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Japan on the Globe 国際派日本人養成講座

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Japan on the Globe(116) by CLICK INCOME

1999/12/04


     _/    _/_/      _/_/_/     地球史探訪:操られたルーズベルト
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       _/  _/    _/  _/  _/_/                           17,674部 H11.12.09
 _/   _/   _/   _/  _/    _/  Japan On the Globe(116)  国際派日本人養成講座
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■1.米国が日独と戦ったのは間違い■

       2000年の米大統領選に名乗りを上げている保守派の元
      テレビ・コメンテーター、パット・ブキャナン氏(60)が、
      最近刊行した米国の外交政策に関する著書「帝国でなく共和
      国を」で、「第二次大戦で米国がドイツや日本と戦ったのは
      戦略的に間違っていた」と主張したことが波紋を広げている。
      
      ・・・日本に関しては、当時の仏領インドシナに進駐した後、
      米国のルーズベルト大統領が極めて厳しい経済制裁を発動し
      たことが、日本にとって「のど元をつかまれた」形になり、
      真珠湾攻撃を決意させたと指摘。開戦には米国の政策が大き
      な役割を果たしたとしている。

       ブキャナン氏は、・・・日独敗北の結果、旧ソ連に対する
      歯止めがなくなったことで、共産中国の誕生や、朝鮮、ベト
      ナム両戦争での米軍の犠牲など「苦い結末を得た」ともして
      いる。[1]

   第2次大戦で米国は「敵を間違えた」という主張は、今もくす
  ぶっている。本誌96号「ルーズベルトの愚行」では、当時の政治
  家や米軍幹部の証言に基づいて、ルーズベルト大統領がソ連に異
  常な肩入れをして、ドイツとの参戦を果たすために、日本を開戦
  に追いつめたプロセスを紹介した。
  
   その後、当時の公文書公開が進み、ルーズベルトの背後でソ連
  スパイの暗躍があったことが明らかにされた。このニュースは、
  わが国の現在の国際情報戦略にも重大な警告を投げかけている。

■2.真珠湾の7ヶ月前に日本爆撃計画■

   第一のニュースは、日本の真珠湾攻撃の7ヶ月も前に、米軍が
  蒋介石軍に荷担して、日本爆撃を計画し、陸軍長官、海軍長官、
  そしてルーズベルト大統領自身が承認のサインを与えていた書類
  が明るみに出たことである。
  
   この作戦には350機のカーチス戦闘機、150機のロッキー
  ド・ハドソン爆撃機を使用するとし、また大阪、神戸、京都、東
  京、横浜の爆撃には木造住宅の多い日本民家に効果のある焼夷
  (しょうい)弾を使用すべきであるなどとする内容もあった。後
  の本土空襲の原形がすでに考えられていたのである。

   実際には、欧州戦線への爆撃機投入を優先したため、この計画
  は実施が遅れて、その前に真珠湾攻撃となった。[2]
  
   しかし、この案が突飛なアイデアでない証拠として、すでに米
  軍の最新鋭戦闘機とパイロット約100名、地上要員約200名
  のフライング・タイガーと呼ばれる一隊が、義勇兵を装って、蒋
  介石軍に参加していた事実がある。上記の爆撃計画は、この戦闘
  機部隊に爆撃機を加えて、日本本土を直接攻撃しようという拡張
  案なのである。[3]
  
   これは完全な中立義務違反で、こんなことが国際法上許される
  なら、たとえば台湾が中国に攻撃された場合、自衛隊を台湾に義
  勇兵として送れば、日本は中立と平和憲法を維持したまま、実質
  的に参戦できることになる。

■3.日本爆撃計画推進者はソ連のスパイ■

   さらに、この空爆計画の推進者だったロークリン・カリー大統
  領補佐官(当時)は、実はソ連と極秘情報のやりとりをしていた
  ことが、当時の米暗号解読機関によって確認されていた。

   この文書はVENONA資料と呼ばれ、1940年代後半、ニュー
  ヨークとワシントンにあるソ連代表部とモスクワ間の交信記録を
  米特殊機関(戦後の国家安全保障局=NSA)が暗号解読したも
  のだ。
  
   カリー補佐官はカナダ生まれの経済学者で、39年から45年まで
  大統領補佐官(経済担当)をつとめた。41年初頭には対日戦略を
  調整するため米国の中国支援担当特使に任命され、ルーズベルト
  大統領と中国国民党の蒋介石主席(当時)の橋渡し役をしていた。
  
   48年にソ連スパイだったことを告白した政府職員、エリザベ
  ス・ベントレーによる「カリー氏もスパイだ」という訴えをきっ
  かけに、カリーは米下院・非アメリカ委員会の追及を受けた。
  しかし最後まで容疑を否定し、50年に米国市民権を放棄し、南米
  コロンビアに移住、93年に死亡している。
  
   ソ連がスパイを送り込んで、日本と蒋介石軍との戦いをアメリ
  カに支援させていた動機は容易に理解できる。両者が戦えば、毛
  沢東軍が漁夫の利を占めることになり、中国共産革命が近づく。
  
   さらに日米戦争ともなれば、ソ連にとっても日本からの軍事的
  脅威はなくなり、ドイツと日本から挟撃されるという最悪の事態
  を避けられる。まさに一石二鳥の見事な謀略なのである。[4]

■4.ソ連スパイが作成したハル・ノート原案■

   日本爆撃計画は不発に終わったが、実際に日米戦争の引き金を
  引いたのが、41年11月26日、ハル国務長官が提示したハル・ノー
  トであった。
  
   このノートで米政府は
  ・ 中国、仏領インドシナからの日本軍の全面撤退
  ・ 蒋介石国民党政府以外の政府の否認
  ・ 日独伊三国同盟の死文化
   などを要求した。これを最後通告と解釈した日本は、翌日、米
  国との交渉の打ち切りを決定した。

   実際には、ハル国務長官は90日間の停戦を骨子とする緩やか
  な妥協案を作成していたのだが、ルーズベルトは、財務次官ハリ
  ー・デクスター・ホワイトが41年6月に作成していた対日強硬提
  案の方を採用した。
  
   今回のVENONA資料では、このホワイトも、ソ連に米国政
  府の極秘情報を通報したり、現金をもらっていた事を示しており、
  カリー補佐官と同様、ソ連のスパイであることが判明した。
  
   さらに当時のソ連人民内務委員部の工作員だったパブロフが41
  年5月にワシントンでホワイトと密会し、日本と米国が交戦する
  よう仕向ける外交案の作成を要請していたことが、ソ連崩壊後の
  同氏の回顧録で明らかになった。

   パブロフによると、ホワイトに与えた指示書では、日本軍の中
  国および満州からの完全撤退要求など日本側が到底受け入れられ
  ない内容を含んでおり、ほぼハル・ノートと同じ内容になってい
  る。ホワイトが試案を作成したのはその翌月で、パブロフの指示
  を忠実に守ったことをうかがわせている。
  
   さらに、ホワイトは41年に成立したソ連と中国への米軍事支援
  を合法化した武器貸与法を強く推進したことがわかっている。

   ホワイトは、カリー補佐官と同様、エリザベス・ベントレーら
  による告発で米下院・非アメリカ活動委員会に召喚されたが、ス
  パイ容疑を否定したあと、3日後に心臓まひで死亡している。ホ
  ワイトの直接の部下だったコーら二人の財務省高官も同様のスパ
  イ容疑をかけられたあと、中国に亡命し、そこで客死した。[5]

■5."恥ずべき"最後通牒■

   ハル・ノートによって、日本政府は米国には交渉意思がないと
  最終判断を下し、12月7日(現地時間、日本では8日)にパー
  ルハーバー攻撃に踏み切った。翌日、ルーズベルト大統領は下院
  議会上で、次のように演説を始めた。
  
       昨日すなわち、1941年12月7日は、恥ずべき行いの日と
      して永遠に残るでしょう。合衆国は、突如、しかも故意に攻
      撃されたのであります。[6,p164]
      
   当時の共和党指導者ハミルトン・フィッシュ議員は、下院での
  日本に対する宣戦布告決議の最初に演説し、「米国内で論争、対
  立をすべき時は過ぎた。今や行動をとるべき時である」と述べ、
  ルーズベルト大統領のもとに団結するよう訴えた。立場の違いを
  乗り越え、祖国の危機に立ち上がろうという憂国の至情あふれた
  演説であった。
  
   しかしハル・ノートの内容を知った後で、フィッシュ議員は次
  のように憤る。
  
       今日私は、ルーズベルトが日本に対し、恥ずべき戦争最後
      通牒を送り、日本の指導者に開戦を強要したということを知
      っており、この演説を恥ずかしく思う。[6,p47]
      
       この最後通牒に言及するにあたっては、ルーズベルトがパ
      ールハーバー攻撃を"恥ずべき行いの日"と呼んだことにちな
      み、"恥ずべき"最後通牒と呼ぶことが適切かと思われる。
      [6,p38]
  
■6.日本が米国世論に訴えていたら?■

   このフィッシュ議員に代表される議会勢力と米国世論を味方に
  つけていれば、わが国は日米戦争を回避できたのではないか? 
  たとえば、日本政府が、フライング・タイガーの中立義務違反を
  米国世論に広く訴えていたら、どうなっていただろう。
  
   ルーズベルトは3選をかけた大統領選挙1週間前の1940年10
  月30日、ボストンで次のような演説をしている。
  
       私は、母であり、あるいは父であるあなたがたに話すにあ
      たって、いま一つの保証を与える。私は以前にもこれを述べ
      たことがあるが、今後何度でも繰り返し言うつもりである。
      「あなたがたの子供たちは、海外のいかなる戦争に送り込ま
      れることもない」[6,p82]
      
   39年の9月に行われた世論調査では、米国民の97%が欧州戦争
  参戦に反対していた。ルーズベルトは決して参戦しないという公
  約を武器に当選していたのである。
  
   これに対して、米国民の知らないうちに、フライング・タイガ
  ーとしてすでに300名もの兵員を中国戦線に送りこんでいる事
  実が暴露されたら、選挙公約違反であることは誰の目にも明らか
  である。このような卑劣なうそほど、米国民を激高させるものは
  ない。
  
   同様にハル・ノートを「恥ずべき最後通牒」として、全世界に
  公開していたらどうなっていたか。戦争に反対するフィッシュ議
  員の非介入主義は、共和党議員の90%、民主党議員の半数の支
  持を受けていた。その議会に内緒で戦争を挑発しようとするハ
  ル・ノートのアプローチは、米議会のみが宣戦布告の決定をなし
  うるという米国憲法を大統領が自ら踏みにじったものであるとフ
  ィッシュ議員は主張している。
  
   真珠湾前にこの点があきらかにされれば、大統領は議会と国民
  の信任を失い、「米国は簡単に日本との間で和平条約を締結でき
  たであろう」というフィッシュ議員の主張が勢いを得て、米国政
  府の方針転換につながっていた可能性が高い。
   
■7.欧米資本を味方にひきつけた高橋是清■

   アメリカの中にも、フィッシュ議員のような信頼し得る陣営が
  あり、また米国民の世論も、説き方によっては味方につけること
  ができた。戦わずして、スターリンとルーズベルトの陰謀を粉砕
  し、日米戦争を避けることができたかも知れない。

   しかし、現実には日本政府はそのような対米世論工作は検討す
  らしなかったようだ。米国が一丸となって戦争をしかけていると
  判断し、真っ正直に一か八かの全面戦争に突入した。我々日本人
  は伝統的にこの種の世論工作に弱いのだろうか。
  
   しかし見事な例外もある。たとえば、日露戦争中に欧米で公債
  による戦費調達を担当した高橋是清である。ロシアの黄禍論(黄
  色人種の白色人種侵略)に対して、日露戦争は日本の生存をかけ
  た自衛戦争であることを主張し、さらに、日本政府は過去、元利
  支払いを一度たりとも遅らせたはないとして、信用を訴えた。
  
   こうした高橋の主張に納得したユダヤ資本は、同胞を迫害する
  ロシア政府を倒すためにも、日本を支援しようと、巨額の公債を
  引き受けてくれた。戦争前の日銀の正貨保有額が1億17百万で
  あったのに対し、合計13億円にのぼる戦費調達に成功したので
  ある。日露戦争は、まさにユダヤ資本、欧米資本を味方につけて
  初めて戦うことができたのである。それを引き出したのは高橋是
  清の欧米世論への働きかけであった。[7]

   明治時代にはこのように日本の主張を堂々と国際世論に訴えう
  る人材が少なくなかった。しかし、その後、昭和に入り、そのよ
  うなセンスは次第に失われ、戦後はさらにひどくなったように見
  える。慰安婦問題(JOG106,107)やアイリス・チャンの南京事件
  告発(JOG60)に見られるような国際的謀略に、一方的に攻撃され
  ている。
  
  「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と
  生存を保持しようと決意した」(日本国憲法前文)という他者依
  存の姿勢では、国際世論工作の必要性すら理解できないであろう。
  ことは一国の独立心、自立心の問題であって、語学の問題ではな
  いのである。
  
■参考■
1.「ブキャナン氏の著書、波紋呼ぶ『日独との戦争、誤りだった』
  産経新聞、H11.09.28、東京朝刊、4頁、国際2面
2.「米『真珠湾』直前 日本爆撃を計画」、産経新聞、H11.07.15、
  東京朝刊、1頁総合1面、関連記事が国際2面に2件
3.「発覚したルーズベルトの”だまし討ち計画”、前田徹、
  正論、H11.10
4.「ルーズベルト政権 日本爆撃計画立案者はソ連のスパイ」、
  産経新聞、H11.08.04、東京朝刊、5頁、国際面
5.「『ハル・ノート』はソ連指示で作成?」、産経新聞、H11.08.22
  東京朝刊、1頁、総合1面、関連記事が国際に2件
6.「日米・開戦の悲劇」、ハミルトン・フィッシュ、PHP文庫、H4.12
7.「高橋是清自伝・下」、中公文庫、S51.8

謝辞:本稿は、佐々木さん、および、ほそかわかずひこさんのお二
人の姉妹誌JOG Wingへの投稿をもとに再編集したものです。
改めて御礼申し上げます。
 ほそかわさんのJOG Townでのホームページは:
 http://www.simcommunity.com/sc/jog/khosokawa

■リンク■
★ JOG(96) ルーズベルトの愚行
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog096.html
 対独参戦のために、米国を日本との戦争に巻き込んだ。 

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
     前号「オランダ盛衰小史」について ZEROさんより

   「ペイラントの自由」という言葉、よく覚えておこうと思いま
  す。

   しかし、問題の根本は、国を危うくしたペイラントの行為に無
  罪判決を出した当時の裁判制度にあると思います。法的規制が無
  くなれば、商人たちが生き残るために国を売ってでも利潤追求に
  しのぎを削るのは当然といえるでしょう。

   今の日本の諸問題の根本のひとつにも、個人の人権最優先で、
  時間のやたらかかる裁判制度に問題があるように思えます。

   レンブラントの「夜警」を見ると、当時のオランダ市民の国を
  守ろうという気概が伝わってきます。しかし、そんな気概も、国
  を売る人間が無罪になるような制度のもとでは、だんだん萎えて
  きたかも知れませんね。

■ 編集長より
   なるほど、言われるとおり、「ペイラントの自由」を助長する
  ような法や裁判、さらには教育や報道など、社会システム全体の
  課題として捉えるべきですね。

   読者からのご意見をお待ちします。本メールへの返信で届きま
  す。掲載分には、本誌総集編を差し上げます。

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