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創刊日:1999-02-06  
最終発行日:2019-09-15  
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最新のコメント

  • 名無しさん2019-08-31 12:31:31

    正統保守の敵「つくる会」一部首脳を追撃します

    「新しい歴史教科書をつくる会」が自由社から出した教科書は反日自虐。 フジサンケイグループ育鵬社こそが正統保守教科書です

    https://blog.goo.ne.jp/project-justice

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  • 名無しさん2019-07-07 17:49:36

    もーーー!せっかく男系を断絶させて、天皇をつぶして、私たちがこの国をのっとろうとしてたのにーーー!邪魔すんなあああああ!!!ばかああ!!!しねぇぇぇっぇぇぇぇぇ!

    https://togetter.com/li/222665

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  • 名無しさん2019-06-24 23:08:51

    非常に良い記事です。 多くの方に読んで頂きたいです。

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  • 名無しさん2019-06-10 00:25:20

    民間企業のトップやスポーツの指導者に外国人が就くことは歓迎。でも「公権力」を外国人に与えてしまったら日本の独立が脅かされますね。

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  • 名無しさん2019-06-07 16:53:02

    大学時代にたまたま知己を得た先生から直接聞いた話です。 

    この先生は家系をたどれば河野水軍に行き着き、 祖父の代には子爵だったという家柄のお方でした。 

     調べればすぐわかるんですが、一応ここではI先生とします。 

     私がお会いしたときはすでに引退しておられましたが、 現役の時にはベストセラーになったものも含め 何冊も本を出された経済学の大家でいらっしゃいました。 

    そのI先生がイギリスで講演をなさった時のお話です。 



    イギリスの空港について入国審査の列に並んでいると、 スーツ姿の男がスッと横に来て、「ロード・I、どうぞこちらへ」と言うんだそうです。 「いや、入国審査をしないと」と答えると 「ええ、しかし貴族の方には専用のゲートがあります」 と言いだすので先生は面食らってしまいました。 

     「何かの間違いでしょう。私はただの一般市民です」 

     「いいえ、あなたは子爵です。たとえ日本で貴族制度がなくなったとしても、 ここイギリスでは子爵の家の方は子爵なのです」だそうで。 



    これは講演の後の話ですが、イギリスの田舎を ご夫婦でのんびり回る計画だったI先生、 ずっと黒服がついてくるのに閉口したそうです。 

     「やめてくれ」と言っても「日本の子爵に万が一のことがあったら英国の恥、 ひいては英王家の恥」と絶対離れない。 おまけに行く先々で村長だ議員だに会食を申し込まれ、 土産物屋に行ってもパブに行っても店に飾るから一緒に写真をとってくれだの ぜひ記念の品をいただきたいだので、とてものんびりする雰囲気ではない。 

     何より困ったのが、宿の部屋を勝手に最高級のものに変えられてしまうこと。 

     当初の予定の5倍近くの出費となってしまい、日本に帰ってから大変だった、 とおっしゃっておられました。 



    さて話を戻して、 

     I先生の講演は英海軍の将校クラブだかの依頼だったので 会場も海軍の将校専用の建物だったのですが、その玄関ホールに入ってすぐのところに 英海軍の栄光の歴史を彩る品々が展示されていたそうです。 

     最初にあったのが古ぼけた二角帽で、聞けばかのネルソン提督の遺品とのこと。 

    しかし二番目に並んでいるのが日本刀で、不思議に思ったI先生が尋ねると、 

    (軍刀だったかもしれません。ちょっと記憶が曖昧) 

    「これはアドミラル・トーゴーから我がロイヤル・ネイビーに贈られた刀です」とのこと。 

     「英海軍ゆかりの品々の中に日本の提督のものがあるとは少し不思議ですね。 

    しかもあのネルソン提督の隣とは」 

    とI先生が漏らすと、案内係の人(この人も将校)は実に不思議そうな顔をして 

    「偉大なアドミラル・トーゴーから刀を贈られたのは我がロイヤル・ネイビーの誇りです。 そしてその品を収めるべき場所は我がロイヤル・ネイビーの誇る 偉大なアドミラル・ネルソンの隣以外にはありえません」 

    てなことを言われたそうで、I先生は東郷平八郎はイギリスでも有名なのか、と驚いたそうです。 

    しかしすぐに英海軍の東郷への敬意がそんな生易しいものではないことを思い知らされるのですが。 



    本番の講演にて。 

     I先生を含む数人が順に講演する形式だったのですが、 先生がトリでその前がなんと当時の首相サッチャー。 

     普通こういう場では偉い方が後なので「何かの間違いでは」と慌てたら、 やはりそこも貴族制のイギリスならでは、 (イギリスでは)爵位のある先生と首相とは言え平民のサッチャーでは「身分が違う」からだそう。 

    で、先生の講演の前に略歴などの紹介があるんですが、 「ヴァィスカウント・Iは日本で800年以上に渡ってネイビーであった家柄であり…」 

    (河野「水軍」を訳すと「ネイビー」だそう。ちなみに先生のお兄様も日本海軍の士官で、 先生も士官学校を受験したものの体が弱く落ちてしまったそうです) 

    との紹介に聴衆(全員が英海軍将校)がどよめいたそうです。 

    あとで先生が聞いたら、紹介が半分誤解されて、 まず800年前という中世から日本にネイビーがあり(!) 

     (今貴族ということは)その時代から続く貴族で(!) しかも代々ネイビーということは日本海軍における超名家なのか(!)、 と何重もの驚きだったのだろう、とのことだそうです。 



    で、無事講演も終わった後、その英海軍将校クラブだか主催のパーティがあったそうです。 

     会場は英海軍の建物の中でも貴族以上の身分の人間しか入れないところで、 いくつも配置された大き目の円テーブルのそれぞれに座れる爵位が決まっている。 

    ここは伯爵、こっちは男爵、などなどで、一つだけ空いているのは女王用、とのこと。 

     I先生も子爵用のテーブルにつき、食事を頂かれたのですが、 

     隣の席に座っておられたかなりお年を召したイギリスの子爵の方が、 「ロード・I、日本の海軍の名家の方と同席できて喜ばしく思います。 ロイヤル・ネイビーの者は日本海軍に大きな敬意を抱いています。 とりわけアドミラル・トーゴーは私にとっても特別な存在なのです」 

    と、感慨深そうに子供の頃の思い出を語って下さったそうです。 



    以下そのイギリスの子爵の方の回想。 

     「あの時私は10歳でした。まだ幼かったとは言え、私の父は将軍であり、 いずれ私もそうなるのですから、日本とロシアの戦争の行方をずっと気にしていました。 

    もっと正確に言えば、同盟国である日本が敗れた後のことを気にしていたのです。  

    あの日の前夜も、私はそんなことを思いながらベッドに入りました。 

     日本の艦隊とロシアのバルチック艦隊が近々決戦するかもしれないということで 父はもうしばらく帰っていませんでしたし、もうまもなくロシアにアジアの覇権を握られる、 そうすれば我が大英帝国はどうなるだろう、と幼いながら不安を抱いていたのです。 今でもはっきり覚えています。 あの素晴らしい日の朝、私は執事の呼ぶ声に起こされたのです。 

     『ロード、ロード、起きなさい』 

    まだ眠いのにうるさいな、まずそう思ったことを覚えています。 

     『うるさいな、どうしたというんだ』 

     『日本とロシアの艦隊が対馬沖で戦闘をしたのです』 

     『そんなのわざわざ起こすようなことじゃないだろう。それでロシアが勝ったんだろう?』 

     『違います。日本が勝ったのです』 

     『なにっ!』 

    ベッドの上に跳ね起きたのを覚えています。まさかそんなことが起こるなんて、 夢にも思っていませんでした。しかし私の驚きはそんなものでは終わりませんでした。 

     『今朝方、お父上が急使をよこしたのです。ロード、バルチック艦隊は全滅しました』 

     『全滅!あのバルチック艦隊が!』 

     『ロード、それだけではありません。バルチック艦隊を撃滅した日本の艦隊は、 まったくの無傷だそうです』 

     私は絶句してしまいました。我がロイヤル・ネイビーでさえ何度も苦い思いをさせられた、 当時世界で最強とも思われたあのいまいましいバルチック艦隊が、 相手に何の損害を与えることもできずに全滅した、そんなことがありうるなんて。 

     死者が甦ったと言われた方がまだ信じられたでしょう。 



    『その日本の艦隊はどんな天才が率いていたのだ?』 

     『アドミラル・トーゴーという男です』 

    アドミラル・トーゴー!その名前は以来私の心にずっと刻まれています。 

     失礼ながら、私は我が大英帝国が栄光ある孤立を捨て日本と同盟を結んだことを はなはだしい愚行だと思っていました。 

     野蛮なアジアの未開国と誇り高き我が大英帝国が対等の立場であるなどと! 

    しかし、あの時私はあまりにも幼稚であったことを思い知りました。 

    アドミラル・トーゴーのような天才が生まれた国が、野蛮な未開国であろうはずがない。 

    それどころか、我々こそがこの偉大な国を尊敬し教えを請うべきなのだ、と。 

    ロード・I、それからの80年、私の日本に対する敬意が薄れたことは一度もありません。 

    たとえその後の戦争に敗れようとも日本は常に誇り高く偉大でありましたし、 戦争に勝った我々が今日のような苦境にあえいでいるのに 負けた日本は以前よりずっと大きな繁栄を手にしているではありませんか。 

    ロード・I、日本はこれまでも、これからも、 我々の誇るべき友人であり、偉大な師であるのです。 

    そのような日本の、それもアドミラル・トーゴーに連なる海軍の血筋の方と 列席できたことは、私にとって生涯の喜びです」 



    こう語りながら、老子爵が『アドミラル・トーゴー』と口にするたびに 本当に子供に戻ったように目を輝かせるのが印象的だった、 とI先生はおっしゃっておられました。 



     考えてみたら(最初に書いた)護衛の黒服も招聘元の英海軍がつけたものだろうし、 私にというより日本海軍への彼らの敬意の表れだったのかもしれない、 だとしたら邪険にしたのは悪かったかもしれないねえ、とも。 

    とは言えたかが一学者が分不相応な歓待を受けるのはよろしくないし、 第一金がかかってしかたなかった、経済学者が破産したんじゃ洒落にもならない、 ということでI先生はそれ以来イギリスには行っていないそうです。 



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