を利用しながら、彼を戦犯として戦争裁判にかける
        がごときことがあれば、日本国民に対する背信行為である。
        さらに天皇を含めた日本国民は、国体の保存を明言したる
        ポツダム宣言を含む無条件降伏を受諾した。
        
         もし天皇が戦犯者として裁かれたならば、日本政府の組
        織は瓦解し、かつ一般暴動は当然に蜂起するであろう、こ
        れによって日本国民が暴動を起こすことは明らかである。
        仮に武装せずとも流血の惨事は必然なり。多数の占領軍と
        数千の官僚を要すべく、その結果、日本国民の感情は悪化
        するだろう。[1,p123]
        
     日本政府が瓦解し、米軍が直接軍政をしいて、各地で日本国
    民との衝突があれば、対米感情は決定的に悪化し、活発化して
    いた日本共産党の動きとあいまって、日本人を親ソ路線に追い
    やるかもしれない。これが笹川のもっとも心配した点であった。
    
     マッカーサー自身も天皇との会談で、「私は日本の戦争遂行
    に伴ういかなることにも、また事件にも責任をとります。」と
    いう御発言に感銘を受けたこともあって、なんとか天皇訴追を
    避けたいと考えていた。[a]
    
     しかし、裁判の過程で、日本政府の高官達が助かりたい一心
    で、天皇に責任を押しつけるような発言があっては、マッカー
    サーと言えども、米国国内と連合国の天皇訴追の要求を押さえ
    ることはできない。
    
     開戦直前まで首相だった近衛文麿公爵は、戦犯容疑者に指定
    されるや、服毒自殺を遂げて、天皇と国民を守る責務を投げ出
    してしまった。東条英機もピストル自殺を図ったが、幸い一命
    をとりとめた。フェラースの予言したような最悪の事態を避け
    るには、東条しかいない。笹川が東条に接近したのはこういう
    意図からであった。(続く)

■リンク■
a. JOG(034) 敗者の尊厳
  http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_1/jog034.html
   「日本破れたりとはいへ、その国民性は決して軽視することが
  できぬ。例へば日本国民の皇室に対する忠誠、敗戦後における威
  武不屈、秩序整然たる態度はわが国の範とするに足る」(中華民
  国国民政府・王世杰外交部長)

b. JOG(039) 国際法を犠牲にした東京裁判
  http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_1/jog039.html
   人類史上最初の核兵器の使用に対し、東京裁判が目をつぶって
  しまった事が、現在の国際社会の無法状態の根源ではなかった
  か?

c. JOG(059) パール博士の戦い
  http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog059.html
   東京裁判のインド代表判事として全員無罪を主張。「日本の子
  弟が 歪められた罪悪感を背負って卑屈・退廃に流されてゆくの
  を、私は見過ごして平然たるわけにはゆかない。」

■参考■(読者にお勧めの順)
1. 「天皇と東条英機の苦悩」、塩田道夫、三笠書房・知的生き方
  文庫、H1.9
2. 「笹川良一研究 異次元からの使者」、佐藤誠三郎、中央公論社
  H10.7
3. 「正翼の男 戦前の笹川良一語録」、佐藤誠三郎編、中央公論社
  H11.4
4. 「新編 宮中見聞録」、木下道雄、日本教文社、H10.1

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■前120号「国柄探訪:『心を寄せる』という事について

                     福岡の松田さんより

     正月第一号の皇后様のお話やお歌は何度お聞きしてもその度
    に心が洗われ、日本人に生まれた幸を思います。私の妻も同様
    です。

     ホームページで色々と見ていると保守と自認しているような
    人が色々と天皇制(嫌な言葉ですが)について論じていますが
    日本の国柄は理論ではありませんね。心ですね。大和心の分か
    らぬ人は右翼であろうと左翼であろうと結局、日本の国体につ
    いては理解できないでしょう。私は国民文化研究会でこの大和
    心、つまり和歌の心を勉強しております。日本人皆で和歌を大
    切にしていきましょう。

                   岡山のMoMotarouさんより

     ある時ニュースを見て感激したのですが、山形国体のときだ
    か天皇陛下が開会の辞を述べられてるときに、暴漢がせまって
    きました。皇后陛下はいち早く気がつかれたようで、読まれて
    る陛下の前に進まれ暴漢との間に入ったようです。

     これは日ごろから修養していないとできない身のこなし方で
    大変感激しました。私なら後ろに逃げます。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     今回も多数のお便りありがとうございました。松田さんの言
    及された「国民文化研究会」とは、120号の参考文献2で挙げ
    た「平成の大みうたを仰ぐ」を発行している団体です。JOG
    の編集方針は、具体的な事実を提示して、読者が自らの心で感
    じ、自らの頭で考えてもらおう、というものです。皇室のこと
    も、観念的な理論からではなく、まず両陛下が具体的に何を思
    われているのか、という事実をお歌から直接読み味わうのが、
    健全なアプローチであると思います。
    
     Momotarouさんのご指摘の事実は、平成4年10月、山形県
    天童市で行われた「べにばな国体」の会場で、天皇陛下がお言
    葉を述べられている最中に、発煙筒をなげつけられた事件のこ
    とです。
    
     69号で紹介した皇后陛下のご講演では、愛する皇子の任務
    遂行のために、自らを犠牲にされた弟橘比売命(おとたちばな
    ひめのみこと)の物語を幼い頃に読んで、「愛と犠牲という2
    つのものが、・・・むしろ1つのものとして感じられた」と述
    べられています。本編でご紹介したように、昭和天皇がすべて
    の責任をとろうとされ、また笹川良一が死を覚悟して巣鴨に入
    っていったのも、この「愛と犠牲」に通ずる精神なのでしょう。

     読者からのご意見をお待ちします。本メールへの返信で届き
    ます。掲載分には、本誌総集編を差し上げます。

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